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第四章

亡くし屋の少女は未来を選ぶ。1

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 日中は神様くそじょうしから与えられた仕事をこき使われながらも完璧にこなし、亡くし屋の依頼がある夜はそれはそれで別の緊張感がある毎日。それすらも慣れ始めるくらい日々が繰り返された。
冬からは想像できないほど気温は毎日のように上がり続け、歴代最高記録を更新し続ける日々。チキュウオンダンカが進んでいる証拠だと専門家は口々に言うが、そんなの死神のオレには関係ない。地球が死ぬ前にオレが死ぬ。我、永遠の死神ぞ? なんてくだらないことを思いながら、玄関まであと一歩のところで力尽きる。
ウィーンミーンミィーンジジジジジジ
ジュワーッミーンジーージジジョーッワ
セミなのかツクツクボウシなのかヒグラシなのかその他なのか、全くどれがなんの鳴き声かわからないほどそれぞれがそれぞれの主張をしまくっている。
寺は森の中、それなのになぜか空は拓けていて直射日光が倒れているオレを容赦なく襲う。
(あー五月蝿い、暑い、溶ける、死ぬ、地球がオレを殺しにかかっている、火傷する、ていうかもうこれしてないか? 燃えそう)
脳内には赤い消防車が駆けつけるような走馬灯が映像として流れてる。消防車が水を放出してオレは濡れて……濡れ……濡れてる?

 びちゃちゃちゃちゃと音がして気がつく。確実にオレは頭の上から水をかけられていた。水がかけられている方を向くと、真顔の少女が庭先に撒く用のホースでオレの頭に給水していたのだ。
旗から見ればこれまたイジメのような光景……。でも彼女はおお真面目に水をかけている。
「あ、ぶぁり、ありぶぁ」
「かずと起きた?」
「ぶぉ、ぼうぶぁいぼう……」
「?」
水が喋るたびに口に入り、何もまともに言えない。というか気づけ、オレは溺れかけて逆に死にそうだ。
「あ、ごめんなさい」
やっと気づいたかと思いきや、
「弱かった?」
と聞きながら手元を操作して水の勢いを強めた。そうじゃない。
「ちょ、ずどっぶぉ」
「?」
水の勢いで聞こえないと気づいたのか亞名は水を止める。
「はぁ、はぁ、オレを殺す気か……」
やっと息がまともに吸えた。
「わたしは殺さない。亡くすだけ」
「今そのセリフじゃないだろ……」
「ごめんなさい」
「本当にわざとじゃないのかお前」
「?」
「そうやって真顔で首を傾げれば、なんでも許されると思ってないかよ」
「思ってない」
「そうかい」
オレは立ち上がり、服からはびたびたびたと水が滴り落ちていた。
「あー着替えてくるわ」
「いってらっしゃい」
部屋に戻りながらふと振り返ると、亞名は宙に向けてホースの水を出し虹を作って遊んでいた。
(幼稚園児かよ……)
そういえば亞名って友達がいたことなんてあるんだろうか……。半年以上一緒にいて一度もそれらしき影を見たことがない。学校からも仕事があるからか真っ直ぐ帰ってくるし。なんて考えながら着替えを済ませ、玄関まで亞名を呼びに行くと変な音が聞こえた。

 びちゃちゃちゃちゃとさっき聞いた音。あれはホースの水が何かに直接弾け当たっている音だ。灼熱の外に再度出るには気が引けたが、亞名が何をしているのか気になりサンダルを引っ掛けて出ていくと、
「あゔぁぶゔぁゔぁ」
人がホースの水で溺れかけていた。
「おいっ亞名、まじで人が死ぬ! オレじゃないとそれは死ぬ!」
そう言われた亞名はホースの水を止めた。
「だすがった……げほっげほっ」
水をかけられてた人は横たわったままむせていた。
「なんでまたやってたんだよ」
「倒れて干からびそうだったから」
「人はミミズじゃないぞ」
「?」
亞名は首を傾げた。
「絶対もうそれ、そこまできたらわざとだろ」
「まぁ多少」
「はぁ、大丈夫ですか? ってオレが声かけても聞こえないよな? え、ていうかなんでこの人、ここに入れてるんだよ」
「不審者?」
「え、じゃあ助けなかったほうがよかったかな」
「………………」
「死んじゃった?」
「それはないと思うけど。まぁ不審者なら放っておいていいんじゃないか?」
「放っておいてよくなーーーーーーい!」
倒れていた人が勢いよく起き上がった。
「おわっ」
「いや、確かにアタシ、放っておいてって言ったことあるかもしれないよ? でもなにこのツッコミ不在空間! めちゃくちゃ恐怖!」
「………………」
「………………」
「え、なんで無言なの? こういうの感動の再会じゃないわけ?」
「亞名、知り合いか?」
オレは亞名の方を向いてこの人を指差す。
「わたしはしらない」
「えっちょっとまって何この展開……。アタシが君達を忘れるっていう展開はあっても逆はないよね普通! 君達は何一つ変わってないよね?」
「変わらないものなんてないよねかずと」
「というか普通って何に対しての普通なのか説明いただきたいね」
「二人で勝手に哲学ワールドに入らないで……。ていうか本当に忘れちゃったの……?」
亞名とオレは顔を見合わせて、笑った。
「え? え?」
「はははははっ引っかかってやんの」
「面白かった」
「いや亞名、真顔気味で面白かったって言うの魔女っぽいからやめてもらえる?」
「え? なに? 二人とも、アタシのことちゃんと覚えてる?」
「忘れるわけないじゃん、いやてかメルにされたことは忘れることなんてできないし……」
「なにをされたの?」
「それはあんなことやこんな──ぶぇっ」
顔面を殴られた。
「殴ることないだろ、メル!」
ふぅーふぅーと息を吐いて怒りを鎮めているようにも見える。
「あれ、やりすぎた?」
ふぅーと深い息を吐くと彼女は顔をあげる。その瞳はうるうると潤んでいた。
「本当に忘れられたのかと思ったぁーーー、ぶぇーーー」
「え、あ、ちょっそんなに泣くなよ」
いきなり泣き出すもんだからオレは慌てふためく。
「かずと泣かせた」
「亞名もノリノリだったじゃねえかよ、というか最初に水かけてたの亞名じゃん……」
「ぶぇーーーーー」
「あーどうするんだこれ、てかこいつそんなに泣くキャラだったか?」
「タオル持ってくる」
「あ、ちょっ逃げんなよったく」
目の前でぶぇぶぇ泣くメルもとい駿河《するが》夢依《めい》。
「もー悪かったって。泣き止めよって……」
ぶぇぶぇ泣いてるかと思ったが、肩の震えが妙に細かすぎる。
「ぶぇ、ぶぇ、ぶふっふふふっ」
「んだよ笑ってんじゃん」
「だって、ふっ、騙されっぱなしは、ふふっ嫌だし」
「はいタオル」
「ありがとう、亞名ちゃん」
亞名がタオルを持って戻ってきた。それを夢依は受け取って洋服を叩く。
「もしかして、亞名は泣いてないってわかってた?」
「泣いてると思ったの?」
「泣いてると思ったの?」
夢依は亞名の真似をして煽ってくる。
「はいはい、お前らには敵いませんよ」
「中入る?」
「うん」
もう二人は友達モードで歩き出していた。それを後ろから見守りながら夢依に聞く。
「てかなんで階段上で倒れてたんだ?」
「あーそれは、たんにアタシの身体があの長い階段に耐えられなかったんだよ……。しかも真夏……」
「……なるほど」
「でもまさか亞名ちゃんに水をかけられて溺れ死にそうになるとは思わなかったな!」
夢依は楽しそうに話すが、それはそういう内容ではない。
「わたしも夢依さんだとは思わなかった」
「え?」
「え?」
オレと夢依の疑問符はハモった。
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