151 / 175
3-2 その人の価値
第109話 御膳会議 1-1
しおりを挟む定宿であるカレン亭その調理場。
宿泊客達の夕飯のラッシュが過ぎた頃を見計らい俺達は待ち合わせ、近頃浮かんだちょっとした俺の野望について協力してもらおうと、食事会ならぬ研究会を開いている。
野望と言ってもその内容は単純なもので、センスバーチで口にしたウデムシ──中身が味噌に近い風味──や、ハーベイで入手した魚醤、俺程度の実力でも比較的安全に討伐できるグリーンモール──味が豆腐に似ている──等、最近何かと日本の味を思い出させるような食材との出会いが多く、さらにはリーフルのおかげか、自身も食に対する意欲が高まっているという事もあり、この世界において、自己流の"和御膳"を再現してみようという考えに至ったのだ。
完成形のイメージは御膳、或いは定食の基本である汁物に主菜に副菜、それにごはん、所謂『一汁三菜』と言うやつだ。
ごはん──米については現状皆目見当もつかない存在し得るのかも不明な、しかし必須のソウルフードな訳だが、今後代替となるものを見出せるのか、はたまた冒険の末に何か手掛かりを掴めるのか、一つの楽しみとして棚上げしておくことにする。
今回は、醤油に近しい調味料である魚醤が飴のアドバイス料代わりに入手できたという事で、その活用方法について考えてみようという集まりだ。
イメージを二人に説明する。
「……ふ~ん。随分とマリちゃんにゆかりのある──偏った内容ね?」
シシリーが目を細め、ぶっきらぼうにそう語る。
「いや、アハハ……」 「ホ……(ニゲル)」
「シシリーさん目が怖いっすよ……?」
「ロング君もロング君よ。実家に帰ったかと思えば、一緒に女の子を連れて帰ってくるなんて。ちゃんと責任とれるのかしら」
「いや、あの……自分が連れて帰って来た訳じゃなくてっすね……」
ロングの耳が折れ、たじろいでいる。
確かにシシリーが指摘するよう魚にアリーチに、と出所を考えるとマリンが関係する食材ばかりではあるが、魚介や醤油といったものが古よりの日本的食材であるという事を説明出来ず、返答に困ってしまう。
「まぁいいわ。結局ヤマトさんが頼る相手は私なんだし。それは嬉しいもの」
冗談がてらに言うべきことは伝え、以降は後腐れなく明るく振舞いはつらつとしている。
シシリーは芯の強い、安心感を覚える良い人間性をしていると思う。
「そ、そうだよ? シシリーちゃんは"リーフルスペシャル"も考え出してくれたし、頼りになります!」
「ホ!」──バサッ
リーフルが翼を広げ、シシリーを称えている。
異次元空間を開き、アリーチの満ちる小樽とグリーンモールの肉を取り出す。
「どうかな? 特にアリーチなんかは──」
調理場に向かい来る足音。
「──ごめんなさい、遅くなっちゃった!」
「あ、お疲れステラさん。大丈夫、今始めたばかりだから」 「ホホーホ(ナカマ)」
「お疲れステラ!」
「お疲れ様ステラちゃん」
「ギルドのお手伝いしてたら遅くなっちゃって」
若干疲労の色は窺えるが、元気な笑顔で誇りの籠った言葉に聞こえる。
俺の考える和御膳は、森での訓練がてらに開いている露店でも販売しようとか、どこかのレストランに売り込もうといったつもりの無い、完全なる個人的な趣味の物だ。
そうは言っても有償にしろ無償にしろ、出来たてをそのままの状態で保持できるアイテムBOXのおかげで食料を他人に振舞う事も多い都合上、俺の味覚──好みだけでメニューを完成させる事は避けたいと思っている。
なのでロングとステラ、年齢層も程よい開きで、人族より嗅覚の優れる獣人組にも集まってもらったのはその為だ。
「でも偉いわね。ビビットさんは面倒見てくれるって言ってるんでしょ?」
「うん! でも教わるだけじゃ申し訳ないもの。食費くらいは自分で稼がなきゃ!」
ステラの言う"お手伝い"とは、所謂アルバイトの事を指す。
看板娘のキャシーを筆頭に、ギルドにおける運営、その他事務仕事全般を担っているのは、御国から任命された公務員──ギルド職員達なのだが、辺境都市という事情もあり人員不足なのだろう、ギルド内の仕事が外注される事も多く、かく言う俺も浅い時間に一仕事終えた後など、よく受注して生活費の足しにしている。
ギルドのアルバイトは冒険者向けの依頼とは異なり、請け負う際には冒険者資格の有無を問われる事が無く、例えば身体的に不自由になりつつあるご老人達が『孫のおやつ代に』と励んでみたり、将来ギルド職員を目指す者達が経験を積もうとチャレンジしてみたりと、一般市民の間にも馴染みの深い仕事だ。
現在ステラはビビットの家に住み込み修練の毎日を送っているそうで、家賃も食費もビビットが面倒を見ていると聞いていたが、合間を縫い少しでも恩を返そうとしているとは、なんとも殊勝な心掛けだ。
「自分もセンスバーチで後先考えずに冒険者資格を貰った後、結局失敗続きでお手伝いばっかりしてたっすけど、ギルドの仕事も大変っすよね~」
「ホントね~。ロン君から聞いてたから頑張らなきゃって、張り切ってお手伝いしてるけど……キャシーさんは人間じゃないかもしれないわ……」
「『ギルドの顔! 看板娘!』っていつも自分で言ってるけど、嘘は無いよね」
「キャシーさん、冒険者さん達にカレン亭の紹介もよくしてくれるし、もしキャシーさんが居ないと売り上げが随分落ちると思うわ」
「「「うんうん」」」
皆が思い浮かべるキャシーの姿が一致し、大いにうなずく。
「……あれ?」
ステラが鼻を微かに動かし、辺りを見回している。
「そういえばなんだか雨上がりの林みたいな良い香りがする……」
「ふふ、分かる? "香木"っていうヤマトさんが教えてくれたプレゼントなの。食堂にも置いてみたら評判良くって」
「そうなんだぁ。プレゼント……」
ステラが横目にロングを捉え、言葉にはない圧を投げかけている。
「匂いと言えばっすよ? ヤマトさんも出会った時からず~っと良い匂いがするっすよね? なんだか落ち着く匂いと言うかなんと言うか」
圧に気付かぬロングが、この場においては斜め上の疑問を口にしている。
「──もぉ! ロン君!」
足踏み一つ、ステラがロングを睨みつけている。
「なっ、なんで急に怒ってるの??」
「お互い苦労するわね、ステラちゃん」
こちらを一瞥し、やれやれといった表情をしている。
「シシリーさ~んっ」
ステラがシシリーに抱き着き共感しあっている。
イタチ族で成人しても小柄なままという事もあり、その画が『子供をあやすお母さん』といった風に見えてしまう。
「あ~……そ、そろそろ始めよう! 二人共どうかな? これ、ちょっと癖があると思うんだけど」
アリーチを二人に差し出し様子を窺う。
「「む……」」
獣人二人が鼻を近付け匂いを確かめている。
「シシリーちゃんもいいかな? これを焼きたいんだけど」
グリーンモールの肉を差し出し、検めてもらう。
「ホ」
リーフルが肉を見据え、好物を前にした時とは違い淡白な反応を示す。
「リーフルちゃん、あんまり好みじゃないのかしら?」
「美味しくない訳じゃないと思うんだけど、すごく薄味だからね~」
「そうなんだ。うん、まずはシンプルに焼いてみるわ」
0
お気に入りに追加
1,998
あなたにおすすめの小説
鑑定能力で恩を返す
KBT
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。
彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。
そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。
この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。
帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。
そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。
そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。
異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました
ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。
会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。
タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜
山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。
息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。
壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。
茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。
そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。
明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。
しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。
仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。
そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。
みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる