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scene9:すれ違う心

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気付けばそれぞれが個々に思いを馳せながらも、早々に容赦なく朝はやってくる。

「…ッッ……頭痛い…」

そう呟きながらも雅はベッドから重たい体を起こす。携帯で時間を見るものの既読、さらには着信も無かった。

「仕方ない…か…」

そうして『自宅謹慎』と言われながらもしわになったスーツを着替えてClearとしての業務でなくとも自身の雑務をしになら…と考えて支度をし、車に乗って署に向かった。いつもよりもだいぶ早めについた雅。

(もし洸が居たら…きっと追い返される。…それでもまずはいかなくちゃ…)

深呼吸をして運転席から降り、署内に入って行く。見張りの警備員には何も言われなかったため、ここまで手は入っていないのだと感じた。ゆっくりと中に入って行く。やはりこの時間は誰もいない。しかし、いつもの事ながら…と思いながらも、容易に解っていた。デスクに付き、電源を入れる。

ウィィィィン…

と、無機質な機械音と共にパソコンは起動し、明るくなる。メールの確認、書類の整理…諸々の支度を整えていく。仕事モードになり、カチカチとキーボードを打ち、マウスを器用に扱っていく。

「良かった…これなら無事に仕事が出来そうだ…」

そう思っていた。直に少しずつメンバーは揃ってくる。そんな中で、1人、血相を変えながら走ってくる人が居た。そう、加賀だ。

「成瀬!!」
「あ…加賀さん…」
「お前は…何してんだ!!」
「えと…」
「加賀さん、おはようございます。来て早々それじゃ成『帰るんだ!!』……」

先に到着していた仲間の言葉を遮るかのように加賀は真っ直ぐに雅を見つめて話し出す。周りの目など気にしていない様子で…

「でも…」
「でもじゃない。いいから…帰るぞ」

そうして半ば強引に雅のパソコンを閉じて、鞄を持ち、加賀はスタスタと帰る支度をしている。周りは唖然としていた。いつもならこういう仕事は栖谷の筈…それに、どうして帰ろと加賀の指令なのか…しかし、まだ栖谷が来ていない。

「栖谷さんの差し金か…?」
「そうとしか考えられないだろ」
「成瀬の事になると人、変わるからな…」
「栖谷さんだろ?」
「でも、Clearになるとそうなんだろうけど…」
「だからって…栖谷さんあの人に着いて仕事こなせるのってあの2人位だろう?」
「確かに…」

そう話していた。加賀は雅の車の運転席に乗り込み、雅を助手席に乗せた。その状態で雅の家に向かう。

と言われていただろう。」
「……解ってます…」
「栖谷さんの気持ち…成瀬が一番わかってるんじゃないのか?」
「……解んなくなりました。」
「どうして…?」
「だって……」

昨夜の事を思い出すだけで、一気に淋しさが込み上げてくる。不安になる…たった1人でいたら壊れそうになる…そんな思いを解ってほしいとは思わない…だけど…どうして……?そんな事ばかりが巡るのだった。気持ちが動転しているのか、迷走しているからなのか…思った以上に自身の家に着くのは早かった。鞄を持つ加賀と、身1つで降りる雅。一緒に上がり、家の前に着いた。

「…これ…」
「何か…飲んでいきますか?」
「いや…」
「構わないでください…」

そう促され、放っておけない事実もあって加賀は雅の家に入って行った。リビングに入り、椅子に座る。湯を沸かし、『コーヒーでもいいですか?』と問う雅に、『ありがとう』と返す加賀。台所に立ち、背を向けている相手に加賀は、そんな小さな背中に向かって声をかける。

「成瀬…?」
「なんですか?」
「その…昨日栖谷さんが言っていた言葉なんだが…」
「別れようって事?それとも自宅謹慎の事?」
「その…前者だ。」
「……」
「俺が思うに…本心ではないと思うんだ。いや、本心は本心なんだろうが…」
「あれから…!……2人が帰ってから、ライン入れたの。だけど返事どころか既読すら付かないから。きっと本気なんだと思う。それに……言ったの。『色恋の事に関しても、僕はそういう事で冗談はいえないから』って。だとしたら距離を置こうって…それも嘘とは思えない…終わりなの?って聞いても…否定してくれなかった。」
「成瀬…」
「ただ解決まで会わない様にしようとか…そう言うんじゃないんだと思う…」

そう言いながらも雅はコーヒーの入ったマグを持って加賀の元にやってきた。コトッと置くと自身も座り、話しを続ける。

「やっぱり、難しかったんだと思う。仕事だけのパートナーなら良かった…その時のまま、何も変らならければ…洸も私も…加賀さんだって…こんな事にならなかったんだと思う…」
「成瀬…」
「でも…なんで今なの…?黙ってたから?!だって…守られてばかりの存在じゃ…近くに居る意味なんてないじゃない…!ッッ……私だって洸の事守りたい…洸や加賀さんみたいに上手くできなくても…私なりに…何とか守れる方法探してた…!!でも……いっつもうまく行かない……」

そう言うと小さく笑った雅。目にはいつもの気丈な雅からは想像つかない程の大粒の涙が溜まっている。

「このままじゃ…最後まで洸のお荷物になってる…加賀さんにも迷惑かけてばかり…」
「そんな事ない。成瀬はお荷物なんかじゃない。」
「だけど…結果そうなってる…」
「成瀬…」
「ごめんなさい……こんな話…加賀さん仕事もあるのに…引き留めて…」
「いや…構わない…」

グイッと残っているコーヒーを飲み干し、加賀は席を立った。

「それじゃぁ…取りあえず俺は戻るが…自宅謹慎!守れよ?」
「大丈夫です。……出ないから…」
「また何か持ってくるから…」
「…ありがとうございます。」

そうして加賀は部屋を後にした。車に乗ると加賀の携帯に着信が入る。

「もしもし」
『僕だ。済まなかったね』
「いえ…そんな…」
『彼女の携帯へのも無事に済んだみたいだな』
「はい。そこは抜かりなく…」
『助かった。』
「それで栖谷さん今は…」
『あぁ、そろそろだ、な。』
「それではまた…」
『あぁ。』

そうして切れる電話。そう、雅がコーヒーを煎れている間に加賀は栖谷から託されていたアプリケーションを簡単に雅の携帯にUSBから落とし込んだ。高性能に音を拾い、カメラ機能を使ってその状況が見える。栖谷の携帯からアプリに接続すれば一目瞭然、雅の声・その様子…すべてが手に取る様に解る様にする物だった。車に乗り、その時を待つ中、栖谷は雅の様子を見ていた。加賀に話していた事も、加賀の言葉も、一部始終が筒抜け状態だ。普通であれば盗撮、と言われても仕方のない事だったが、栖谷はどうしても雅の事を離す事が出来ず、心配だった。通話を切って時期に、栖谷も驚くほど大きな音が携帯から聞こえてきた。

ガシャンッッ!!!ガチャン!!

それはガラスやカップが落ちて割れる音だった。時折雅の声もはいってくる。

『何で…!!……どうしてよ!!!』
「……ッ」

声よりもガチャガチャという音、物が割れ、壊れる音……それが大きく聞こえてくる…一瞬画像も揺らいだ。

「…雅……」
『…ック……なんで…出会ったの……恋する前に戻りたい……』
「……」
『忘れらんない…よぉ…ヒック……洸…ぉ』

壊れる音が止んだ後に聞こえてきた雅の声に栖谷の心もまた、締め付けられそうになっていた。そんな時だ。栖谷のアンテナが反応した。ゆっくりと運転席から降り、その人の後ろから声をかける。

「お疲れ様です。
「おや、これはこれは、栖谷くん。どうしたのかね、ここで。」
「それはあなたが良くご存じだと思いますが?」
「……どういう事だ?」
「ここでは何でしょうから。場所、替えますか?」

そう言うと冷たい視線のままニッと口角だけあげて笑った栖谷。その表情に守屋も一瞬ひるんだものの、着いて行くしかなかった。逃げれない…そう悟ったのだろう。そうして場所を駐車場から移し、会議室に入った2人。他に人はいない。

「それで?私をここに連れ込んだという事はそれなりの理由があるんだろうね」
「えぇ、もちろんです。僕の、というよりはチームClearの1人、成瀬の事についてです。」
「成瀬…あぁ、彼女か。それで?彼女がどうかしたか?」
「単刀直入に申し上げます。彼女から手を引いて下さい。」
「何の事だね。私が彼女に何をしたというのだ?」
「解って居るはずでしょう?ご自身が1番。」

そういう栖谷の眼は全てを見透かした様子だった。しかし、それに負けじと守屋もまた栖谷を見返している。

「1週間ほど前から成瀬の元に送られている小包、手紙…その他諸々の一切。身に覚えがあるはずですが?」
「そんな物は知らんよ。」
「シラを切るつもりですか?」
「これ以上続けるなら私も黙って居ないが…?どうする?」
「どうしても知らない、と言われるおつもりでしたら今回はこの位にします。しかし、覚えておいて頂きたい…成瀬に何かあったとなれば容赦はしません。」

そう言うだけ言って栖谷は踵を返し会議室を出て、そのまま会議室に戻る事もなく車に戻る。そうこうしている間に守屋はどこかへ連絡していた。
栖谷はその足で加賀と合流するべく現場に向かっていた。

「どうだ?加賀。」
「栖谷さん…はい、順調です!」
「そうか。」

そう言った応え方に何か不審な点があるなんて事は誰も気付かなかった。それはいつもの事だから…というのが大きい。それでもどこか視線は下がり気味になっていた。

「栖谷さん…ここは自分が…」
「何、心配はいらない…」

そんな時だ。辺りが騒がしくなった。押収中にマル秘が脱走したという連絡が入った。

「何してる!!」
「すみません!目を離したすきに…!!!」
「そんな事言ってる場合か!加賀!!廻れ!」
「はい!!」

急いで車に乗り込みインカムを着けてエンジンをかける。

「……チ…」

雅の通信システムにアクセスしても繋がらない。当然の事だったが、ついいつもの癖で栖谷は雅に連絡を取ろうとしてしまったのだ。
どうにかして犯人の確保に至ったものの不甲斐無さから苛立ちすら見え隠れし出す栖谷。しかし理由を知っている加賀はどうする事も出来なかった。


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