創世戦争記

歩く姿は社畜

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フェリドール帝国編 〜砂塵の流れ着く不朽の城〜

本心を見せない諸王達

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 その日の晩、アレンはコーネリアスと二日ぶりに対面した。
「やーっと会えたな」
 そう言ってコーネリアスはにかっと笑う。
「ラバモアが死んだって聞いた時は心配だったけど、立ち直れたみたいだな」
 数時間前、アリシアによって『闇の因子』と仮称される物を取り除かれたアレンは、近くの魔人が魔物化するという事は無くなっていた。
「皆のお陰だよ。あいつの為にも、うだうだしてたら駄目だろ?それと、魔物化の件が思ったより早く解決して良かった。だけど…皇帝が俺の中の因子を介して魔人を魔物に変えたのなら、あいつの力って強大過ぎないか?」
 アレンの問いにコーネリアスは顔を暗くした。
「それだけ、奴の魔力が大きいって事なんだろう。確か時空魔法って、使えば使うだけ力が大きくなるんだろ?十万年生きた魔法使いと三十ちょいしか生きてない魔法使いじゃ、力量の差は当然さ」
 アレンは俯いた。分かってはいたが、こうも面と向かって言われると悔しさがこみ上げてくる。
李恩リーエンの方も片付いてないのに…)
 十二神将の李恩ではなく、スー氏の祖先である英雄の方の李恩。美凛メイリンの両親に認められていない彼女は未だに美凛の後ろを背後霊のようについて回っているのだ。
「はぁ、やる事多過ぎるよ…」
 がちゃりと音がして、フレデリカが部屋に入って来た。お茶の良い香りが漂って来るので思わず顔を上げると、フレデリカはアレンの顔を見て笑った。
「まーた背負い込もうとしてるでしょ」
 そう言って四人分のティーカップを机に置く。
「あれ、四人分?誰か来るのか?」
 鼻をくすぐる生姜の香りに、まだ飲んでもいないのに身体がぽかぽかしてくる。その温かさに溜息を吐きながら問うと、遅れてもう一人入って来た。
「遅れてごめんね」
 入って来たのはアリシアだった。その横には御代官様も居る。
 けちけちと足音を立てて入って来た御代官を撫でてやるとアレンは言った。
「母さん、さっきぶり」
 アリシアは扉を閉めて入って来ると、簡単な夜食を机に置いた。更には簡素な見た目の焼き菓子ビスケットが乗っている。材料は恐らく、ナーシカルバフの市街地で買ったものだろう。
「叔父様達の話を立ち聞きしちゃってたの」
 アリシアは犬用の皿におやつを入れながらそう言う。
 アレンはその様子を見て目を細めた。御代官様がぶくぶくに太っているのは自分だけの責任ではない。
「月さんに頼まれて俺の中の因子を取ったんだよな。その後も何か話し合ってたの?」
 アリシアはちらりとコーネリアスを見た。
「ムーバリオス家がザロ家に接触を計ってるって。だから連合も遅れる訳にはいかないと。でも…」
 何か言い淀んだアリシアにアレンは首を傾げる。
「そのお話していた御相手がね、伯母様(舞蘭ウーラン)でもヤン叔父様でも、ヌールハーン様でもシルヴェストロ様でもないの。ヌールハーン様はヌールハーン様で何か開発してたし…シルヴェストロ様は相変わらず怠けてたわ」
 アレンは思わず呟いた。
「こんな時に何を考えてるんだ…?」
「叔父様はいつも何か考え込んでるからね…大体は伯母様が作る料理の献立だと思うけど、今回は流石に違うわ。けど、ヌールハーン様の方は私の力を使った魔導具を作ってたわ」
「それ、危ないモンじゃないよな」
 アレンが思わず食い付くように問うと、アリシアは笑った。
「大丈夫よ、私は何ともないわ。ほらコーネリアスもフレデリカも、そんな怖い顔しないで」
 そう言うと、金魚のような顔をしたフレデリカの口に焼き菓子を捩じ込む。
「皆はザロ家との交渉に行くんだから。そんな怖い顔したら駄目でしょ」
「暫く会議に出てなかったからな…いつ頃行く?」
「叔父様達は回復し次第、可及的速やかにと言っていたわ」
 アレンは思わずフレデリカの方を向いた。
「…まるでさっさと出て行けと言わんばかりだよな」
 フレデリカもそう思ったのか、焼き菓子を頬張りながら頷いた。
「モグモグ…ジェラルはなないわ?」
「ジェラルドはジェラルドで何か考えてそうよ」
 アレンは怪訝に思いながらも、フレデリカに口の中のものを飲み込んでから喋るよう言った。
(ジェラルドは頑固者だが、集中して今回の戦争に参加してると思ってた)
 初めてジェラルドと会った時、ベアガルの弟とはどのような男か僅かに警戒していた。しかし兄のような無能ではなく、勇猛果敢な戦士だった。
(ジェラルドが動いてるなら、アルフォンサも同じだろう)
 何か、彼らの逆鱗に触れるような事をしたのだろうか。そして何故、最高司令官のアレンではなくその母であるアリシアが、それらの情報を握っているのだろう。
 アレンは思わず疑問の眼差しをアリシアに向けた。そんなアレンの様子を察したのか、フレデリカが口の中のものを飲み込んで喋った。
「アリシアはあんたの不在中、アルヴァ王として活動してたの」
「アルヴァ王!?」
 アレンとコーネリアスが思わず問い返すと、アリシアは悪戯っぽく名乗り上げた。
「エリクト朝アルヴァ王国第七代国王、アリシアよ」
 アレンとコーネリアスが驚愕の余りに黙ると、フレデリカが訂正した。
「アリシア・エリクト=アルヴァね。ファミリーネームまで入れるのが威厳あるわよ」
「あ、そうね。そういうのは全部母から教えてもらっていたけど…」
「あんたのお母さんはチャオがファミリーネームだったもんね。短いのは仕方無いわ。アルフォンサとかその辺から指導して貰いなよ」
 そう話しているが、その会話の矛先はアレンの方にも向けられる。
「あんたも、これからは最高司令官であると同時にアルヴァの王子って扱いになるんだからね」
「ふぁっ!?何で!?」
「あら、良いじゃない。アレンが乗ってる馬のアンジェロは綺麗な白馬だから、白馬の王子様ね」
 自分が白馬の王子とかいう御伽噺に出て来そうな単語に当て嵌められ、全身の毛が立つような、虫唾が走るような感覚がする。
「俺が王子とか…気色悪っ」
「もう、そんな事言わないのー!」
 フレデリカは王子王子とアレンを揶揄い始めた。
「だぁー、五月蝿ぇ!」
「王子ー!嗚呼王子アレンよ!その紅き覇道の先に見えるのは⸺」
「下手糞な歌劇やめろ!恥ずかしいだろうが!」
 フレデリカは挑発して走り出した。アレンもそれを追い掛けて部屋を出て行ってしまう。
「…ったく、お子様達は元気過ぎるぜ」
 そう言ってお茶を口に含むと、ちらりとアリシアを見た。
「…ザロ家の協力を仰ぐのは賛成だ。だが、どうにも腑に落ちない。何故こんな時に諸王はバラバラの行動を取る?お前、何か隠してるだろ」
 アリシアは笑った。其の顔は余りにも悲しく、皺の増えた手はきつく握りしめられている。
「誓ってくれる?あの子達には言わないと」
「アレンの為なのか?」
「ええ」
 二人は夫婦ではない。だがアレンを愛している。だからこそ築いた信頼関係がある。
「分かった。誓おう」



 時は遡り、数刻前。地下室にて。
「…やはり、罠があったか」
 苏月は宝物庫の中に置かれた黒い球体を見た。その球体は、アリシアが回収した闇の因子と同じ魔力を持っている。
「学の無い者が見れば、サーリヤ王女が使う占い用の水晶玉にしか見えませんな」
 シルヴェストロは黒い球体を見て毛を逆立てた。悍ましい、触れてはならない物だと見ずとも分かる。
「苏月、あれを壊せるか?」
 ヌールハーンは美しい顔に不快な色を浮かべて言った。
「それは疑問形ではなく命令形だな。まあやってみるが…」
 そう言って水晶玉に手を翳す。
 苏月は破壊を何より得意としていた。というのも、彼は若い頃に〈奈落〉で破壊神の力の一部を得ているからだった。
 これが只の水晶玉なら、瞬きする間に塵となって砕け散る。しかし、そうはいかなかった。
『ほう…この気配はネベか。貴様が我に勝つなど不可能だというのに。相変わらず悪戯が好きだな』
 水晶玉から低い声がする。その声は底冷えする声で嗤った。
 苏月は直ぐに手を下ろす。
「…やはり無理か」
 かつて世界を破壊した破壊神ネベは、闇神ハーデオシャの息子だ。眷属と言っても過言では無いだろう。神を名乗る恐ろしき破壊神でも、闇という大きなものを司る神とは格が違う。
「…壊せるのは、やはり明神サアとハーデオシャ本人だけだろうな。ヌールハーン、あれは完成しているのか?」
「実用まで可能だ。動作も問題無い」
 シルヴェストロは尻尾を脚に巻き付けた。
「…まさか帝国領全てがこうとは言いますまいな?」
「さあな」
 ヌールハーンはそう言うと、小さな魔導具を弄って言った。
「考えるだけ無駄な事。我らは只、禍根を遺さぬよう戦わねばならぬのだから。…全ては、人類の為に」
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