はなぞら日記

三ツ木 紘

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空舞う花に願いを込めて

空舞う花に願いを込めて③

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 花山の言う通り時間が過ぎるのはあっという間らしく、すぐに体育祭の日は訪れた。

 この体育祭は今年初の写真部の公式のイベントであり、その打ち合わせや準備に時間を費やしたため、そこまで長く感じた印象はない。
 運動部を中心とした他の部活の学生も体育祭が近付くにつれて日に日に熱気が高まっており、体育祭に対してはち切れんばかりの気合いを持って望んでいるようだった。

 自分はそこまで体育祭に対して熱意があるわけではないと思っているが、写真部の仕事で色々と動き回っていた事を考えると、少なからず熱意はあるのかもしれない。

 体育祭の当日も最終確認と準備のため、朝早くから登校する。

 自分が部室に着いた頃にはやはりというべきか花山と東雲が先に着いており、談笑していた。

 そこに混ざり暫くした頃、写真部の最後の一人であり唯一の三年生、山吹夢子やまぶきゆめこが顔を覗かせる。

「みんな早いね」

 驚いた表情を見せながら部室内へ入ってくる。

「いえいえ。山吹先輩はもっと早かったでしょう?」
  
 山吹の言葉を訂正するのは花山だ。

 花山の言う通り、自分達は体育祭開始の一時間以上前から部室で待機していた訳だが、山吹は先生や生徒会との打ち合わせやグラウンドの下見などのためにもっと前から学校に来ていたらしい。

 らしい、というのはこれも花山から聞いた話だからだ。

「そんなことないわよ」
 と山吹は隠し切れていない照れを見せながらも自分達を見る。

「みんな外に出るから荷物を持ってね」

 その指示にその場にいる三人は頷いた。

 グラウンドに出ると、テントや机、椅子などがグラウンドの中心を空けて円の形を作るように配置されている。
 これらは昨日の放課後に動員された運動部員達が組み立てたものだ。

 その努力を称賛するように太陽は秋に入りつつある事を忘れてギラギラとグラウンドを照らしていた。

「いやー、今日は暑いね」

 手で日差しを遮りながら花山はこちらに同意を求めてくる。

「間違いない」

 現在進行形で暑さが体力を奪っていく中、短く返す。

「さあさあ、準備を始めましょう」

 暑さなどもろともせず山吹はテントの中でも一際大きいテントを指差した後、歩き出した。東雲もそれに、「はい!」と答えて山吹の隣を歩く。その後方を歩きながら花山に尋ねる。

「女性って暑さに強いのか?」
「そんなの僕が知るはずないだろ」
「女性慣れしている花山なら知っているかと思ったんだが」
「語弊を生みそうな言い方はやめてくれ」

 花山は少し困ったような顔をしている。

「あれ、語弊なのか」
「時枝は僕をなんだと思っているんだ」

 そんな返事が返って来た所で目的地に着く。

 そのテントの中では他の部活や生徒会と思われる学生がポツポツと集まっており、机や椅子の設営、資料の準備などに勤しんでいる。
 花山には返答をする事なく、山吹に体育祭本番の流れを尋ねる。

「先輩、再度確認しますが、自分達はここかクラスのテントに待機して、予め決めていた競技の時に写真を取りに行けばいいんですよね?」
「ええ、それでお願い。別に決められた競技以外でも撮りに行っていいけどね」

 山吹はニコッと笑う。

 特にクラスのテントに戻る理由はないし自分は本部にいるだろうなと思い、本部の中に作られた写真部区画に持ってきていた荷物を置く。

「あのー、写真部さん。各自の準備を終えてからでいいので、手伝って貰ってもいいですか」

 傍で作業していた一人の学生が申し訳なさそうにしながらお願いする。

「分かりました」
 と山吹は返事をした後、
「じゃあ、みんな。各々の準備が終わったら人手の少なそうな所へ手伝いに行きましょう」
 と解散の音頭を取った。

 この本部のテントを使う人達はこの準備は行う必要があるのだが、ほとんどは放送部と生徒会の準備だ。故に写真部の一員からすればただ働きみたいなものだが、写真部が本部を使用するのには理由がある。

 先程手助けを求めていた学生と協力して準備していると一人の学生が歩み寄ってくる。
 その生徒は自分に用があるようで「すみません」と声を掛ける。

「写真部の方ですよね?」
「はい」
「あの、写真部さんのカメラ置き場はあそこでお願いします」

 そう言ってその場所を指さしながら生徒会の腕章を付けた学生は写真部領域で準備していた自分に丁寧に教える。
 
 その場所を確認した後、
「分かりました」
 と返事して、再び作業に戻る。

 その生徒会役員はどうやら写真部員の顔を覚えているらしく一人一人に声をかけていく。

  親切と言えば聞こえは良いが、時間を浪費しているようにしか見えないのは心が荒んでいるせいなのだろうか。

 ……今はこの暑さのせいにしておこう。

 ようやく準備を終えた頃には、数えられない程度の学生が登校し始めていた。
 テントの中では日差しは防げるが、気温は防ぎようもない。体操服の袋の中からタオルを取り出し、汗を拭う。その隣には同じく作業を終えた花山は体操服が入っているのであろう袋を肩から掛けている。

「時枝、着替えに行かないか?」

 特に拒否する理由もない。

「ああ、そうだな」
 と返事をして、男子更衣室に設定された教室へ向かった。

 
 
 更衣室は学年毎に更衣室が定められており、部屋が分けられている。
 一年生男子はまだ登校していないか、もしくは既に着替え終えた後か、更衣室は比較的人が少ない。

 だが、それでいい。

 こんな暑い日に人が一つの教室で集まるなんて暑苦しくて仕方がない。

「そういえば、時枝は何の競技に出るのかな?」

 花山は着替えながら尋ねる。

「自分は、玉入れと騎馬戦だな」
「流石身長が高いだけあるね」

 これは揶揄っているのだろうか、それとも自虐ネタか。

 それに身長が高いといっても日本人の平均身長より少し高いだけだ。一方で花山は女性の平均身長よりも少し高い程度。身長の事について気にするなと言う方が難しいかもしれない。

「そう言う花山は何の競技に出るんだ?」
「僕は障害物競走とクラス対抗リレー、それと棒引きだね。何とも僕らしいだろう」

 花山は薄く笑う。今度は間違いなく自虐だ。

「そのうち伸びるって」
「人の気も知らないくせに」

 そう言って不貞腐れる。

 実は中学生の頃までは身長が低かったのでその辛さは少し分かる。が、それは言わないでいいだろう。

「でも、身長が低くても戦える所を見せてやるよ」

 先に着替え終えた花山は闘志を燃やしている。

 心なしか教室の気温が上がっている気がする。
 それは太陽の日差しが窓から侵入し始めた為か、教室に人が増えてきたからか、それとも闘志に燃えている人が続々と学校に集い始めているからか。
 そんな事に自分は興味などないが、今年最後の夏の輝きを見物するくらいは良いのかもしれないと感じていた。
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