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3-2 その人の価値

第109話 御膳会議 1-1

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 定宿であるカレン亭その調理場。
 宿泊客達の夕飯のラッシュが過ぎた頃を見計らい俺達は待ち合わせ、近頃浮かんだちょっとした俺の野望について協力してもらおうと、食事会ならぬ研究会を開いている。
 
 野望と言ってもその内容は単純なもので、センスバーチで口にしたウデムシ──中身が味噌に近い風味──や、ハーベイで入手した魚醤アリーチ、俺程度の実力でも比較的安全に討伐できるグリーンモール──味が豆腐に似ている──等、最近何かと日本の味を思い出させるような食材との出会いが多く、さらにはリーフルのおかげか、自身も食に対する意欲が高まっているという事もあり、この世界において、自己流の"和御膳"を再現してみようという考えに至ったのだ。

 完成形のイメージは御膳、或いは定食の基本である汁物に主菜に副菜、それにごはん、所謂『一汁三菜』と言うやつだ。
 ごはん──米については現状皆目見当もつかない存在し得るのかも不明な、しかし必須のソウルフードな訳だが、今後代替となるものを見出せるのか、はたまた冒険の末に何か手掛かりを掴めるのか、一つの楽しみとして棚上げしておくことにする。

 今回は、醤油に近しい調味料である魚醤アリーチが飴のアドバイス料代わりに入手できたという事で、その活用方法について考えてみようという集まりだ。


 イメージを二人に説明する。

「……ふ~ん。随分とマリちゃんにゆかりのある──偏った内容ね?」
 シシリーが目を細め、ぶっきらぼうにそう語る。

「いや、アハハ……」 「ホ……(ニゲル)」

「シシリーさん目が怖いっすよ……?」

「ロング君もロング君よ。実家に帰ったかと思えば、一緒に女の子を連れて帰ってくるなんて。ちゃんと責任とれるのかしら」

「いや、あの……自分が連れて帰って来た訳じゃなくてっすね……」
 ロングの耳が折れ、たじろいでいる。

 確かにシシリーが指摘するよう魚にアリーチに、と出所を考えるとマリンが関係する食材ばかりではあるが、魚介や醤油といったものが古よりの日本的食材であるという事を説明出来ず、返答に困ってしまう。

 
「まぁいいわ。結局ヤマトさんが頼る相手は私なんだし。それは嬉しいもの」
 冗談がてらに言うべきことは伝え、以降は後腐れなく明るく振舞いはつらつとしている。
 シシリーは芯の強い、安心感を覚える良い人間性をしていると思う。

「そ、そうだよ? シシリーちゃんは"リーフルスペシャル"も考え出してくれたし、頼りになります!」

「ホ!」──バサッ
 リーフルが翼を広げ、シシリーを称えている。


 異次元空間を開き、アリーチの満ちる小樽とグリーンモールの肉を取り出す。

「どうかな? 特にアリーチなんかは──」

 調理場に向かい来る足音。

「──ごめんなさい、遅くなっちゃった!」

「あ、お疲れステラさん。大丈夫、今始めたばかりだから」 「ホホーホ(ナカマ)」

「お疲れステラ!」

「お疲れ様ステラちゃん」

「ギルドのお手伝いしてたら遅くなっちゃって」
 若干疲労の色は窺えるが、元気な笑顔で誇りの籠った言葉に聞こえる。

 俺の考える和御膳は、森での訓練がてらに開いている露店でも販売しようとか、どこかのレストランに売り込もうといったつもりの無い、完全なる個人的な趣味の物だ。
 そうは言っても有償にしろ無償にしろ、出来たてをそのままの状態で保持できるアイテムBOXのおかげで食料を他人に振舞う事も多い都合上、俺の味覚──好みだけでメニューを完成させる事は避けたいと思っている。
 なのでロングとステラ、年齢層も程よい開きで、人族より嗅覚の優れる獣人組にも集まってもらったのはその為だ。


「でも偉いわね。ビビットさんは面倒見てくれるって言ってるんでしょ?」

「うん! でも教わるだけじゃ申し訳ないもの。食費くらいは自分で稼がなきゃ!」
 
 ステラの言う"お手伝い"とは、所謂アルバイトの事を指す。

 看板娘のキャシーを筆頭に、ギルドにおける運営、その他事務仕事全般を担っているのは、御国から任命された公務員──ギルド職員達なのだが、辺境都市という事情もあり人員不足なのだろう、ギルド内の仕事が外注される事も多く、かく言う俺も浅い時間に一仕事クエスト終えた後など、よく受注して生活費の足しにしている。

 ギルドのアルバイトは冒険者向けの依頼とは異なり、請け負う際には冒険者資格の有無を問われる事が無く、例えば身体的に不自由になりつつあるご老人達が『孫のおやつ代に』と励んでみたり、将来ギルド職員を目指す者達が経験を積もうとチャレンジしてみたりと、一般市民の間にも馴染みの深い仕事だ。
 
 現在ステラはビビットの家に住み込み修練の毎日を送っているそうで、家賃も食費もビビットが面倒を見ていると聞いていたが、合間を縫い少しでも恩を返そうとしているとは、なんとも殊勝な心掛けだ。


「自分もセンスバーチで後先考えずに冒険者資格を貰った後、結局失敗続きでお手伝いばっかりしてたっすけど、ギルドの仕事も大変っすよね~」

「ホントね~。ロン君から聞いてたから頑張らなきゃって、張り切ってお手伝いしてるけど……キャシーさんは人間じゃないかもしれないわ……」

「『ギルドの顔! 看板娘!』っていつも自分で言ってるけど、嘘は無いよね」

「キャシーさん、冒険者さん達にカレン亭うちの紹介もよくしてくれるし、もしキャシーさんが居ないと売り上げが随分落ちると思うわ」

「「「うんうん」」」
 皆が思い浮かべるキャシーの姿が一致し、大いにうなずく。


「……あれ?」
 ステラが鼻を微かに動かし、辺りを見回している。

「そういえばなんだか雨上がりの林みたいな良い香りがする……」
 
「ふふ、分かる? "香木"っていうヤマトさんが教えてくれたプレゼントなの。食堂にも置いてみたら評判良くって」

「そうなんだぁ。プレゼント……」
 ステラが横目にロングを捉え、言葉にはない圧を投げかけている。

「匂いと言えばっすよ? ヤマトさんも出会った時からず~っと良い匂いがするっすよね? なんだか落ち着く匂いと言うかなんと言うか」
 圧に気付かぬロングが、この場においては斜め上の疑問を口にしている。

「──もぉ! ロン君!」
 足踏み一つ、ステラがロングを睨みつけている。

「なっ、なんで急に怒ってるの??」

「お互い苦労するわね、ステラちゃん」
 こちらを一瞥し、やれやれといった表情をしている。

「シシリーさ~んっ」
 ステラがシシリーに抱き着き共感しあっている。
 イタチ族で成人しても小柄なままという事もあり、その画が『子供をあやすお母さん』といった風に見えてしまう。


「あ~……そ、そろそろ始めよう! 二人共どうかな? これ、ちょっと癖があると思うんだけど」
 アリーチを二人に差し出し様子を窺う。 

「「む……」」
 獣人二人が鼻を近付け匂いを確かめている。

「シシリーちゃんもいいかな? これを焼きたいんだけど」
 グリーンモールの肉を差し出し、検めてもらう。

「ホ」
 リーフルが肉を見据え、好物を前にした時とは違い淡白な反応を示す。

「リーフルちゃん、あんまり好みじゃないのかしら?」

「美味しくない訳じゃないと思うんだけど、すごく薄味だからね~」

「そうなんだ。うん、まずはシンプルに焼いてみるわ」
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