創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

相応しき場所へ

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『汝の願いに応えよう』
 身体に魔力が満ち、再生を始める。肉や骨、臓物が正しい場所に戻り、嫌な音と痛みを伴って癒着する。以前は痛みの余りに嘔吐と気絶を繰り返していたが、随分と慣れてしまったものだ。
 フレデリカはアイビーの髪飾りを拾うと、魔法で元の状態に戻した。そしてアレンから贈られた髪飾りを、美しくなった髪に付ける。そこにはもう、くすんだ灰のような女は居ない。透き通る白い肌に波打つ夕陽の金色をした髪の女が静かに佇んでいる。
 立ち竦むザンドラにフレデリカは振り向くと、美しい笑みを浮かべた。
「心配させちゃってごめんね。けど、もう大丈夫」
 そう言って手を伸ばすとその手の中に杖が現れる。
「往ってくるね」
 そう言って箒に跨るように杖に跨ると、再び空を駆ける。
 分銅鎖は未だにトロバリオンを狙って飛び続けているが、動きが鈍い。フレデリカは地上を見下ろした。
(やっぱりか…!罰が下ってる!)
 苏月と舞蘭、クルトが引き摺られないよう踏ん張っているが、苏月も限界が来ているのか、血を吐きながらも堪えている。
「早くしないと」
 フレデリカの復帰を確認した苏月の表情に一瞬、生気が宿る。次の瞬間、分銅鎖の動きが変わった。疲労を感じる動きだったのが、一転して攻撃性を感じるものに変わる。それは破壊の力を纏い、トロバリオンの表皮を抉る。
(何度見ても凄い。秩序や理を破壊する破壊神の力…)
 何処でそんな物を手に入れたのか、苏月も舞蘭も言わなかった。だが、今はそんな物どうでも良い。
 フレデリカは大量の魔法陣を展開した。最盛期とまでは行かないが、魔力は以前より大きくなっている。
「アレン、目を覚まして!」
 魔法陣から光線が発射され、トロバリオンを滅茶苦茶に攻撃する。
 突如として増加した魔力と、創造神ソピデモトの気配にトロバリオンが怯んだその瞬間、一際太く鋭い刃の付いた分銅鎖がトロバリオンの胸に深々と突き刺さる。
「よしっ」
 しかし、トロバリオンもこれで終わるつもりは無いらしい。分銅鎖を無造作に掴むと、苏月に狙いを定める。
 アンバーがフレデリカの横を飛行した。
『フレデリカ、何でトロバリオンは暴れてるんだ?飯でもやれば落ち着いたりって事は無いのかよ!』
「トロバリオンは時空そのものであって、感情は一切無い。恐らく、〈創り手〉の意思に釣られて顕現して、アレンの感情のままに暴れてるんだわ」
 トロバリオンは分銅鎖を引き抜くと、それを投げ捨てて拳を苏月に向かって振り下ろす。しかし、舞蘭が瞬時に隷属魔法を解除した。
 苏月はクルトを安全圏まで突き飛ばすと、舞蘭を抱えて巨大な拳を躱す。
「ゲホッゲホッ…やばい、喉につっかかった。水飲みたい」
 胸を叩いて咳き込む苏月を見てフレデリカは安心する。
「何だ、余裕そうじゃない」
 苏月はフレデリカを見ると、舞蘭に下がるよう伝えた。舞蘭が下がると、苏月は地面にめり込んだ拳に飛び乗り、一気に駆け上がる。すると、その横を美凛メイリンが走る。
「美凛、何でまた…」
 美凛は顔を膨らませると、大声で怒鳴った。
「…父上と仲直り、したいです!」
「だからってこんな危ない真似するかな…」
「だって、父上浮気してたんだもん…」
 ネメシアがくっついていた事を根に持っているらしい。
「悪かったって…」
 その時、トロバリオンの手が二人を叩き潰そうと迫って来る。
 苏月は美凛の腕を掴んで抱えた。
「ひぇっ!?は、走れるから!」
「今は私の側を離れるんじゃない」
 抵抗する美凛にそう言うと、苏月は肩まで駆け上がった。
「さて、此処まで来たからには何か考えがあるんだろうな?」
 揶揄うように娘に問い掛けると、美凛は元気良く頷いた。
「トロバリオンを二人で蹴り倒します!」
 苏月は娘の可愛らしさに思わず笑ってしまった。
「あー、何で笑うんですか!?」
「いや、ごめんごめん。そうだな…二人か」
 美凛が心配そうな顔をする。
「無理ですか?」
「…仲直りすれば、出来るかな?」
 そう言うと美凛は目を輝かせる。
「父上、ご⸺」
「すまなかった」
 美凛が先に言うより前に苏月が言うと、美凛は驚いて硬直した。
「辛い思いをさせたな」
 内戦中の本国に入れない為に国外へ閉め出し、その先で戦争が起きた。そして手元で囲うために呼び寄せたものの、梓涵ズーハンによって連れ去られ犯された。
「父上…私も、酷い事してごめんなさい!父上は悪くないのに、邪険に扱っちゃった!」
 苏月は自分より背の低い娘に目線を合わせると、ハンカチで娘の顔を拭いた。
「私は気にしていないが、母様とはしっかり話をするんだぞ。五年間、手紙もメッセージも既読無視されて悲しんでいたからな」
「はい…」
「それじゃあ、二人で蹴り倒そうか。掛け声は何が良い?」
 実際年齢より幼く見える美凛は無邪気に答えた。
「せーの!せーのが良いです!」
「よし分かった。それじゃあ始めよう」
 そう言って二人で助走を付けるために少し下がると、トロバリオンの手が伸びてきた。
「行くぞ。せーのっ!」
 親子は跳躍すると、トロバリオンの頬を蹴った。身体超化によって限界を一時的に超えた飛び蹴りは、トロバリオンの姿勢を崩すには充分だった。
 苏月は体勢を崩して空中に投げ出された娘の腕を掴むと、トロバリオンの腕を分銅鎖で拘束する。
 式神に乗った除霊師が苏月と美凛を回収すると、除霊師が声を張り上げた。
「フレデリカ!」
「任せて!」
 フレデリカはトロバリオンの胸にできた大きな穴目掛けて飛行すると、そのまま内部に入り込んだ。
 トロバリオンの内部は音もしない蒼空のような青い空間で、トロバリオンの魔力の中にアレンの魔力が微かに残っている。その空間中に、アレンは横たわっていた。
「アレン!」
 駆け寄ってアレン抱き起こしたフレデリカの顔が真っ白になる。
「アレン…?アレン…!?」
 赤黒い亀裂は顔中を覆っていて、右腕から進行するそれは左手の指先にまで達していた。
(そうだ、さっきアレンの声が聞こえた)
 恐らく、それが最後。トロバリオンの強過ぎる力を制御するのは、魔導書をもってしても、アレンだけでは無理だったようだ。
 フレデリカはアレンの首元に手を当てた。首元にも亀裂は伸びているが、辛うじて脈はある。
(良かった、まだ脈がある。助けられる筈)
 フレデリカは両手を翳すと、創造魔法で魔導不完全疾患の症状を治し始めた。
「お願い、戻って来てよ…!」
 黄金の輝きが亀裂を塞ぎ、崩壊を食い止める。しかし、それでもアレンが目を覚ます気配は無かった。
 すると、空間が揺れる。トロバリオンがまた動き出そうとしているのだ。
「トロバリオン、お前は本当にこれで良いの!?十万年前、どうしてお前は弟神ソピデモトと共に人類に協力した!?世界の崩壊を食い止める為だろう!空虚のお前が終焉までの時を加速させてどうする!お前の宿主は今、死にかけてるんだよ!?」
 しかし、トロバリオンには響いてないようだ。叫ぶだけ無駄だと痛感したフレデリカはアレンを帝都から攫って来た時のように杖に乗せる。
 地面を蹴ると、杖は宙へ浮かび上がった。
 そのまま外へ飛び出ると、背後から何かが割れる音がした。振り返ると、トロバリオンの姿が塵となって消えていく所だった。
「宿主に感化されていた…それだけか」
 しかし、これでこの争乱は終わりだ。本城キープからは本家スー氏とウェイ家、ソレアイア王家とソレアイア貴族を捕らえた〈桜狐オウコ〉と謝坤シェ・ゴン、そしてムニちゃんとネメシアが出て来た。魔人達も悪態を吐きながら撤退している。
 後はアレン達負傷者を休養させるだけ…そう思ったその時だった。
「何!?」
 突如として地上から響いた銃声と悲鳴。それもよりによって、〈プロテア〉の陣営付近でだ。
 フレデリカは急降下して現場付近に着陸すると、目を見開いた。
「ザンドラ!?」
 何と、ザンドラが胸から鮮血を流して斃れていたのだ。
「死ね、死んでしまえ!」
 もう動かないザンドラの身体を銃剣で滅多刺しにする彼女の姿は、正気を失っているように見えた。恐ろしさの余り、誰も梓涵に近付けない。特に士官学校の元生徒達は互いに身を寄せ合いながら震えている。知性的な少女はもう何処にも居ないのだ。
「梓涵!」
 フレデリカは近くに居た除霊師にアレンを任せて足を踏み出す。世界であれ、軍であれ、秩序は保たれなければならない。今動けないリーダーに代わって、裏切り者に厳罰を下すのだ。
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