37 / 52
scene25:左利き
しおりを挟む
車まで行き、雅の車に荷物を入れた栖谷。頭にポンと手を置くと、笑いかけた。
「じゃぁ、また明日な?」
「…帰るの?」
「まだ居てほしいなら居るが…」
「…良いです…帰ります…」
俯いてしまった雅の手を掴んだまま離さない栖谷。
(何よ…帰れって言ったり引き留めたり……)
「明日。傍にいてほしい」
「え…?」
「次第によっては…平静を保てるか解らない…」
「でも、加賀さんもいるし……」
「頼むな」
言うだけ言うとそっと手を離して栖谷自身も車に乗り込んでライトを点けて走って行った。残された雅はきょとんとして見送るしかほかなかった。
「な…に?あの俺様……てか…平静保てるかって…そんな危なそうな相手には見えなかったけど…」
少しためらいがちにも車に乗り込み雅の栖谷を追いかけるように署を後にした。
翌日。いつもより少し早めに家を出た雅。そのまま署に急いだ。いつもと同じように秘密基地の様な3人だけの部屋に入る時の『ピッ』という音を聞くと嬉しくなる。
「おはよう」
「お…はようございます」
「どうした?そんな変な顔して…」
「いえ…早いお着きで…」
「そりゃ、昨日の君が導き出してくれた人物…読み込んでおかないとね?」
「あの…栖谷さん?」
「なんだ?」
「……平静…保てると思いますけど…普通に…」
「どうかな。何と言ってもこの男、僕が殺したいほど憎んでいる男と同じ『左利き』だからね…」
「其れだけですか…?」
「…フフ」
笑ってごまかそうとする栖谷に小さくため息を1つ吐いた雅。そんな時だ。加賀がやってくる。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
「…って、自分が今日…最後ですか?」
「そうだな。中だるみとはね…」
「そんな…すみません。」
「クスクス…そんなに言わなくても…これでも他に比べたらよっぽど早いんですよ?」
「まぁ、確かにそうだな」
そうして作戦会議なんていうのも無く、それぞれの仕事についていく。9時を回ろうかと言う時、室内に内線が入る。
「はい、警備企画、成瀬です。」
『水野、到着いたしました。』
「了解です。……水野、こちらに到着したそうです。」
「了解…行くか、加賀。」
「はい。」
「成瀬…!?」
タイミング悪くまた1本の電話が入る。何かを伝える事も無く、2人は出て行き、雅だけが残った。
「成瀬、電話番がありますよ?」
「…フゥ…そうだったな…」
「栖谷さん。何かあれからわかりましたか?」
「僕が数年前に送検した男だった」
それを聞いた加賀はぽかんとして、一瞬足が止まった。
「何してる?置いていくぞ?」
「あ、すみません」
そうして2つ下の階に降りると被疑者である水野の待つ取調室に入っていく。
「失礼します。」
「……」
水野はちらりと入り口から入ってくる栖谷を見つめた。肩を震わせながら笑い出す水野を見ながらもその視線は冷たいものだった。
「さて…」
カタンと椅子に座る栖谷は真っ直ぐに水野を見つめていた。その視線から少し伏せ目がちに俯いた水野はそのまま時間が過ぎるのを待った。
「…君がやったのか?」
「クス…相変わらずですねぇ、栖谷さん」
「聞かせて貰おうか。なぜ僕じゃなくてはいけなかったのか。」
「あなたに聞かせてやろうかと思って。俺の理論、信念を。」
「…どんなものだ?」
「俺に刃向かうものには死が待っている。どんな形だろうと構わない。俺が手にかけようとほかの奴等に頼もうと。…俺が声をかければすぐに人は集まる。」
「…それで?」
「俺はねぇ、まだやり残したことがあるんだよ。」
「やり残したこと?」
「うん。」
「…それはなんだ。」
「あなたへの復讐…ですよ」
「…やはりな」
「良い事教えてあげる。俺ね、あなたに警察に連れてこられて…婚約者に捨てられた。だからあなたの大切なものを奪いに来たんだよ?」
「僕の大切なもの?」
「うん。何が大切かなぁって考えたんだよ。」
「…それで?」
「栖谷さん自身、仲間、公安、彼女、……日本。」
「…お前が出来る訳ないだろ。」
「あれ、もしかして冷静欠いてる?…クスクス、奪うことは出来なくても困らせる事は出来るんじゃないかなぁって。」
子供が何かいたずらを考えているような顔を見せて笑っている水野。そんな水野を見て栖谷は立ち上がると近付いた。
「もし仮に奪うとしても、どんな方法でやるつもりだ。」
「それ、俺が話すと思う?話したらどんな手使っても潰すでしょ。」
「…」
無言な栖谷を下から見上げる水野。その時だった。バタバタと音がして突如一人が入ってくる。
「失礼します。」
「成瀬…?」
「栖谷さん…(先程連絡が入りました。東京タワーに大量の爆弾が仕掛けられたとの事です。)
「なんだって…?」
「…もう見つかっちゃいましたか…」
「え?」
「…まさか…」
「それならあっちも見つかるの時間の問題かなぁ…」
「…貴様…ッッ」
ぐいっと胸ぐらを掴むとダンッっと壁に押し付けた。
「いったいなぁ。何?」
「どこに何を仕掛けた。」
「だからぁ、それ、俺が言うと思う?」
「言え」
「…・・これって自白の強要って奴になるんじゃない?いいの?天下の栖谷さんが…」
「水野…!」
「待ってください!!!」
拳を振り上げた栖谷を止めようとした雅。多少かすりはしたものの、大けがには至る事はなかった。
「ははは…女にまさか止められるとはね。」
「成瀬、構わん。離せ…」
「いけません」
「きゃははは!ねぇ、成瀬さん。君が俺とイイコトしたらぜーんぶ話すよ?」
そういって笑いながらも嫌らしく舌で唇を舐める水野を、再度吊し上げるかのように抑え付ける栖谷。その目はあまり見せる事のない位の冷たく、冷酷な物だった。
「先に言っておく。お前は俺が唯一殺したいほど憎んでいる男と同じ左利きだ。それに加えて僕を怒らせた。……この罪の重さ、解って居るな?」
「公私混同っすか。まともな取り調べじゃないっすね」
そういう水野をどさりと降ろすと監守に任せて栖谷は加賀に声をかける。
「向うで待っている。」
「解りました。」
「成瀬。行くぞ」
「はい」
そうして取調室を後にした。加賀は調述書を保存、印刷して後を追う。車に向かう栖谷と加賀。2階上の部屋に向かう雅。行先はそれぞれ別だったが、目指す場所は同じだった。
それぞれインカムを着けて、話し出す。
『成瀬、聞こえるか?』
「はい、どうぞ?」
『何かまた連絡があったら知らせてくれ。』
「ya。」
『それと……』
「はい?」
『馬鹿な事は考えるなよ?』
「バカな事?」
『……以上だ』
そうして一旦保留になる。そのまま東京タワーに向かっていった。
(バカな事って……何よ…)
到着するとすでに何人かの班が着いていた。その中にはもちろんA班も居る。
「栖谷さん。お待ちしてました。」
「それで?場所は?」
「成瀬にも伝えましたが…本当に厄介です。」
「そうか…」
『ブ…栖谷さん!』
「なんだ?」
『さらに2か所、報告が入ってきました。フェルブリッジと、レインボータワーです。』
「…チィ!」
「どうしました?」
「フェルブリッジとレインボータワーにも仕掛けられた。」
「そんな…っ!!」
「加賀!聞こえるか!!」
『はい!』
「そのまま東京タワーに来い!僕はフェルブリッジに向かう!…成瀬!」
『解ってます。3分下さい』
「2分で出せ!」
『…ハァ…了解!』
『レインボータワーはどうしますか?!』
「処理班に任せよう…」
『手配できてます。フェルブリッジ到着あと5分だそうです。レインボーは到着まもです。』
「了解。」
そうして少し待つと雅から再度連絡が入る。
『栖谷さん?そこからの道だと1キロ先検問張ってます。迂回ルート、転送します。』
「頼む。」
『取りあえず、次の信号、左折してください?』
「…解った。」
そのまま走り、各々持ち場に着いた。
『加賀さん、レインボーですが、38階のトイレ内です。』
『解った。』
『栖谷さん?』
「なんだ!」
『ブリッジ側なんですが…少し厄介です。』
「どこだ!」
『橋の…アーチ部分頂上付近です。』
それを聞いた栖谷は一瞬戸惑ったがフッと笑い『了解』と伝えた。到着や報告も早かった為、東京タワーの解除は早くに終わった。
『東京タワー解除終了』
その報告を受けた2人はひとまず安心している。次いで30分後に加賀の方も無事に終わった。最後残る所は栖谷の場所だった。
「すみません。自分たちもいけなくて…」
「どういう事だ。」
「アーチの部分が狭く、上がるにも…どうしましょう…」
「そんな事を言っている場合か!…貸せ!」
「しかし!」
『栖谷さん?』
処理班から工具を借りて持つと、そのまま身1つで栖谷はアーチ部分を登り始めた。爆弾が仕掛けられている所まで来ると相当な高さと風が拭いている。それでも落ちる事無くしっかりと固定されていた。
「全く。何でこんな所に仕掛けるんだか…」
そう言いながらも栖谷はインカムで話はじめた。
「加賀、成瀬。いまから処理終了まで話しかけるな。」
『栖谷さん、…まさか』
「僕が処理する。」
『待って!処理班は…ッッ』
「以上。終わり次第連絡する」
言うだけ言って通話を切り、通信を切った。
『洸!!!』
そう叫ぶ雅の声も栖谷には届くことなく解体に入る。
「思ったより複雑だな…」
時折容赦なく風は吹きつける…あおられ無い様に気を付けながらの解体…いつも以上に神経を使う作業だった。1本、また1本とコードを切って行く。
「フゥ…あと半分…」
解体は警察学校の時に教えて貰っていた。その知識をもとに切り進めていく。そんな時だ。
「ちょっと待て…何だこの黒い線は…!!!」
そう、予定では一切なかった黒い線が2本。奥から出てきた。残り時間も少なくなってきている。爆弾解体の定番ともいえる残りの赤と青の線。最後の1本を切って止まるはずだった。
「…・・ッッ、そうだろうな。」
止まると思っていた…時間もだいぶ残して終わるはずだと…しかしまだカウンターは動いたままだった。そう。謎の黒い線を切っていなかったから……
「どっちを切ったらいいか…フッ」
空を見上げた栖谷。徐にインカムの通信をオンにした。
「……加賀、成瀬。聞こえるか?」
『栖谷さん!!…それじゃぁ…!!』
「…・・・・」
『栖…谷さん?』
「済まない。」
『なんですか?!無事に…終わったんですよね!?』
「カウンターが、止まらない。」
その栖谷の声を聴いた雅はドクンと鼓動が跳ねた。
『止まらないって…』
「最後の1本を切り終えても、残り2本の黒い線…どちらかを切らなくてはだめらしい。」
『黒って…』
『栖谷さん!』
「2人同時に話すな」
『今ブリッジに向かっています!』
「無理するな。」
『成瀬!どうにかならないか?!』
そんな加賀の問いかけに雅の返答はなかった。
『成瀬?!成瀬!!!』
「…加賀、もういい。あれほど言ったのに…加賀、署に戻れ…」
『栖谷さん?』
「残り13分…急いでくれ(…伊沢…こういう時、どっちを切ったらいいんだろうな)」
ゆっくりと瞼を閉じる栖谷。1つ大きく深呼吸をしていた。
一方雅はというと、他の刑事が取り調べをしている水野の元に向かっていた。
「失礼します。」
「あ、さっきの…」
「成瀬、今ここは『教えて』……ッッ」
「突然来て何?」
「東京とレインボーの2本のタワーの爆弾は解除できた。フェルブリッジ…2本の黒い線!どっちを切るの?!」
「…そっか。2つの爆弾解除出来ちゃったんだ。…はは、でもそれも想定内!」
「笑いごとじゃないの。早く『それって…!!』…え?」
「フェルブリッジに居るのって…、栖谷さんでしょ。」
「何言って……」
「隠さなくていいよ。2つの寄り、大きなものだって事位は予測が簡単につくもんねぇ。そうしたら、同然でもあの人は橋に向かう。だから俺は『教えなさい!!』……案外怖い?でも俺、そう言うの嫌いじゃないよ?」
「お願いだから…教えて…早く…ッッ」
「どうしても教えてほしいの?」
「……えぇ」
「だったら脱いで?」
数分前に感じた胸の高鳴りとはまた違う…緊張が走る鼓動の高鳴りだった。
「スーツ脱いで土下座したら教えてあげるよ。」
「……ッッ」
「成瀬、しなくていい」
そういう同席者の警察官の言葉をも無視をして雅はスーツを脱ぎだした。それを見て水野は笑っている。
「いいねいいねぇ…!俺の言葉に公安がしたがってくれるなんてねぇ」
「…ッ」
下着のみになった雅はその場で土下座を始める。周りの警察官は目を背けるばかりだった。
「教えてください。」
「…ひゃひゃひゃ!…それは、あいつの…嫌いな方だ。」
「嫌いな…方?」
「そうさ!とはいっても、今から連絡何て取ってももう遅いだろうけど?」
ちらりと時計を見る水野。小さく話し出した。
「5…4…3…・・」
「栖谷さん、左です」
「…・・1…バァァーーン!!!!」
大きく手を広げながら満面の笑みで嬉しそうに声を上げる水野。その直後は一気に静かになった。
「…クククク…ひゃひゃ!!橋の上であいつも粉々…!!血の花火が咲いただろうなぁ!!!」
「…はい。了解。残念ね…」
「んぁ?」
「無事に断線できたそうです。」
「そんな…間に合うはずがない!!」
「見くびらないでください。あなたが敵にした人がどういう人か…もっとしっかりと見極める力を付けた方が良いですね」
「そんなこと言って…!!!」
そんな時だ。息を切らせながらも加賀が走ってやってきた。バンッという音と同時に目の前の光景に息をのんだ。
「な…るせ?」
そう声をかける加賀の声は聞こえてない様子だった。ハッと気づいた加賀は急いで上着を雅にかける。
「本来の刑にこんなに多くの上乗せが入るなんて。」
「はぁ?」
「公務執行妨害、強要罪、殺人未遂…かなり厳しい物になります。」
「…連れて行け!!!」
そういう加賀の一言で動き連行されていった水野。状況を聞きつけた婦警は毛布を数枚持って入ってくる。それで体をくるみながら腕の中で怒りを露わにしていた。
「…ったく!!!何やってんだ!!」
「ちょっと…待って…下さい…」
「…俺でも恨むなよ?」
そう言って加賀は雅を抱きかかえた。
「じゃぁ、また明日な?」
「…帰るの?」
「まだ居てほしいなら居るが…」
「…良いです…帰ります…」
俯いてしまった雅の手を掴んだまま離さない栖谷。
(何よ…帰れって言ったり引き留めたり……)
「明日。傍にいてほしい」
「え…?」
「次第によっては…平静を保てるか解らない…」
「でも、加賀さんもいるし……」
「頼むな」
言うだけ言うとそっと手を離して栖谷自身も車に乗り込んでライトを点けて走って行った。残された雅はきょとんとして見送るしかほかなかった。
「な…に?あの俺様……てか…平静保てるかって…そんな危なそうな相手には見えなかったけど…」
少しためらいがちにも車に乗り込み雅の栖谷を追いかけるように署を後にした。
翌日。いつもより少し早めに家を出た雅。そのまま署に急いだ。いつもと同じように秘密基地の様な3人だけの部屋に入る時の『ピッ』という音を聞くと嬉しくなる。
「おはよう」
「お…はようございます」
「どうした?そんな変な顔して…」
「いえ…早いお着きで…」
「そりゃ、昨日の君が導き出してくれた人物…読み込んでおかないとね?」
「あの…栖谷さん?」
「なんだ?」
「……平静…保てると思いますけど…普通に…」
「どうかな。何と言ってもこの男、僕が殺したいほど憎んでいる男と同じ『左利き』だからね…」
「其れだけですか…?」
「…フフ」
笑ってごまかそうとする栖谷に小さくため息を1つ吐いた雅。そんな時だ。加賀がやってくる。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
「…って、自分が今日…最後ですか?」
「そうだな。中だるみとはね…」
「そんな…すみません。」
「クスクス…そんなに言わなくても…これでも他に比べたらよっぽど早いんですよ?」
「まぁ、確かにそうだな」
そうして作戦会議なんていうのも無く、それぞれの仕事についていく。9時を回ろうかと言う時、室内に内線が入る。
「はい、警備企画、成瀬です。」
『水野、到着いたしました。』
「了解です。……水野、こちらに到着したそうです。」
「了解…行くか、加賀。」
「はい。」
「成瀬…!?」
タイミング悪くまた1本の電話が入る。何かを伝える事も無く、2人は出て行き、雅だけが残った。
「成瀬、電話番がありますよ?」
「…フゥ…そうだったな…」
「栖谷さん。何かあれからわかりましたか?」
「僕が数年前に送検した男だった」
それを聞いた加賀はぽかんとして、一瞬足が止まった。
「何してる?置いていくぞ?」
「あ、すみません」
そうして2つ下の階に降りると被疑者である水野の待つ取調室に入っていく。
「失礼します。」
「……」
水野はちらりと入り口から入ってくる栖谷を見つめた。肩を震わせながら笑い出す水野を見ながらもその視線は冷たいものだった。
「さて…」
カタンと椅子に座る栖谷は真っ直ぐに水野を見つめていた。その視線から少し伏せ目がちに俯いた水野はそのまま時間が過ぎるのを待った。
「…君がやったのか?」
「クス…相変わらずですねぇ、栖谷さん」
「聞かせて貰おうか。なぜ僕じゃなくてはいけなかったのか。」
「あなたに聞かせてやろうかと思って。俺の理論、信念を。」
「…どんなものだ?」
「俺に刃向かうものには死が待っている。どんな形だろうと構わない。俺が手にかけようとほかの奴等に頼もうと。…俺が声をかければすぐに人は集まる。」
「…それで?」
「俺はねぇ、まだやり残したことがあるんだよ。」
「やり残したこと?」
「うん。」
「…それはなんだ。」
「あなたへの復讐…ですよ」
「…やはりな」
「良い事教えてあげる。俺ね、あなたに警察に連れてこられて…婚約者に捨てられた。だからあなたの大切なものを奪いに来たんだよ?」
「僕の大切なもの?」
「うん。何が大切かなぁって考えたんだよ。」
「…それで?」
「栖谷さん自身、仲間、公安、彼女、……日本。」
「…お前が出来る訳ないだろ。」
「あれ、もしかして冷静欠いてる?…クスクス、奪うことは出来なくても困らせる事は出来るんじゃないかなぁって。」
子供が何かいたずらを考えているような顔を見せて笑っている水野。そんな水野を見て栖谷は立ち上がると近付いた。
「もし仮に奪うとしても、どんな方法でやるつもりだ。」
「それ、俺が話すと思う?話したらどんな手使っても潰すでしょ。」
「…」
無言な栖谷を下から見上げる水野。その時だった。バタバタと音がして突如一人が入ってくる。
「失礼します。」
「成瀬…?」
「栖谷さん…(先程連絡が入りました。東京タワーに大量の爆弾が仕掛けられたとの事です。)
「なんだって…?」
「…もう見つかっちゃいましたか…」
「え?」
「…まさか…」
「それならあっちも見つかるの時間の問題かなぁ…」
「…貴様…ッッ」
ぐいっと胸ぐらを掴むとダンッっと壁に押し付けた。
「いったいなぁ。何?」
「どこに何を仕掛けた。」
「だからぁ、それ、俺が言うと思う?」
「言え」
「…・・これって自白の強要って奴になるんじゃない?いいの?天下の栖谷さんが…」
「水野…!」
「待ってください!!!」
拳を振り上げた栖谷を止めようとした雅。多少かすりはしたものの、大けがには至る事はなかった。
「ははは…女にまさか止められるとはね。」
「成瀬、構わん。離せ…」
「いけません」
「きゃははは!ねぇ、成瀬さん。君が俺とイイコトしたらぜーんぶ話すよ?」
そういって笑いながらも嫌らしく舌で唇を舐める水野を、再度吊し上げるかのように抑え付ける栖谷。その目はあまり見せる事のない位の冷たく、冷酷な物だった。
「先に言っておく。お前は俺が唯一殺したいほど憎んでいる男と同じ左利きだ。それに加えて僕を怒らせた。……この罪の重さ、解って居るな?」
「公私混同っすか。まともな取り調べじゃないっすね」
そういう水野をどさりと降ろすと監守に任せて栖谷は加賀に声をかける。
「向うで待っている。」
「解りました。」
「成瀬。行くぞ」
「はい」
そうして取調室を後にした。加賀は調述書を保存、印刷して後を追う。車に向かう栖谷と加賀。2階上の部屋に向かう雅。行先はそれぞれ別だったが、目指す場所は同じだった。
それぞれインカムを着けて、話し出す。
『成瀬、聞こえるか?』
「はい、どうぞ?」
『何かまた連絡があったら知らせてくれ。』
「ya。」
『それと……』
「はい?」
『馬鹿な事は考えるなよ?』
「バカな事?」
『……以上だ』
そうして一旦保留になる。そのまま東京タワーに向かっていった。
(バカな事って……何よ…)
到着するとすでに何人かの班が着いていた。その中にはもちろんA班も居る。
「栖谷さん。お待ちしてました。」
「それで?場所は?」
「成瀬にも伝えましたが…本当に厄介です。」
「そうか…」
『ブ…栖谷さん!』
「なんだ?」
『さらに2か所、報告が入ってきました。フェルブリッジと、レインボータワーです。』
「…チィ!」
「どうしました?」
「フェルブリッジとレインボータワーにも仕掛けられた。」
「そんな…っ!!」
「加賀!聞こえるか!!」
『はい!』
「そのまま東京タワーに来い!僕はフェルブリッジに向かう!…成瀬!」
『解ってます。3分下さい』
「2分で出せ!」
『…ハァ…了解!』
『レインボータワーはどうしますか?!』
「処理班に任せよう…」
『手配できてます。フェルブリッジ到着あと5分だそうです。レインボーは到着まもです。』
「了解。」
そうして少し待つと雅から再度連絡が入る。
『栖谷さん?そこからの道だと1キロ先検問張ってます。迂回ルート、転送します。』
「頼む。」
『取りあえず、次の信号、左折してください?』
「…解った。」
そのまま走り、各々持ち場に着いた。
『加賀さん、レインボーですが、38階のトイレ内です。』
『解った。』
『栖谷さん?』
「なんだ!」
『ブリッジ側なんですが…少し厄介です。』
「どこだ!」
『橋の…アーチ部分頂上付近です。』
それを聞いた栖谷は一瞬戸惑ったがフッと笑い『了解』と伝えた。到着や報告も早かった為、東京タワーの解除は早くに終わった。
『東京タワー解除終了』
その報告を受けた2人はひとまず安心している。次いで30分後に加賀の方も無事に終わった。最後残る所は栖谷の場所だった。
「すみません。自分たちもいけなくて…」
「どういう事だ。」
「アーチの部分が狭く、上がるにも…どうしましょう…」
「そんな事を言っている場合か!…貸せ!」
「しかし!」
『栖谷さん?』
処理班から工具を借りて持つと、そのまま身1つで栖谷はアーチ部分を登り始めた。爆弾が仕掛けられている所まで来ると相当な高さと風が拭いている。それでも落ちる事無くしっかりと固定されていた。
「全く。何でこんな所に仕掛けるんだか…」
そう言いながらも栖谷はインカムで話はじめた。
「加賀、成瀬。いまから処理終了まで話しかけるな。」
『栖谷さん、…まさか』
「僕が処理する。」
『待って!処理班は…ッッ』
「以上。終わり次第連絡する」
言うだけ言って通話を切り、通信を切った。
『洸!!!』
そう叫ぶ雅の声も栖谷には届くことなく解体に入る。
「思ったより複雑だな…」
時折容赦なく風は吹きつける…あおられ無い様に気を付けながらの解体…いつも以上に神経を使う作業だった。1本、また1本とコードを切って行く。
「フゥ…あと半分…」
解体は警察学校の時に教えて貰っていた。その知識をもとに切り進めていく。そんな時だ。
「ちょっと待て…何だこの黒い線は…!!!」
そう、予定では一切なかった黒い線が2本。奥から出てきた。残り時間も少なくなってきている。爆弾解体の定番ともいえる残りの赤と青の線。最後の1本を切って止まるはずだった。
「…・・ッッ、そうだろうな。」
止まると思っていた…時間もだいぶ残して終わるはずだと…しかしまだカウンターは動いたままだった。そう。謎の黒い線を切っていなかったから……
「どっちを切ったらいいか…フッ」
空を見上げた栖谷。徐にインカムの通信をオンにした。
「……加賀、成瀬。聞こえるか?」
『栖谷さん!!…それじゃぁ…!!』
「…・・・・」
『栖…谷さん?』
「済まない。」
『なんですか?!無事に…終わったんですよね!?』
「カウンターが、止まらない。」
その栖谷の声を聴いた雅はドクンと鼓動が跳ねた。
『止まらないって…』
「最後の1本を切り終えても、残り2本の黒い線…どちらかを切らなくてはだめらしい。」
『黒って…』
『栖谷さん!』
「2人同時に話すな」
『今ブリッジに向かっています!』
「無理するな。」
『成瀬!どうにかならないか?!』
そんな加賀の問いかけに雅の返答はなかった。
『成瀬?!成瀬!!!』
「…加賀、もういい。あれほど言ったのに…加賀、署に戻れ…」
『栖谷さん?』
「残り13分…急いでくれ(…伊沢…こういう時、どっちを切ったらいいんだろうな)」
ゆっくりと瞼を閉じる栖谷。1つ大きく深呼吸をしていた。
一方雅はというと、他の刑事が取り調べをしている水野の元に向かっていた。
「失礼します。」
「あ、さっきの…」
「成瀬、今ここは『教えて』……ッッ」
「突然来て何?」
「東京とレインボーの2本のタワーの爆弾は解除できた。フェルブリッジ…2本の黒い線!どっちを切るの?!」
「…そっか。2つの爆弾解除出来ちゃったんだ。…はは、でもそれも想定内!」
「笑いごとじゃないの。早く『それって…!!』…え?」
「フェルブリッジに居るのって…、栖谷さんでしょ。」
「何言って……」
「隠さなくていいよ。2つの寄り、大きなものだって事位は予測が簡単につくもんねぇ。そうしたら、同然でもあの人は橋に向かう。だから俺は『教えなさい!!』……案外怖い?でも俺、そう言うの嫌いじゃないよ?」
「お願いだから…教えて…早く…ッッ」
「どうしても教えてほしいの?」
「……えぇ」
「だったら脱いで?」
数分前に感じた胸の高鳴りとはまた違う…緊張が走る鼓動の高鳴りだった。
「スーツ脱いで土下座したら教えてあげるよ。」
「……ッッ」
「成瀬、しなくていい」
そういう同席者の警察官の言葉をも無視をして雅はスーツを脱ぎだした。それを見て水野は笑っている。
「いいねいいねぇ…!俺の言葉に公安がしたがってくれるなんてねぇ」
「…ッ」
下着のみになった雅はその場で土下座を始める。周りの警察官は目を背けるばかりだった。
「教えてください。」
「…ひゃひゃひゃ!…それは、あいつの…嫌いな方だ。」
「嫌いな…方?」
「そうさ!とはいっても、今から連絡何て取ってももう遅いだろうけど?」
ちらりと時計を見る水野。小さく話し出した。
「5…4…3…・・」
「栖谷さん、左です」
「…・・1…バァァーーン!!!!」
大きく手を広げながら満面の笑みで嬉しそうに声を上げる水野。その直後は一気に静かになった。
「…クククク…ひゃひゃ!!橋の上であいつも粉々…!!血の花火が咲いただろうなぁ!!!」
「…はい。了解。残念ね…」
「んぁ?」
「無事に断線できたそうです。」
「そんな…間に合うはずがない!!」
「見くびらないでください。あなたが敵にした人がどういう人か…もっとしっかりと見極める力を付けた方が良いですね」
「そんなこと言って…!!!」
そんな時だ。息を切らせながらも加賀が走ってやってきた。バンッという音と同時に目の前の光景に息をのんだ。
「な…るせ?」
そう声をかける加賀の声は聞こえてない様子だった。ハッと気づいた加賀は急いで上着を雅にかける。
「本来の刑にこんなに多くの上乗せが入るなんて。」
「はぁ?」
「公務執行妨害、強要罪、殺人未遂…かなり厳しい物になります。」
「…連れて行け!!!」
そういう加賀の一言で動き連行されていった水野。状況を聞きつけた婦警は毛布を数枚持って入ってくる。それで体をくるみながら腕の中で怒りを露わにしていた。
「…ったく!!!何やってんだ!!」
「ちょっと…待って…下さい…」
「…俺でも恨むなよ?」
そう言って加賀は雅を抱きかかえた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
比べないでください
わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」
「ビクトリアならそんなことは言わない」
前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。
もう、うんざりです。
そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる