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3-1 浮上する黄昏れ

第106話 探偵ミミズクと平凡助手 7

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「グリフさん、ラウスさん。ずっと気になっている事があるんですが、お答えいただけませんでしょうか?」
 
「な、何をですか」
 うろたえた様子のグリフが細々と返答する。

「あなたのです。ずっと気になっていたのですが、あなたは一体何が目的でこの村に居座っているんですか?」

「そ、それは私がこの村に幸福を──」

「──いえ、違いますよね? 神の御使いなんて話はでっち上げ、自分を印象付ける為の作り話です」

「それに、村の方々に厚く信頼され聡明であるともされるラウスさんが、そんな世迷言を否定せず、何なら自らも後押ししているのは不自然です。さらにそんな如何にも怪し気な人物──状況だというのに、ラウスさんはどこかあなたに親身になっているふしがあります」

「うん……うちもお父さんの様子、なんか腑に落ちひんのよ」
 やはりマリンも違和感を感じていたようで、グリフに対する父親の態度に疑念を抱いているようだ。

『どういうこっちゃ。一体何の話を……』 『確かにそのグリフにえらい親身になってて不思議ではあったけどな』

「どうして神の御使いなどと自分を権威高く印象付けたかったのか。マリンさんからグリフさんの話を伺って、まず初めに思い至ったのは"洗脳"です」

『『洗脳……?』』

「我々の知り得ない未知の力──ユニーク魔法等を使用し、直接的にラウスさんを操っている。もしくは何かしらの弱みを握り無理やり服従させている。そしてラウスさんを影から操り、ハーベイをその支配下に置こうとしている……」

『なにっ!? なんて事や!』 『お前! この村をどうするつもりや!!』 『やっぱり……この大噓つきが!』

「待て待て! 俺は洗脳なんてされてへんで!」
 ラウスが慌てた様子で村人達に訴えかけている。

「──みんな待って、うちもそう思う! お父さんは洗脳なんてされてへんよ。さっき家に帰った時も、なんも変わりない、いつも通りのお父さんやったし」

「みんなはどう? うちが居らんかったこの半月の間、お父さん自身になんか違和感あった?」

『う~ん? いや、特には……』 『いつも通りこの村の為に一生懸命働いてはったもんな?』 『でもヤマトさんが洗脳されてるって!』

「すみません、違うんです。それはグリフさんの目的が、この村を支配しようとしているという場合の話で……」
 村人達に自身の考えを話す。

 村を支配する事が目的ならば、グリフがハーベイへやって来てからのこの半月の間、何も動きを見せていない理由が分からない。
 仮にラウスを洗脳、或いは服従させ影から操り、村人達が自分を崇めるよう仕向けたい場合、村人達との交流は不可欠となる。
 だが俺を擁護してくれた飴をくれた女性や、他の村人達も、この半月の間グリフとはあまり交流が無かったという話だ。
 
 そして先程皆の前で披露した自然の力を利用した仕掛けのパフォーマンスから分かる通り、人心を掴もうとするならば、グリフにはそのきっかけ──力を持っている。
 だが実際には、公に見せたといえば『納屋の火事を予言する』というもの一つだけで、他に村人達を抱き込もうとするような動きは見られない。
 目的は村を支配する事では無く、もっと別の、恐らくグリフ個人に関する何かでは無いかと思われるのだ。

「実際ラウスさんは、それこそ神様を崇め奉るかのように、グリフさんを崇拝し師事しているといった訳でも、必要以上に庇っているというような様子もありません」

「うん。お父さんさっき、ラウスって。しかも慰めるように寄り添ったり、まるで『親が子供の面倒見てる』ような雰囲気で接してる」

「「……」」
 二人が視線を落とし、何かを迷っているかのような表情をしている。

「皆さんを洗脳し、村を支配する事が目的で無いとするなら、本当の目的は一体何なのか」

「マリンさんから受けた依頼としては、所謂『悪人退治』という事ではありますが、俺にはどうにもグリフさんが"悪事"を目的としているようには見えないんです」

「ホッ (テキ)」
 リーフルが小さく呟く。
 どうやら意地悪をされたリーフルとしては、依然グリフは悪人のままのようだ。

「「……」」


「……あぁ~! もうええわ! そろそろはっきりせんかいっ!──」
 業を煮やした一人の男性が、グリフに掴みかかろうと距離を詰め腕を伸ばす。
 
「──!? やめろっ! タタラに触れるな!!」
 グリフが首に巻き付く黒く太い蛇の剥製を庇い、迫り来る男性に大声を張り上げ威嚇している。

「なっ、なんやねん急に……」
 思いもよらない激しく抵抗する様子に、男性が我に返り後ずさる。

(なんだ?……もしかしてあの剥製、威厳を飾る為のものじゃなくて……) 

「ぐぐっ……」
 まるで労わりでもしているかのように蛇の剥製をそっと撫でながら俯いている。

「ヤマトさん。さすが腕利きなんは伊達や無いんやなぁ」
 ラウスがグリフに近付き、背中を撫でながら口を開く。

「……どういう事なのか、お教えいただけるんですね」

「せやな……どの道みんなにはちゃんと言わなあかんかった事やし。ええな? グリフ君」

「──! でもっ! それじゃあラウスさんが……」

「俺の事はええ。それに『一緒に背負ったる』って約束したやろ?」

「ラウスさん……」

「……分かりました。でしたら私の口から直接。その前に、よろしいでしょうかヤマトさん」

「なんでしょうか」

「納屋の火事を予言した仕掛け。あれについても、既にあなたにはお見通しなのですよね?」

「ええ、凡その見当はついています」

「凄いですね……もっと早く、あなたのようなに出会えていれば私も或いは……」
 まるで何かを後悔しているような言葉を呟き、下を向きうなだれている。

(理解者……?)

「な、なぁ……納屋で起きた火事、どういう仕組みやったん?」
 重く淀んだ雰囲気の中、マリンが口を開く。

「うん、それもリーフルのおかげで分かったんだけど、火事の原因はこれなんだ」──ボワン
 異次元空間からリーフルが見つけ出してくれた金属製の板を取り出す。

「金属の板?」
 マリンが煤けた金属製の板を指でつつきながら不思議そうに眺めている。

「これは"懐炉"。暖を取る為の魔導具でね、俺も同じのを持ってるんだ」──ボワン
 修理済みの自身の懐炉を取り出す。

「ここに魔石をはめるとこの板が熱を発するっていう魔導具だよ」
 試しにスライムの魔石をはめ込み、マリンに手渡す。

「ほんまや。ほんのりあったかい」

「適性な魔石──ラビトーやミドルラットぐらいの魔石を使うと、丁度良い熱を発してくれる便利な物なんだけど、強すぎる魔力を秘めた魔石をはめてしまうと、その分発する熱も大きくなってしまう」

「納屋の棚の下、あそこには干し草か何か、木材が仕舞われていたんだよね?」

「うん、ヤマちゃんの言う通り、あそこには動物達のエサになる色んな乾燥した草を仕舞ってたよ」

「じゃあ、もしも許容量を超えた魔石がはめられた懐炉が、干し草の下でずっと熱を発し続けたとしたら?」

「火の手が上がる……」

「でも待って! グリフにはそんな仕掛けをする暇なんてあらへんかったよ? 少なくとも一刻の間くらいはうちらの目の前にずっとおったし、懐炉を仕掛けてからそんなにも長い事発火せえへんもんなんやろか?」

「うん、マリちゃんの言う通り、直接懐炉を干し草の下に仕掛けたんじゃ、発火するまで半刻と持たないと思う。だからグリフさんは、の仕掛けをしてたんだ」──ボワン
 飴玉の詰まった瓶を取り出す。

「飴ちゃんの瓶? それがどないしたん?」

 グリフの施した時間稼ぎの仕掛けとはこうだ。

 この村全体は海に向かう傾斜地を利用した造りとなっている。
 各々の家の土台は水平を意識して建てられているが、あの納屋に関しては入り口から建屋内の奥、棚の方向に床が傾斜している。
 その傾斜を利用した仕掛けこそが、この時間稼ぎの肝となる。 

 まず懐炉を床に置き、傾斜に沿いずり落ちて行かないよう飴玉の瓶で懐炉をせき止める。
 懐炉をせき止めている瓶には飴玉が転げ落ちない程度の穴が開いており、時間の経過と共に懐炉の熱によって溶けだした液体状の飴が瓶からゆくっりと漏れ出てゆく。
 そして質量の減少によって床との摩擦力が弱まった飴玉の瓶は懐炉をせき止めておける力を失い、懐炉共々干し草に向かいずり落ちてゆく。
  
 ずり落ち埋もれた懐炉が発する熱がどんどんと干し草に蓄積していき、終いには火の手が上がり、炎となって納屋の下半分を焼き払った。

「……物証から考えられる仕掛けだと、多分そんな感じだと思う。恐らくグリフさんは相当練習──研究したんだと思うよ」

「どの魔石をはめればどの程度の熱を発するのか。どの程度の熱ならどれくらいの時間で瓶の中の飴が溶け出ていくのか。干し草が発火するまでにはどれくらいの時間が必要なのか」

「火の手が上がるタイミングを言い当てるには、いくつも検証しなきゃいけない要素があるからね」

『おぉ~……』 『飴を利用した仕掛け……』 『確かにこの村やったら飴と瓶を手に入れるのは簡単やもんなぁ』
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