24 / 27
番外編
ジェイクサイド
しおりを挟む
かつては最強の剣士と呼ばれたロイの石のように固まった体を崖から滝に放り投げる。
落差が高いこの滝は、滝つぼが見えないほどの高さだ。
激しい滝の音で、滝つぼに落ちた音もかき消される。
「怖いね」ドムレットがいう。ドムレットのフード付きマントが風にはためく。
この滝のことを言っているのか、呪いのことを言っているのか、それともおれのことを言っているのか。
「やつは希望通り呪いをもらっただけさ。そして滝つぼで寝ようが、どこで寝ようが一緒だ」
「気ままに生きている奴らしい最後だ」
おれは崖から、滝壺を睥睨した。
※※
ロイがノアの寝所に襲いに来た時も、おれは奴を外に追いやっただけで、殺しはしなかった。優しさからではない。ロイがノアに「あれはおれのものだ」と呪いを欲している言葉を聞いて、呪いを移す場所として、これほど最適な奴もいないと思ったからだ。
優しいノアはそれでも、呪いをロイに移すことに同意しなかった。
奴が今までノアにしてきたことは許しがたいことだ。それに加えてノアの眼前に汚い物を晒して咥えろと言った。
万死に値する。
しかも馬鹿げたことに呪いを祝福と呼び、返せと言い出した。
なんの憐憫の情もわかない。
虫けららしく知能も低い。
まだ魔物の方が知性があるくらいだ。
おれはノアが呪い持ちだろうが、なんだろうが構わない。石のままで大事にする。でもそれはノアが嫌だろう。
おれもノアと話せて、抱き寄せて、抱きしめ返してくれて、笑いかけてくれることを体験したら、もう駄目だ。もうこの幸せを離せない。
一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に寝る。
ノアはまだ照れているけど、当たり前みたいな毎日が幸せだ。
自己肯定感の低いノアは自分なんてって思っていそうな時がある。おれはそれは違うと言う。
ノアは誰よりも丁寧に人も物も扱う。それは誰にでもできることじゃない。
おれを助けてくれたときも何の見返りも求めていなかっただろう。
魔物退治の時も、囮になると言っておれを驚かせた。
誰にも言ってないが、もしかして魔物に同情しているのか。魔物を逃がしたかったのではないかと思えた。
だからおれは魔物に止めを刺した。
ノアがこれ以上魔物に同情して、魔物と一緒にどこかに行くとか言い出さないように。
そんな危うさがあった。
あのロイに対してもだ、あれだけひどいことをされたのに、ノアはロイに呪いを渡すとはずっと言わなかった。呪いだから渡せないと。
あの愚かなロイがノアをまた襲って、ノアを殺そうとした。そしてついにノアが呪いをロイにやると言ってくれた。小さな声で悲しそうに。
どれほど苦しかっただろう。ノアにそんな苦しみを与えたロイは本当に殺すだけじゃ足りない。
ノアは知らないが、生きたまま呪いを移すには、双方の同意がないと難しいと呪術師に言われていた。
だが今回は同意の移動というよりも、回復魔法なしでは助からないほどの致命傷を受けたノアの体を捨てて呪いがロイに移ったと思う。
ロイがノアの元に行ったことに気づいてすぐにドムレットを呼んで一緒に簡易寝所に行った。
青ざめた顔で、血の池の中で目を閉じているノアを見つけた時、自分がどれほど認識が甘かったかと痛感した。
ドムレットを連れてきたことだけは正解だった。ドムレットは惜しげなく上級の回復魔法をかけてくれた。それがなかったら、ノアの命は危うかった。
ノアをこんな風にしたロイは絶対に許せない。
ロイは有名冒険者として名前をはせていたころの面影はない。いっそ引退でもすればいいのに、奴は過去の名声に縋り付いていた。
誰にでも優しくて誰にでも情を持つノアだから、心配だ。
やっとおれに目を向けてくれたと思っても、ノアはおれとは一緒に過ごせないと選択した。
おれに呪いが移るとダメだと言って。そんなこと今更だろ?
おれは構わずノアの世話を焼きつづけた。ノアはやっと動けるようになってからも、可哀そうになるくらい非力で、体力もなく、何もできなかった。
おれを頼ってくれればいいのに、ノアはそれはおれに悪いと思っているようだった。
愛していると告げたおれに、ノアは仕事があるから離れて暮らすと言う。
おれは許せないと思った。だけどノアがおれから離れようとしても、離れられないようにすればいいだけだと気付いた。
身の回りの品をたんまりと入れた鞄を渡した。もちろんノアが一人で暮らすのに困らないよう色々入れて、拡張鞄だから鞄自体貴重な物だし、重量以上の物を入れている。
ノアはありがとうと感動しているが、華奢で力のないノアはそれさえ持てない。
ノアの中では、持てないから置いていくという考えはない。せっかくもらったものは大事にしないとと思っている。だから一生懸命に持つが、一歩か二歩歩くだけでダウンしている。肩で呼吸をしている。
おれは送るよと伝えた。怯えさせないように、努めて今まで通りに。
ノアはありがとうと、素直に言ってくる。鞄も代わりに持つと、ノアはジェイクはすごいなと感動している。一つ一つなんてことのないことに感動しているノアが本当に心配になる。
おれが見てやらないと誰かに騙されそうだ。
一緒に男爵に挨拶に行ったのも、ノアはありがたいって思ってそうだけど、おれは男爵に主張しにいっただけだ。
ノアはおれの大切な人だから、適当に扱うと容赦しない。
幸い勘もよいし、人格的にも問題がないような人でよかった。
おれは貴族を基本、信用していない。
「ふむふむ」と男爵は頷いている。
恋人のために、挨拶に来ていると思っているようだ。どうして一緒に暮らさないのか、どうしてノアが働きに来ているのか不思議に思ったようだが、何も言わない。
きっと働きたいというノアの想いにおれがこたえたのだと思っている。その通りなのだが。
とにかくノアの所にいつでも来てもよいと言ってもらえた。
男爵にはそれ相応のお礼もしなければ。困っていることがあれば言ってくださいと伝えておく。
A級冒険者と知り合いになりたい者は多いから「おおー。これはありがたい」と男爵は言っていた。
落差が高いこの滝は、滝つぼが見えないほどの高さだ。
激しい滝の音で、滝つぼに落ちた音もかき消される。
「怖いね」ドムレットがいう。ドムレットのフード付きマントが風にはためく。
この滝のことを言っているのか、呪いのことを言っているのか、それともおれのことを言っているのか。
「やつは希望通り呪いをもらっただけさ。そして滝つぼで寝ようが、どこで寝ようが一緒だ」
「気ままに生きている奴らしい最後だ」
おれは崖から、滝壺を睥睨した。
※※
ロイがノアの寝所に襲いに来た時も、おれは奴を外に追いやっただけで、殺しはしなかった。優しさからではない。ロイがノアに「あれはおれのものだ」と呪いを欲している言葉を聞いて、呪いを移す場所として、これほど最適な奴もいないと思ったからだ。
優しいノアはそれでも、呪いをロイに移すことに同意しなかった。
奴が今までノアにしてきたことは許しがたいことだ。それに加えてノアの眼前に汚い物を晒して咥えろと言った。
万死に値する。
しかも馬鹿げたことに呪いを祝福と呼び、返せと言い出した。
なんの憐憫の情もわかない。
虫けららしく知能も低い。
まだ魔物の方が知性があるくらいだ。
おれはノアが呪い持ちだろうが、なんだろうが構わない。石のままで大事にする。でもそれはノアが嫌だろう。
おれもノアと話せて、抱き寄せて、抱きしめ返してくれて、笑いかけてくれることを体験したら、もう駄目だ。もうこの幸せを離せない。
一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に寝る。
ノアはまだ照れているけど、当たり前みたいな毎日が幸せだ。
自己肯定感の低いノアは自分なんてって思っていそうな時がある。おれはそれは違うと言う。
ノアは誰よりも丁寧に人も物も扱う。それは誰にでもできることじゃない。
おれを助けてくれたときも何の見返りも求めていなかっただろう。
魔物退治の時も、囮になると言っておれを驚かせた。
誰にも言ってないが、もしかして魔物に同情しているのか。魔物を逃がしたかったのではないかと思えた。
だからおれは魔物に止めを刺した。
ノアがこれ以上魔物に同情して、魔物と一緒にどこかに行くとか言い出さないように。
そんな危うさがあった。
あのロイに対してもだ、あれだけひどいことをされたのに、ノアはロイに呪いを渡すとはずっと言わなかった。呪いだから渡せないと。
あの愚かなロイがノアをまた襲って、ノアを殺そうとした。そしてついにノアが呪いをロイにやると言ってくれた。小さな声で悲しそうに。
どれほど苦しかっただろう。ノアにそんな苦しみを与えたロイは本当に殺すだけじゃ足りない。
ノアは知らないが、生きたまま呪いを移すには、双方の同意がないと難しいと呪術師に言われていた。
だが今回は同意の移動というよりも、回復魔法なしでは助からないほどの致命傷を受けたノアの体を捨てて呪いがロイに移ったと思う。
ロイがノアの元に行ったことに気づいてすぐにドムレットを呼んで一緒に簡易寝所に行った。
青ざめた顔で、血の池の中で目を閉じているノアを見つけた時、自分がどれほど認識が甘かったかと痛感した。
ドムレットを連れてきたことだけは正解だった。ドムレットは惜しげなく上級の回復魔法をかけてくれた。それがなかったら、ノアの命は危うかった。
ノアをこんな風にしたロイは絶対に許せない。
ロイは有名冒険者として名前をはせていたころの面影はない。いっそ引退でもすればいいのに、奴は過去の名声に縋り付いていた。
誰にでも優しくて誰にでも情を持つノアだから、心配だ。
やっとおれに目を向けてくれたと思っても、ノアはおれとは一緒に過ごせないと選択した。
おれに呪いが移るとダメだと言って。そんなこと今更だろ?
おれは構わずノアの世話を焼きつづけた。ノアはやっと動けるようになってからも、可哀そうになるくらい非力で、体力もなく、何もできなかった。
おれを頼ってくれればいいのに、ノアはそれはおれに悪いと思っているようだった。
愛していると告げたおれに、ノアは仕事があるから離れて暮らすと言う。
おれは許せないと思った。だけどノアがおれから離れようとしても、離れられないようにすればいいだけだと気付いた。
身の回りの品をたんまりと入れた鞄を渡した。もちろんノアが一人で暮らすのに困らないよう色々入れて、拡張鞄だから鞄自体貴重な物だし、重量以上の物を入れている。
ノアはありがとうと感動しているが、華奢で力のないノアはそれさえ持てない。
ノアの中では、持てないから置いていくという考えはない。せっかくもらったものは大事にしないとと思っている。だから一生懸命に持つが、一歩か二歩歩くだけでダウンしている。肩で呼吸をしている。
おれは送るよと伝えた。怯えさせないように、努めて今まで通りに。
ノアはありがとうと、素直に言ってくる。鞄も代わりに持つと、ノアはジェイクはすごいなと感動している。一つ一つなんてことのないことに感動しているノアが本当に心配になる。
おれが見てやらないと誰かに騙されそうだ。
一緒に男爵に挨拶に行ったのも、ノアはありがたいって思ってそうだけど、おれは男爵に主張しにいっただけだ。
ノアはおれの大切な人だから、適当に扱うと容赦しない。
幸い勘もよいし、人格的にも問題がないような人でよかった。
おれは貴族を基本、信用していない。
「ふむふむ」と男爵は頷いている。
恋人のために、挨拶に来ていると思っているようだ。どうして一緒に暮らさないのか、どうしてノアが働きに来ているのか不思議に思ったようだが、何も言わない。
きっと働きたいというノアの想いにおれがこたえたのだと思っている。その通りなのだが。
とにかくノアの所にいつでも来てもよいと言ってもらえた。
男爵にはそれ相応のお礼もしなければ。困っていることがあれば言ってくださいと伝えておく。
A級冒険者と知り合いになりたい者は多いから「おおー。これはありがたい」と男爵は言っていた。
6
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
白銀の城の俺と僕
片海 鏡
BL
絶海の孤島。水の医神エンディリアムを祀る医療神殿ルエンカーナ。島全体が白銀の建物の集合体《神殿》によって形作られ、彼らの高度かつ不可思議な医療技術による治療を願う者達が日々海を渡ってやって来る。白銀の髪と紺色の目を持って生まれた子供は聖徒として神殿に召し上げられる。オメガの青年エンティーは不遇を受けながらも懸命に神殿で働いていた。ある出来事をきっかけに島を統治する皇族のαの青年シャングアと共に日々を過ごし始める。 *独自の設定ありのオメガバースです。恋愛ありきのエンティーとシャングアの成長物語です。下の話(セクハラ的なもの)は話しますが、性行為の様なものは一切ありません。マイペースな更新です。*
薄幸な子爵は捻くれて傲慢な公爵に溺愛されて逃げられない
くまだった
BL
アーノルド公爵公子に気に入られようと常に周囲に人がいたが、没落しかけているレイモンドは興味がないようだった。アーノルドはそのことが、面白くなかった。ついにレイモンドが学校を辞めてしまって・・・
捻くれ傲慢公爵→→→→→貧困薄幸没落子爵
最後のほうに主人公では、ないですが人が亡くなるシーンがあります。
地雷の方はお気をつけください。
ムーンライトさんで、先行投稿しています。
感想いただけたら嬉しいです。
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
【完結R18】異世界転生で若いイケメンになった元おじさんは、辺境の若い領主様に溺愛される
八神紫音
BL
36歳にして引きこもりのニートの俺。
恋愛経験なんて一度もないが、恋愛小説にハマっていた。
最近のブームはBL小説。
ひょんな事故で死んだと思ったら、異世界に転生していた。
しかも身体はピチピチの10代。顔はアイドル顔の可愛い系。
転生後くらい真面目に働くか。
そしてその町の領主様の邸宅で住み込みで働くことに。
そんな領主様に溺愛される訳で……。
※エールありがとうございます!
朝起きたらベットで男に抱きしめられて裸で寝てたけど全く記憶がない俺の話。
蒼乃 奏
BL
朝、目が覚めたら誰かに抱きしめられてた。
優しく後ろから抱きしめられる感触も
二日酔いの頭の痛さも
だるい身体も節々の痛みも
状況が全く把握出来なくて俺は掠れた声をあげる。
「………賢太?」
嗅ぎ慣れた幼なじみの匂いにその男が誰かわかってしまった。
「………ん?目が冷めちゃったか…?まだ5時じゃん。もう少し寝とけ」
気遣うようにかけられた言葉は甘くて優しかった。
「…もうちょっと寝ないと回復しないだろ?ごめんな、無理させた。やっぱりスウェット持ってくる?冷やすとまた腹壊すからな…湊」
優しくまた抱きしめられて、首元に顔を埋めて唇を寄せられて身体が反応してしまう。
夢かと思ったけどこれが現実らしい。
一体どうやってこんな風になった?
……もしかして俺達…昨日セックスした?
嘘だ…!嘘だろ……?
全く記憶にないんですけど!?
短編なので数回で終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる