139 / 176
3-1 浮上する黄昏れ
第106話 探偵ミミズクと平凡助手 3
しおりを挟む件の火災が起こった納屋を調べ始めてしばらく、未だこれといった手掛かりも掴めず、焦げ跡と灰が積もる地面とのにらめっこが続いている。
先程のグリフのあの反応からして、何か仕掛けがあるのに間違いなさそうなのだが、魔導具に関して素人の俺の知見では具体的な予想を立てる事も叶わず、ただ薄暗いこの建屋の中で時間だけが過ぎてゆく。
柔らかい砂を踏みしめたような乾いた音が小さく響く。
「ふぅ。暗いし灰だらけでよく見えないな……」
地面に手を這わせ伝わる感触を頼りに手掛かりを探る。
突然木材が何かにぶつかったような軽い音が響く──。
「──!? なんだ?……」
「ホ!? (テキ!?)」
驚いたリーフルが物音が立った方向に首だけを百八十度回転させ凝視している。
「……あ、クワか」
見ると農作業用と思われる一本のクワが地面に倒れていた。
「ホッ……」
何か魔物やその他敵対者では無い事を確認したリーフルが小さく安堵し、手掛かりの捜索に戻った。
(闇雲にやってもだもんな……)
まずは立ち返り、納屋の構造やその役割について検める事が重要だろう。
この納屋の中は入り口から見て左手の内壁沿いに、高さ一メートル程の樽が三樽整列している。
その隣にも二樽程据えられそうな空間があり、恐らくそこはマリンから話に聞いた、火災が起きる前に運び出されたという、魚が保存されていた樽の分の空間だろう。
そして入り口から見て正面には、燃えてしまい原型をとどめてはいないものの、棚が二段備わっている。
その棚の下の空間には他よりも灰が厚く積もっていて、干し草か何か、燃えやすい木材等が蓄積されていた場所なのだと思われる。
納屋内部の焦げ跡の広がり方から推察するに、出火元は棚の下、木材から火の手が上がり、間一髪のところで炎が消し止められたといったところか。
「ホーホ? (ヤマト?)」──ツンツン
ちょうど棚の下辺りで、リーフルが何かを突きながら俺を呼んでいる。
「ん~? 何か見つけた?」
リーフルに歩み寄る──。
──すると自身の靴底から何かが軋む音が聞こえて来た。
足をずらし確認してみると、何やら透明な"ガラス"のような物体が、灰に埋もれ地面に溶け広がっていた。
(ガラス……か? 色んな物の保管場所だし、ガラスがあっても不思議は無いか)
「ホー? (ワカラナイ)」──ツンツン
「ん~? どれどれ……」
リーフルの発見した物を拾い上げる。
拾い上げた拍子に灰が舞う納屋内に、心細く隙間から差す光を反射するその物体には、どこか見覚えがある。
「金属……の板? どこかで見たような……」
「ホーホ (ヤマト)」──バサ
リーフルが俺の顔の脇を見据え右翼を広げ、何かを訴えている。
(その感じ……アイテムBOXか? という事は俺が持ってる物に何か関係が──)
「──あっ!? そうか、分かったぞ! お手柄だよリーフル!」
リーフルを抱え上げ抱きしめる。
「ホー!」
リーフルが俺の胸に体を寄せ得意げに喜んでいる。
「やっぱりリーフルには敵わないなぁ~──」
──何やら納屋の外がざわつく様子が漏れ聞こえてきた。
「そろそろ時間なのか。"神の御業"なんて言ってたけど、どんなものか拝んでみるか」
「ホー! (テキ!)」
◇
『ラウスさんが呼ぶもんやから来たけど、一体何が始まるんや?』 『私今から洗濯物干さなあかんし忙しいんやけど……』 『あんたちゃんと宿題終わったんか? サボってたらまた先生に怒られんでっ』
集う村人達の口々から関西弁が飛び交っている。
納屋での調査を終えた俺は広場でマリンと合流。
十数人の村人達の中に紛れ、その時を待っている。
この村の中腹には円形のこじんまりとした広場があり、傾斜する地形のおかげで大海への眺めが良く、観光地として紹介されれば申し分の無い名所と言われそうな空間だ。
だが今俺達の眼前に見える人物は、横幅のあるテーブルを用意し脇に大きな黒い鞄を置き、まるでマジックショーでも披露するかのような装いで衆目の前に立っており、折角の景観に水を差す何とも無粋な趣だ。
(ん? 眼鏡……さっきはかけてなかったのに)
見るとグリフの顔に、先程面会した時には無かった眼鏡がかかっていた。
「みんなよう集まってくれた。これからこのグリフ君が如何に使える男かっちゅうのを披露するさかい、よ~見とってや」
テーブルを前にするグリフの脇に男性が一人、未だ面識がないままだが、恐らくマリンの父である"ラウス"と思われる人物が、村人達に向け逞しい声量でもって宣言している。
「あの~ラウスさん? ええ機会やし聞かせてえな。何でそんな如何にも怪しげな男に肩入れしてるんや?」
村人の中から一人の男性が、当然の疑問をラウスに投げかける。
『ほんまやで』 『胡散臭い格好やし』 『蛇とか気色の悪い……』
男性に釣られ他の村人達も次々に疑念を口にしている。
「ああ、みんなが怪しむのも無理ないわな。突然の事やったし、グリフ君はこんな格好してるし」
「でもまあ、まずはグリフ君の力を見てもうた方が話し早いやろ。そしたらみんなも納得いく思うで」
「まぁラウスさんがそう言うんなら……」
ラウスの言葉に村人達が大人しく引き下がる。
村長という立場が正しいのかは定かでは無いが、マリンが誇るように、どうやらラウスという人物は村人達からの信頼が厚いようだ。
一連の問答を経て、広場に息づく雑談の喧騒が徐々に鎮まってゆく。
「お集りの皆さま方。初めましてでは無いにせよ、今まであまり交流が無かった故、改めて自己紹介を」
「私は名をグリフと申します。神のご意思によりこの村へと派遣されて参りました、幸福の使者にございます」
わざわざ一拍置き、場が落ち着き払った事を尊大に確認し終えたグリフが、首に纏わりつく蛇の表皮が黒いコートに擦れる不気味な音と共に頭を垂れ挨拶をしている。
『何ともふてぶてしい……』 『なんやの? 神がどうたらって』
尊大な挨拶を目にし、村人達の怪訝な視線が一斉にグリフに注がれる。
「ふん、何が幸福の使者やっ。どうせ大したことあらへんて」
険しく訝しむマリンが呟く。
「どうだろうね。魔法は使わないって言ってたけど、まだ何か不思議な力があるかもしれないしね」
「ホー……! (テキ!)」
煮えたぎる敵対心を募らせるリーフルも視線をそらす事無く注視している。
「はは、これはこれは。皆様そう心配される事はございません。あくまでも私は神の御使い。私自身には何も秀でた能力などございませんので、ご安心ください」
「さて、今から皆様方にご覧いただきます現象は、総て神の御業により顕現する事象にございます」
「今より私が代弁する神の御業を御覧頂いた暁には、私をこの村の一員としてお認めいただける事と思います」
そう告げるグリフがおもむろに黒い鞄を開き、"見世物"が始まる。
0
お気に入りに追加
2,006
あなたにおすすめの小説
異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました
ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。
会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。
タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。
鑑定能力で恩を返す
KBT
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。
彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。
そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。
この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。
帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。
そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。
そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
今日も誰かが飯を食いに来る。異世界スローライフ希望者の憂鬱。
KBT
ファンタジー
神の気まぐれで異世界転移した荻野遼ことリョウ。
神がお詫びにどんな能力もくれると言う中で、リョウが選んだのは戦闘能力皆無の探索能力と生活魔法だった。
現代日本の荒んだ社会に疲れたリョウは、この地で素材採取の仕事をしながら第二の人生をのんびりと歩もうと決めた。
スローライフ、1人の自由な暮らしに憧れていたリョウは目立たないように、優れた能力をひた隠しにしつつ、街から少し離れた森の中でひっそりと暮らしていた。
しかし、何故か飯時になるとやって来る者達がリョウにのんびりとした生活を許してくれないのだ。
これは地味に生きたいリョウと派手に生きている者達の異世界物語です。
捨てられ従魔とゆる暮らし
KUZUME
ファンタジー
旧題:捨てられ従魔の保護施設!
冒険者として、運送業者として、日々の生活に職業として溶け込む従魔術師。
けれど、世間では様々な理由で飼育しきれなくなった従魔を身勝手に放置していく問題に悩まされていた。
そんな時、従魔術師達の間である噂が流れる。
クリノリン王国、南の田舎地方──の、ルルビ村の東の外れ。
一風変わった造りの家には、とある変わった従魔術師が酔狂にも捨てられた従魔を引き取って暮らしているという。
─魔物を飼うなら最後まで責任持て!
─正しい知識と計画性!
─うちは、便利屋じゃなぁぁぁい!
今日もルルビ村の東の外れの家では、とある従魔術師の叫びと多種多様な魔物達の鳴き声がぎゃあぎゃあと元気良く響き渡る。
闇属性転移者の冒険録
三日月新
ファンタジー
異世界に召喚された影山武(タケル)は、素敵な冒険が始まる予感がしていた。
ところが、闇属性だからと強制転移されてしまう。
頼れる者がいない異世界で、タケルは元冒険者に助けられる。生き方と戦い方を教わると、ついに彼の冒険が始まる。
強力な魔物や冒険者と死闘を繰り広げながら、タケルはSランク冒険者を目指す。
やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった
ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。
しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。
リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。
現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!
貴方の隣で私は異世界を謳歌する
紅子
ファンタジー
あれ?わたし、こんなに小さかった?ここどこ?わたしは誰?
あああああ、どうやらわたしはトラックに跳ねられて異世界に来てしまったみたい。なんて、テンプレ。なんで森の中なのよ。せめて、街の近くに送ってよ!こんな幼女じゃ、すぐ死んじゃうよ。言わんこっちゃない。
わたし、どうなるの?
不定期更新 00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる