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第一章

第12話 重なる勘違い

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「はぁっ、はぁっ……クソッ」

 王宮の廊下を長いこと全力疾走した俺は、やがてなけなしの体力が尽き、廊下の隅っこでしゃがみこんだ。

「今更、あんなので動揺するなんて……」

 天井を見上げ、両手で顔を覆う。

 
 ――先ほど、尋問を受ける為に王宮へ訪れた俺は、出迎えに来た宮人に用を告げ、客間で待たされていた。

 しかし、待てども待てども客間には誰も来ない。

 痺れを切らして客間を抜け出し、誰か知ってるヤツに出くわさないかとウロウロしていた俺は、見事に迷子になってしまった。

 そのままあてもなくフラフラし続け、やっと人の声が聞こえた場所へと恐る恐る近寄ってみたら、あの二人である。
 
『――私……とっても寂しくて』

 聞こえた会話に、俺は白目を剥いた。
 ぬぁーにが寂しくて、だ。
 ただヤりたいだけじゃねーかあの×××。

 エレーヌの明け透けな態度に、さぞシリルはドン引きしただろうと思いきや、相手の肩をがしりと掴みヤル気満々である。

 何て事だ。コイツの脳ミソは股間についてんのか。
 
 俺は思わず扉に近寄り、足先がガツンと扉に当たって結構な物音をたててしまった。

 完全に俺の存在に気づいた二人と顔を合わせたくなくて、秒で逃げ出し廊下を全力疾走。

 ――そして今に至る。

「逃げても、しょうがないよなぁ」
 
 顔を覆ったまま、俺は呻いた。
 
 そう、今日俺は、尋問を受けるために城を訪れたのだ。
 尋問は、ローズの時のようにシリルが行うだろう。

「き、気まず……いや、でも」

 例のブローチを仕舞った懐に、ちらりと視線を向ける。
 
 ……これを返すには、いいタイミングだったかもしれないな。
  
「あ! いた!」

 廊下に響く声に、俺は飛び上がった。

「ヴァンドーム様。勝手に城内を歩き回らないで下さい……」

 声の主は、最初に俺を客間へ案内した宮人だった。

「あ、申し訳ない……なかなか来ないから、不安になってしまって」
「あー、そうですよね。お待たせしてしまい申し訳ありません」
「いやいやいやいや、こちらこそ面目ない。えっと、では案内をお願いできますか」

 お互いに謝り倒したあと、俺が本題に切り替えると、宮人は気まずそうな顔をした。

「あのですね、非常に言いづらいのですが……ロジェ・ヴァンドーム様の尋問の日は、今日ではありません」
「へ?」

 内容を理解するのに時間がかかって、俺はフリーズする。

 今日ではありません……
 今日では、ありません?

「それは、つまり……」
「尋問を行う日は、次の休息日。つまり3日後です。手紙にも、そう書いてあるのですが……」

 宮人は、もじもじと両手を組み合わせながら言った。

 つまり、つまりだ。
 俺は、来る日付を、間違えたのだ。

 カァッ、と顔が熱くなり、額に大量の脂汗が滲むのを感じた。

「そ、それはそれは、えっと、申し訳ありませんでした」
「いえこちらこそ、確認に手間取ってしまって……大変お待たせしてしまいました」

 なるほど、なかなか客間に来なかった理由もうかがえる。

 今日行われるはずのない尋問について、あちこち聞き回ってくれたのだろう。
 それを言わない宮人の気遣いがまた、余計に居たたまれない。

「じゃ、俺、帰ります」
「そうですね、では、私が馬車まで」

 ご案内を、といいかけた宮人がピタリと止まった。
 俺の顔も苦笑いを浮かべたまま凍り付く。

「ロジェは僕が案内するよ。君は戻って結構」

 あの部屋から走って追いかけてきたのか、肩を上下させたシリルが、そこにいたのだった。
 
 
――――


「……」
「……」

 無言のまま、俯いてシリルの三歩後ろを付いていく。
 ……気まずい。
 
 返すタイミングを逃した懐のブローチが、ずっしりと存在を訴えかけている。

「ヴァンドーム侯爵が、今回の件で元老院の構成から外されるみたいだ」

 唐突に、シリルが口を開いた。
 いい気味とでも?と言いたいのをこらえて、俺は黙った。

「まだ調査が終わってないというのに、教会の強い口出しがあったらしい。僕の力では、どうすることもできなかった……申し訳ない」

 俺は思わず視線を上げた。まるで心から悔いているような口ぶりだ。
 期待の念が、むくりと顔を上げる。
 
 だが、すぐに思い直した。
 ローズの姿が、俺の脳裏に浮かんでいた。
 もう、騙されない。

「体調はどうだい?……君が倒れた時、僕は気が気じゃなかったよ。目を覚ましたときいて、どれだけ安心したか……君の妹は、」
「殿下」

 俺は、無礼なのは承知の上で、シリルの言葉を遮った。 
 その口から、今、ローズの話題が出るのは耐えられなかった。
 
「他ならぬ殿下が俺たちを気にかけるだなんて、到底信じられませんね」

 俺の物言いに、シリルはハッとしたように振り返った。

「ロジェ、誤解だ。さっきの事は……」
 
「殿下があの男爵令嬢とどうなろうと、俺には関係ない」

 心から気にしていない風を装いたかったが、どうしても口調が硬くなるのは抑えられなかった。

「俺は、ローズの取り調べの、あの過剰な仕打ちの事を言っているのです」

「過剰な仕打ち……? 何の事だ」

 シリルが足を止め、考え込んだ。

 (……白々しい)
 
 その様子に、俺は無性にイラついた。
 
「ああ、髪を少し切ったとか……」
「少し!?」

 俺はと、シリルの顔を正面から睨み付けた。
 
「あれを、少しと仰るのですか? あの程度ではまだ報復が足りないとでも?」

 胸の奥が、すっと冷えていく。
 エレーヌとシリルの現場に立ち合わせ動揺していた、数分前の自分がひどく馬鹿馬鹿しかった。
 
「今日は、これを返しに来ました」

 懐からブローチの入った小箱を取り出し、シリルに押し付ける。 

「どうして殿下がこのようなものを下さったのか、俺はずっと考えていました。何か特別な意味があるのではないかと、不相応な期待をした事も……」

「ロジェ……」

「でも、やっと分かりました。これは、ただの殿下の気まぐれだったんだ。そうでしょう?人の気持ちを弄んで、さぞ楽しかったでしょうね」
  
「そんな事はない!」

 シリルは、激しく動揺した様子で、俺の腕を強く掴んだ。
 
「そんな事は決して……ロジェ、僕は」
「もう、たくさんだ」

 自分でも聞いたことがない程、低い声が出た。
 
「俺に関わらないでくれよ。もちろん、俺の大事な妹にも」

 押し寄せる感情に、喉が締め付けられそうだった。
 シリルに向けた敵意が跳ね返るように、俺の心までビリビリに引き裂かれるような思いがした。

 そのまま、力を込めてシリルの手を振りほどいた。
 当人は根が生えたように硬直している。 
 
「わざわざ俺のために案内いただき、ありがとうございました。ここまで来たら、もう俺が迷うことはないでしょう。では、これで失礼しますね」

 一気に言い切って、俺はシリルの顔も見ず、ずんずんと歩き出した。

 ――とうとうシリルは、俺を追っては来なかった。
 

 

 

 

 
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