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scene5:忘れ物

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翌朝、雅が目覚めた時にはすでに栖谷の姿はそこに無かった。代わりにあったのは、1枚のメモ。

『冷蔵庫の中の食材、自由に使って構わない。しっかりと朝食は摂る様に。僕はウロトルマにいっているから。』

その味気なくとも取れるメモを見て雅はふぅ…っとため息を吐いていた。そして栖谷にラインを入れるべく携帯をだし、メッセージを入れる。すると、少し離れた所で音が鳴る。

「…まさか……」

その音のする方へと行ってみると、携帯が大人しく栖谷の帰りを待つようにそこにあった。

(これは…どうするか…)

色々と考えた雅。それでもいくら考えても結論はいたってシンプルな物しか出てこなかった。そう、『ウロトルマに届ける』という結論……それでも、行っていいものか不安になった。

(どうしたものか……加賀さんに頼むのもなぁ…)

そう思っていた。普通ならば届けた所で全く問題は無い。そう……言ってしまえば栖谷も雅もウロトルマでは偽名を使っているのと同じ事になっている。栖谷=三波だし、雅もまた『工藤ありす』と言った名前を使う様に仕向けられた。公安としての立場、そしてチームclearの存在を隠すべく…

「そぉだ!」

そうして雅はメールを入れ始める。カチカチと入れ終わると送信ボタンを押した。しかし、すぐ目の前でヴヴっと響く……

(何やってんだろう…)

そう、雅が入れた相手は何故か栖谷の元。ウロトルマに行っていい?と入れたものの、当然ながら自身の目の前にある携帯に届くだけ…少し堕ちつけばすぐに解る事だった。げんなりしながらも、仕方なく着替えをして、栖谷の携帯も持ち、雅は貰っている合鍵で鍵をかい、ウロトルマへと向かっていった。
手ぶらで行くのも……そう思い、近くのお店に向かい手土産を持って行く事にした。

「なにがいいかなぁ…でも大抵は洸も作っちゃうだろうし…それに行くところは喫茶店だし……」

考えながら、いろいろ見て回る。頭を悩ませながらも、甘い匂いに誘われてふと目に留まったのは『たいやき』だった。

「これにしよっと!」

そう呟いて雅はたい焼きを仕入れていく。粒あんの王道の物から、クリーム・チョコ・ベーコンマヨ・明太ポテト……色々な味を2枚ずつ、王道粒あんとクリームは4枚ずつ購入した。するとおじさんは1枚おまけにとサービスしてくれた。

「ありがとうございます!」
「いいんだよ!冷めてもウチのはうまいからね!」

そう言って見送られた雅。ずっしりと重たくなったその右腕にも、顔はほころんでいた。

カランカラン…

いつも通りの軽いウィンドウチャイムの音と同時にコーヒー豆のほろ苦くも心地いい香りが漂ってくる。そんなささやかな幸せを胸に膨らませて雅は席に着いた。幸か不幸か昼食時間前という事、また平日という事もあってそれほどお客様は店内に居なかった。メニュー表を広げながらも雅は待った。三波がやってくると嬉しそうに声をかけると少しだけと話を始めた。

「これ…いつもおいしくいただいてるので皆さんでどうぞ?」
「これ…?」
「たい焼き!」
「ありがとう。頂きます。」
「それと……こっちが本命…」
「ん?」

そう言うと雅はスッと栖谷の携帯をだした。『あっ…』と小さく漏らすとすぐに顔もほころんで三波はエプロンのポケットに携帯を滑り込ませる。

「まさかと思うが…ために差入を?」
「…はい…手ぶらじゃかっこ付かないかなって…」
「そんな事もないと思うが?……君も食べるかい?」
「いえ…私は…」

そう言いながらも小さく手を振る雅。そして甘い香りを含んだ袋を持って三波はカウンターに戻って行った。足りるだろうと思いある程度の枚数を買ってきたものの、逆に多かったのかも知れないと思い出してきた雅。そう思っていた時だ。トトト…っと加奈は走ってきた。

「あの…、すみません。」
「はい?」
「三波さんから聞いて…あんなにたくさんのたい焼き…本当にいいんですか?」
「はい、もしよければ…お昼やおやつに……いつもおいしいサンドイッチ食べさせて貰えてるので……」
「ありがとうございます。頂きますね!」

そういって加奈はカウンターに戻って行った。その後、三波と親しげに話をしている姿を見て一瞬淋しさも感じたが、昨夜の栖谷の言葉がふと蘇って来た雅。ここにいる間は三波さんだ…それは忘れてはいけない事…それ以上でも以下でもないという事だった。この日はアイスレモンティーだけにした雅はいつもよりも早い時間で、会計を済ませてお店を出た。そんな時だ。不意に雅の携帯が鳴った。

「もしもし、成瀬です」
『休みの所済まない、俺だ。』
「加賀さん?どうしたんですか?」
『今動けるか?』
「今、動こうと思えば動けますが…ただ場所によりけりです。」
『どういう事だ?』
「私昨日署に車置いてきちゃってて…取りに行こうとしてたところなんです。」
『迎えに行く。どこだ?家か?』
「ウロトルマ出た所ですけど。」
『だったら近いな。今から行く。』
「栖谷さんは?」
『栖谷さんは今回は必要ない。警察病院にマル秘の身柄引き渡しの日時が早まっただけの事らしい。』
「そうですか。解りました。」

そうして通話は切れた。帰るのだろうと思っていた三波も店内から見ていたもののなかなか帰らない雅。少し気になりながら洗い物をしていると見慣れた車が走ってくる。横付けされたその車の助手席に雅は躊躇うこと無く乗り込み、すぐに発進された。その車の持ち主が加賀であることは言うまでもなく栖谷は気付いていた。

(どうしたんだ…あいつら)

そう思いながらも走り去る車を一先ず見送った栖谷だった。


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