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3-3 類える現実

第112話 準備と接待 3

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 中央広場の噴水を中心に円を描き立ち並ぶ露店の一軒を冷やかし終え、アメリアが楽し気に振り返る。

「ねえねえ、今度はあっちの露店を覗いてみましょう?」 
 そう言って俺の袖を引きながら、アメリアが声色明るく微笑む。

「はは。楽しそうだね」 「ホ~(イク)」
 
「ふふ、見てこの活気ある景色! なんだかみんな生き生きとしてるし、色んなものが売ってるし。サウドってこんなに賑やかな所だったのね!」 

「ああ、そっか。この三日間は食事会に参加したぐらいで、宿で過ごしてたんだもんね?」

「だって兄さんが『うら若いエルフの娘が一人で観光など、危険すぎる!』ってうるさくって」

「そう言うくせに、付き合ってはくれないって言うのよ? もうっ」
 眉間にしわを寄せラインの真似事をしながら、少し呆れた様子でそう語る。

「あ~……気持ちは分からないでもないかなぁ。サウド、治安が比較的安定してるとは言え、"狂気"は予測がつかないし不意を打つからね……」


 仕事から帰宅し、ペット達の世話をしながら垂れ流していた、ニュース番組で報道されていたような事件や事故の数々。
 当時は全く実感の湧かなかった出来事だったが、この世界に転移してからというもの、身をもって体験したことは数度、話に聞いた事は幾度もある。

 魔物の脅威は当然として、この世界を生き抜くには、冒険者か一般人かを問わず自己責任で、人間が振りまく悪意や狂気とも自ら戦わなくてはならない。
 その点、俺は冒険者であるので武器の携帯や逮捕権等、一般人と比べればその対処も幾分か有利な立場ではある。
 だが逆を言えば、自身のみならず、善良なる他者をも守る義務を負っているとも言えるわけだ。

 慎重な性格が災いし、過度に重く受け止めているきらいがあるとも言えるだろうが、森の守護者リーフルエルフ族の娘アメリアといった、だけを見て高価に映る存在は、その危険が迫る確率も高いに違いない。

 そう強く意識してしまう理由は一つ、俺もそうなのだ。
 アメリアが呟いていたように、ゼロから手にした"特別"だからだ。


「そうね。でもあなたと一緒だから大丈夫よ」
 
「そうだといいけどね。冒険者としては頼りない方だけど」

「もぉ……しょうがない人ね」

「ん?」

「あなたは、あの湿りきって、息苦しさを覚えるようなから私を解放してくれたの」

「私にとって、こんなにも頼もしいひとが他にいるかしら? ふふ」
 俺の手を取り真っ直ぐこちらを見つめ、慈愛に満ちた微笑みを向けている。

「はは、大袈裟だなぁ。それに言ったと思うけど、救助に協力したのはあの時の精神状態に──」

「──いいから誇りなさい? 森の守護者の相棒さん」
 そう言いながらアメリアが人差し指で俺の唇を遮り、冗談めかした素振りでウインクしている。

「──!」 「ホーホ! (ヤマト)」──バサッ
 リーフルが胸を張り翼を広げ、左翼が俺の眼前を覆う。

「ほら、次に行きましょう? ヤマト」

「う、うん……」
 善意の不意打ちから、うつむき加減でアメリアの後を追い、次の露店へと向かった。



「こんにちは。少し拝見させてもらえますか?」 
 
「あ、お兄さん。珍しいわね~、うちに寄ってくれるなんて」

「それに……あは、美人さんまで連れちゃって。明日は雨かしら?」
 店主の女性が少し意地悪そうに冗談を話している。

「あらヤマト、ここもなの? あなた顔が広いのね~」
 アメリアが感心した様子で店主と俺の顔を見比べている。

「いやぁ……正直言うと、少し後ろめたさもあるんだけどね。ハハ……」 「ホ? (ニゲル?)」

「どういう事?」

「ほら、話した夕方のエサやり。あれの為にほぼ毎日ここには来るから、それで露天商の人達には覚えられちゃってて。でも他では買い物しないからそれで……」

「はぁ~、お兄さんも奇特な人ねぇ。気にしなくていいよ、そんな事」

「むしろ野良達の始末は良くなったし、例えお兄さんにそんなつもりは無くても『毎日夕方に冒険者が警らしてる』って印象のおかげで、無茶やらかす馬鹿も減ったんだ。お金は落とさなくたって、十分貢献してくれてるよ」
 
「ホーホ! (ヤマト)」──バサッ
 
「あはは、そうそう! 鳥ちゃんも可愛いしね~」
 女性が楽し気にリーフルの頭を撫でている。

「そうなんだぁ……ふふふ!」

「あらまあ。彼女さん、随分楽しそうじゃな~い?」 

「ならここはいっちょ! デートの仕上げに、男を魅せる時でしょ~」
 商機到来とばかりに目を輝かせる女性が、色とりどりに取り揃えられた宝石が収まる装飾品を手に、こちら側に勧めてくる。

「いやあの、彼女では無いので誤解の無いよう──」

「──わぁ……綺麗ねぇ……」
 その輝きに目を奪われるアメリアが、半歩身を乗り出す。

(むぅ……誤解されたままはマズい……けど、アメリア楽しそうだしなぁ)

(そういえば約束破っちゃった埋め合わせになる……かな? あんまり高いのは厳しいけど──お?)
 考えを巡らせていると、アメリアの背越し、露台の右隅の方に、気になる一品を目にする。

「あの、これって……?」

「お! さっすがお兄さん、お目が高い!」

「これはうちの目玉商品!──予定だけど。その名も"オリジナルブレスレット"よ!」
 勢いある宣言と共に、女性が品を掲げている。

「ふむ?」

「これはね、あえて主役を務める石を据えずに仕上げてある商品でね。ほらここ」

 話の通り女性が示す部分には、小さな宝石でもはめ込めば、とても見栄えのしそうな穴が開いている。
 質感からして、ブレスレットは何かの皮革素材で作られたもので、穴の部分だけが金属製のようだ。

「石の方はお客さん自身に好きな物を用意してもらって、それを私が加工、仕上げて完成させるの」

「石の原価がかかってない分、お安くお求めいただけてかつ、好きな石を使った自己流オリジナルのブレスレットが手に入るっていうコンセプトなの!」

「なるほど~。おいくらなんですか?」

「フフフ……驚くなかれ。私の加工費込みで、なんとたったの銀貨二十枚よ!」

「ふむ……」
 露台に並ぶ商品達の値段が記載された羊皮紙を確認する。

 この店で一番値の張る金製の蒼い宝石が据えられたネックレスが金貨三枚と銀貨五十枚。
 通常のブレスレットの平均が銀貨四十、五十枚といったところだ。
 
「あ~。確かにお安いですね……」

「どうです?? もし何か石をお持ちなら、彼女さん、喜ばれると思いますよ~」
 女性がアメリアを一瞥し、さらに語気に熱を込めアピールしている。

「う~ん……」

「なになに?──あ、そのブレスレットは皮製なのね~。それも可愛いかも」
 煌めく商品を眺めていたアメリアが、他の商品の吟味を終えたのかこちらの会話に興味を示す。

「随分熱心に眺めてたけど、欲しいものでも見つかった?」

「ううん。あまりに綺麗だから、つい夢中になってただけなの」

「えっ!? 彼女さん、宝石にはご興味なし……?」

「興味はあるんだけど、私達エルフ族にとって金銭の取引っていうのは、とても慎重になる事なの」

『精霊様の末裔たるはエルフ族。その大いなる慈悲の御心によって後の世にお与えくださった豊穣を尊び、自然との共生や調和で暮らしを賄える限り、他種族の文明とは距離を置くべし』

「小さい頃に、私達はそういう教えを受けて育つの」

「だから私達がお金を使う機会って凄く限られてて、例えば人間的暮らしを送る上で絶対に必要な物だったり、どうしても傍に置いておきたい物だったりね」

「へぇ~。そういう教えがあるんだ」

「だからお店には悪いけど、こちらの商品は、私にとってに傍に置いておきたい物では無いって事なの。ごめんなさいね」

「なるほどぉ……エルフさん達の教えなら仕方ないですよね……」
 女性が肩を落とし、手中にある自慢の品が寂し気に影を落としている。

「それで、それってどういう商品なの? 何だか未完成のように見えるんだけど」

「ああ、これはね──」


『──あっ! こんなところにいた!』

 何やら背後から聞き覚えのある声が俺達の方を向きこだましている。
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