上 下
5 / 11

5

しおりを挟む
 やっとここまで連れてくることができた。

 同じく風呂上りに様子を見に来たベンジャミンフルフォードは、ベッドで眠るティノの風呂上りで手触りの良くなったきれいな黒髪を撫でる。自分と同じにおいがすることに満足する。


・・・


 国境近くの捕虜村は捕虜と言っても重要人物はおらず、ただ残兵を集めているだけのようなところだった。
 親父の策略で前線から捕虜村の管理というぬるい仕事を当てられた。元々出兵自体を反対されており、そこを無視して志願して戦地に赴いて戦っていた。
 嫡男の戦死を避けるために、親父がコネを使って異動をさせたようだった。本当に恥ずかしいし情けないからやめてほしい。
 だが、ちょうど足を怪我したこともあり、ベンジャミンフルフォードは療養がてら、黙って捕虜村に行くことにした。

 捕虜村でティノを初めて見た時、ドキッとした。
 掃きだめの中の鶴。そんな表現がピッタリだった。

 本人は自覚はないが、日焼けしない真っ白なシミ一つない肌、スラッとした細身の体に品の良いきれいな容姿、艶のある黒髪と眦が少し切れ上がった大き黒い瞳は神秘的で目立っていた。他の捕虜と群れていないのも却って目立っていた。一線を画する姿に目を奪われてしまう。

 ついつい目で追ってしまっていた。するとベンジャミンフルフォード以外にもティノを気にしている男が同僚に多いことに気づいた。ティノを他の奴に取られたくない。そう気づくと、行動は早かった。
 ティノに何度も話しかけていく。最初は困惑するティノに無視されたこともある。やっと普通に話せるようになったときはどれだけ嬉しかったか。

 ティノが同国人の捕虜たちから嫌われて、いじめられたり、ハブられているのにはすぐに気づいた。ティノが暴力を振るわれたり、食事が取られないように目を光らせた。

 なんとか平和を保てていると思ったが、ある日、宿舎の裏の雑木林で大勢の捕虜たちからティノが殴られているの見つけた。目を離した隙に、さんざんひどいことを言われて殴られていた。

 殴っている男たちに表情に暗い欲情が見え隠れして、ゾッとする。助けに行ったときには、ティノの体中あざや擦り切れだらけだった。顔も頬が腫れ、唇の端も切れて血が流れていた。男たちが寄ってたかってティノの服を脱がしていた。

 頭に血がのぼって、同僚から必死に止められなければ殴り殺していたかもしれない。

 「大丈夫かティノ!」
 ティノは無言で唇から流れる血を手の甲で拭った。
 殴られたことに、痛いとも泣き言も言わないティノにもどこか悔しくて、腹が立って、「どうしてだ! なんでこんなこと!」とおれが怒って言うとティノは不思議そうな顔をした。

 「黒髪や黒目は不吉で不浄なんだ。不幸を呼び寄せるからみんなおれを殴るんだ」

 ティノはあっけらかんと、どうしてそんなことも知らないんだ? とばかりに淡々と説明した。
 「だから殴られても仕方がないんだ。みんなおれといたくないのに、むりやり一緒にいるから仕方がない」

 どこか諦めたように、悟ったように淡々と説明してくる。

 ティノの髪と目の色がティノの国では黒魔術に因んで差別されているのは、知っていた。だけど、殴られて当たり前なんてことはない。
 どうして殴られても当たり前で、そんな取るに足らないことみたいに言うんだ。

 悔しくて悲しくて仕方がなかった。だけどおれが泣くのは違うとさすがにわかっていた。だから泣かなかった。

 だけど二度とティノがそんなことを言わないように、おれが守ると強く思った。

 「ティノ、ティノが殴られるのは当たり前じゃないんだ。それをわかってくれ」

 あまりにもずっと虐げられて生きていたせいか、ティノが自分を蔑むようなことを当たり前のように言うのが辛かった。

 なんとか自国まで連れてきたけど、また我が家の前でそんな発言をするので腹が立って仕方がなかった。

 ティノには貴族という身分のせいで自分と違うと切り離されたくなかったから、ただのベンとして振舞った。
 一人の人間として、ティノの信頼できる人間になれるよう頑張った。
 ティノが大切だと伝えてきたのに、まだここまで来て、自分みたいな人間がいたら、迷惑がかかるとか言い出したから腹が立って仕方がない。

 ティノはおれが優しいっていうけど、ティノほど優しい人間を見たことがない。自分を殴ったことのある相手が困っていたら手を差し伸べるのがティノだ。自分の食事を減らしてまで、人に食事を渡そうとする。

 「お腹すかせたらかわいそうだろ?」って、細い手足で華奢な体をしてティノが言う。
 「食べなきゃいけないのはティノであって、ただの欲張りには食事を追加で渡す必要なんてない」
 何度言ってもティノはそれが理解できない。
 「自分は腹が減っていないから、お腹をすかせた人がいるならその人に回した方がいいだろう? 」
 至極真面目な顔をしていう。
 「ティノを殴った男だぞ。ティノに二度と聞かせたくないような言葉で蔑んだ男だぞ? 」
 だけどティノは「自分は殴られて当然だから」という。

 ああ、ティノどうか自分を大切にしてくれ。
 ティノが自分を大切にできない分おれが大切にする。
 何倍も何十倍もおれがティノを大切にする。
 おれが大切にするティノを大切にしないのはおれが許さない。例えそれがティノ本人だとしても。

 おれがティノを連れてきたいからカーディナル国に連れてきたんだ。おれが傍にいたいんだ。ティノが貴族だろうと、平民だろうと、全世界の人間に嫌われていても関係ないんだよ。

 どうしたら、それをわかってくれる?

 両親には大切な人ができたから連れて帰ると前もって手紙を書いていた。
 同性で元敵国の人間で元捕虜で孤児だとも伝えている。

 うちは、自分が惚れたならそれが平民だろうと奴隷だろうと手に入れろというような家系だ。母親は王族だけど、父方の曾祖母は奴隷出身だ。元々は遠い島国で貴族だったが、奴隷商人に攫われ、奴隷となっていたのを曾祖父が一目ぼれして、嫁にしたそうだ。どれも武勇伝のように語られている。

 だからうちは身分とか関係ないんだ。惚れた相手を幸せにできる実力があればそれでいいんだ。
 元王女の母親も、そんなうちの家系を面白いと言っている。国がつぶれても、家族を幸せにできるのが我が家だと言っている。

 ティノにこの話をしても首を傾げられた。訳が分からないという顔をしている。母親が元王女だっていうところで顔を青くしていた。
 だからそんなに身構えなくてもいいんだって。

 身分とか関係なく惚れた相手を手に入れるっていうところ聞いていたかな。今手に入れるために頑張っているのわかっている? 
 のこのこおれに付いて来て、我が家で風呂に入って、おれが用意した服をきて、食事をして、温かいベッドで二人で寝て、もう数日経っているのわかっている?

 あんなにもすぐに出ていくって言っていたのに、あっけなく取り込まれているのわかっている?

 すぐそばでおれがどれだけ愛を囁いているか気づいている?

 大切な大切なティノ。
 「ティノが大切にしない分おれが大切にする」って宣言して、腰を引き寄せて抱きしめ、触れそうなほどに唇が近づいているのわかっている?

 おれが大切に優しく髪を撫でていると、うっとりと目を閉じて寝入るのが習慣になってきているのに気づかない?

 ティノ、君をおれの懐に入れて離さない。

 おれの甘い罠にかかって、気づかないうちに、ずっと幸せにしてあげる。
 だから、このままおれを、その輝く神秘的な黒い瞳でずっと見つめてくれ。

 君が笑ったら、それだけでおれも幸せになるんだ。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

堕とされた悪役令息

SEKISUI
BL
 転生したら恋い焦がれたあの人がいるゲームの世界だった  王子ルートのシナリオを成立させてあの人を確実手に入れる  それまであの人との関係を楽しむ主人公  

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

もふもふで始めるVRMMO生活 ~寄り道しながらマイペースに楽しみます~

ゆるり
ファンタジー
☆第17回ファンタジー小説大賞で【癒し系ほっこり賞】を受賞しました!☆ ようやくこの日がやってきた。自由度が最高と噂されてたフルダイブ型VRMMOのサービス開始日だよ。 最初の種族選択でガチャをしたらびっくり。希少種のもふもふが当たったみたい。 この幸運に全力で乗っかって、マイペースにゲームを楽しもう! ……もぐもぐ。この世界、ご飯美味しすぎでは? *** ゲーム生活をのんびり楽しむ話。 バトルもありますが、基本はスローライフ。 主人公は羽のあるうさぎになって、愛嬌を振りまきながら、あっちへこっちへフラフラと、異世界のようなゲーム世界を満喫します。 カクヨム様にて先行公開しております。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

夫の心がわからない

キムラましゅろう
恋愛
マリー・ルゥにはわからない。 夫の心がわからない。 初夜で意識を失い、当日の記憶も失っている自分を、体調がまだ万全ではないからと別邸に押しとどめる夫の心がわからない。 本邸には昔から側に置く女性と住んでいるらしいのに、マリー・ルゥに愛を告げる夫の心がサッパリわからない。 というかまず、昼夜逆転してしまっている自分の自堕落な(翻訳業のせいだけど)生活リズムを改善したいマリー・ルゥ18歳の春。 ※性描写はありませんが、ヒロインが職業柄とポンコツさ故にエチィワードを口にします。 下品が苦手な方はそっ閉じを推奨いたします。 いつもながらのご都合主義、誤字脱字パラダイスでございます。 (許してチョンマゲ←) 小説家になろうさんにも時差投稿します。

処理中です...