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始まりはいつも雨
始まりはいつも雨②
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どれくらい時間が経っただろうか。
どうやら本を読みながら寝てしまっていたらしい。
周りを見渡してみると来た時よりもはるかに人が増えていた。自分の周りも荷物を置いて席を取っている人がいたり、知り合い同士なのか楽しそうに談笑している姿も見られた。
「やあ、おはよう。君も朝早くからご苦労だね」
後ろから声をかけられ振り返る。そこには今までに見たことのない男子生徒が自分の座っている椅子の背もたれに寄りかかりながら話しかけていた。
爽やかそうな笑みを浮かべており、いかにも人受けは良さそうだ。少し跳ねて見える髪は癖毛なのか寝癖なのかは鑑別しにくい。
「おはよう。……ええっと……今までに会ったことあったか?」
「いや、初めましてだね」
きっぱりと言い切る。初対面でいきなり話しかけてきた人は初めてだ。正直どういう話をしたらいいのかが全く分からない。しかし、向こうはこちらのことを気にするでもなく話し始める。
「君も志乃ちゃんを見るために早く来た人かい?」
「志乃ちゃん……?」
一瞬何のことを言っているのか全く分からなかったが、逆にわからないことは何を指しているかは理解していた。
「ああ、今日来るはずの有名人か。いや、それとは全く関係ないな」
「そうなのか」
これは予想外といった表情でこちらを見ている。
「てっきり一番前にいるものだから熱狂的なファンなのかと思っていたよ」
「ファン……ね……。むしろその志乃ちゃんっていうのが誰か知りたいくらいだよ」
「えっ、君は志乃ちゃんを知らないのかい!」
「あ、ああ……」
この男子生徒はたぶん本気で驚いているのだろうというのは肌で伝わってくる。しかし、ここまで驚くほどの有名人だったのだろうか。もし、そこまでの有名人だったら自分が拒否していても姉貴が入れ知恵しただろうに………。
「驚いたよ。志乃ちゃんを全く知らない人が一番の特等席に座っているなんてね。とんだ笑い話だ。……もしかして誰かに頼まれたのかい? 写真を撮ってきてくれ、とか」
こいつ、かなり鋭い。
「まあ、似たようなものだ」
「頼まれごととは言えそんなに早く来るとは。そうだ名前教えてもらっていいかな」
「自分は時枝翔だ」
「時枝翔か。よろしく。僕は花山晴頼っていうんだ」
「花山ね」
「本当はこんなに早く来るつもりはなかったんだけど、実は僕も頼まれた口でね。似たような境遇の人に出会えてよかったよ」
花山の言葉を借りるなら、“志乃ちゃん”に興味があるわけではない二人が体育館の中央を陣取ってしまっているのだから、多少申し訳なさがある。
だが、そんなことを気にしている間もなく会場が少しずつ暗くなっていく。それはもうすぐ式が始まる事を示していた。
「もうすぐ始まるみたいだね」
後ろから花山の声が聞こえる。
会場全体が暗くなった時に壇上の照明が一気につく。さながら今からサーカスでも始まるかのようだった。
もっとも、照らされた場所に現れたのは華やかな衣装に身を包んだピエロではなく、スーツを着た男性だが……。
その男性はマイクの前に立ち入学式の挨拶を始めた。入学式の挨拶はよくある典型的な挨拶文だった。
こういう式になるといつも感じることだが、大人の世界っていうのはつくづく面倒くさい。この長文も結局のところ『入学おめでとうございます』の一言を言うための付属品に過ぎない。そんな風に思いながら聞き飛ばしていく。
姉から聞いた限りではこの高校の入学式は面白いと聞いていたのだが、その予兆は感じない。入学式が始まってからカメラを片手に持っているがそろそろ重たく感じていた。
高校というものに対し夢を、あるいは希望を感じている者はこの入学式から希望に胸を膨らませているだろうが、そうではない単なる過程としてしか認識していない自分にとってはありがたい話も無用の長物だ。
聞き流しているうちに、一部を除いて多くの人が待ち望んだ瞬間が訪れたようだった。
「……では、本日の特別ゲストに登場して頂きます。星野志乃さんです」
司会がそういうと今まで静まり返っていた会場が一気に盛り上がる。今までは通夜のように静まり返っていたのに、今ではまるでお祭りの喧噪のど真ん中にいる気分だ。
その声に答えるかのように一人の女の子が出てくる。屈託のなさそうな笑顔を浮かべて会場に向かって手を振りながら壇上の上を歩いていく。彼女が出てくると会場がよりヒートアップしたようで留まる所を知らない。
あらかた手を振り終えたのだろうか、壇上に設置されているマイクを手に取る。
有名人の力というのは凄いらしくマイクを手に取っただけで会場が徐々に静かになっていく。
もしこれが単なる一般人、例えば自分だったら果たしてこれほど早く静寂が戻ってくるだろうか、いや戻ることはないだろう。たぶん学校の先生だったとしてもここまで早くはないだろう。
その力にただただ感心する。
「皆さん、入学おめでとうございます」
そう切り出して挨拶が始まった。
「桜のつぼみが少しずつ膨らみ始め、日を追うごとに春の暖かさが感じられる季節となって参りました。本日はお忙しい中、ご来賓の皆様を始め、多くの保護者の皆様のご臨席を賜り入学式が挙行されますことを心よりお喜び申し上げます。………………………………」
どこか聞いたことのある文言だった。
もちろんこう言った挨拶には定型文というものがあるのは知っているがそう何度も聞くものではない。それを承知の上で最近聞いたことがある気がした。
「では、以上を持ちまして第百二回、花宮高校の入学式を終わります」
司会の発言の後に大きな拍手が起こる。
この拍手だけを聞いていると今年の入学式も成功だったようだ。有名人が来て祝辞を述べるというだけというのは個人的には物足りないのではと思ってしまうが、その手の人達からすると満足に至る内容だったようだ。
会場はパッと明るくなる。
「新入生の皆さんは誘導に従って校舎の方へ向かってください」
先程の司会者がマイク越しに叫ぶ。
「よし、じゃあ行こうか」
席から立ち上がっている花山が鞄を持ちながら声を掛けてくる。
「そうだな」
一言返し立ち上がる。
新入生は一つしかない入り口から出ていく必要があるようで、暫くしてようやく会館を出る。密集した人の中で額には薄っすら汗が浮かぶ。
「この人数は多いな」
「そうだね。大体三百人位いるらしいから」
あの一つの空間にそれだけの人数がいたということに唖然とする。
「そう言えば時枝のクラスはどこなの?」
「クラス……? ああ、合格通知書と一緒に送られてきたやつか」
「そうそう」
「確か三組って書かれていたはずだが」
花山は驚いた顔をする。
「へえ、そんなこともあるんだね。僕も三組なんだよ」
初めて話した人間が同じクラスになるという些細な偶然に喜んでいるようだ。
「じゃあ、このまま教室まで行こうか」
花山はまるで仲間を見つけた勇者のように勇んで教室に行こうとする。
折角その気になっている花山にお供したい所ではあったがその勇者様にとっても自分にとっても悲報がある。
「悪いが先に行ってくれ」
「どうして……」
「カメラを建物の中に忘れた」
花山は苦い顔をする。これがどういうことを意味しているのかが分かっているのだろう。頑張れよと一言残した彼を見送り、全員が会館から掃けるのを待つ。そうでもしないと一方通行と化した出入り口は通れそうになかった。
どうやら本を読みながら寝てしまっていたらしい。
周りを見渡してみると来た時よりもはるかに人が増えていた。自分の周りも荷物を置いて席を取っている人がいたり、知り合い同士なのか楽しそうに談笑している姿も見られた。
「やあ、おはよう。君も朝早くからご苦労だね」
後ろから声をかけられ振り返る。そこには今までに見たことのない男子生徒が自分の座っている椅子の背もたれに寄りかかりながら話しかけていた。
爽やかそうな笑みを浮かべており、いかにも人受けは良さそうだ。少し跳ねて見える髪は癖毛なのか寝癖なのかは鑑別しにくい。
「おはよう。……ええっと……今までに会ったことあったか?」
「いや、初めましてだね」
きっぱりと言い切る。初対面でいきなり話しかけてきた人は初めてだ。正直どういう話をしたらいいのかが全く分からない。しかし、向こうはこちらのことを気にするでもなく話し始める。
「君も志乃ちゃんを見るために早く来た人かい?」
「志乃ちゃん……?」
一瞬何のことを言っているのか全く分からなかったが、逆にわからないことは何を指しているかは理解していた。
「ああ、今日来るはずの有名人か。いや、それとは全く関係ないな」
「そうなのか」
これは予想外といった表情でこちらを見ている。
「てっきり一番前にいるものだから熱狂的なファンなのかと思っていたよ」
「ファン……ね……。むしろその志乃ちゃんっていうのが誰か知りたいくらいだよ」
「えっ、君は志乃ちゃんを知らないのかい!」
「あ、ああ……」
この男子生徒はたぶん本気で驚いているのだろうというのは肌で伝わってくる。しかし、ここまで驚くほどの有名人だったのだろうか。もし、そこまでの有名人だったら自分が拒否していても姉貴が入れ知恵しただろうに………。
「驚いたよ。志乃ちゃんを全く知らない人が一番の特等席に座っているなんてね。とんだ笑い話だ。……もしかして誰かに頼まれたのかい? 写真を撮ってきてくれ、とか」
こいつ、かなり鋭い。
「まあ、似たようなものだ」
「頼まれごととは言えそんなに早く来るとは。そうだ名前教えてもらっていいかな」
「自分は時枝翔だ」
「時枝翔か。よろしく。僕は花山晴頼っていうんだ」
「花山ね」
「本当はこんなに早く来るつもりはなかったんだけど、実は僕も頼まれた口でね。似たような境遇の人に出会えてよかったよ」
花山の言葉を借りるなら、“志乃ちゃん”に興味があるわけではない二人が体育館の中央を陣取ってしまっているのだから、多少申し訳なさがある。
だが、そんなことを気にしている間もなく会場が少しずつ暗くなっていく。それはもうすぐ式が始まる事を示していた。
「もうすぐ始まるみたいだね」
後ろから花山の声が聞こえる。
会場全体が暗くなった時に壇上の照明が一気につく。さながら今からサーカスでも始まるかのようだった。
もっとも、照らされた場所に現れたのは華やかな衣装に身を包んだピエロではなく、スーツを着た男性だが……。
その男性はマイクの前に立ち入学式の挨拶を始めた。入学式の挨拶はよくある典型的な挨拶文だった。
こういう式になるといつも感じることだが、大人の世界っていうのはつくづく面倒くさい。この長文も結局のところ『入学おめでとうございます』の一言を言うための付属品に過ぎない。そんな風に思いながら聞き飛ばしていく。
姉から聞いた限りではこの高校の入学式は面白いと聞いていたのだが、その予兆は感じない。入学式が始まってからカメラを片手に持っているがそろそろ重たく感じていた。
高校というものに対し夢を、あるいは希望を感じている者はこの入学式から希望に胸を膨らませているだろうが、そうではない単なる過程としてしか認識していない自分にとってはありがたい話も無用の長物だ。
聞き流しているうちに、一部を除いて多くの人が待ち望んだ瞬間が訪れたようだった。
「……では、本日の特別ゲストに登場して頂きます。星野志乃さんです」
司会がそういうと今まで静まり返っていた会場が一気に盛り上がる。今までは通夜のように静まり返っていたのに、今ではまるでお祭りの喧噪のど真ん中にいる気分だ。
その声に答えるかのように一人の女の子が出てくる。屈託のなさそうな笑顔を浮かべて会場に向かって手を振りながら壇上の上を歩いていく。彼女が出てくると会場がよりヒートアップしたようで留まる所を知らない。
あらかた手を振り終えたのだろうか、壇上に設置されているマイクを手に取る。
有名人の力というのは凄いらしくマイクを手に取っただけで会場が徐々に静かになっていく。
もしこれが単なる一般人、例えば自分だったら果たしてこれほど早く静寂が戻ってくるだろうか、いや戻ることはないだろう。たぶん学校の先生だったとしてもここまで早くはないだろう。
その力にただただ感心する。
「皆さん、入学おめでとうございます」
そう切り出して挨拶が始まった。
「桜のつぼみが少しずつ膨らみ始め、日を追うごとに春の暖かさが感じられる季節となって参りました。本日はお忙しい中、ご来賓の皆様を始め、多くの保護者の皆様のご臨席を賜り入学式が挙行されますことを心よりお喜び申し上げます。………………………………」
どこか聞いたことのある文言だった。
もちろんこう言った挨拶には定型文というものがあるのは知っているがそう何度も聞くものではない。それを承知の上で最近聞いたことがある気がした。
「では、以上を持ちまして第百二回、花宮高校の入学式を終わります」
司会の発言の後に大きな拍手が起こる。
この拍手だけを聞いていると今年の入学式も成功だったようだ。有名人が来て祝辞を述べるというだけというのは個人的には物足りないのではと思ってしまうが、その手の人達からすると満足に至る内容だったようだ。
会場はパッと明るくなる。
「新入生の皆さんは誘導に従って校舎の方へ向かってください」
先程の司会者がマイク越しに叫ぶ。
「よし、じゃあ行こうか」
席から立ち上がっている花山が鞄を持ちながら声を掛けてくる。
「そうだな」
一言返し立ち上がる。
新入生は一つしかない入り口から出ていく必要があるようで、暫くしてようやく会館を出る。密集した人の中で額には薄っすら汗が浮かぶ。
「この人数は多いな」
「そうだね。大体三百人位いるらしいから」
あの一つの空間にそれだけの人数がいたということに唖然とする。
「そう言えば時枝のクラスはどこなの?」
「クラス……? ああ、合格通知書と一緒に送られてきたやつか」
「そうそう」
「確か三組って書かれていたはずだが」
花山は驚いた顔をする。
「へえ、そんなこともあるんだね。僕も三組なんだよ」
初めて話した人間が同じクラスになるという些細な偶然に喜んでいるようだ。
「じゃあ、このまま教室まで行こうか」
花山はまるで仲間を見つけた勇者のように勇んで教室に行こうとする。
折角その気になっている花山にお供したい所ではあったがその勇者様にとっても自分にとっても悲報がある。
「悪いが先に行ってくれ」
「どうして……」
「カメラを建物の中に忘れた」
花山は苦い顔をする。これがどういうことを意味しているのかが分かっているのだろう。頑張れよと一言残した彼を見送り、全員が会館から掃けるのを待つ。そうでもしないと一方通行と化した出入り口は通れそうになかった。
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