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3話 叶わない理由は……
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私にナニが生えてから二ヶ月が経った。
二人だけの秘密を持つと仲が深まるというのは本当らしく、私は湊との間に強固な絆を感じていた。
「えへへ。湊ってかっこいいよね……」
「陽菜先輩は世界で一番可愛いですよ!……ああ、もう。先輩ってば美味しそう。ぜーんぶ食べちゃいたいです!……かぷっ」
「あははっ! ほっぺた食べないでー!」
甘すぎて鳥肌が立つような、胸焼けするような、糖度高めのピロートークをベッドに寝転がりながら今日も繰り広げている。
"二人だけの秘密"、この言葉の魔力は計り知れない。
私はこの二ヶ月を経て、随分と丸くなったように思う。今までは気恥ずかしくてなかなか言えなかった気持ちも素直に伝えられるようになった。
元から湊は甘い言葉を恥ずかしげもなく言ってのける奴だったから、私達の関係にもう塩辛い成分はなくなってしまった。ただひたすらに砂糖を足していくのみだ。
「私ね、思うんだ。体が元に戻らなくて結果的によかったのかもって」
「陽菜先輩……」
体が戻っていないことに気付いた朝は絶望し、大泣きしてしまった。
でも、連絡する前にいち早く湊が駆け付けてくれて嬉しかったな。「一生僕がそばにいる」っていう言葉はプロポーズみたいだった。
「もう、なに泣きそうになってるの?」
私の言葉で瞳を潤ませている湊が愛おしい。湊の頭を撫でながら優しく笑いかける。
「そう……ですよね。僕……陽菜先輩ならわかってくれると思ってました。カンキン座流星群の日、先輩の願いが叶いませんようにって願って本当によかったです」
「……は?」
なんだか憑き物が落ちたような穏やかな微笑みを浮かべているが、聞き捨てならない。
とんでもない怒りが体の内側から沸々と湧き上がるのを感じる。
湊って……湊って、どうしてこうなんだ。私と同じ気持ちでいるようでいて、いつもどっかズレている。
まさに今、致命的なズレを感じた。
「……私さあ、湊のケツマンコにもそろそろ飽きてたとこだったんだ。使い古した中古じゃん? 締まりが悪くなってきてるんだよね……もう湊には興味ないや」
「っ!」
湊には手痛いお仕置きが必要だ。かなりお下品な言葉だが、あの湊にダメージを与えるためにはこのくらい言わないとね。
「そ、そんな、急にどうして……じょ、冗談ですよね?」
港はさっきまでの穏やかな微笑みから一変し、焦りの表情を浮かべている。
「急にどうして」だなんて、馬鹿なことを言うのはいい加減にしてほしい。何がいけなかったのか普通すぐに気付くでしょ。
「やっぱさー……ヤンデレって無しだよね。ヤンデレがツンデレに勝てない理由がわかるわ。私もドリーム星よろしく、ツンデレに乗り換えることにしたから!」
「……あ、あ……そ……んなことって……」
「……それではさようなら。負け犬属性のヤンデレさん!」
出来る限りの無表情を作り、もう湊に対して一切の情も存在しない風を装った。
どうやら私は意外と演技派だったらしい。湊は私の想像以上の精神的ダメージを受けてくれたみたいだ。
ガタガタと震える肩を抱きながら呆然としている湊を残し、私は部屋を出た。
――ねぇ、湊。確かに私は、体が元に戻らなくて結果的によかったかもって言ったよ?
だけど、だけどさ……元に戻った方がもっとずっとよかったに決まってんじゃん!
あの言葉は不幸中の幸い、くらいのニュアンスなんだよ。そのくらい分かってよ!!
「うわああん! 湊のばかあ……っ!!」
湊の家からの帰り道、少し言い過ぎたかなと罪悪感に苛まれた。
それと同時に、言いようのない怒りが込み上げてきて、私は大泣きしながら自宅まで全力疾走したのだった。
▽
学校からの帰り道――
「ハァ……」
ため息が漏れる。あれから一週間が経ったが、湊とは会っていない。謝罪の電話やラインもなかった。
このまま私達の関係は終わるのだろうか。胸が張り裂けそうだけど、正しい結末とも呼べるのかもしれない。
湊は彼女にナニが生えますようにと願うような人間だ。
……まあ、まさか本当に叶うなんて夢にも思わなかっただろうから、最初のお願いは水に流してやるとしよう。
その後が問題なんだ。流れ星に願ったら叶うことを知っている上で、体を元にもどしたがっている私の邪魔をした。
湊とはさっさと別れた方が自分のためになるのかもしれない。
チャリ――
「……ん?」
考えごとをしながら公園の前を通りがかると、道路に落ちていた何かを蹴飛ばした。
家の鍵のようだ……公園で遊んでいた子供が落としたのかな。
静かな公園に視線を向けると高校生くらいの女の子がいた。しゃがんで地面を見たり、遊具のタイヤの中を覗いたり、不自然に公園内をうろうろしている。
どこからどう見ても落とし物を探してます、という感じ。この鍵の持ち主だろうか。
「あのー……落とし物ですか?」
「ちちち違うわよ! 公園で鍵を落とすだなんて、そんな子供っぽいこと有り得ないでしょ! あんた、ばかぁ?」
……何なんだろう、この子は。いきなりキッと睨みつけ、初対面の相手を馬鹿呼ばわり。感じの悪い子だな。
それに私は"鍵"なんてまだ一言も言ってない。そんな言葉が出て来るってことは、間違いなく鍵を探してるんでしょ。
「えーと……実はさっき公園の前で鍵を拾ったんです。よかったら交番に届けておいてもらえませんか?」
「か、鍵? 何であたしが!?……で、でもまぁ……どうしてもって言うなら頼まれてやってもいいけど?」
「お、お願いします……」
「仕方ないわね!」
多分この渡し方は正解だった。彼女は私の手から鍵を引ったくり嬉しそうに笑ったと思ったら、ムスッとした顔でそっぽを向いた。
ま、まあ……無事に持ち主の元へ渡ったみたいでよかったかな。
「じゃあ、私はこれで」
「ま、待ちなさいよ! どうせあんた暇で暇で仕方ないんでしょ? これからあたしの家に来てもいいけど?」
「え……どうして家に?」
「ば、ばか! 別に鍵のお礼がしたいとかじゃないんだから! か、勘違いしないでよねっ!」
「!!」
瞬間、雷に打たれたような衝撃が走る。
……この子、ツンデレだ!
ツンデレって実在するんだ。まさか現実で「か、勘違いしないでよね」なんていうツンデレの定番台詞を聞く機会があるとは。貴重な体験をした。
「お、お邪魔しようかな」
本当は感じの悪い子ではないようだし、一人で暗い気分でいるよりずっと良い。もしかしたら友達になれるかもしれない。
彼女の瞳がパアッと輝いた……と思ったら、またすぐに不機嫌な表情になって「か、勝手にすれば」と吐き捨てるのだった。
スラリと背の高い綺麗な子だな。腰まで伸ばした艶のある長い黒髪に前髪パッツン、いわゆる地雷系ファッションと呼ばれる服装に、アニメの女の子みたいな高い声。
メイクは少し濃いめな印象だけど、間違いなく整った顔立ちをしている。
でも、どこかで会ったことがあるような……? 似た顔のモデルさんや芸能人を見たことがあったのだろうか。
私は確かに彼女の顔立ちとよく似た人物を知っているはずなのに、それが誰だったのかはっきりとは思い出せなかった。
彼女の家は公園の近くのアパートだった。歩きながらいろいろな話をして、少しは打ち解けることが出来た気がする。
彼女の名前はミナミ。私より一歳年下だということも判明した。
「ん。砂糖たくさん入れといたから」
「あ、どうも」
私はリビングに通されて、砂糖入りのコーヒーをありがたく受け取った。
マグカップには見覚えのあるファッションブランドのロゴがプリントされている。
このブランドは以前に湊がお兄さんのお古を着てたから知っている。そこそこお値段がする若者向けのメンズブランドの物だ。
ミナミちゃんは男兄弟と一緒に暮らしているんだろうか。1LDKのようだから一人暮らしだと思ったけど、男の人も一緒に暮らしているのなら色々と納得だな。
失礼な話、ミナミちゃんらしくないというか、女の子っぽさがあまり感じられない部屋だと思ってたんだ。
ミナミちゃんにバレないように部屋を見回しながら、マグカップに口をつける。
「っ、うぐっ!?」
コーヒーを口にふくむのと同時に、私の喉からものすごいうめき声が出た。
「ちょっと何なの!?」
「ご、ごめん……むせただけ!」
どうしようどうしよう。このコーヒー、超不味いぞ!!
ここまで不味い飲み物を飲んだのは小学生の頃、五種類のジュースを混ぜる遊びをした日以来だ。
彼女はコーヒーの中にどんな異物を混入させてしまったんだろう。砂糖と間違えてうっかり青酸カリを入れてしまった……なんて恐ろしいパターンじゃないことを祈る。
されど、私は客人。女だけど、下半身にナニをぶら下げている身。
せっかくコーヒーを煎れてくれた彼女を傷付けるわけにはいかない。料理下手キャラも合わせ持つ彼女を広い心で受け止めるのだ。
そう決意し、マグカップの中身を一気に飲み干した。
「……ねぇ……ねぇってば! ちゃんとあたしの話聞いてる?」
「う、うん。えっと……彼氏の話だったよね」
なんだかあのコーヒーを飲んでからずっと頭がクラクラしている。
私の横に座ったミナミちゃんがあれこれ話題を振ってくれているのはわかってるんだけど、頭が回らない。
とにかく眠たくてたまらなかった。
「その彼氏とは本当に別れる気なの? もう嫌いってこと?」
話の流れで彼氏と喧嘩中であることを話した。ミナミちゃんは恋話が好きなのか、この話題にやたらと食いついてくる。
「ん、と……」
そんなにあっさりと湊を嫌いになれるはずがない。
……でも、湊は? あの日私が言い過ぎたから、もう別に私と仲直りできなくても構わないと思ってるかもしれない。
私は喧嘩すると意地を張ってしまい、自分からは謝れないタイプだ。
今までは湊が先に謝ってくることで仲直りしてきた。思い返してみたら湊が悪いわけじゃないときもそうだったな。
今頃湊はどうしてるだろう。いろいろ思うことはあれど、今は無性に眠い。
「どう、なんだろうね……」
「何それ! はっきり答えてくださいよ! 嫌いなんでしょう? ツンデレがいいんだもんね! それなら僕は……っ」
あ、れ……ミナミちゃんってこんな口調だったっけ?
視界がぼやけて、ミナミちゃんの輪郭しか見えない。その輪郭は、私の大好きな人にとてもよく似ているような……。
▽
ああ――下半身がじんじん熱を持っている。
どうせまた朝勃ちしてるんだ。男の性器ってほんと面倒くさい。そろそろ起きよう。
私……いつ寝たんだっけ?
「……んん……え……? ここどこ!?」
目を開くとまず視界に入ったのは見覚えのない部屋だった。黒とシルバー系の家具で統一されたボーイッシュな部屋だ。
「か、帰らな――」
慌てて上半身を起こし、布団を取っ払ったところで下半身の熱の正体が判明した。
「んっ、んむっ♡」
「ふぁあっ♡」
私はいつの間にか下着を履いていない。スカートはめくりあげられ、私の男性器をミナミちゃんが小さな口でくわえている。
リビングで眠ってしまった私をミナミちゃんがこの部屋まで運んでくれたんだろう。
いや、運んだまではいいけど、何でこんな状況になってるの!?
「ミ、ミナミちゃん……なに、してっ」
「んーっ♡じゅるる……っ♡♡」
ミナミちゃんは私が目を覚ましたことに気付いても一切動揺しない。
それどころか私の顔を上目遣いで見ながら、根元まで口に含んだ性器に強く吸いついてくる。口内では裏筋からカリにかけて舌が這い回っている。ザラザラとした舌の感触が気持ち良すぎて我慢できそうになかった。
「だ、だめっ!♡ も……イくか、ら……く、口離してぇ!」
亀頭が膨らみ、ビクビクと痙攣している。射精一歩手前の感覚だ。私は必死でミナミちゃんの口から性器を引き剥がした。
「うぁっ!♡」
「っ……ふぁぁ♡♡」
ギリギリに口から解放された性器は迫り来る射精感に抗えず、すぐ目の前のミナミちゃんの顔に向かって精液をぶちまける。
「べとべと……♡」
「ごごごめん! ふ、拭かなくちゃ……」
「もう出しちゃうとか、はやっ! オナニー覚えたての小学生だってもっともつよ。早漏チンポはっずかしー! しかも陽菜のザーメンってば、超イカくさいんだけど!」
「あぅぅ……」
ミナミちゃんは額からまぶたに向かってだらだらと落ちてくる精液を指で拭い、その匂いを嗅いで高飛車に笑った。
私は湊と喧嘩してからの一週間、自己処理をしていない。生理現象でたまに勃起することもあったけど、触るような気分にはなれなかったから適当にやり過ごしてきた。
そのため溜まっていた一週間分を放出するかのようにドロドロした濃い精液がミナミちゃんの顔面へ大量に降り注いだのだ。
恥ずかしいやら申し訳ないやらで何も言い返せない。
「どうせ彼氏と会ってないから溜まってんでしょ。ま、まあ? あたしがあんたの彼女になってあげてもいいけど?」
「えっ?」
「あ、あんたがどうしようもない早漏女で哀れだから仕方なくなんだからね! 光栄に思いなさいよ! この愚民が!」
彼女はやはりツンデレだった。
早口で告白のようなことをまくし立てると、私からぷいっと顔を逸らした。精液で汚れたままの頬が赤く染まっている。
状況が全く飲み込めない。
何故私は寝ていたのか。何故ミナミちゃんは私のナニを見ても驚かないのか。何故私のナニをくわえていたのか。
そして、今の言葉はツンデレミナミちゃんなりの本気の告白なのか。
寝起きでいまいち回らない頭は混乱するばかりだが、何か返事をするべきだろうな。
確かに湊にはツンデレに乗り換えると言ったけど、それは私が傷付いたことを重く受け止めてほしかったからであって……
私は湊が反省してくれて、やり直せることを前提で言ったんだと思う。
湊以外と付き合うなんて考えられないよ。湊と別れた方が自分のためだなんて、そんなのただの強がりだ。
「ミナミちゃん、ごめんね。私やっぱり」
「そ、そんな言葉聞きたくないよっ! あたしこんなにツンデレなのに。どうして好きになってくれないの!?……っ、だったら他にどうすればいいんですか! 教えてくださいよ!」
「ちょ、ちょっとミナミちゃん!?」
やっぱり彼氏のことが好きなんだ、と続けようとした言葉はミナミちゃんに遮られた。
肩を掴まれ、後ろへ押し倒される。可愛い顔と声に似つかわしくない強い力だ。
更にそのまま下腹部に座られてしまっては、もう逃げられない。細身だが意外とそれなりの体重があるようで、前にも覚えがあるような圧迫感に苦しめられる。
そんな私の様を、ミナミちゃんは今にも泣き出しそうな顔で見下ろしている。
「か、勘違いしないでよね。別にあんたのことなんてどうとも思ってないし。て、ていうか嫌いだし! 嫌いっ嫌いなんだから! あんたなんて……あんたなんて……」
ミナミちゃんが震えながら言葉を絞り出す度に涙の膜が張った瞳が揺れる。
涙で光って見える大きな瞳。怒って泣いて笑って泣いて笑って笑って……いつも表情がころころ変わる、見慣れた湊の泣き顔にそっくりだと思った。
「……陽菜……のこと、な……んて……っ、大好きです!……うわぁぁんっ、 陽菜先輩、陽菜せんぱぁい!! 好きです。本当です。嘘なんかじゃないんです!」
「み、みなと!?」
「陽菜先輩好き好き大好きぃぃ! ふぇぇん……っ」
……状況が掴めない。ミナミちゃんの頬に一筋の涙が伝ったと思ったら、大好きだと抱き着いてきて、そこからは狂ったようにわんわん声を上げて泣き始めた。
私がぶっかけた白濁を顔面に残したまま、瞳から涙が零れ落ちていく。ミナミちゃんの濃いアイメイクが涙で流れて目の下が黒くなってしまっている。高くて可愛かった声は男の人にしては高めの少年声に変わっていた。
まだ混乱しているが、間違いないのはミナミちゃんが可愛い女の子から、私の見知った可愛い男の子の姿に戻ったということ。
「湊、とりあえず落ち着いて!」
「わぁぁんっ! 陽菜先輩ごめんなさい! ごめんなさいぃぃ」
「うん、だからね」
「うわぁぁん!!」
う、うるさい……。
縋りつかれ、耳元で大泣きされるのは寝起きにはきつい。私は湊が落ち着くまでの間、背中をさすってあげながら待った。
二人だけの秘密を持つと仲が深まるというのは本当らしく、私は湊との間に強固な絆を感じていた。
「えへへ。湊ってかっこいいよね……」
「陽菜先輩は世界で一番可愛いですよ!……ああ、もう。先輩ってば美味しそう。ぜーんぶ食べちゃいたいです!……かぷっ」
「あははっ! ほっぺた食べないでー!」
甘すぎて鳥肌が立つような、胸焼けするような、糖度高めのピロートークをベッドに寝転がりながら今日も繰り広げている。
"二人だけの秘密"、この言葉の魔力は計り知れない。
私はこの二ヶ月を経て、随分と丸くなったように思う。今までは気恥ずかしくてなかなか言えなかった気持ちも素直に伝えられるようになった。
元から湊は甘い言葉を恥ずかしげもなく言ってのける奴だったから、私達の関係にもう塩辛い成分はなくなってしまった。ただひたすらに砂糖を足していくのみだ。
「私ね、思うんだ。体が元に戻らなくて結果的によかったのかもって」
「陽菜先輩……」
体が戻っていないことに気付いた朝は絶望し、大泣きしてしまった。
でも、連絡する前にいち早く湊が駆け付けてくれて嬉しかったな。「一生僕がそばにいる」っていう言葉はプロポーズみたいだった。
「もう、なに泣きそうになってるの?」
私の言葉で瞳を潤ませている湊が愛おしい。湊の頭を撫でながら優しく笑いかける。
「そう……ですよね。僕……陽菜先輩ならわかってくれると思ってました。カンキン座流星群の日、先輩の願いが叶いませんようにって願って本当によかったです」
「……は?」
なんだか憑き物が落ちたような穏やかな微笑みを浮かべているが、聞き捨てならない。
とんでもない怒りが体の内側から沸々と湧き上がるのを感じる。
湊って……湊って、どうしてこうなんだ。私と同じ気持ちでいるようでいて、いつもどっかズレている。
まさに今、致命的なズレを感じた。
「……私さあ、湊のケツマンコにもそろそろ飽きてたとこだったんだ。使い古した中古じゃん? 締まりが悪くなってきてるんだよね……もう湊には興味ないや」
「っ!」
湊には手痛いお仕置きが必要だ。かなりお下品な言葉だが、あの湊にダメージを与えるためにはこのくらい言わないとね。
「そ、そんな、急にどうして……じょ、冗談ですよね?」
港はさっきまでの穏やかな微笑みから一変し、焦りの表情を浮かべている。
「急にどうして」だなんて、馬鹿なことを言うのはいい加減にしてほしい。何がいけなかったのか普通すぐに気付くでしょ。
「やっぱさー……ヤンデレって無しだよね。ヤンデレがツンデレに勝てない理由がわかるわ。私もドリーム星よろしく、ツンデレに乗り換えることにしたから!」
「……あ、あ……そ……んなことって……」
「……それではさようなら。負け犬属性のヤンデレさん!」
出来る限りの無表情を作り、もう湊に対して一切の情も存在しない風を装った。
どうやら私は意外と演技派だったらしい。湊は私の想像以上の精神的ダメージを受けてくれたみたいだ。
ガタガタと震える肩を抱きながら呆然としている湊を残し、私は部屋を出た。
――ねぇ、湊。確かに私は、体が元に戻らなくて結果的によかったかもって言ったよ?
だけど、だけどさ……元に戻った方がもっとずっとよかったに決まってんじゃん!
あの言葉は不幸中の幸い、くらいのニュアンスなんだよ。そのくらい分かってよ!!
「うわああん! 湊のばかあ……っ!!」
湊の家からの帰り道、少し言い過ぎたかなと罪悪感に苛まれた。
それと同時に、言いようのない怒りが込み上げてきて、私は大泣きしながら自宅まで全力疾走したのだった。
▽
学校からの帰り道――
「ハァ……」
ため息が漏れる。あれから一週間が経ったが、湊とは会っていない。謝罪の電話やラインもなかった。
このまま私達の関係は終わるのだろうか。胸が張り裂けそうだけど、正しい結末とも呼べるのかもしれない。
湊は彼女にナニが生えますようにと願うような人間だ。
……まあ、まさか本当に叶うなんて夢にも思わなかっただろうから、最初のお願いは水に流してやるとしよう。
その後が問題なんだ。流れ星に願ったら叶うことを知っている上で、体を元にもどしたがっている私の邪魔をした。
湊とはさっさと別れた方が自分のためになるのかもしれない。
チャリ――
「……ん?」
考えごとをしながら公園の前を通りがかると、道路に落ちていた何かを蹴飛ばした。
家の鍵のようだ……公園で遊んでいた子供が落としたのかな。
静かな公園に視線を向けると高校生くらいの女の子がいた。しゃがんで地面を見たり、遊具のタイヤの中を覗いたり、不自然に公園内をうろうろしている。
どこからどう見ても落とし物を探してます、という感じ。この鍵の持ち主だろうか。
「あのー……落とし物ですか?」
「ちちち違うわよ! 公園で鍵を落とすだなんて、そんな子供っぽいこと有り得ないでしょ! あんた、ばかぁ?」
……何なんだろう、この子は。いきなりキッと睨みつけ、初対面の相手を馬鹿呼ばわり。感じの悪い子だな。
それに私は"鍵"なんてまだ一言も言ってない。そんな言葉が出て来るってことは、間違いなく鍵を探してるんでしょ。
「えーと……実はさっき公園の前で鍵を拾ったんです。よかったら交番に届けておいてもらえませんか?」
「か、鍵? 何であたしが!?……で、でもまぁ……どうしてもって言うなら頼まれてやってもいいけど?」
「お、お願いします……」
「仕方ないわね!」
多分この渡し方は正解だった。彼女は私の手から鍵を引ったくり嬉しそうに笑ったと思ったら、ムスッとした顔でそっぽを向いた。
ま、まあ……無事に持ち主の元へ渡ったみたいでよかったかな。
「じゃあ、私はこれで」
「ま、待ちなさいよ! どうせあんた暇で暇で仕方ないんでしょ? これからあたしの家に来てもいいけど?」
「え……どうして家に?」
「ば、ばか! 別に鍵のお礼がしたいとかじゃないんだから! か、勘違いしないでよねっ!」
「!!」
瞬間、雷に打たれたような衝撃が走る。
……この子、ツンデレだ!
ツンデレって実在するんだ。まさか現実で「か、勘違いしないでよね」なんていうツンデレの定番台詞を聞く機会があるとは。貴重な体験をした。
「お、お邪魔しようかな」
本当は感じの悪い子ではないようだし、一人で暗い気分でいるよりずっと良い。もしかしたら友達になれるかもしれない。
彼女の瞳がパアッと輝いた……と思ったら、またすぐに不機嫌な表情になって「か、勝手にすれば」と吐き捨てるのだった。
スラリと背の高い綺麗な子だな。腰まで伸ばした艶のある長い黒髪に前髪パッツン、いわゆる地雷系ファッションと呼ばれる服装に、アニメの女の子みたいな高い声。
メイクは少し濃いめな印象だけど、間違いなく整った顔立ちをしている。
でも、どこかで会ったことがあるような……? 似た顔のモデルさんや芸能人を見たことがあったのだろうか。
私は確かに彼女の顔立ちとよく似た人物を知っているはずなのに、それが誰だったのかはっきりとは思い出せなかった。
彼女の家は公園の近くのアパートだった。歩きながらいろいろな話をして、少しは打ち解けることが出来た気がする。
彼女の名前はミナミ。私より一歳年下だということも判明した。
「ん。砂糖たくさん入れといたから」
「あ、どうも」
私はリビングに通されて、砂糖入りのコーヒーをありがたく受け取った。
マグカップには見覚えのあるファッションブランドのロゴがプリントされている。
このブランドは以前に湊がお兄さんのお古を着てたから知っている。そこそこお値段がする若者向けのメンズブランドの物だ。
ミナミちゃんは男兄弟と一緒に暮らしているんだろうか。1LDKのようだから一人暮らしだと思ったけど、男の人も一緒に暮らしているのなら色々と納得だな。
失礼な話、ミナミちゃんらしくないというか、女の子っぽさがあまり感じられない部屋だと思ってたんだ。
ミナミちゃんにバレないように部屋を見回しながら、マグカップに口をつける。
「っ、うぐっ!?」
コーヒーを口にふくむのと同時に、私の喉からものすごいうめき声が出た。
「ちょっと何なの!?」
「ご、ごめん……むせただけ!」
どうしようどうしよう。このコーヒー、超不味いぞ!!
ここまで不味い飲み物を飲んだのは小学生の頃、五種類のジュースを混ぜる遊びをした日以来だ。
彼女はコーヒーの中にどんな異物を混入させてしまったんだろう。砂糖と間違えてうっかり青酸カリを入れてしまった……なんて恐ろしいパターンじゃないことを祈る。
されど、私は客人。女だけど、下半身にナニをぶら下げている身。
せっかくコーヒーを煎れてくれた彼女を傷付けるわけにはいかない。料理下手キャラも合わせ持つ彼女を広い心で受け止めるのだ。
そう決意し、マグカップの中身を一気に飲み干した。
「……ねぇ……ねぇってば! ちゃんとあたしの話聞いてる?」
「う、うん。えっと……彼氏の話だったよね」
なんだかあのコーヒーを飲んでからずっと頭がクラクラしている。
私の横に座ったミナミちゃんがあれこれ話題を振ってくれているのはわかってるんだけど、頭が回らない。
とにかく眠たくてたまらなかった。
「その彼氏とは本当に別れる気なの? もう嫌いってこと?」
話の流れで彼氏と喧嘩中であることを話した。ミナミちゃんは恋話が好きなのか、この話題にやたらと食いついてくる。
「ん、と……」
そんなにあっさりと湊を嫌いになれるはずがない。
……でも、湊は? あの日私が言い過ぎたから、もう別に私と仲直りできなくても構わないと思ってるかもしれない。
私は喧嘩すると意地を張ってしまい、自分からは謝れないタイプだ。
今までは湊が先に謝ってくることで仲直りしてきた。思い返してみたら湊が悪いわけじゃないときもそうだったな。
今頃湊はどうしてるだろう。いろいろ思うことはあれど、今は無性に眠い。
「どう、なんだろうね……」
「何それ! はっきり答えてくださいよ! 嫌いなんでしょう? ツンデレがいいんだもんね! それなら僕は……っ」
あ、れ……ミナミちゃんってこんな口調だったっけ?
視界がぼやけて、ミナミちゃんの輪郭しか見えない。その輪郭は、私の大好きな人にとてもよく似ているような……。
▽
ああ――下半身がじんじん熱を持っている。
どうせまた朝勃ちしてるんだ。男の性器ってほんと面倒くさい。そろそろ起きよう。
私……いつ寝たんだっけ?
「……んん……え……? ここどこ!?」
目を開くとまず視界に入ったのは見覚えのない部屋だった。黒とシルバー系の家具で統一されたボーイッシュな部屋だ。
「か、帰らな――」
慌てて上半身を起こし、布団を取っ払ったところで下半身の熱の正体が判明した。
「んっ、んむっ♡」
「ふぁあっ♡」
私はいつの間にか下着を履いていない。スカートはめくりあげられ、私の男性器をミナミちゃんが小さな口でくわえている。
リビングで眠ってしまった私をミナミちゃんがこの部屋まで運んでくれたんだろう。
いや、運んだまではいいけど、何でこんな状況になってるの!?
「ミ、ミナミちゃん……なに、してっ」
「んーっ♡じゅるる……っ♡♡」
ミナミちゃんは私が目を覚ましたことに気付いても一切動揺しない。
それどころか私の顔を上目遣いで見ながら、根元まで口に含んだ性器に強く吸いついてくる。口内では裏筋からカリにかけて舌が這い回っている。ザラザラとした舌の感触が気持ち良すぎて我慢できそうになかった。
「だ、だめっ!♡ も……イくか、ら……く、口離してぇ!」
亀頭が膨らみ、ビクビクと痙攣している。射精一歩手前の感覚だ。私は必死でミナミちゃんの口から性器を引き剥がした。
「うぁっ!♡」
「っ……ふぁぁ♡♡」
ギリギリに口から解放された性器は迫り来る射精感に抗えず、すぐ目の前のミナミちゃんの顔に向かって精液をぶちまける。
「べとべと……♡」
「ごごごめん! ふ、拭かなくちゃ……」
「もう出しちゃうとか、はやっ! オナニー覚えたての小学生だってもっともつよ。早漏チンポはっずかしー! しかも陽菜のザーメンってば、超イカくさいんだけど!」
「あぅぅ……」
ミナミちゃんは額からまぶたに向かってだらだらと落ちてくる精液を指で拭い、その匂いを嗅いで高飛車に笑った。
私は湊と喧嘩してからの一週間、自己処理をしていない。生理現象でたまに勃起することもあったけど、触るような気分にはなれなかったから適当にやり過ごしてきた。
そのため溜まっていた一週間分を放出するかのようにドロドロした濃い精液がミナミちゃんの顔面へ大量に降り注いだのだ。
恥ずかしいやら申し訳ないやらで何も言い返せない。
「どうせ彼氏と会ってないから溜まってんでしょ。ま、まあ? あたしがあんたの彼女になってあげてもいいけど?」
「えっ?」
「あ、あんたがどうしようもない早漏女で哀れだから仕方なくなんだからね! 光栄に思いなさいよ! この愚民が!」
彼女はやはりツンデレだった。
早口で告白のようなことをまくし立てると、私からぷいっと顔を逸らした。精液で汚れたままの頬が赤く染まっている。
状況が全く飲み込めない。
何故私は寝ていたのか。何故ミナミちゃんは私のナニを見ても驚かないのか。何故私のナニをくわえていたのか。
そして、今の言葉はツンデレミナミちゃんなりの本気の告白なのか。
寝起きでいまいち回らない頭は混乱するばかりだが、何か返事をするべきだろうな。
確かに湊にはツンデレに乗り換えると言ったけど、それは私が傷付いたことを重く受け止めてほしかったからであって……
私は湊が反省してくれて、やり直せることを前提で言ったんだと思う。
湊以外と付き合うなんて考えられないよ。湊と別れた方が自分のためだなんて、そんなのただの強がりだ。
「ミナミちゃん、ごめんね。私やっぱり」
「そ、そんな言葉聞きたくないよっ! あたしこんなにツンデレなのに。どうして好きになってくれないの!?……っ、だったら他にどうすればいいんですか! 教えてくださいよ!」
「ちょ、ちょっとミナミちゃん!?」
やっぱり彼氏のことが好きなんだ、と続けようとした言葉はミナミちゃんに遮られた。
肩を掴まれ、後ろへ押し倒される。可愛い顔と声に似つかわしくない強い力だ。
更にそのまま下腹部に座られてしまっては、もう逃げられない。細身だが意外とそれなりの体重があるようで、前にも覚えがあるような圧迫感に苦しめられる。
そんな私の様を、ミナミちゃんは今にも泣き出しそうな顔で見下ろしている。
「か、勘違いしないでよね。別にあんたのことなんてどうとも思ってないし。て、ていうか嫌いだし! 嫌いっ嫌いなんだから! あんたなんて……あんたなんて……」
ミナミちゃんが震えながら言葉を絞り出す度に涙の膜が張った瞳が揺れる。
涙で光って見える大きな瞳。怒って泣いて笑って泣いて笑って笑って……いつも表情がころころ変わる、見慣れた湊の泣き顔にそっくりだと思った。
「……陽菜……のこと、な……んて……っ、大好きです!……うわぁぁんっ、 陽菜先輩、陽菜せんぱぁい!! 好きです。本当です。嘘なんかじゃないんです!」
「み、みなと!?」
「陽菜先輩好き好き大好きぃぃ! ふぇぇん……っ」
……状況が掴めない。ミナミちゃんの頬に一筋の涙が伝ったと思ったら、大好きだと抱き着いてきて、そこからは狂ったようにわんわん声を上げて泣き始めた。
私がぶっかけた白濁を顔面に残したまま、瞳から涙が零れ落ちていく。ミナミちゃんの濃いアイメイクが涙で流れて目の下が黒くなってしまっている。高くて可愛かった声は男の人にしては高めの少年声に変わっていた。
まだ混乱しているが、間違いないのはミナミちゃんが可愛い女の子から、私の見知った可愛い男の子の姿に戻ったということ。
「湊、とりあえず落ち着いて!」
「わぁぁんっ! 陽菜先輩ごめんなさい! ごめんなさいぃぃ」
「うん、だからね」
「うわぁぁん!!」
う、うるさい……。
縋りつかれ、耳元で大泣きされるのは寝起きにはきつい。私は湊が落ち着くまでの間、背中をさすってあげながら待った。
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