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3-3 類える現実

第112話 準備と接待 2

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 和やかな昼食を挟み作業は再開され、自分の領分には凡そ片が付いた頃。
 冒険者としてはそろそろ引き上げようかと、責任者の男性と依頼の完遂を確認し合っている。

「いやぁ、おかげさんですっかり綺麗さっぱりだ。半日──いや、丸一日分くらいは巻いたんじゃねえか?」

「そうですか。お役に立ててなによりです」

「パンも美味かったし。あんた、その魔法アイテムBOXとパンを活かして、サウド内の現場回る弁当屋でも始めたらどうだ?」

「愛想の良いが居るんだ。例え多少味が他所より劣っても売れるだろうしな~。ナッハッハッ!」
 依頼書にサインをしながら豪快な笑いを上げ、世辞を贈ってくれている。

「ホーホホ? (タベモノ?) ホ(イク?)」

「はは。俺が作れるわけじゃないですからね~。助言に関しては有り難く」


『──ヤマト~!』
 不意に後方、敷地外の辺りから俺を呼ぶ声がこだまする。
 
(ん?──) 「ホホーホ~(ナカマ)」
 リーフルの首の動きに続き、俺も振り返る。


「──あれ? 時間は伝えてなかったはずだけど……」
 すると、道行く人々の中で一際美しい輝きを放つブロンドヘアを靡かせるアメリアが、その漂う気品とは裏腹に無邪気な様子でこちらに手を振っていた。

「おお? ま~たどえらいべっぴんさんじゃねえか~。平凡さんもなかなかやるもんだ」
 にやけ顔の男性が、茶化すように親指を立てる。

「いや、仕事の内……って言い方は少し冷たいですけど、そんなようなものですよ」

「なぁんだ、そうなのかい。冒険者達のゴシップはいいネタんなるのによ~」

「ハハ……程々でお願いしますね」

「それじゃ、失礼します。お疲れさまでした」

「おう! 助かったぜ。また頼むわ!」
 

(ふぅ……よくよく気を付けないと。には尾ひれが付くのが常だし)
 アメリアの下へ向かいながら、そんな事を思い浮かべる。

 男性が語っていたように、一般人にとって、ある程度認知の広い冒険者達の話題は、一種の娯楽的要素の一つとなっているそうだ。
 当然無責任な"娯楽"なので『ありのまま』ではインパクトに欠けると、原型はどこへやら、膨張し過ぎ全く身に覚えがないという大きさまで膨れ上がっているという事はよくある話で、それにより印象を損ねたり、トラブルに発展するといった事も珍しくない。

 特に色恋の話題ともなれば、男性側女性側それぞれに熱を上げる外野が居る訳で、誤った情報が巡っていく事は、冒険者活動を続けるにあたり非常に由々しき落ち度となりかねない。

 もちろん『仕事の内』などとは方便だ。
 友人として、サウドの観光案内をする事は俺も楽しみであったし、何よりハンナの件に協力してくれた御礼の意味もある。
 胸の内ではそういった想いを抱えるものの、やはり"冒険者"を生業としている以上、他人には公私ともに『パッとしない男』という印象を持たれていた方が、何かと動きやすいだろうという事だ。


「ごめん、お待たせ」 「ホホーホ(ナカマ)」

「お疲れ様ヤマト。リーフルちゃんも」

「はい、これ」
 アメリアが脇に抱える水瓶を差し出す。

「ありがと。助かるよ」
 昨晩の話を汲んでくれていたようで、自前の物を準備する間もなく泥にまみれた足を洗い流す。


「でもどうして? 宿で待っててくれればよかったのに」

「ふふ。何だか想像してたらもどかしくなっちゃって」

「それに、あなたの仕事姿も見てみたかったし」
 そう言いながら満面の笑みを浮かべるアメリアの様子から、今日の観光を如何に心待ちにしていたのかが伝わってくる。

(ラインさん然り、エルフ族の人達って、イメージと違って案外感情が分かりやすいよなぁ)

(だからこそ余計に……)
 
 当初の予定では今日一日を費やし、朝からサウド内を巡るという約束をしていたのだが、不意に舞い込んだ依頼を優先したため、仕事が終わってからという話になってしまったのだ。

 『時の早いあなたには気になるのでしょうけど、エルフの私からすればチャンスはいくらでもあるもの』と、種族特有の価値観で以て俺に配慮した言葉をかけてくれてはいたが、"期待感"という人間共通の感情には時の遅速は関係無いだろうし、何か埋め合わせは必要だろう。
 
「はは。地味なもんでしょ? 平凡ってあだ名の証とは言えるかもしれないね」

「そんな事無いわ。一生懸命何かに打ち込んでいる姿に内容なんて関係ない。あなたが頼りにされてる理由が肌で感じられて、誇らしく想うわ」
 柔らかな微笑みと共に口にされる言葉には、不思議と安らぎのようなものが感じられる。

「……アメリアって、エルフ族の中ではまだ若い方なんだよね?」

「うん、私まだ四つだし。それがどうかしたの?」

「いや……話し方もそうなんだけど、アメリアっていつも安心するような事を言ってくれるから、何だか"お母さん"みたいだなってね」

「…………」
 アメリアが目を細めこちらを見据えている。
 
「……ん? どうしたの?」 「ホ~?」

「お母さん……」
 拳を顎に沿わせ、何やら考え込んでいる。

(──あっ……! しまった……)

(歳の話はまだしも、あろうことかを示唆するような事を……)
 アメリアの反応から失言に気付き、緩やかな焦りと後悔がにじみ出る。

「ふむ……」

「ア、アメリア……?」 「ホ~?」
 恐れから遠慮がちにアメリアの様子を窺うが、尚もアメリアは一人呟いている。


「……ふふふ。良いわねそれ!」

「え?」

「お母さんでもお姉ちゃんでも、立場はなんだっていいわ。要は"特別"に感じるって事でしょ?」

「いや、まあ……包容力は感じるけど」

「人族と特別な関係にあるエルフ族なんて、私だけじゃないかしら? ふふ!」

「?? よく分からないな。人族の友人なら食事会で出来たよね?」

「あら、忘れたの?」

「『ない物ねだりより、自分にしかない物を誇ろう』あなたがくれた言葉よ?」

「そうだっけ?」

「友人が出来た事については心底喜ばしく想うわ。ただしそれは、特定の種族に限定されない、めぐり合わせ次第で誰にでも訪れる尋常な事象に過ぎない」

「でも、家族にも近しい関係を築けるなんて貴重だわ。特に私達エルフ族は三種族の中でも閉鎖的で、他の人達もそういうイメージを持ってるでしょうから」

「ふむ」

「私の持てるがまた一つ増えた……嬉しいわ、ふふ」
 まるで何か大切な物を仕舞い込むかのように胸に手を当て、穏やかな笑みを浮かべている。

「なるほど……?」 「ホホーホ? (ナカマ?)」

(う~ん……印象の話をしただけなんだけど……)

(でも嬉しそうだし。訂正するのも無粋か)


「ね、そろそろ行きましょう? サウドでのヤマトの暮らし、私にも体験させて頂戴!」

「そうだね。行こっか」 「ホ(イク)」

 小さな認識のズレは抱えつつも、約束の案内を果たす為、俺達は足並みを揃え中央広場へと向かった。

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