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二つのクロスワード
二つのクロスワード⑤
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「ゆっくりしてね」
言われるまま部屋へ案内される。
本棚に机、ベッドなど一通り必要な家具があり、どれも整理整頓されている。
黄色を基調とした家具が多いのは海老根の好みだろうか。
「海老根さんの部屋、きれいに片付いていますね」
「それほどでもないわよ」
言葉では謙遜しているが、表情には駄々洩れだ。
「まあ、座って座って」
上機嫌な海老根は部屋の中央に置かれた机に座るよう促す。
東雲は正座して座ると早々に勉強用具を取り出す。普段なら世間話から始まりそうなものだがその様子はない。それほど切羽詰まっているのだろう。
その様子を見て海老根も切り替えた様子で東雲の取り出した教科書を横から見る。
「で、どこがわからないの?」
「えっと、ここからが授業に出ていなくてわからないんです」
「ああ、ここね。確かに少しややこしいかも」
そんな風にして海老根と東雲のやり取りが始まったわけだが、自分はいつまでここに居なければいけないのだろうか。自分はここ居るメリットはないはずだが……。
というかどうして自分はここに来ることになったのだろうか。
「帰っていいか」
「だめ。翔も面倒見ないとまた平均点しかとろうとしないじゃない」
平均点なら十分な気もするが、負けず嫌いな海老根にとってそれは許せないのだろう。
「別に平均点でもいい気がするが……」
ぽつりと呟くと海老根が反応する。
「それじゃあ、半分の人に負けてるってことじゃない」
それは平均点じゃなくて中央値だ、なんて訂正をしたら怒られる気がする。
「まあ、落ち着けよ。よく考えてみるんだ。他の人と比べるからそうなるんだ。
あくまでテストは先生が作った問題との勝負。先生が課す最低点数は五十点。
それさえ下回らなかったら先生との勝負には勝っていることになるんじゃないか。本来共闘すべき生徒同士で争うのはナンセンスとは思わない?」
あんまり長々と話をするのは好きではないが、海老根にはそれっぽいことを言っておけば勝手にいいように解釈してくれるのでこの方法が一番効果的だ。
「なるほど……。確かに。元々テストは先生が作ったものだもんね」
そう言いながら頷いている。自己解釈してくれているようで助かった。
「わかってくれて何よりだ。それじゃあ帰る」
そそくさと部屋を出ようとすると腕を掴まれた。
「折角久しぶりに家に来たんだしさ。今日はゆっくりしていってよ」
先ほどとは違い随分と穏やかな印象だ。寂しそうな表情をする海老根に心にチクリと針が刺さる。
もしかしてだが、自分を家に招いたのは久しぶりに来て欲しいという気持ちがあったのかもしれない。普段は器用なくせにこういう時だけ不器用だから達が悪い。
自分はそれをわかってあげられるほど器用な人間ではないのだ。
「……わかったよ。晩御飯までな」
自分が気付いた範囲で出来るだけのことは言ったつもりだ。
あれから一週間が過ぎ、テスト週間もようやく終わりを迎えた。
たった今終えたテストを終えた解放感からか教室の雰囲気は明るい。教室のあちこちで教室の生徒達が今後の予定を立てている。
どうやら杉山が中心となって人を集めているようで、何人かが集まっているようだ。ぼんやりとそちらを見ていたのだが、教室でメンバー探しをしていた杉山と目が合う。
「時枝、今からみんなで隣町まで遊びに行くんだが一緒に行くか?」
教室全体に聞こえる声でこちらに問いかける。
それに対し、返事として、両手で「×」の字を作る。「そうか」と一言だけ残し杉山はまたメンバー探しを始める。
杉山とは別に仲が悪いわけではないが普段から話すわけでもない。テスト明けの解放感がそうしているのだろうか。
ほぼないだろうが、また誰かに声を掛けられても面倒だ。
早々に教室を立ち去る。
別に誰かと遊びに行くのが嫌いなわけでもないし、常に冷めているわけではない。単純に大人数で何かをするというのはあまり好みではないのだ。
「ただ単純に静かに過ごしたい」
学校を出て、テスト明けの解放感を噛みしめながら自転車を走らせていた訳だが、突然声を掛けられ、余り整備されていない地面に一瞬ハンドルを取られそうになる。
「そう思ってたでしょ。顔に書いてあるよ」
後ろからどうやって顔を見るんだ。なんて言ったら怒られるだろう。だが、そんなにその雰囲気が滲み出ていただろうか。
「凛。急に後ろから話しかけるなって」
「でも、そうでもしないと気付かなかったでしょ」
まあ、確かにそうだろうな。
「翔もテストの解放感に酔ってるんじゃないの?」
「そう見えるのならそうなんだろうよ」
「否定しない辺りそうなんだね」
どこか嬉しそうだがどうしてだろうか。
「凛は皆とどこも行かないんだな」
「行きたかったんだけど、先約があってね」
「そうか」
人とのつながりを大事にする凛らしい。
「もし時間があるなら翔も来る? 翔も関係あるし」
「自分が……?」
「そうそう、今から会うの美咲ちゃんだよ」
美咲ちゃん、ね。この前まで東雲さんと言っていたのに随分と仲良くなったようだ。
「大分仲良くなったんだな」
「そうなのよ。結局あの日以降、毎日一緒に勉強してたんだよ」
毎日とは傍迷惑な話だ。面倒見のいい海老根だからこそ苦にはならなかったんだろう。
元々、海老根と東雲には仲良くなって貰う予定だった訳だし丁度良かった。
「で、どうするの?」
少し考えた後、
「今日はやめておくよ」
そう返す。
「やっぱりそう言うと思った」
「どうして?」
「翔が女子に囲まれている図なんて想像できないもの」
「これは馬鹿にされているのか」
「揶揄ってるの」
そう言い残すと海老根は自転車の速度を上げ自分を追い抜いていった。行かないと言った以上追いかけるつもりはない。
別に海老根や東雲と一緒に居たくないわけじゃない。しかし、折角女子同士仲良くなれたのだから余所者の自分が急に入るのは何か違う気がするのだ。
そう言い訳をして、再び静かな昼下がりの帰り道を楽しむのだった。
言われるまま部屋へ案内される。
本棚に机、ベッドなど一通り必要な家具があり、どれも整理整頓されている。
黄色を基調とした家具が多いのは海老根の好みだろうか。
「海老根さんの部屋、きれいに片付いていますね」
「それほどでもないわよ」
言葉では謙遜しているが、表情には駄々洩れだ。
「まあ、座って座って」
上機嫌な海老根は部屋の中央に置かれた机に座るよう促す。
東雲は正座して座ると早々に勉強用具を取り出す。普段なら世間話から始まりそうなものだがその様子はない。それほど切羽詰まっているのだろう。
その様子を見て海老根も切り替えた様子で東雲の取り出した教科書を横から見る。
「で、どこがわからないの?」
「えっと、ここからが授業に出ていなくてわからないんです」
「ああ、ここね。確かに少しややこしいかも」
そんな風にして海老根と東雲のやり取りが始まったわけだが、自分はいつまでここに居なければいけないのだろうか。自分はここ居るメリットはないはずだが……。
というかどうして自分はここに来ることになったのだろうか。
「帰っていいか」
「だめ。翔も面倒見ないとまた平均点しかとろうとしないじゃない」
平均点なら十分な気もするが、負けず嫌いな海老根にとってそれは許せないのだろう。
「別に平均点でもいい気がするが……」
ぽつりと呟くと海老根が反応する。
「それじゃあ、半分の人に負けてるってことじゃない」
それは平均点じゃなくて中央値だ、なんて訂正をしたら怒られる気がする。
「まあ、落ち着けよ。よく考えてみるんだ。他の人と比べるからそうなるんだ。
あくまでテストは先生が作った問題との勝負。先生が課す最低点数は五十点。
それさえ下回らなかったら先生との勝負には勝っていることになるんじゃないか。本来共闘すべき生徒同士で争うのはナンセンスとは思わない?」
あんまり長々と話をするのは好きではないが、海老根にはそれっぽいことを言っておけば勝手にいいように解釈してくれるのでこの方法が一番効果的だ。
「なるほど……。確かに。元々テストは先生が作ったものだもんね」
そう言いながら頷いている。自己解釈してくれているようで助かった。
「わかってくれて何よりだ。それじゃあ帰る」
そそくさと部屋を出ようとすると腕を掴まれた。
「折角久しぶりに家に来たんだしさ。今日はゆっくりしていってよ」
先ほどとは違い随分と穏やかな印象だ。寂しそうな表情をする海老根に心にチクリと針が刺さる。
もしかしてだが、自分を家に招いたのは久しぶりに来て欲しいという気持ちがあったのかもしれない。普段は器用なくせにこういう時だけ不器用だから達が悪い。
自分はそれをわかってあげられるほど器用な人間ではないのだ。
「……わかったよ。晩御飯までな」
自分が気付いた範囲で出来るだけのことは言ったつもりだ。
あれから一週間が過ぎ、テスト週間もようやく終わりを迎えた。
たった今終えたテストを終えた解放感からか教室の雰囲気は明るい。教室のあちこちで教室の生徒達が今後の予定を立てている。
どうやら杉山が中心となって人を集めているようで、何人かが集まっているようだ。ぼんやりとそちらを見ていたのだが、教室でメンバー探しをしていた杉山と目が合う。
「時枝、今からみんなで隣町まで遊びに行くんだが一緒に行くか?」
教室全体に聞こえる声でこちらに問いかける。
それに対し、返事として、両手で「×」の字を作る。「そうか」と一言だけ残し杉山はまたメンバー探しを始める。
杉山とは別に仲が悪いわけではないが普段から話すわけでもない。テスト明けの解放感がそうしているのだろうか。
ほぼないだろうが、また誰かに声を掛けられても面倒だ。
早々に教室を立ち去る。
別に誰かと遊びに行くのが嫌いなわけでもないし、常に冷めているわけではない。単純に大人数で何かをするというのはあまり好みではないのだ。
「ただ単純に静かに過ごしたい」
学校を出て、テスト明けの解放感を噛みしめながら自転車を走らせていた訳だが、突然声を掛けられ、余り整備されていない地面に一瞬ハンドルを取られそうになる。
「そう思ってたでしょ。顔に書いてあるよ」
後ろからどうやって顔を見るんだ。なんて言ったら怒られるだろう。だが、そんなにその雰囲気が滲み出ていただろうか。
「凛。急に後ろから話しかけるなって」
「でも、そうでもしないと気付かなかったでしょ」
まあ、確かにそうだろうな。
「翔もテストの解放感に酔ってるんじゃないの?」
「そう見えるのならそうなんだろうよ」
「否定しない辺りそうなんだね」
どこか嬉しそうだがどうしてだろうか。
「凛は皆とどこも行かないんだな」
「行きたかったんだけど、先約があってね」
「そうか」
人とのつながりを大事にする凛らしい。
「もし時間があるなら翔も来る? 翔も関係あるし」
「自分が……?」
「そうそう、今から会うの美咲ちゃんだよ」
美咲ちゃん、ね。この前まで東雲さんと言っていたのに随分と仲良くなったようだ。
「大分仲良くなったんだな」
「そうなのよ。結局あの日以降、毎日一緒に勉強してたんだよ」
毎日とは傍迷惑な話だ。面倒見のいい海老根だからこそ苦にはならなかったんだろう。
元々、海老根と東雲には仲良くなって貰う予定だった訳だし丁度良かった。
「で、どうするの?」
少し考えた後、
「今日はやめておくよ」
そう返す。
「やっぱりそう言うと思った」
「どうして?」
「翔が女子に囲まれている図なんて想像できないもの」
「これは馬鹿にされているのか」
「揶揄ってるの」
そう言い残すと海老根は自転車の速度を上げ自分を追い抜いていった。行かないと言った以上追いかけるつもりはない。
別に海老根や東雲と一緒に居たくないわけじゃない。しかし、折角女子同士仲良くなれたのだから余所者の自分が急に入るのは何か違う気がするのだ。
そう言い訳をして、再び静かな昼下がりの帰り道を楽しむのだった。
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