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燃ゆる炎に夢見てますか?
燃ゆる炎に夢見てますか?⑦
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喉元過ぎれば熱さを忘れるという諺があるように、最初は朝から昼過ぎまで働き続ける事など出来るのか不安だったが、案外何とかなった、と言うのがシフトを終えて最初の感想だった。
もっともそれは会計で仕事をしていたからに過ぎず、もしずっと立ち仕事をしていたのならばその限りではなかっただろうと思う。
結果はどうあれ文化祭の難所を片付けたのだからそれでいいかと粗雑に結論付けて、ほとんど役目を果たす事のなかったエプロンを脱ぐ。
「お疲れ様。長時間勤務だったけど大丈夫だった?」
青木はそう言いながらお茶の入った紙コップを手渡す。「ありがとう」と言って、それを受け取り一気に飲み干す。
そして一息つく。
「しんどかった」
「まあ、そりゃそうよね。途中から五時間ぶっ通しでやるのはちょっとやりすぎかなって思ってた」
そう言って青木は苦笑いをする。
「それをもう少し早く気付いて欲しかったけどな。でも、その代わりに明日はシフトが入っていないから良しとするけど」
「それなら良かった」
先程の言葉は冗談ではなく本心だったのか青木は安堵の溜息を付いている。
「私はまだ仕事があるからここにいるけど、後は自由に楽しんできてね」
「まあ、そうだな」
今から写真部の仕事があると言うのは野暮だろう。
そんな事を思いながら控室に置いていた鞄を持ち上げた。
「とりあえず自分のペースで楽しんでくる」
「うん! 仕事お疲れさまでした」
青木はそう言って笑顔で自分を送り出した。
よくよく考えれば青木は朝からずっとこの教室にいた気がするが、いつ休憩を取ったのだろうか? 唯一の出入り口を管理していた時の事を思い出す。
確かに家庭科室へ在庫を確認したりしていたが、それ以外に出歩いていた記憶はない。
本当に大変なのはどっちだよ。そんな事を思いつきつつもそれ以上は考える事を止めた。
教室を出て、出店の様子を確認しながら五階の部室へゆっくり向かう。文化祭も一日目の中盤という事で最初よりも随分と落ち着いてきているように見える。
ここに来るまでにも何回か呼び込みの人が声を掛けてきたが、開始時よりは元気も熱意も感じない。
よってそれらを難なく回避して五階へと到着する。
五階は三年生の教室しかなく階下に比べて比較的静かだ。
そもそも三年生は受験を控えている為、そこまで文化祭に熱を入れる人は少ない。故に適当に要らないものを持ち寄ってバザーをしたり、簡単に準備の出来るゲームなどが好まれる。
その為、文化祭の中では見劣りしてしまい、人が少なくなっているのだ。
一応、五階には三年生の教室以外に階段脇にはラウンジがあり、そこで休息をとっている人をチラホラ見かけるが、そもそも休息をとっている人が騒ぐはずもない。
そんな静かな空間を通り過ぎて、その角にある写真部の部室へと向かった。
持っていた鍵で扉を開けて部室の中に入ると、山吹と東雲の鞄らしきものが見える。
それを横目に確認しつつ普段自分が使用している椅子に鞄を下ろした。
そしてカメラ、財布、鍵だけを持って身軽になる。
今から一日目の最後までが写真部としての活動だ。とは言ってもそこまで急ぐ必要はない。
基本写真に収めなければいけない写真は山吹が撮っているようだったし、自分が担当している時間中に必ず向かわなければならないのは体育館でやっている出し物くらいだ。
それに関しても先に写真部の業務として東雲がそこに向かっているはずだ。
そんな事を考えながら部室の鍵を閉めてゆっくりと体育館へ向かった。
そもそもこの高校の文化祭では、クラス毎に行う出し物、部活毎で行う出し物、有志によって行われる出し物、委員会が毎年行う出し物の四種類がある。
クラス毎に行う出し物と部活毎で行う出し物は今まで見てきた通りである。
一方で、有志によって行われるのは主にバンドやダンス、コスプレ? など色々あり、委員会が毎年行う出し物としては、ミスコンだったり、男装コンだったり、『~~コンテスト』とつくものが多い。
写真部の最低ノルマとしては前者を全て撮影すれば何とかなるが、理想は後者も写真に収める事だ。
しかし、後者は限られた時間で行われている為、中々全てを写真に収める事は難しく、昨年まではかなり苦労していたようだった。
しかし、今年は新たに四人の手がいる。
だからこそそれらの写真を全て手に入れられるようにと山吹達は念入りにシフトを決めていたようだった。
自分の担当しているのは軽音部と有志のバンド達による演奏している姿を収める事である。
いつの間にか到着していた体育館の前で自身の仕事内容を再度頭の中で反復した後、重い扉を開ける。
体育館内では絶賛演奏中だったのか扉を開けるや否や反響した音達が外へ漏れ出る。
この扉を開けっぱなしにすればもれなく近所迷惑になってしまうだろう。
そんな事を考えて必要最低限度だけ扉を開け、わずかに開いた隙間に身体を滑り込ませる。
学生によるバンドもあながち馬鹿には出来ない。
音楽分野に長けている人ならともかく自分のように音楽を嗜む程度の素人では本家との違いがわからなくなる事もよくある。
流石に歌の良し悪しはある程度分かるがそれでもここに出て演奏する人達は人並み以上には上手い。
当然知り合い補正は入ってしまうが、それでもこの体育館に多くの人が詰めかけているのはそう言ったクオリティーの高さも評価されているからだろう。
今流れている曲は、old fashionと言うバンドの『青春』と言う曲。
最近流行っている曲の一つで曲名からも今の学生が演奏するにふさわしい。
音楽に関してはギリギリ一般レベルを保っている自分でもはっきりと知っている曲の一つだ。
その音楽をBGMにしながら壁沿いと伝って前に出る。
体育館の壇上と観客席の間には関係者通路が設けられており、そこに一人でカメラを構えて、写真を撮っている女子生徒が目に入る。
暗い体育館では目を凝らさないと良く見えないが、あの背格好は東雲だ。
そう思い、そちらに向かおうとすると、……誰かに肩を掴まれた。
もっともそれは会計で仕事をしていたからに過ぎず、もしずっと立ち仕事をしていたのならばその限りではなかっただろうと思う。
結果はどうあれ文化祭の難所を片付けたのだからそれでいいかと粗雑に結論付けて、ほとんど役目を果たす事のなかったエプロンを脱ぐ。
「お疲れ様。長時間勤務だったけど大丈夫だった?」
青木はそう言いながらお茶の入った紙コップを手渡す。「ありがとう」と言って、それを受け取り一気に飲み干す。
そして一息つく。
「しんどかった」
「まあ、そりゃそうよね。途中から五時間ぶっ通しでやるのはちょっとやりすぎかなって思ってた」
そう言って青木は苦笑いをする。
「それをもう少し早く気付いて欲しかったけどな。でも、その代わりに明日はシフトが入っていないから良しとするけど」
「それなら良かった」
先程の言葉は冗談ではなく本心だったのか青木は安堵の溜息を付いている。
「私はまだ仕事があるからここにいるけど、後は自由に楽しんできてね」
「まあ、そうだな」
今から写真部の仕事があると言うのは野暮だろう。
そんな事を思いながら控室に置いていた鞄を持ち上げた。
「とりあえず自分のペースで楽しんでくる」
「うん! 仕事お疲れさまでした」
青木はそう言って笑顔で自分を送り出した。
よくよく考えれば青木は朝からずっとこの教室にいた気がするが、いつ休憩を取ったのだろうか? 唯一の出入り口を管理していた時の事を思い出す。
確かに家庭科室へ在庫を確認したりしていたが、それ以外に出歩いていた記憶はない。
本当に大変なのはどっちだよ。そんな事を思いつきつつもそれ以上は考える事を止めた。
教室を出て、出店の様子を確認しながら五階の部室へゆっくり向かう。文化祭も一日目の中盤という事で最初よりも随分と落ち着いてきているように見える。
ここに来るまでにも何回か呼び込みの人が声を掛けてきたが、開始時よりは元気も熱意も感じない。
よってそれらを難なく回避して五階へと到着する。
五階は三年生の教室しかなく階下に比べて比較的静かだ。
そもそも三年生は受験を控えている為、そこまで文化祭に熱を入れる人は少ない。故に適当に要らないものを持ち寄ってバザーをしたり、簡単に準備の出来るゲームなどが好まれる。
その為、文化祭の中では見劣りしてしまい、人が少なくなっているのだ。
一応、五階には三年生の教室以外に階段脇にはラウンジがあり、そこで休息をとっている人をチラホラ見かけるが、そもそも休息をとっている人が騒ぐはずもない。
そんな静かな空間を通り過ぎて、その角にある写真部の部室へと向かった。
持っていた鍵で扉を開けて部室の中に入ると、山吹と東雲の鞄らしきものが見える。
それを横目に確認しつつ普段自分が使用している椅子に鞄を下ろした。
そしてカメラ、財布、鍵だけを持って身軽になる。
今から一日目の最後までが写真部としての活動だ。とは言ってもそこまで急ぐ必要はない。
基本写真に収めなければいけない写真は山吹が撮っているようだったし、自分が担当している時間中に必ず向かわなければならないのは体育館でやっている出し物くらいだ。
それに関しても先に写真部の業務として東雲がそこに向かっているはずだ。
そんな事を考えながら部室の鍵を閉めてゆっくりと体育館へ向かった。
そもそもこの高校の文化祭では、クラス毎に行う出し物、部活毎で行う出し物、有志によって行われる出し物、委員会が毎年行う出し物の四種類がある。
クラス毎に行う出し物と部活毎で行う出し物は今まで見てきた通りである。
一方で、有志によって行われるのは主にバンドやダンス、コスプレ? など色々あり、委員会が毎年行う出し物としては、ミスコンだったり、男装コンだったり、『~~コンテスト』とつくものが多い。
写真部の最低ノルマとしては前者を全て撮影すれば何とかなるが、理想は後者も写真に収める事だ。
しかし、後者は限られた時間で行われている為、中々全てを写真に収める事は難しく、昨年まではかなり苦労していたようだった。
しかし、今年は新たに四人の手がいる。
だからこそそれらの写真を全て手に入れられるようにと山吹達は念入りにシフトを決めていたようだった。
自分の担当しているのは軽音部と有志のバンド達による演奏している姿を収める事である。
いつの間にか到着していた体育館の前で自身の仕事内容を再度頭の中で反復した後、重い扉を開ける。
体育館内では絶賛演奏中だったのか扉を開けるや否や反響した音達が外へ漏れ出る。
この扉を開けっぱなしにすればもれなく近所迷惑になってしまうだろう。
そんな事を考えて必要最低限度だけ扉を開け、わずかに開いた隙間に身体を滑り込ませる。
学生によるバンドもあながち馬鹿には出来ない。
音楽分野に長けている人ならともかく自分のように音楽を嗜む程度の素人では本家との違いがわからなくなる事もよくある。
流石に歌の良し悪しはある程度分かるがそれでもここに出て演奏する人達は人並み以上には上手い。
当然知り合い補正は入ってしまうが、それでもこの体育館に多くの人が詰めかけているのはそう言ったクオリティーの高さも評価されているからだろう。
今流れている曲は、old fashionと言うバンドの『青春』と言う曲。
最近流行っている曲の一つで曲名からも今の学生が演奏するにふさわしい。
音楽に関してはギリギリ一般レベルを保っている自分でもはっきりと知っている曲の一つだ。
その音楽をBGMにしながら壁沿いと伝って前に出る。
体育館の壇上と観客席の間には関係者通路が設けられており、そこに一人でカメラを構えて、写真を撮っている女子生徒が目に入る。
暗い体育館では目を凝らさないと良く見えないが、あの背格好は東雲だ。
そう思い、そちらに向かおうとすると、……誰かに肩を掴まれた。
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