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第一章:本編
セイシェル侯爵家令嬢リャム
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「よろしいかしら。」
今日も食事を私室へと運ぶ私。
入学して10日目、初めて話しかけてくる人がいた。
「あ、はい。」
立ち止まって振り返ると、女性ばかり数人のグループがいた。
「セイシェル侯爵家のリャムです。」
「初めまして…で、よろしかったですよね?
フィッツ男爵家のスーです。」
彼女は同じクラスにはいなかった。
そして今まで私がパーティなどで出会った貴族家に連なる人間にも、彼女はいなかった。
最も、私が知っている貴族社会の人間なんて数えるほどしかいないわけだけど。
「ごきげんよう。
何か御用でしょうか。」
傍らのテーブルに夕食を置くと、軽く頭を下げる。
とはいえ間抜けな話だと思う。
用があるから呼び止めているのだろう。
でなければ嫌がらせだ、夕食のポトフが冷めてしまう。
「あなたの義妹…お名前はフィアンさんですわよね。」
「はい。」
「お元気かしら。」
「すみません。
おそらくご存じかと存じますが、先日の不祥事の結果、遠方へと旅立ちました。
連絡手段が全くないわけではありませんが、消息不明では無いという程度の状況ですので…」
「そう…」
リャム様は更に表情を曇らせて目線を外す。
「あの、義妹が何か…?」
「私は小規模ながら派閥の長を仰せつかっております。
フィッツ男爵家のフィアンさんも、私の派閥に属しておりました。」
「そうでしたか。」
お世話になったことと、今回の一件で迷惑をかけたことを素直に詫びる。
が、頭を下げた私にリャム様の表情は変わらず。
「それが…大変申し上げにくいことなのですが…
フィアンさん、グループの会計を担当していたのですが。
先日、その口座の帳簿と現金が一致しないことが分かりまして…」
スッと血の気が引くのが自分自身でも分かった。
何せ両親は生前、習い事だとか貴族の集まりだとかに散財していた。
高価な宝石類も「未来への投資、気品の維持」と、家の財務状況を無視して買っていた。
その親を見て育った妹だ、多額のお小遣いを貰いながら常に金欠を訴えていた。
(本人に問いただしても…認めないだろうなぁ…)
義妹本人は離縁され、フィッツ男爵家の相続権すら失っている。
今更私が訪ねたところで会いもしないだろう。
「あの、おいくらなのでしょう。」
「800ゴールドです。」
嫌な冷汗が止まらない。
一般的な男爵家の財務状況は知らないが、少なくとも我が家ではとてつもない金額だ。
10ゴールドを捻出するために、アラヤさんは王都の領館で今日もやりくりしている。
義妹はとんでもない置き土産を残したものだ。
「す、すみません…
恐れ入りますが、その金額の根拠となる書類はございますか…?」
「あなた、リャム様が嘘を言っているとでも!?」
「そんなことは!」
リャム様の隣に立つ令嬢の叫びを即座に否定する。
「しかし、私自身は800ゴールドという大金を自由にできる権限を持ちません。
急ぎ実家に事情を説明し、義妹の不始末なのであれば立て替えを…」
「そんなこと言って、逃げるつもりなのでは!?」
「あなたの義妹に嫌疑が掛けられたのであれば、家の名誉にかけて晴らすべきでは!
それでなくてもフィッツ男爵家は…!」
口々に責め立てる令嬢たちを、軽く手を挙げて諫めるリャム様。
「言うまでも無く、私も帳簿を持ち歩いているわけではありません。
そして金額も概算であり、また根拠となる書類も欠損が見受けられます。
現在その裏付けとなる代替書類を各所から集めている段階なのです。」
一拍。
「ただ、現金の不足により来月のパーティおよび舞踏会の開催に支障をきたしております。
いかがでしょう。
両方の予算、ひとまず500ゴールドを立て替えて頂くというのは。
残りは後日清算、もし万が一にも頂き過ぎていた場合は責任をもって必ずお返し致します。」
困り顔ではあるが、同時に、これ以上は譲歩できないという表情のリャム様。
「即答、というのは…」
「しかし、この条件も拒絶されるとなれば。
御家の名誉に関わる事態になりますよ。」
実際のところ、我が家の名誉など地に落ちるどころか、更にめり込む程になっている。
いや、地下深く埋まっているといって過言ではない。
本来であれば御家断絶と爵位はく奪が相当で、国王陛下の恩情がなければ私が学院にいることなど叶わない。
となれば。
国王陛下の御恩に、尽力頂いているアラヤさんのために、領館で働く人や領民のために。
「分かりました。
フィッツ男爵…」
「失礼、少しよろしいですか。」
今日も食事を私室へと運ぶ私。
入学して10日目、初めて話しかけてくる人がいた。
「あ、はい。」
立ち止まって振り返ると、女性ばかり数人のグループがいた。
「セイシェル侯爵家のリャムです。」
「初めまして…で、よろしかったですよね?
フィッツ男爵家のスーです。」
彼女は同じクラスにはいなかった。
そして今まで私がパーティなどで出会った貴族家に連なる人間にも、彼女はいなかった。
最も、私が知っている貴族社会の人間なんて数えるほどしかいないわけだけど。
「ごきげんよう。
何か御用でしょうか。」
傍らのテーブルに夕食を置くと、軽く頭を下げる。
とはいえ間抜けな話だと思う。
用があるから呼び止めているのだろう。
でなければ嫌がらせだ、夕食のポトフが冷めてしまう。
「あなたの義妹…お名前はフィアンさんですわよね。」
「はい。」
「お元気かしら。」
「すみません。
おそらくご存じかと存じますが、先日の不祥事の結果、遠方へと旅立ちました。
連絡手段が全くないわけではありませんが、消息不明では無いという程度の状況ですので…」
「そう…」
リャム様は更に表情を曇らせて目線を外す。
「あの、義妹が何か…?」
「私は小規模ながら派閥の長を仰せつかっております。
フィッツ男爵家のフィアンさんも、私の派閥に属しておりました。」
「そうでしたか。」
お世話になったことと、今回の一件で迷惑をかけたことを素直に詫びる。
が、頭を下げた私にリャム様の表情は変わらず。
「それが…大変申し上げにくいことなのですが…
フィアンさん、グループの会計を担当していたのですが。
先日、その口座の帳簿と現金が一致しないことが分かりまして…」
スッと血の気が引くのが自分自身でも分かった。
何せ両親は生前、習い事だとか貴族の集まりだとかに散財していた。
高価な宝石類も「未来への投資、気品の維持」と、家の財務状況を無視して買っていた。
その親を見て育った妹だ、多額のお小遣いを貰いながら常に金欠を訴えていた。
(本人に問いただしても…認めないだろうなぁ…)
義妹本人は離縁され、フィッツ男爵家の相続権すら失っている。
今更私が訪ねたところで会いもしないだろう。
「あの、おいくらなのでしょう。」
「800ゴールドです。」
嫌な冷汗が止まらない。
一般的な男爵家の財務状況は知らないが、少なくとも我が家ではとてつもない金額だ。
10ゴールドを捻出するために、アラヤさんは王都の領館で今日もやりくりしている。
義妹はとんでもない置き土産を残したものだ。
「す、すみません…
恐れ入りますが、その金額の根拠となる書類はございますか…?」
「あなた、リャム様が嘘を言っているとでも!?」
「そんなことは!」
リャム様の隣に立つ令嬢の叫びを即座に否定する。
「しかし、私自身は800ゴールドという大金を自由にできる権限を持ちません。
急ぎ実家に事情を説明し、義妹の不始末なのであれば立て替えを…」
「そんなこと言って、逃げるつもりなのでは!?」
「あなたの義妹に嫌疑が掛けられたのであれば、家の名誉にかけて晴らすべきでは!
それでなくてもフィッツ男爵家は…!」
口々に責め立てる令嬢たちを、軽く手を挙げて諫めるリャム様。
「言うまでも無く、私も帳簿を持ち歩いているわけではありません。
そして金額も概算であり、また根拠となる書類も欠損が見受けられます。
現在その裏付けとなる代替書類を各所から集めている段階なのです。」
一拍。
「ただ、現金の不足により来月のパーティおよび舞踏会の開催に支障をきたしております。
いかがでしょう。
両方の予算、ひとまず500ゴールドを立て替えて頂くというのは。
残りは後日清算、もし万が一にも頂き過ぎていた場合は責任をもって必ずお返し致します。」
困り顔ではあるが、同時に、これ以上は譲歩できないという表情のリャム様。
「即答、というのは…」
「しかし、この条件も拒絶されるとなれば。
御家の名誉に関わる事態になりますよ。」
実際のところ、我が家の名誉など地に落ちるどころか、更にめり込む程になっている。
いや、地下深く埋まっているといって過言ではない。
本来であれば御家断絶と爵位はく奪が相当で、国王陛下の恩情がなければ私が学院にいることなど叶わない。
となれば。
国王陛下の御恩に、尽力頂いているアラヤさんのために、領館で働く人や領民のために。
「分かりました。
フィッツ男爵…」
「失礼、少しよろしいですか。」
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