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2-7 Close to You

第96話 湖の怪異 4

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「頼んだよ……」
 魔法の効果が切れたのだろう。膨張した筋肉と大盾が元の姿へと収縮してゆく。
 魔力の消耗と体力を使い果たした反動で、ビビットが力なく大盾と共に倒れ込む。

「ビビットさん!」
 ステラが駆け寄り体を仰向けに整え介抱してくれている。


 一方、叩きつけられたプルグロスは周囲に水を吹き出し、脚を乱高下させのたうっている。

『テキ テキ テキ』
 怒りの感情が伝わってくる。


(違いがあろうかと予想はしてたけど、厄介だなこれは……)
 ピンク、もしくは緑がかった灰色の色味に円筒状の胴体と、脚の間の頭部に目玉が二つ。
 俺の知るタコの外見はそうなのだが、このプルグロスは異彩を放っていた。

 毒々しい深い青紫色をしたまだら模様で、大きさはゆうに三メートルはあろうかという巨体を誇っている。
 そして円筒状の胴体をしている点は同じなのだが、なんと目玉がハンマーヘッドシャークのように左右に長く突き出ているのだ。
 あれでは推測される視野が相当に広く、三百六十度、全周囲に渡って俺達の動きは察知されると見ていい。

「先ずは再生しきってない脚を斬り落とす。頼んだロング」
 
「任せてくださいっす!」
 注意を己へと向ける為、ロングがハンマーを正面に構え最前線に躍り出る。
 
 俺も同時に目玉を狙い矢を放つ。

 のたうつプルグロスの挙動のせいで狙いは外れ、胴体部分へと矢が突き刺さる。

 だが幸いにも、脚へ刺さった場合とは違い、身体をよじりダメージを受けている様子で、脚で矢を引き抜こうと隙を見せている。
 隙あらば相手の懐へ。ロングソードに持ち替え、生えかけの脚目掛け駆け出す。

 無軌道にうねる厄介な動きを注視しながら、袈裟懸けに剣を振り下ろす。
 
 先程とは違い、未熟な肉質のおかげで難なく両断する事が出来た。

「うぐっ……」
 安堵も束の間、漏れ伝わる苦悶の先に目を向けると、脚の一本がこちらの戦力を奪おうとロングのハンマーに絡みついていた。

 そしてもう一本の脚がこちらにも飛来し、剣に纏わりつく。

(ぐっっ……なんて怪力だ……!)
 絡みつく脚の引力に、全身を引き寄せられてゆく。
 ロングソードを奪われまいと踵を地面にめり込ませ踏ん張るが然程効果は無い。 
 これ程の怪力と何本も、幾度も綱引きを演じていたビビットは、やはり凄まじい身体能力を秘めているのだという事が実感出来る。

(マズい……くっ……)
 主導権を握られている状況だが、必死に思考を巡らせ、相手の戦力を軽減させる方法を探る。

(吸盤……!)
 剣に吸い付く吸盤を目にした瞬間閃く。
 片手を離すリスクは承知の上で、腰に帯びる短剣を引き抜き、吸盤を削ぎ落す。

 すると刺激に反応した脚が剣から離脱するが、距離を取るでもなくそのままこちらに打ち下ろされる──。

「──フッッ!」
 頭上から迫る脚に咄嗟にロングソードの刃を合わせ水平に薙ぎ払う。
 脚自身の勢いと質量が相まり、単独では成し得なかった両断に成功する。

「ロング!!」
 すぐさま弓に持ち替え、本体に矢を放つ。

 矢の直撃を受けたプルグロスが怯み、ロングから脚を離し己の下へと引き寄せた。

「助かりましたヤマトさん!」

「残り二本! 同時攻撃だ!」

「うっす!」
 本体への矢の攻撃は有効、残す脚も二本だけと、今が好機であると確信し、俺達は本体へと間合いを詰める──。

 ──だがいよいよ正念場というところで、突如として後方より、村に訪れた際に耳にした、聞き覚えのある声がこだまする。

「スパイク様参上だぜ! 俺が退治してやる!──ウォーッ!」
 所々錆が浮き刃が欠けた、見るからにくたびれたショートソードを携えたスパイクが、プルグロス目掛け突進してくる。

「スパイク様ー! 頑張って~!」

「カッコいいですよ~!」
 この脅威の実感が無いのか、取り巻きの二人が呑気にスパイクを応援している。

「やめなさいスパイク!!」
 ビビットに寄り添うステラが、大声をあげる。

「──スパイク!? 危ないからこっちに来ちゃダメだ!」
 ロングも声に気付き、必死にスパイクをなだめている。

(なっ、こんな時に……!)
 
「必殺! 疾風突き~!」
 駆ける勢いそのままに、スパイクが脚の側面にショートソードを突き立てる。
 だがショートソードはほとんど組織に食い込む事は無く、些細なダメージも与えられない。
 
「──んだよっこの剣! 使えねぇ!」 
 自分の想像理想と異なる結末に、プルグロスの本体近くに居る事も忘れ、地団太を踏み癇癪を起している。

「スパイク!!」
 鞭のように振り下ろされる脚に反応したロングが、ハンマーを盾とし間に割って入りスパイクを庇い立つ。

「うくっ……!」
 咄嗟の行動に、しっかりと受け身を取ることも出来ず、足の攻撃を受けその衝撃からロングがダメージを負った様子が見て取れる。

「──うぉ! あぶねえ……余計な事すんなよ! 俺なら避けれたんだよ!」

「い、いいから早く離れて……!」

「るっせえ! テイッ!」
 まるで素人がたまたま拾い上げた木の棒で、素振りでもしているかのような、攻撃と評するには憚られる児戯繰り出す。
 
 案の定プルグロスに傷一つ付ける事は叶わず、ショートソードは脚の弾力に弾き返される。

「スパイク君! 邪魔だから下がってくれ!──」

 ──ロングを援護するべく本体を狙いすまし矢を放つ。
 
「あぁ!? うっせえよ黒いおっさん! 俺様が倒すんだよ!」
 
(ダメだ。あの子てんで現実が見えて無い……)
 直接的な表現であれば気付いてくれるやもと期待したのだが、効果は見られない。
 若さ故に無鉄砲な行動を起こしたり、目標に向かい猛進出来る事は、自分もそういう時期を経ているので理解は出来るが、スパイクは少し度が過ぎている。
 
 己が庇われたという事実や、眼前に命を刈り取るような存在が居る事に、というのは御しがたい。
 物理的に構っている余裕も無し、かと言ってあの様子では言葉で説き伏せる事も困難だ。
 恐らく柔らかな言葉だろうと、刺々しい言葉を投げようと意固地になり、結局はその身を危険に晒す方向に向かってしまうと予想される。
 
 
「どっせい!!」
 ロングがハンマーを横から叩きつけ、脚とスパイクの距離を取ろうと奮闘している。

「俺様も~! テアッ!」
 やはり己の力量に気付いていないスパイクが必死に立ち回るロングを尻目に、ショートソードを振り回しながらちょろちょろと動き回っている。

(このままじゃロングの身が持たない……仕方ない!)
 深呼吸し息を整え力を抜き、弓を慎重に構え、照準だけに集中し矢を放つ。

 放たれた矢はスパイクの着用しているシャツの左裾をかすめ、プルグロスの脚に浅く突き刺さる。
 
「──わっ! あぶねぇー……おい黒いおっさん! どこ狙ってんだよ!」

「言ったろ! 危ないから下がるんだ!」

「まともに狙いも付けられねえのかよ、ったく。 お前がお兄ちゃんだって言う意味がよくわかったぜ。なぁ? 
 
「違う! 今のはヤマトさんがわざと……!」

「あぁ~?」

「ロング! いいから! 脚の動きに集中するんだ!」
 スパイクは、半ばこちらが脅しをかけるような事をしても、まるで気付く様子が無い。
 ただでさえビビットタンクの居ない危うい状況だというのに、戦場を無邪気に動き回る子供の相手などしている余裕は無い。
 
 だがこちらの事情など構いはしないプルグロスが、脚を収縮させ攻撃の態勢に入る。
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