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本編1-2

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(マイラ視点)


 おれにもたれながら、無防備に眠ったリタの伸びた黒髪が肩から肩甲骨の間に落ちる。

 おれが好きだっていっても伸ばしてくれなかった。
 「そうなんだ」と興味のない相槌で終わった。

・・

 リタリヤ マーグレンは艶々の黒髪に黒曜石みたいな瞳を持つ神秘的な容姿だった。

 どちらかと言うと、金髪や茶髪が多い国であるため、少し異国情緒の感じられる色彩と顔立ちであった。マーグレン侯爵家は金髪に緑色の目が代々生まれる一族であったため、リタリヤが生まれた時は一悶着あったと、大人になってから母から聞いた。
 リタの母が不貞を疑われて、離婚まで至りそうになったなど。

 また、土の魔術を得意とするマーグレン家において、リタだけが風と雷の魔術を使う。

 庭で初めてリタが雷と風を起こしたときは、侯爵家の広大な庭が、災害にあったかのように壊滅したという。

 リタの母は、恐怖に怯えて、それ以降リタを抱きしめるどころか見ることはなくなった。

・・

 マイラが侯爵家に訪問するようになってから、そんな不穏な雰囲気は感じたことはなかった。リタの母はマイラや他の家門の子供をにこやかに受け入れてくれていた。

 時折、リタ以外の家族が集まっているのをリタが静かに見ているのを不思議に思ったことがある。

 「行かなくていいのか?」
 マイラが聞くとリタはマイラにニコリと笑って「マイラと遊ぶ方が楽しいから」
 と言うので、マイラは嬉しく感じたのを覚えている。

 思春期になって、リタが恋人に精神的に依存し不安になったりするのは、もしかして家族関係の不安定さがあったのかも知れない。

・・

 昔から、令嬢に告白されても何もおれの心は反応しない。

 幼い頃にリタの屋敷で出会った時から、リタのことしか目に入らない。
 白い肌に色のついた唇、真っ黒で真っ直ぐな髪はストンと肩まで伸びて、リタが動くたびにゆらゆらと揺れていた。
 猫の目みたいに黒目が大きくて、切れ長な目は光にキラキラと輝いていた。
 リタが笑うとハッとするほど可愛いかった。

 親同士の付き合いもあり、おれは将来のご学友候補でもあった。侯爵1位の次男であるリタにはおもねる友人候補がたくさんいた。
 そのころのリタは純粋で寄せられる好意全てが本物だと思っていたようなところがあった。

 リタとおれが侯爵邸の庭を歩いていると、建物の影でリタのご学友候補がリタの陰口を言っていた。

 「リタ様に昨日も急に、持ってきてないのか? 取りに戻れって言われたよ。元々何にも頼まれてなかったのに」
 「あーなんでも自分の思い通りにならないと気がすまないから。思いつきで言うしな」

 「でもリタ様は次男だろ。父上は取り入れって言うけど、リタ様はスペアにもならないんじゃないか?」
 「家庭教師もわがままで碌に受けてないって言うしな」
 「顔が可愛いからリタ様自身がもっと上位の人に取り入ればいいと思うんだ」
 「陛下の側室とかになったりして」
 「それならそれでやはりリタ様に我らも媚びないといけないな。ハハハ」

 「リタ様は甘やかされて育ったからか、わがままな所や、言うことを聞いて当たり前だと思っている所があるからなー。まあ顔が可愛いから我慢できるが」
 「だが怒らせてみろ、雷で焼かれるぞ」
 「怖い怖い。魔術の才能がありすぎるのも問題だな」

 下位の侯爵家や子爵家の公子たちが話をして笑っていた。

 随分リタを侮辱するような内容だった。

 リタを見ると、顔を真っ赤にして泣きそうになっていた。おれは胸がドキっとした。リタの泣きそうで我慢してる顔がたまらない。

 可愛い。

 泣くのを我慢してるリタ、ギュッとしてあげたい。

 おれは思ったままに抱きしめた。

 「な」

 リタはビクッと身動きしかけたが、そのままおれを抱きしめ返してきた。まさかリタが返してくるとは思わなかったからびっくりした。必死に泣くのを我慢して、すがりつくように抱きしめてくるリタの体温が高い。髪からはいい匂いがする。

 うわっーと気分が高揚する。胸が高なる。
 もっとこのままでいたい。そう思った。
 公子たちが去ってもしばらくそうしていた。

 当然その公子たちは出入り禁止になった。リタは何も言わなかったようだが、おれが侯爵に報告した。侯爵家と取引が中止になり打撃を受けた家門もある。
 
 その後、リタの実母が早くに亡くなられた。侯爵がすぐ再婚された義理の母と折り合いが悪いことや、父からもあくまで長男のスペアとしてしか扱われなかったことなど、どれも貴族であればありがちであったが、それくらいからリタの笑顔に時折翳りがでてきた。



 リタの第一の親友という位置は手に入れたが、リタの恋愛対象にはなれなかった。

 リタは女性が恋愛の対象だからと諦めていた。何人も何人もの女性と付き合うのを見てきた。よくもそんな身持ちの悪い女性を見つけてくるなと思っていた。
 普通に親が見つけてきた女性と婚約をすれば傷つくこともないのに。真実の愛を見つけたと、付き合い始める。
 だけど傷ついたリタを慰められるから、どんな女性と付き合っても構わなかった。

 しかし男性と付き合い始めておれは驚いた。

 「リタは男性でも良かったんだな」
 自然に聞こえるように、聞けただろうか?

 「うん。おれもよくわからなかったが、いけたみたいだ。おれのことが好きだっていうんだ。性別なんて関係ないって。おれの恋愛遍歴も知ってるみたいなんだが、それでもいいって。おれなら縛られても独占欲丸出しでもいいって言うんだ。だから信じてみようと思って」
 好きだって言ってもらったと嬉しそうなリタ。それだけで好きになるのか?

 性別なんて関係ないって? 簡単に踏み越えられたことに激しく嫉妬する。だけど少し待てばまた上手くいかなくなって、またリタはおれの元に戻ってくる。だから・・・。
 いつもより苦しい我慢だった。

 おれの好きは、おれが何万回いえば通じるんだ?
 「おれも好きっていってるぞ」
 「ふふふ。ありがとう。大好きだよマイラ」

 リタが子供のようにあどけなく笑う。

 好きって言われているのに、それ以上踏み込めない。

 大通りでリタが恋人を責めている。いや、もう恋人だった男だ。栗色の髪に薄い緑の瞳。おれの劣化版みたいな色合いだ。

 金に困っているという噂がある。侯爵家の次男で自身も魔術師として成功しているリタの金目当ての男。お前の功績はリタが男も恋愛対象になり得るってわかったことだけだ。

 おれはリタが誰と何人付き合っても構わない。相手がクズであればあるほど、付き合う度に心に傷を作るリタが最後にはおれに落ちてくるから。
 おれはリタの欲しい言葉を使って慰める。


 リタが男を感情のまま責めている。
 「嘘はつかないでくれ! おれだけだっていっただろ。今日は家で休むって言ってたじゃないか。どうして嘘をつくんだ」
 「あの時は嘘じゃなかったんだ。その後たまたま誘われたんだ」
 「嘘つき!」
 リタが相手の襟を掴んで揺さぶる。
 
 ヒートアップする二人に周囲に人が集まり始めた。リタは優秀な魔術師だが、こういうケンカには決して魔術は使わない。そこだけ真っ当だ。

 元恋人の浮気相手が、懐からナイフを出したのが見えた。

 潮時だとリタに声をかける。懐に手を入れている男は睨むだけで怯んでいる。
 「リタおいで」
 リタは俯いておれにされるがままについてくる、
 可愛い。
 傷ついたリタを慰めるのはおれだけの特権だ。

 家に連れて帰って、慰める。リタがおれの腕の中で眠る。長いまつ毛に涙が滲んでいる。
 あんな男のために泣かないでとも思うが、おれにだけ甘えてみせる涙だと思うと、特別に感じる。
 今日も好きだと言ったのに、友達の好きに変えられた。

 「リタ好きだよ。おれに振り向いて」
 リタの髪にキスを落とす。


 もう何回も待ったから、もういいよね。

 リタ、おれは恋人で満足しないんだ。
 結婚して一生を共にしよう。

 寂しがり屋ですぐ不安になるリタ。おれがリタを一番幸せにするからね。

 リタが安心して眠れるのはおれの腕の中なんだよ。




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