創世戦争記

歩く姿は社畜

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魔導王国アミリ朝クテシア編 〜砂塵と共に流れる因縁の章〜

地底湖の守り人

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 地下牢はやはり、汚い。臭い。風が冷たく湿って淀んでいる。帰りたい。ロルツは据わった目でウルラの後ろを歩く。
(早く終わらないかな…)
 上では未だに激しい戦闘が続き、砂がパラパラと落ちて来る。
(水浴びしたいなー…)
 そう言ってふさふさした頭から砂を落とすと、謝坤シェ・ゴンが言った。
「サっちゃんママが遷都したのは、老朽化だけじゃないだろうな」
 クテシアの地下牢は天然の洞窟に穴を空けて格子を付けている。しかし、永い時を経たこの城の地盤は地下水脈によって削られ、弱っていた。
「…直ぐではないが、いつか崩落するぞ」
 ロルツは身震いした。兎人ラビットマンの地下住居は崩落しないように、壁や天井を特殊な塗料で固めてある。この城の至る所を塗料で塗ったくってしまいたい。
「此処を本当にシュルークが造らせたんなら、未来で地下を凄い勢いで流れる地下水流が城の地下を削る事くらい知っていただろう」
 地盤が脆くなければ土竜モグラ獣人ライカンスロープにウルラを運ばせたかった。
「ウルラ、地下に誰が居る?」
 どうせ問うてもまともな解答は得られない。しかし問わずにはいられない。
「わかんない。でも、だれかがまってるの」
 洞窟にウルラのような幼い娘の声はよく響く。その声によるものか、通路が揺れた。
「おいおい、何だこりゃ?」
 ロルツはそう言いながら頭を守ろうとする。しかし、崩れたのは壁だった。
毒蟲ポイズンワームだ!」
 同時に魔導拡声器で誰かの怒鳴り声が響く。
『警報、警報!毒蟲が脱走した!』
 巨大な芋虫のような蟲は、全身に赤い鎖のような亀裂を纏っている。
 毒蟲はロルツ達を視界に入れると、腹が減ったとでも言わんばかりに、口から触手を伸ばして襲い掛かってきた。
「戻れ戻れ、来た道戻れ!」
 ロルツが怒鳴ると、一行は来た道を慌てて引き返す。蟲の横幅は通路と同じだけあって、引く事は出来ても進めないからだ。竜族ドラゴンのウルラが火か毒を吐いて滓にしてしまえば通れるのだろうが、それでは味方に被害が出る。
 今度は前方から、魔物を制圧する為に出動した魔人達がやって来る。
「おい魔人達、道開けろ!」
 謝坤がそう怒鳴る。道を開けろと言って開くはずが本来は無いが、魔人達は前方から押し寄せる獣人や人間の群れを見て、戦う事で益が無いと察する。しかし真っ直ぐな通路で道を開けろと言われてもどう開けろと言うのだろう。通路は横幅が広いが、巨蟲で幅が埋まってしまう。
「開けろって、どう考えても無理だろうが!」
 誰かが叫ぶと、魔人達も巻き込んでの逃走劇が始まる。敵同士だが、今はそんな事を言っている余裕は無い。皆が生存に必死なのだ。
「魔物を使役する事に反対はしないけどさ、地下牢にちゃんと閉じ込めろよ!」
 ロルツは隣を走る魔人に言った。魔人は目を剥いて反論する。
「はあ!?んな事俺らに言うなよ!〈不撓の三要塞〉とか言う割に牢が脆過ぎるこの城が悪い!」
「そもそも築十万年のナンチャッテ遺跡で寝泊まりするお前らが馬鹿なんだろうが!此処は帝国の不朽城とは違うんだぞ!」
 風化に弱いこの城は、時空魔法を使わないシュルークによって造られた。だから不朽城とは違うのは当然だ。しかし魔人の中には⸺否、多くの者が、〈創世の四英雄〉の城は不朽であると信じている。しかし苏安スーアン凰龍京おうりゅうきょうは実質築二十八年みたいなものだし、フレデリカが興したパノチサナスの聖都ナーシクルは滅びて遺跡となっている。
 馬鹿と言われた魔人達は反論しようにも言葉が見付からない為に、悔しげな顔をして黙り込んだ。
 その時、いきなり先頭の魔人達が立ち止まる。
「おいどうした⸺」
 背の高い謝坤が前方を見ると、何と曲がり角で他の派遣された魔人達と鉢合わせていたのだ。
「おい退けよ!魔物が直ぐ後ろに⸺」
 巨蟲は口から涎で濡れた触手を伸ばしながら近付いて来る。
 ロルツ機転を聞かせて謝坤に言った。
「謝坤、寸勁だ!」
 謝坤は意図を察すると、床を寸勁で破壊した。
 ロルツは魔人達にも言う。
「お前達も生き残りたきゃ真似しろ。床を壊せ!」
 魔人達はそれを聞くと、縋るように各々の方法で床を破壊し始めた。
 巨蟲が触手を伸ばした。ロルツがそれをしゃがんで躱すと、獣人が攫われる。
「ぎゃああああああ!」
 触手に絡め取られた獣人の傭兵は消化液で溶かされながら捕食される。魔人だけでなく、獣人や人間、誰もがそれを見て吐気を催した。
 伸びてくる触手は一本じゃない。二本目、三本目と次々伸びてくる。
 今度は魔人が攫われた。
「助けてくれ、嫌だぁぁぁぁ!」
 ウルラが悲鳴を上げてロルツの脚にしがみつく。それもそうだろう。ウルラは敵を何人も殺したが、生きたまま溶かされて捕食されるような惨い死を見た事は無い。
 触手がロルツ目掛けて伸びてきたその瞬間、大きな音がして地面が陥没する。そして一拍遅れて床に穴が開いた。
「よしっ!」
 一行は穴に落ちた。その穴の下は運の良いことに、地下水流になっている。
 着水すると、ウルラは元の姿に戻って乗せれるだけの人数を背に乗せた。乗れなかった者達は身体の力を脱いたり重たい装備を外すなりして身体が浮くようにしている。
 暫く水流に身を委ねて進んで行くと、巨大な地底湖に流れ着いた。
 一行は地底湖に浮かぶ水路に最も近くて大きな島の一つに上陸すると、火を起こして身体を温めた。
 ロルツは身体を震わせて水を弾き飛ばすと、ウルラを抱っこしている謝坤に問う。
「此処、どの辺だろう」
「さあ…宮殿の真下じゃないか?」
 そう言って謝坤は周りを見渡した。
 ロルツ達が落下した水流は地底湖で行き止まりになっているが、よく見ると地下が幾つかある。人工的に造られたもので、門には装飾が施されている。門の横は魔導によって生み出された炎が照明としてついていて、暗い地底を明るく照らしていた。
「変だと思わないか?水路が四つ。意図的に此処へ集めてる様じゃないか」
 ロルツがそう言うと、一行が来たのとは別の水路からネメシア達メリューン騎士団とラザラスがやって来た。
「おーい!見付けたー!」
 謝坤はロルツの顔を見た。
「…えーとつまり?」
「そのままの意味。俺達を此処へ誘導してる奴が居るかも」
 ロルツが周りを見渡すと、地底湖の中央の島に目が行った。
「何だあの島。何かあるぞ。石碑か?」
 その時、水面に妙な波が立った。ラザラスのものではない。その証拠にラザラスは鱗に覆われた顔でも解りやすい程の困惑を浮かべている。
「メリューン騎士団、警戒しろ!何かが居る!」
 水中でメリューン騎士団が槍を構えて互いに背中を向けるように陣を組む。
 謝坤は魔人達に向かって言った。
「お前ら、飛び道具の準備しとけ。何か来る」
 魔人達は生存の為に頷いた。
 各々が魔法や弓矢を準備したその瞬間、ラザラスが動いた。
 大きな波が立って、青い地底湖に赤が散る。
「メリューン騎士団、ラザラスが時間を稼いでる間に中央の島に上がれ!」
「獣人傭兵団、弓矢用意!」
「謝坤軍一番隊、構え!」
「オド第十三小隊、魔法用意!」
 ギリギリと弓を引き絞る音と波音、そして呼吸音以外に何も聞こえない静寂。その静寂の中、赤い鱗がロルツ達の島に流れ着いた、その瞬間だった。
「ガアアアアアアアアア!」
 水面から二頭の巨竜が飛び出す。一頭は赤い巨竜ラザラス。もう一頭は、キオネによく似た浅瀬のような青い鱗のラザラスを上回る巨大な竜。しかし青い竜は禍々しい気配を放っている。
「放て!」
 矢と魔法が青い竜に降り注ぐ。しかし、その強靭な鱗には傷一つ付かない。
「あの気配、智陵の地下に居た皇帝に似てる」
 魔人達がロルツの言葉に顔色を変える。
「陛下の気配?」
 謝坤は呟いた。
「闇神ハーデオシャの息子、破壊神ネべの眷属。それが〈厄災〉だ」
 青い竜キオネの祖父は〈厄災〉リヴァイアサンだ。目の前の海竜アクアドラゴンは、キオネにも似た気配を持っている。
 島の石碑。ロルツはそれの正体に気付いた。そしてウルラを呼んだ男の正体も。
「此処はシュルークの墓⸺聖墓だ。あのトチ狂った英雄は、どうやら自分の墓を〈厄災〉の残滓か何かに任せているらしい」
 狂った逸話しか残っていないシュルークは、墓荒らしを防ぐ為か害悪な墓守をつけたようだ。
「さあお前ら、フレデリカみたいにボケた〈四英雄〉に代わって〈厄災〉退治と行こうか!」
 ロルツの言葉に一行は頷く。人間も獣人も魔人も。今は誰一人として気付いていないが、彼らは協力出来るのだ。
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