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scene17:誕生日の告白

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誕生日当日…やはり栖谷との連絡は取れなくなっていた。朝からなぜか署内に居ない。

「栖谷さんの事だからなにか考えているんじゃないか?」
「そうなら良いんだけど。そんな事はないと思う。」
「成瀬…」
「いいんです。解ってた事だから。」
「それでも今はまだ昼過ぎじゃないか。夜には時間空けてくれているんじゃないか?」
「…望み激薄ですけどね」

そう言う顔も当然ながらも寂しさがにじんでいた。見かねた加賀は少し離れた所で栖谷の携帯に電話を掛けた。

「…ハァ……」

そうして留守電に変わる通話も切り、画面を見つめる加賀。

「成瀬の誕生日くらい居てやってもいいだろうに…仕事であってもいいからさ…」

そう思いながらも加賀は外に向かって署を後にする。誰も今、この時に栖谷がどこに居るかは解らなかった。雅はそれこそ知る術を持っているものの敢えて使おうとはしなかった。その代わりに寂しさを紛らせるかのように仕事に一層打ち込んでいた。


その頃の栖谷…
場所は、広い墓地だった。たった1人で、白い百合を持って目指す墓石に迷うこと無く向かい進んだ。ある墓石の前でピタリと止まるとすっとしゃがみこみ持ってきた花束をその前に置いた。

「伊沢…今年も僕1人だよ。悪いな。」

そう言いながらしゃがみこんだまま手を合わせる栖谷。ふぅ…とため息を吐くと真っ直ぐに見つめていた。

「伊沢…君は知ってるだろうが。大切な相手が出来た。…でもまだ君の事を話せていないんだ。それでいて今日、彼女の誕生日でね。きっと不機嫌だろうな。それでいて君にも怒られそうだ。彼女を大切にしろとね。」

近況報告と雅の事を話す栖谷。雅の誕生日を忘れていた訳ではなかったのだ。


伊沢…フルネームは伊沢 祐也いざわ ゆうや。栖谷の警察学校時代の親友であり幼馴染み。同じく公安の警察官だった。死因は自殺か、他殺か…未だはっきりした原因は解っていない。


…その伊沢が亡くなったのが、ちょうど雅の誕生日である『今日』だったのだ。毎年伊沢の命日には栖谷はこうしてやってくるのだった。

「今日はこれからある人と会わなくてはいけないからな…彼女が怒っても伊沢のせいじゃない。気にしないで良い。」

よっと立ち上がり、吹かれる風になびく前髪をファサっと掻き上げた栖谷は、空を見上げていた。

「今年も…晴天だな」

そう言いながらそっと瞼を閉じた。そんな時だ。後ろから声がした。

「あれ…洸か?」
「…ん?…あぁ…」

栖谷の顔にフッと笑みがこぼれた。その場にいたのは難いの良い大柄な男性が立っている。この男と並ぶと栖谷が細いが故に余計に栖谷は華奢に見えた。

五條ごじょうか…」
「今回は俺も来れたからな。」
「……そうか。」
「それにしても、早いなぁ。」
「6年…か。」
「あぁ、そうなるな。」
「伊沢が死んで、得るものが、変わることが何かあっただろうか。」
「それはないだろう。なぜ祐也が自決したのかさえ理由は解らずじまいさ。せめて携帯でも残ってりゃそれまでの事を辿ることも出来たんだがな。」
「……そうだな。」

そうして手を合わせた五條。この男もまた、伊沢と同様に栖谷の警察学校の時の仲間だった。すでに警察は退いているものの元は警察関係者であった男だ。
フッと顔をあげると墓石を見つめたままゆっくりと話し出した。

「なぁ、……洸。」
「ん?何だ?」
「そろそろ、終わりにしないか?」
「終わりって…」
「あぁ。いつまでもこうやって祐也の所に毎年来ることも、どうなのかなって…」
「……ッッ」
「確かに、俺らの仲間内の中では洸と祐也が幼馴染みだってことも解ってる。それに亡くなった直後を見た事も知ってる。だけど、そろそろ洸だって進むべき道があるだろう?」
「…そうかもな。でも」
「忘れる訳じぁないさ。いつまで経っても俺らが同期で、仲間だって言うのは変わらない、らだけど…終わりにして、進むべき道を全うする事も必要だって思うんだ。」

栖谷自身も五條の話している意味は解った。それでも、それを受け入れてしまったら…もう終わってしまうのではないか。…そう感じていた。そんな時に五條は立ち上がり、駐車場まで並んで歩きながらも続けた。

「確かにさ。洸の気持ちを考えたら簡単なことじゃないと思う。それでも、どこかでけじめを付けなければズルズルと長引かせるだけなんじゃないかって。」
「…そうか……」
「あぁ。」
「五條は…今年が最後か?」
「そうするつもりだ。他のメンツは解らないけどね。」
「…」

どう答えを出すのが正しくて、どう答えるのが正解なのか…栖谷は解らないで居た。そのまま駐車場に着くと、栖谷は自身の車に向かう。そんな相手に五條は再度声を掛けた。

「洸!」
「…ん?」
「最後まで、何があっても洸は洸で居ろよ!」

それに手をあげて答えると早々に運転席に乗り込み車のエンジンを掛けた。発進すると1回軽くクラクションを鳴らしてその場を後にした。その足で、あるホテルに向かった。高層階のレストラン…雅が来る予定もないレストランにただ1人、待ち人を待っている。その目は暗くなったネオンが彩りを添える夜景を見つめていた。

「何してるんだろうな、僕は…」

そう呟いていた。腕時計を見ると約束の時間までまだ15分とあった。携帯を取り出しふと見ると加賀からの着信があった事に気付く。

『もしもし』
「僕だ?何かあったか?」
『あ、…いえ。すみません、おやすみ中に。』
「いや、構わない。それより何かあったのか?」
『それは。……』
「…今まだ署か?」
『はい。』
「まだ署に残ってる奴居るだろう。すまなかったと…伝えてくれるか?」
『それなら栖谷さんが直接伝えた方が…』
「それと。…僕の事は今日は待たなくて良いと。…そう伝えてくれ」
『栖…』

加賀の言葉を最後まで聞かずに栖谷は通話を切った。携帯をしまい、ため息を1つ吐いた。

……

(そんな事を頼まれても…)

そう加賀は思っていた。近くに居た雅をちらりと見ると視線を交わすこと無く雅は加賀に聞いた。

「栖谷さん…どうせ悪かったとか、そんな言葉だけ残して切ったんじゃないですか?」
「…まぁ、な。」
「やっぱり私にとっては美園警部はヴィランズです…」

そう呟きながらぽたりと落ちる一粒の涙。気付かれまいと拭い、保存だけしてパソコンの電源を落とした雅。

「成瀬…」
「大丈夫です。この仕事してたら誕生日はある様でないのと同じだから。」

そう言いながら鞄を持つ雅。

「あ、でも加賀さんがくれたケーキ、美味しかったです!」
「あんなの、成瀬の心埋めるには事足らないだろう。」
「そんな事ないですよ?美味しかったです!一緒に食べてくれて。」
「大したことじゃない。」
「…それじゃぁ…」
「待て、車まで送る」

そう話して加賀と一緒に駐車場に向かい自宅へと帰っていった雅。その様子を見て加賀は溜め息を吐いた。


……・・


「ごめんなさいね、お待たせして。」
「いえ。問題ないですよ。それでお話とは?」
「Clearの事よ。」
「この間も話しましたが、僕は今のClearからメンバーを変えるつもりはありませんが?」
「でも悪い話じゃないと思うけど?もし必要なら…」
「すみません、あなたがどれ程の力を持ち、どれ程のネットワークをお持ちかは解りませんが…」

出されたメインディッシュを一口食べると口元を拭き、真っ直ぐに見つめると少し低いトーンで話し出した。

「僕達をあまり見くびらないで頂きたい。」
「…どういう意味?」
「そのままですよ。それ以上でも以下でもない。僕はもちろん加賀も成瀬も、あの二人の代わりなんて居ませんから。例えどれ程優秀な人であっても、です。」
「能力以上に部下に求める物なんてあるのかしら。」
「さぁ、それを必要とするかどうかはその人次第です。僕が必要としてもあなたが必要としない可能性も十分有り得る。」
「でも、栖谷警視…あんな筋立てばかりじゃ、今後あなたの命に関わるかもしれない。」

その美園の言葉を聞いた栖谷は、カタンと席を立ち伝票をもつと、上から見下ろして美園に言い放つ。

「言葉を慎んでいただきたい。それに今のあなたの言葉、この場所では不用意すぎる。」
「どこへ…?」
「これ以上の話し合いは無用です。先に失礼させていただきます。」

そう言いながらテーブルを後にする栖谷。そのまま会計を済ませると残りの料理は美園の分だけで構わないと伝えて、店を後にした。

「全く…」

そう一言呟くと時計を見る。しかし時刻はあと10分もすれば21時を指そうかと言う頃だった。電話を掛けようか考えるものの迷いに迷った。それでもやはり栖谷はかけずにはいられなかった。インカムを着けて、そのまま車を駐車場から出し、考えていた。

…1コール…2コール……3コール…

『もしもし…』
「僕だ。今どこだ?」
『……』
「雅?」
『…ヴィランズと会ってたんでしょ。』
「ヴィラ…?なんだって?」
『…美園警部』
「あぁ。話があるってので…」
『…お疲れだと思うので。電話……切りますね?』
「まて!」
『………』
「今どこだ?」
『お疲れ様です…』

そう言い残して雅は電話を切ってしまった。

「…タク…場所の特定なんてそんな容易く出来るものではないのに…」

切られた通話に再度苛立ちを持ちつつも考えていた。

後ろは静かだった事から外出している訳では無いだろう…
かといって、加賀と一緒…とも考えられない…
車か…?バックのラジオや音楽を消していれば外の音はほぼ拾えない…
あと考えられるのは…

「もしかして…」

そうして栖谷はある1つの可能性に欠けてみる事にした。それはだった。

『これからも何かのイベントは洸の家がいいね!』
『たまにはどこかに出てもいいんじゃないか?』
『洸の家がいい』

そんな会話をした事を思い出していた。家に着くといつもの見慣れている車が1台、来客様の場所にあった。その車を見て栖谷は急いで家に帰る。

「ただいま…」
「……」

声はしない…それでも確かに人の気配はする。そうして電気を付けながらも中に入って行くと入口に背を向けた状態で雅が座っていた。

「全く…電話を途中で切る割に、に居るとはね…」
「…」

返事のない雅。しかし、膝を抱え直すのに動いているのも解った。ただ、栖谷の方に向かないだけだったのだ。そんな雅の背中を見ながら、栖谷は荷物を降ろして上着を脱ぐ。

「いい加減に僕に言いたい事があるならちゃんと話したらどうだ?」
「…たしの……私の気持ちなんて…解んないくせに…」
「なんだって?」
「どうせ!!…どうせ私の気持ちなんて解ってない…!!解んないよ!!!」

そう言うと自身の持っているミニタオルをバッと栖谷に投げつけ様とするものの、そこまで届かない。スーツを着替えて完全に部屋着になった栖谷はため息を吐きながらそのタオルを拾い上げる。

「そうかも知れない。だけどそう言う君は僕の気持ちを解って居るのか?」
「いつだって余裕で…!!どんどん会話もなくなって…今月入ってからまともに話なんて出来てない…!!解ってる…公安という立場だからって…だけど…!!」
「雅…」
「もういやだぁ……こんな思いして…私ばっかりヤキモチ妬いて…!子供みたいに駄々こねて…」
「……雅!」
「他の子みたいに聞き分けとか良くないもん!!だけど……それでも『雅!』……ッッ」

最後まで聞かずに涙で濡れきった相手を堪らずにグッと抱き寄せた栖谷。体を押し戻そうとしてもびくともしない。昨日後から抱き締められたのとは全く力加減が違っていた。

「だったら逆に聞くが…なんで僕を避ける?」
「避けてない…よ」
「だったら…!何故加賀との会話を優先する!」
「……ッそれは…」
「僕がどれだけ苛立っているか解らないだろう!君が…雅が他の男の名を呼ぶ度に…!他の男に笑いかける度に…どれだけ僕がその相手との間に入ってやりたくなるか…誰か他の男が雅を呼ぶ度に君の両耳を塞いでやりたくなるか!!!雅はそんな僕の事を考えてくれたことはあるか?!」
「…洸…ぉ?」
「数日前、いつもと雰囲気が違うから絶対に誰かと約束だと聞き、挙句の果てに一部には僕の元に来て早く帰ってください?っていう奴もいた。だけど僕にはその時君との約束などなかったはずだ!他の誰かとの約束か…もしそれが男だとしたら?……そう考えただけで気が狂いそうだった!!」

そう、それは全て雅自身が仕組んだ事だった。平然として見えた全てが栖谷にとってそれどころでなくなっていたという事に初めて気付かされた瞬間だった。しかし吐き出された栖谷の勢いは止まる事を知らなかった。

「それが例え加賀であってもだ!僕の知らない男であっても許したくは無かった。この腕にずっと抱いて…僕だけの物にできたらなんて…おとぎ話のような事まで考え出す始末だ…だけど、そんな事出来る訳無いだろう…」
「洸…」

ようやく体を押し戻す事が出来た雅。その時だ。今まで見た事のない栖谷の表情がそこにはあった。今にも涙が流れ落ちそうな…思いつめていたものが溢れだしたかのような顔だった。

「ごめ…ッッ…ごめんなさい…」
「離れるなと…僕の傍にだけいればいいと…どれほど覆いたいか…」
「私…そんな事全然気づかなくて…私だけが嫉妬してるって思って……」
「バカな事…」
「怒っていいの…洸がいらいらした原因…私が全部作った事だから…」

そうして雅は話し出した。

「加賀さんに手伝ってもらったの……電話も、色々な約束事も…確かにどこかにランチに行こうっていうのも言ってたけど、ウロトルマ…私の我慢や免疫付ける為に手伝ってくれたり……昨日の電話も本当に初めは洸が戻って来たことに気付いて無かった。だけど気付いた後も少しだけ嫉妬してほしくて……」
「…バカだな…本当に…雅以外の女にぼくは興味ないっていうのに…それに嫉妬なんてほぼ毎日だ…」
「…ごめんなさい…」
「僕の方こそ…今日の事だって、先にしっかりと話しておかなかったのが原因だったな。そりゃせっかくの誕生日に会えもしないで、他の女と会っていた。それにその前まではどこにいるのかさえ解らない…それじゃぁさすがの雅でも怒るだろうな。解って居たはずなんだが…」
「…洸…」
「全て話すよ。君に…雅が納得するように…」
「でも…お願い…」
「……何だ?」
「その前に……」

そう言うと雅はそっと頬に手を添わせそのまま背伸びをして唇を重ねた。

「不安にさせてたお詫びに…」
「それは僕の方から差し出すべきものだ…」

そうして栖谷はそっと雅の腰を抱いて唇を重ね、ふわりと抱き上げるとベッドに連れて行った。


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