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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜
地下牢獄
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城への突撃に参加するのは、アレン、フレデリカ、ネメシア、ロルツ、社龍、謝坤、そして保護者枠として苏月だ。
「意外と聖属性魔法を使える奴が多いんだな…」
ホログラムで見た昇降機まで走りながらアレンが言うと、謝坤がえっへんと胸を張る。
「俺と社龍は通信でゼク・グムシク学院の戦略科に通ってたからな!魔法は多少使えるんだぜ!」
アンデッド系の魔物は聖属性と火属性の攻撃以外は通用しにくい。この中でそのどちらも使えないのは、苏月だけだった。
「叔父上、魔法を扱うコツは⸺」
「こうか?あ、出来た」
見ただけで全てを模倣してしまう彼は、どうやら脳の作りが一般人と違うらしい。社龍の拙い説明だけで聖属性魔法を習得してしまった。
その時、苏月の水晶盤が飛び出す。
『皆、次の角を左に曲がって。そこに昇降機があるわ』
舞蘭はホログラムを確認しながらそう言った。
『それと、その昇降機は手押し式なの。今皆が通った辺りにスケルトンは居ないから、八人くらい派遣するわね』
かつて、この城に囚われていた奴隷達によって動かされていた昇降機。付近には十体のアンデッド達がいた。
「うわあああああ!」
社龍が悲鳴を上げる。
「社龍落ち着け!全員気を付けろ、骨の先が尖ってる!」
腐敗した死体のアンデッドは居ないが、スケルトン達の手の先は砕けて尖っていた。死して尚、昇降機を動かし続けていたのだろう。
スケルトン達は歯をガチガチ鳴らして襲い掛かって来る。
「フレデリカ、このアンデッド喋らないけど!」
「…只の怨念じゃない。この城の深奥で、何かが彼らを煽ってる!」
アレンは昇降機を見た。そこから黒い靄が出て来ている。
「十体くらい、大した事無いね!」
そう言ってネメシアが槍を振った。聖属性魔法を付与した三叉槍は容易く骨の身体を砕く。
「弱いな…化物は、下か?」
スケルトンを撃破した兎人のロルツはピンク色の鼻をひくつかせて昇降機の方を見る。
「スプレーと同じよ。根本に近いと噴き出す力が強い。本命はこの中ね」
アレンはスケルトンを大剣で砕くと、聖を纏った大剣を見詰めた。
「アンデッドと霊体の付加術って、何が違うんだろう」
「分からない。もしかしたら、意思の方向性かもしれないけど、なかなか見ない事例だから、学会でもこれといった定義はされていないの」
フレデリカはアレンに近付くと、大剣に語り掛けた。
「コーネリアス、アレンはこんなに大きくなったよー」
その時、水晶盤の向こうで舞蘭が咳払いした。
『地下の地形は恐らく、内戦前とは変わってるわ。もしかしたら崩壊が起こる可能性もある。油断しちゃ駄目よ』
その時、思薺が部下達を連れてやって来た。
『昇降機の操作は思薺隊がやってくれる。思薺、アレン君の水晶盤に地下の地図を送って』
アレンは思薺の水晶盤に自分の水晶盤を近付けた。ピコン、と音がして地形のデータが送られてくる。
「円柱状の地下牢か」
『どうか、崩落に気を付けてね。本当は私も同行したかったけど…誰かさんが猛反対するから』
苏月がふいと顔を背ける。
「地形も変わっているのなら、君の案内に意味は無い。危ないから待ってなさい」
『私だって戦えるんだけど』
「いや、私達はもう若くは⸺」
『月ちゃ~ん?』
苏月がアレンの後ろに隠れる。最愛の妻を危険な場所を連れて行きたくない一心なのだろうが、これでは愛妻家というより恐妻家だ。
「何でもない!何も言ってない!だけどこういうのは野郎の仕事だ」
舞蘭は不満そうだったが、鼻を鳴らして頷いた。
「月さんの事は任せてくれ」
「保護者枠は私なんだが…」
舞蘭の機嫌が直ったのを見計らって苏月が出て来る。
『仕方無い…道案内は私がやるからアレン君、夫とその二人を宜しくね』
舞蘭がそう言うと、一行は昇降機に乗る。思薺達が機械を回し始めると、昇降機が地下へ向かって降り始める。
「何か、臭くないか?」
地下は空気が篭っていて、埃とカビの中に腐敗臭と血の匂いが混じっている。
「二十年も放置されていたのに…鮮血の匂いがする」
鼻を不快そうにひくつかせながらロルツが言う。
「誰か入り込んだのだろう。しかし…広いな」
苏月の言葉にアレン達が顔を上げる。地下牢獄はとても広く、硝子張りの昇降機の中からその全貌を見渡せる。
「…拷問器具が多い」
アレンはおびただしい数の拷問器具に顔を顰めた。どれも血で汚れたであろう部位から腐敗が進み、触れるだけで破傷風になってしまいそうだ。
昇降機を降りると、朽ちた拷問器具の状態の酷さが鮮明に見えてくる。
「蜘蛛の巣が凄い…」
ネメシアが蜘蛛の巣に触れようとすると、その手を社龍が掴む。
「触らないで、〈奈落〉の瘴気で変質してるかも知れない」
「瘴気?」
社龍の変わりに苏月が答える。
「異界から漏れた魔素だ。古代の科学と呼ばれる技術によって汚染された空気と魔素が〈奈落〉の最下層にある〈時空の扉〉から漏れているんだ」
かつて栄えた旧世界では、科学と魔法が入り乱れた戦争が繰り返されていた。科学は大気と土壌を汚染し、魔法はあらゆる物を変質させた。神々が創造した世界は崩壊し始め、怒り狂った神々は破壊神を遣わして世界を手当り次第に破壊した。その際に生じた土煙や衝撃波は汚染された大気を掻き混ぜて汚染を拡大させた。
「その蜘蛛の巣に何が付着しているか分からない。触らない事を勧める」
ネメシアが真っ青な顔で拷問器具から離れると、社龍はぶるりと長駆を震わせた、その時だった。
「何だ、触らなかったのか」
つまらなそうに言って出てきたのは、なんとファズミルだった。
「ファズミル!?という事は…」
アレンが味方に警戒を促そうと振り向いた瞬間。
「今度はこうだ」
ファズミルが手を振ると、地下牢獄が揺れる。
「イルリニアの遺産は操作しやすいよ」
アレン達が振動に耐えられずに尻餅をつくと、アレン達を分断するように壁が下から出て来る。
「フレデリカ、月さん!」
アレンが叫んだその瞬間、床が傾いた。
「えっ⸺」
「お前は処刑場行きだ」
ファズミルが冷たくそう言うと、アレンは急斜面を転がり落ちて行った。
ファズミルは残されたフレデリカ達を見ると、腕を上げた。
「フレデリカは…残しておきたいな」
そう言って腕を振り下ろした瞬間、苏月の付近の床が崩れる。
「社龍、謝坤!」
苏月は自分より一回り大きい男二人の襟を掴むと、足場が安定しているフレデリカの方へ投げた。
「うわああああああ!?」
苏月は崩落し始める床に巻き込まれそうになっているロルツとクルトを見付けると、崩落する瓦礫の中を素早く移動して二人を回収する。
「フレデリカ、撤退しろ!」
「あんたは!?」
「アレンを探して来る!」
「ちょっと!」
しかしフレデリカの声はもう届かない。三人は瓦礫と共に地下深くへ吸い込まれてしまった。
「この糞魔人!」
そう言って黄土色の髪を束ねると、社龍と謝坤が得物を構えた。
「二人共、勇敢ね」
「だろ?どうする?あの魔人は強そうだけど」
社龍が不安そうに頷く。年長者の意見を待っているようだ。
(本当、皆可愛いんだから)
こんな人々が愛おしくて、かつての自分は戦ったのだろう。だが、今は戦う時ではない。
「今は生存優先。あいつらを探しに行くわよ!」
アレンを殺させたりしない。苏月に先を越させもしない。彼の横に立つのは自分だと決まっている。運命は定められているのだから。
「意外と聖属性魔法を使える奴が多いんだな…」
ホログラムで見た昇降機まで走りながらアレンが言うと、謝坤がえっへんと胸を張る。
「俺と社龍は通信でゼク・グムシク学院の戦略科に通ってたからな!魔法は多少使えるんだぜ!」
アンデッド系の魔物は聖属性と火属性の攻撃以外は通用しにくい。この中でそのどちらも使えないのは、苏月だけだった。
「叔父上、魔法を扱うコツは⸺」
「こうか?あ、出来た」
見ただけで全てを模倣してしまう彼は、どうやら脳の作りが一般人と違うらしい。社龍の拙い説明だけで聖属性魔法を習得してしまった。
その時、苏月の水晶盤が飛び出す。
『皆、次の角を左に曲がって。そこに昇降機があるわ』
舞蘭はホログラムを確認しながらそう言った。
『それと、その昇降機は手押し式なの。今皆が通った辺りにスケルトンは居ないから、八人くらい派遣するわね』
かつて、この城に囚われていた奴隷達によって動かされていた昇降機。付近には十体のアンデッド達がいた。
「うわあああああ!」
社龍が悲鳴を上げる。
「社龍落ち着け!全員気を付けろ、骨の先が尖ってる!」
腐敗した死体のアンデッドは居ないが、スケルトン達の手の先は砕けて尖っていた。死して尚、昇降機を動かし続けていたのだろう。
スケルトン達は歯をガチガチ鳴らして襲い掛かって来る。
「フレデリカ、このアンデッド喋らないけど!」
「…只の怨念じゃない。この城の深奥で、何かが彼らを煽ってる!」
アレンは昇降機を見た。そこから黒い靄が出て来ている。
「十体くらい、大した事無いね!」
そう言ってネメシアが槍を振った。聖属性魔法を付与した三叉槍は容易く骨の身体を砕く。
「弱いな…化物は、下か?」
スケルトンを撃破した兎人のロルツはピンク色の鼻をひくつかせて昇降機の方を見る。
「スプレーと同じよ。根本に近いと噴き出す力が強い。本命はこの中ね」
アレンはスケルトンを大剣で砕くと、聖を纏った大剣を見詰めた。
「アンデッドと霊体の付加術って、何が違うんだろう」
「分からない。もしかしたら、意思の方向性かもしれないけど、なかなか見ない事例だから、学会でもこれといった定義はされていないの」
フレデリカはアレンに近付くと、大剣に語り掛けた。
「コーネリアス、アレンはこんなに大きくなったよー」
その時、水晶盤の向こうで舞蘭が咳払いした。
『地下の地形は恐らく、内戦前とは変わってるわ。もしかしたら崩壊が起こる可能性もある。油断しちゃ駄目よ』
その時、思薺が部下達を連れてやって来た。
『昇降機の操作は思薺隊がやってくれる。思薺、アレン君の水晶盤に地下の地図を送って』
アレンは思薺の水晶盤に自分の水晶盤を近付けた。ピコン、と音がして地形のデータが送られてくる。
「円柱状の地下牢か」
『どうか、崩落に気を付けてね。本当は私も同行したかったけど…誰かさんが猛反対するから』
苏月がふいと顔を背ける。
「地形も変わっているのなら、君の案内に意味は無い。危ないから待ってなさい」
『私だって戦えるんだけど』
「いや、私達はもう若くは⸺」
『月ちゃ~ん?』
苏月がアレンの後ろに隠れる。最愛の妻を危険な場所を連れて行きたくない一心なのだろうが、これでは愛妻家というより恐妻家だ。
「何でもない!何も言ってない!だけどこういうのは野郎の仕事だ」
舞蘭は不満そうだったが、鼻を鳴らして頷いた。
「月さんの事は任せてくれ」
「保護者枠は私なんだが…」
舞蘭の機嫌が直ったのを見計らって苏月が出て来る。
『仕方無い…道案内は私がやるからアレン君、夫とその二人を宜しくね』
舞蘭がそう言うと、一行は昇降機に乗る。思薺達が機械を回し始めると、昇降機が地下へ向かって降り始める。
「何か、臭くないか?」
地下は空気が篭っていて、埃とカビの中に腐敗臭と血の匂いが混じっている。
「二十年も放置されていたのに…鮮血の匂いがする」
鼻を不快そうにひくつかせながらロルツが言う。
「誰か入り込んだのだろう。しかし…広いな」
苏月の言葉にアレン達が顔を上げる。地下牢獄はとても広く、硝子張りの昇降機の中からその全貌を見渡せる。
「…拷問器具が多い」
アレンはおびただしい数の拷問器具に顔を顰めた。どれも血で汚れたであろう部位から腐敗が進み、触れるだけで破傷風になってしまいそうだ。
昇降機を降りると、朽ちた拷問器具の状態の酷さが鮮明に見えてくる。
「蜘蛛の巣が凄い…」
ネメシアが蜘蛛の巣に触れようとすると、その手を社龍が掴む。
「触らないで、〈奈落〉の瘴気で変質してるかも知れない」
「瘴気?」
社龍の変わりに苏月が答える。
「異界から漏れた魔素だ。古代の科学と呼ばれる技術によって汚染された空気と魔素が〈奈落〉の最下層にある〈時空の扉〉から漏れているんだ」
かつて栄えた旧世界では、科学と魔法が入り乱れた戦争が繰り返されていた。科学は大気と土壌を汚染し、魔法はあらゆる物を変質させた。神々が創造した世界は崩壊し始め、怒り狂った神々は破壊神を遣わして世界を手当り次第に破壊した。その際に生じた土煙や衝撃波は汚染された大気を掻き混ぜて汚染を拡大させた。
「その蜘蛛の巣に何が付着しているか分からない。触らない事を勧める」
ネメシアが真っ青な顔で拷問器具から離れると、社龍はぶるりと長駆を震わせた、その時だった。
「何だ、触らなかったのか」
つまらなそうに言って出てきたのは、なんとファズミルだった。
「ファズミル!?という事は…」
アレンが味方に警戒を促そうと振り向いた瞬間。
「今度はこうだ」
ファズミルが手を振ると、地下牢獄が揺れる。
「イルリニアの遺産は操作しやすいよ」
アレン達が振動に耐えられずに尻餅をつくと、アレン達を分断するように壁が下から出て来る。
「フレデリカ、月さん!」
アレンが叫んだその瞬間、床が傾いた。
「えっ⸺」
「お前は処刑場行きだ」
ファズミルが冷たくそう言うと、アレンは急斜面を転がり落ちて行った。
ファズミルは残されたフレデリカ達を見ると、腕を上げた。
「フレデリカは…残しておきたいな」
そう言って腕を振り下ろした瞬間、苏月の付近の床が崩れる。
「社龍、謝坤!」
苏月は自分より一回り大きい男二人の襟を掴むと、足場が安定しているフレデリカの方へ投げた。
「うわああああああ!?」
苏月は崩落し始める床に巻き込まれそうになっているロルツとクルトを見付けると、崩落する瓦礫の中を素早く移動して二人を回収する。
「フレデリカ、撤退しろ!」
「あんたは!?」
「アレンを探して来る!」
「ちょっと!」
しかしフレデリカの声はもう届かない。三人は瓦礫と共に地下深くへ吸い込まれてしまった。
「この糞魔人!」
そう言って黄土色の髪を束ねると、社龍と謝坤が得物を構えた。
「二人共、勇敢ね」
「だろ?どうする?あの魔人は強そうだけど」
社龍が不安そうに頷く。年長者の意見を待っているようだ。
(本当、皆可愛いんだから)
こんな人々が愛おしくて、かつての自分は戦ったのだろう。だが、今は戦う時ではない。
「今は生存優先。あいつらを探しに行くわよ!」
アレンを殺させたりしない。苏月に先を越させもしない。彼の横に立つのは自分だと決まっている。運命は定められているのだから。
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