はなぞら日記

三ツ木 紘

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燃ゆる炎に心染めしか?

燃ゆる炎に心染めしか?②

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 クラスの会議が終わったのは十八時半。

 今日の写真部のミーティングはそこまで長い内容ではないはずだから流石に会う事はないだろう。
 その事に少し安堵しながら帰り支度を済ませ、文化祭の準備をひとまず終えて余韻に浸るクラスメイトをよそ目にそそくさと教室を後にした。

 盛り上がっている所を無言で抜けても案外気付かれないものでそのまま自転車を止めている駐輪場に向かう。
 どのクラスも文化祭の準備をしており、大体終わる時間も一緒だったのか時間の割に普段よりも人が多い。

 それは駐輪場も一緒で駐輪場に置いている自転車を手にとって続々と校舎を後にする。

 だからこそその人物が近くに来るまで気付く事が出来なかった。

 肩をポンポンと叩かれる。そうされれば誰だって後ろを振り返るだろう。写真部のみんなは帰ったと思い込んでいた自分としては完全に油断していた。
 振り返った先には二人の女子学生が立っている。二人とも深く面識がある。

 一人は不安そうな表情をしている。もう一人は怒りと憐れみが半々といった表情をしていた。
 二人がこんな時間まで残っていた事に驚きながらもその訳を尋ねる。

「なんで東雲も海老根もここにいるんだ?」

 それを聞いて海老根の不機嫌そうな表情が一層濃くなる。

「偶々帰ろうとした時にそこで翔を見かけたのよ。花山と喧嘩したんでしょ。美咲ちゃんから色々聞いたわよ」
「喧嘩って……。別に大した事じゃない」
「そうも言ってらんないでしょ。ただでさえ写真部は人が少ないんだから二人が分裂しちゃうと困るのよ。それに今日の部活二人とも来なかったし」

 花山もいかなかったのか。

「だから早く仲直りしなさいよ」
「別に自分は悪くないはずなんだがな」
「つべこべ言わないの。とにかくきちんと話し合いなさいね。二人で」

 相変わらず海老根は自分を引っ張って行ってくれる。体育祭の時に泣いていたのが不思議なくらいだ。
 でもそれも間違いなく海老根の一部である。

 そう考えて、「わかったよ。何とかする」と海老根に返した。
 それを聞いて海老根は表情を少し綻ばせる。わかりやすいなと思いながらもそれを口にはしなかった。

「あの、時枝さん」
「どうした?」
「これどうぞ」

 そう言って東雲から一枚の紙を渡される。
 軽く目を通す。どうやらそれはシフト表のようだった。

「一応写真を撮る場所は自由。時間外は自由にしていいってさ」

 海老根は素っ気なく言う。

「それと一応私達で翔達のシフトを組んだんだけど文句は言わないでね。これでも二人の事をいろいろ考えて組んだんだから」

 二人はこんな時間まで残って考えてくれていたのか。
 その事を感じ胸が熱くなる。

「そうか。すまない」
「別にいいわよ。謝ってくれなくても。それで仕事量が減る訳じゃないし」
「それもそうだな。……色々とありがとう」
「……うん」

 そう言って海老根は頷いた。

「ところで、時枝さんは今からお帰りですか?」
「ああ、そうだが」
「じゃあ一緒に帰りませんか?」
「そう、だな。別にそれで構わない」
「じゃあそうしましょう!」

 そう言って東雲は嬉しそうな表情を見せる。

「海老根さんもそれでいいですよね?」
「え、あ、うん。大丈夫!」

 突然話を振られて困惑している様子を海老根は見せたが、すぐに東雲の提案に首を縦に振った。

 海老根と自分はそれぞれの自転車を駐輪場から押して歩く。先に正門の前で待っていた東雲は二人が出てくるのを確認してから二人の下へ歩みだした。

 何気にこの三人で帰るのは初めてな気がする。というよりは花山と一緒にいない事の方が珍しいのだ。

 自分の右側がいつもよりも寂しい。花山が今どこにいるのかはわからないがいつもの帰り道を三人で帰ることによってその存在の大事さに気付くというのは何処か情けなさを感じるのだった。



 帰宅するなり自室に向かう事なく姉の部屋をノックする。

「…………はい?」

何かをしていたのか一泊遅れて返事が返ってくる。

「姉貴。今ちょっといいか?」
「あー、ちょっと待って。今は無理九時までにレポートを完成させないといけないのよ」

 恐らく今まで忘れていたのだろう。姉にしては珍しい。

「何時頃なら良い?」
「うーん。九時以降!」 
「わかった」

 そう返して自室に鞄を置く。

 確か今日は両親とも帰宅が遅かったはずだ。そんなことをふと思い出しながら、先に風呂の準備をしてしまおうと夕食の準備をする前に風呂場に寄ってお湯の栓を捻る。

 そしてリビングに向かうと早速冷蔵庫を開ける。両親ともに仕事の日は姉か自分が料理をするか、日によっては作り置きがある時も多い。
 今日はどうやら母親が作り置きしてくれたらしく、そこにはチャーハンが二皿と鍋に入った卵スープが入れられていた。そのうちチャーハンを電子レンジに入れて、卵スープの入った鍋は火にかけて温め直す。

 そんな風にして夕食を準備した後、それらを机に並べる。

 普段は割と姉や両親がいる事が多いが偶に今日のように一人で食べる事がある。特にそれが嫌だとかそれが良いといった感情はなかったが、今日に限っては誰かいて欲しかったと思ってしまった。

 夕食を済ませあらかじめ入れておいた風呂に入る。

 そこでは今日の海老根の会話を考える。
 自分でも確かにこのままずるずると引きずる訳にはいかないと思っている。しかし、納得いかないのも事実だ。だからこそこちらから謝るのは何かおかしい気がしてならない。
 いつもよりも長く風呂に入って考えていたが結局答えには行き着かない。
 結果として悶々とした気持ちのまま姉が課題を終えるという二十一時まで待つのだった。



 部屋で上の空のまま宿題を進めていると突然部屋の扉がノックされる。

 恐らく姉だ。

 そう思いすぐに、「はい!」と声をかける。少し声が上擦ってしまった。その返事に反応してその扉は静かに開く。

 そこには案の定姉がいた。

「何の用?」

 明らかに眠そうにしながら部屋に入ってくる。

「ちょっと相談があって」
「ふうん」

 気の抜けた返事をして自分が普段寝ているベッドに腰かける。そして枕元に置いている観葉植物を無造作に触る。
 あまりべたべたと触らないで欲しいと思うが、頼んでいる立場である以上強くは言えない。

 そんな姉の興味をこちらに移すべく早速話を切り出した。

「実は学校で友達と喧嘩をしたんだ」

 そう切り出した瞬間姉は観葉植物を触るのを止めてこちらを見る。
 興味を引けたようなのでそのまま話を続ける。

「まずある子が秘密を抱えていたんだ。偶然それを知ってしまった自分は随分前からその子が他の人にその秘密がバレてしまわないように色々と協力していたんだ。
 ところが二学期になって自分の仲の良かった友達がその子の秘密について何か噂を耳にしたらしくその子や自分に探りを入れてくるようになった。
 それだけならまだよかったんだけど、遂に盗み聞きを行ったんだ。それでその子はようやくその秘密を知ったんだけど、その事が原因で自分とその子が揉める事になったんだ。
 ここまでの話を聞いて姉貴はどう思う?」

 ここまでの長話を聞いて姉は、「うーん」と眠そうな眼をしながら考える。
 ただそれは何か新しい考えを生み出そうとしているのではなく、一瞬で思いついた答えが本当に正しいのかを吟味しているかのように見えた。

 しかし答えはそれしかないだろうというかのように一度頷いてから口を開く。

「……別に普通じゃない?」 

 …………は? 聞き間違いかもしれないと無理やり自分に言い聞かせてもう一度尋ねる。

「なんて?」
「だから別に普通でしょ。例えば彼氏が出来た事を秘密にしていても一瞬で探られるよ。そんな事で私を呼び出したの?」
「いや、普通な事はないだろ」

 少しだけ声を大きくする。
 そもそも規模が違うなどと言いたかったがあんまり明かしてしまうと追及されてしまう可能性があるのでグッと堪える。

「別にあんたの友達の秘密とかその盗み聞きをした子とかは詳しく聞いていないからわからないけど、その盗み聞きをした子は盗み聞きしなければならなかったか盗み聞きする必要があったからそうしたんでしょ?
 もし本当に興味だけでそれをしているのなら相当根性あると思うよ? だって二学期からってことはもう二か月近く考えているって事でしょ。
 流石にこの私でも諦めている、というか興味なくしていると思うよ?」

 まるで自分は根性があると言いたいのかもしれないが今はそこには突っ込まない。

「それにあんたと仲が良かったんでしょ。それなら尚更理由があるんじゃない? あんたあんまり茶々入れてくる人とつるまないだろうし」

 流石姉。久しく会話していない気がするがよくわかってらっしゃる。

 でも確かに姉の言う通りかもしれない。いや、あの時確かに花山も理由があるって言っていたのだ。
 あの時は花山のする事にばかり気が向かってその理由を考えていなかった。もちろん花山のやり方が悪い事は認めさせるがそれでも何かそうせざるを得なかった理由があるのだとすれば納得がいく。

 そこまで考えて今まで伏せていた頭を上げる。それに気付いた姉は自分に声をかける。

「何か思いついた?」
「まあ、一応。上手くいくかは知らないけど」
「何とかなるんじゃない?」

 そう言ってクスっと笑った。

「それにしてもあんたからこんな相談が舞い込んでくるとは思わなかったな。随分と学生生活を楽しんでいるようね。最初のマニフェストと違って」
「別にいいだろ。高校生の間は色々と変わるもんなんだよ」
「ケチ臭い事は言わずに大学生もそこに足しといて」
「……どっちでもいいよ」
「ラッキー。これで私もまだ自由に出来る」

 そう言って明るい表情を見せる。

「でも良かったね」

 姉が突然そう言って優しい目をしながら自分を見る。

「なんで?」
「喧嘩する事が出来て」
「いや、喧嘩はダメだろ」
「ダメな事ないよ。私だってよく友達と喧嘩するし。それに、『相手のない喧嘩は出来ぬ』ってね。良かったね。そういう相手が出来て。
 これであんたも立派な高校生だ!」

 最後の言葉を一際強調してベッドから跳ね上がる。

「私昨日から寝ていないから流石に寝るね」
「えっ。冷蔵庫に残っている夕食はどうするんだ」
「私の分食べてもいいよ」
「……流石に要らない」

 そう言う自分を最後に見て、「じゃあお休み」と言う言葉を残し部屋の扉をゆっくりと閉めた。
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