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雨晴プライマリー
雨晴プライマリー⑤
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ーー五月三日。約束はすぐに訪れた。
休みだというのにこれほど憂鬱な朝はなかなかないだろう。
重い体に鞭を打ち、準備を済ませ学校へ向かう。
予定より家を出るのが遅れたがそれでも八時五十分には余裕で着くだろう。
そんな事を思いながら自転車を走らせているとどこか見たことのある後ろ姿が目に入る。
いつもと違うのは全力で走っている所だろうか。その人影を少し追い越し、振り向きながらその人の顔を確認する。
「やっぱり東雲か」
「お、おはよう、ございます」
ずっと走ってきたのか肩で息をしている。言葉も途切れ途切れだ。
「大丈夫か?」
「はい。何とか」
何回か深呼吸をした後にそう答える。
大分呼吸も落ち着いてきたようだ。
「この時間でここだと間に合わない……よな?」
「はい。それで走っているのですが……」
ここからだと走っても九時には間に合わないだろう。
東雲の反応を見る限り、間に合わない事は彼女も自覚している。それでも出来る限り迷惑をかけないために急いでいるのだろう。
「時枝さん。私のことは気にしないで先に行ってください。後で必ず行きますから」
そう言いながらまた東雲は走り出す。
「……わかった」
そう返し、自分も自転車のペダルを漕ぐ。
東雲を追い抜くのは容易かった。
ただ、正直に言ってしまえばこの問題を解決できる方法を思いついている。だからこそ後ろ髪を引かれる思いになっているのだ。
本当はこのままスルーして先に行ってしまいたいが、葛藤の末自転車を止める。
すぐに東雲が追いつく。
「どうされたんですか?」
女子と二人乗りすると考えると緊張するがもう迷っている時間はそれほど残っていない。
「とりあえず時間がないから後ろ乗って」
「え!?」
東雲もかなり戸惑っているように見える。
しかし、本人もこの方法なら間に合うかもしれないと思ったのだろうか、それほど躊躇せずに自転車の後ろに乗る。
東雲の鞄と自分の鞄を前の籠に突っ込み、足に力をグッと込める。
ゆっくりではあるが走り出す。しかし、バランスがなかなか取れずふらふらしている。
二人乗りなんて小学校以来ではないだろうか。あの時の感覚をイメージしながら漕ぎ始める。
「時枝さん、これ私乗って大丈夫ですか?」
「多分、大丈夫……」
最初こそ蛇行運転していたが次第に自転車は安定し、速度を上げていく。
安定したことで少し余裕が出てきた。
「珍しいな。東雲が寝坊するなんて」
「すみません。昨日ちょっと色々ありまして……」
「ふうん。それは余り聞かない方がいいやつか?」
「いえ、そういうのではないですよ」
一拍置いて
「何といいますか。……仕事の話です」
周りの目を気にしているのか最後の方は辛うじて聞こえた程度だった。
視界に見える範囲に人は見えないし、いたとしても自転車で走っているので、そう聞こえるものではないが、伏せて置きたい話なのだろう。
「大変だな」
簡単に一言だけ返し、もう少し急ぐことに専念する。
結局部室前に着いたのは九時過ぎだった。
先についていたであろう花山と山吹は部室前には姿はなかった。その代わり机や椅子などが運び出され部室の外に並んでいる。おそらく部室の掃除を始めているのだろう。
部屋を覗き込むと花山と山吹が掃き掃除をしている所だった。
「遅れてすみません」と時枝。
「遅れてしまい申し訳ありません」と東雲。
それぞれ二人に謝る。
しかし、それほど二人とも気にしている様子ではなくむしろ
「時枝がちゃんと来るなんてね」
なんて花山は揶揄っている。
「そんな、謝らないでください。元はと言えば、部長の私がしっかり管理していなかった事が原因なんですから」
山吹はむしろ自分が悪かったと言わんばかりに自分達に謝る。
山吹には「気にしないでください」と返し、花山に尋ねる。
「今どの辺まで掃除が進んでいるんだ?」
「まだ、机とか運び出しただけだし全然気にしなくていいよ」
「そうか。悪かったな」
「その代わり今日はしっかり働いてもらうよ」
「はいはい」
部屋を見渡すと部屋の隅に掃除ロッカーが設置されているのが見えた。そこから箒を二本取り出し、一本を東雲に手渡す。
「ありがとうございます」
受け取った東雲は部室の埃を掃き始める。
「そう言えば、東雲さんが遅れて来るのってなんか珍しい感じがするね」
「すみません」
「いやいや、責めているわけではないよ。時枝と違ってしっかりしているからさ」
「おい、俺はまだ無遅刻無欠席だぞ」
「知っているよ」
相変わらず意地悪そうな表情でこっちを見る。花山がこの調子なら今日一日中いいように扱われそうだ。
「少し家の方で用事が有りまして……」
「なるほど……。本当だったら休みだもんね。忙しい中来てくれてありがとうね」
笑顔でそう返す。東雲と自分の扱いが雲泥の差だ。
「皆さん仲良しですね」
山吹先輩はニコニコしている。
「皆さん、同じ中学校出身なんですか?」
「いや、違いますよ。高校からの知り合いです」
「そうなんですね。ちょっと意外……。時枝君となんて幼馴染かなって思うくらい仲がいいのに」
「それは違いますよ。花山が勝手に揶揄っているだけですよ」
「でも、構わないだろ?」
「どっちでもいいよ」
「やっぱり仲がいいね」
山吹はそう言いながらくすくす笑う。こんな感じに話をしながら掃除をしているとそれほど苦なく掃除が進むようだった。
一年間貯めに貯め込まれた埃の量はすさまじく埃だけでゴミ袋がいっぱいになりそうだった。
掃き掃除や窓拭き、拭き掃除など一通り掃除が終わる頃には正午を過ぎていた。
「こんな感じで大丈夫でしょう」
山吹の言葉が部室の掃除の終了の合図となりそれぞれ息をつく。
「結構時間かかりましたね」
東雲はそう言いながらも割と爽やかそうな笑顔を浮かべている。
「だね。でも、さすがに疲れたかな。時枝は……見たまんまだね」
苦笑いしながら花山はこちらを見る。
「もう疲れた」
綺麗にした机に突っ伏して答える。しかし、言葉と態度で表すほどは疲れていない。むしろ清々しさすら覚えた。
仲間と協力するというのがこういうことなのかどうかはわからないがこういうのも悪くはないかなと感じた。
少し休憩した後、換気のために開けていた窓を閉め、帰り支度を始める。
個人的には、窓から入って来る暖かな優しい風をもう少し感じていたい気分ではあったが、それ以外はここにいる理由はない。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
山吹の言葉を皮切りにそれぞれ部室を出る。山吹は全員が出たのを確認した後、部室の施錠をする。
「部室の鍵って今の所それだけなんですか?」
ふと気になった事を質問する。
「もう一つ職員室にちゃんとした鍵はあるよ」
しかし、そう言った後、山吹は何かに気付いた様子で話す。
「そうか、入部するということはこの部室も使うだろうし各々鍵が必要なのよね」
「そうですね。各々鍵を持っていた方が今後使いやすくなると思います」
花山はすぐに返答する。
「私も鍵が欲しいです」
東雲もどうやらこの話に乗り気なようだ。
「時枝さんもそう思いませんか?」
唐突に自分に話を振って来る。
相変わらずの突然の反応に少々驚きながら「まあ」と咄嗟に答える。
自分としてはそこまで部室に入り浸るつもりはないのでどちらでもよいのだが、あるに越したことはないだろう。
「わかりました。では、ゴールデンウィーク明けにでも全員分の鍵を用意しますね」
「ありがとうございます」
「わかりました」
「はい」
各々返答し帰り始めるのだった。
休みだというのにこれほど憂鬱な朝はなかなかないだろう。
重い体に鞭を打ち、準備を済ませ学校へ向かう。
予定より家を出るのが遅れたがそれでも八時五十分には余裕で着くだろう。
そんな事を思いながら自転車を走らせているとどこか見たことのある後ろ姿が目に入る。
いつもと違うのは全力で走っている所だろうか。その人影を少し追い越し、振り向きながらその人の顔を確認する。
「やっぱり東雲か」
「お、おはよう、ございます」
ずっと走ってきたのか肩で息をしている。言葉も途切れ途切れだ。
「大丈夫か?」
「はい。何とか」
何回か深呼吸をした後にそう答える。
大分呼吸も落ち着いてきたようだ。
「この時間でここだと間に合わない……よな?」
「はい。それで走っているのですが……」
ここからだと走っても九時には間に合わないだろう。
東雲の反応を見る限り、間に合わない事は彼女も自覚している。それでも出来る限り迷惑をかけないために急いでいるのだろう。
「時枝さん。私のことは気にしないで先に行ってください。後で必ず行きますから」
そう言いながらまた東雲は走り出す。
「……わかった」
そう返し、自分も自転車のペダルを漕ぐ。
東雲を追い抜くのは容易かった。
ただ、正直に言ってしまえばこの問題を解決できる方法を思いついている。だからこそ後ろ髪を引かれる思いになっているのだ。
本当はこのままスルーして先に行ってしまいたいが、葛藤の末自転車を止める。
すぐに東雲が追いつく。
「どうされたんですか?」
女子と二人乗りすると考えると緊張するがもう迷っている時間はそれほど残っていない。
「とりあえず時間がないから後ろ乗って」
「え!?」
東雲もかなり戸惑っているように見える。
しかし、本人もこの方法なら間に合うかもしれないと思ったのだろうか、それほど躊躇せずに自転車の後ろに乗る。
東雲の鞄と自分の鞄を前の籠に突っ込み、足に力をグッと込める。
ゆっくりではあるが走り出す。しかし、バランスがなかなか取れずふらふらしている。
二人乗りなんて小学校以来ではないだろうか。あの時の感覚をイメージしながら漕ぎ始める。
「時枝さん、これ私乗って大丈夫ですか?」
「多分、大丈夫……」
最初こそ蛇行運転していたが次第に自転車は安定し、速度を上げていく。
安定したことで少し余裕が出てきた。
「珍しいな。東雲が寝坊するなんて」
「すみません。昨日ちょっと色々ありまして……」
「ふうん。それは余り聞かない方がいいやつか?」
「いえ、そういうのではないですよ」
一拍置いて
「何といいますか。……仕事の話です」
周りの目を気にしているのか最後の方は辛うじて聞こえた程度だった。
視界に見える範囲に人は見えないし、いたとしても自転車で走っているので、そう聞こえるものではないが、伏せて置きたい話なのだろう。
「大変だな」
簡単に一言だけ返し、もう少し急ぐことに専念する。
結局部室前に着いたのは九時過ぎだった。
先についていたであろう花山と山吹は部室前には姿はなかった。その代わり机や椅子などが運び出され部室の外に並んでいる。おそらく部室の掃除を始めているのだろう。
部屋を覗き込むと花山と山吹が掃き掃除をしている所だった。
「遅れてすみません」と時枝。
「遅れてしまい申し訳ありません」と東雲。
それぞれ二人に謝る。
しかし、それほど二人とも気にしている様子ではなくむしろ
「時枝がちゃんと来るなんてね」
なんて花山は揶揄っている。
「そんな、謝らないでください。元はと言えば、部長の私がしっかり管理していなかった事が原因なんですから」
山吹はむしろ自分が悪かったと言わんばかりに自分達に謝る。
山吹には「気にしないでください」と返し、花山に尋ねる。
「今どの辺まで掃除が進んでいるんだ?」
「まだ、机とか運び出しただけだし全然気にしなくていいよ」
「そうか。悪かったな」
「その代わり今日はしっかり働いてもらうよ」
「はいはい」
部屋を見渡すと部屋の隅に掃除ロッカーが設置されているのが見えた。そこから箒を二本取り出し、一本を東雲に手渡す。
「ありがとうございます」
受け取った東雲は部室の埃を掃き始める。
「そう言えば、東雲さんが遅れて来るのってなんか珍しい感じがするね」
「すみません」
「いやいや、責めているわけではないよ。時枝と違ってしっかりしているからさ」
「おい、俺はまだ無遅刻無欠席だぞ」
「知っているよ」
相変わらず意地悪そうな表情でこっちを見る。花山がこの調子なら今日一日中いいように扱われそうだ。
「少し家の方で用事が有りまして……」
「なるほど……。本当だったら休みだもんね。忙しい中来てくれてありがとうね」
笑顔でそう返す。東雲と自分の扱いが雲泥の差だ。
「皆さん仲良しですね」
山吹先輩はニコニコしている。
「皆さん、同じ中学校出身なんですか?」
「いや、違いますよ。高校からの知り合いです」
「そうなんですね。ちょっと意外……。時枝君となんて幼馴染かなって思うくらい仲がいいのに」
「それは違いますよ。花山が勝手に揶揄っているだけですよ」
「でも、構わないだろ?」
「どっちでもいいよ」
「やっぱり仲がいいね」
山吹はそう言いながらくすくす笑う。こんな感じに話をしながら掃除をしているとそれほど苦なく掃除が進むようだった。
一年間貯めに貯め込まれた埃の量はすさまじく埃だけでゴミ袋がいっぱいになりそうだった。
掃き掃除や窓拭き、拭き掃除など一通り掃除が終わる頃には正午を過ぎていた。
「こんな感じで大丈夫でしょう」
山吹の言葉が部室の掃除の終了の合図となりそれぞれ息をつく。
「結構時間かかりましたね」
東雲はそう言いながらも割と爽やかそうな笑顔を浮かべている。
「だね。でも、さすがに疲れたかな。時枝は……見たまんまだね」
苦笑いしながら花山はこちらを見る。
「もう疲れた」
綺麗にした机に突っ伏して答える。しかし、言葉と態度で表すほどは疲れていない。むしろ清々しさすら覚えた。
仲間と協力するというのがこういうことなのかどうかはわからないがこういうのも悪くはないかなと感じた。
少し休憩した後、換気のために開けていた窓を閉め、帰り支度を始める。
個人的には、窓から入って来る暖かな優しい風をもう少し感じていたい気分ではあったが、それ以外はここにいる理由はない。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
山吹の言葉を皮切りにそれぞれ部室を出る。山吹は全員が出たのを確認した後、部室の施錠をする。
「部室の鍵って今の所それだけなんですか?」
ふと気になった事を質問する。
「もう一つ職員室にちゃんとした鍵はあるよ」
しかし、そう言った後、山吹は何かに気付いた様子で話す。
「そうか、入部するということはこの部室も使うだろうし各々鍵が必要なのよね」
「そうですね。各々鍵を持っていた方が今後使いやすくなると思います」
花山はすぐに返答する。
「私も鍵が欲しいです」
東雲もどうやらこの話に乗り気なようだ。
「時枝さんもそう思いませんか?」
唐突に自分に話を振って来る。
相変わらずの突然の反応に少々驚きながら「まあ」と咄嗟に答える。
自分としてはそこまで部室に入り浸るつもりはないのでどちらでもよいのだが、あるに越したことはないだろう。
「わかりました。では、ゴールデンウィーク明けにでも全員分の鍵を用意しますね」
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