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第33話 迫る悪意

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 クリアのポケットに入れていた端末から、いつも聴き慣れた呼び出しの音が鳴った。
 
 普段なら特別何も感じることのないその音は、今だけは気分を害する音としてクリアの耳を通して心を刺激してくる。
 
 まあ、時刻的には妥当なところなのだが。
 
 ——ついにきてしまったかぁ……。
 
 クリアが名残惜しい気持ちで内心ため息をつきながら音源たんまつを手に取れば、画面に表示された発信主は予想通りと言うべきか。
 
 『ディールーツ』の出店の責任者の名前だった。
 
「ごめんね、仕事の連絡が来たから少し待っててくれるかい?」
 
 楽しいところだったが、元々自分の本来のすべきことだと頭の中を仕事モードに切り替えたクリアは二人に着信の事を伝えると音声が聞き取りやすそうな裏路地に移動して着信に出た。
 
「お待たせしてしまってすみません、クリアです。……ええ、わかりました。すぐそちらに向かうようにしますね」
 
 連絡の内容は言わずもがな、在庫切れの報告だ。
 
 この報告が来た以上、クリアは一度組織の在庫の保管場所で品物を回収した後、組織の出店に戻らなければならない。
 
 移動自体は【どこからでもドア移動用術式】があるので問題無いし時間もそうかからないだろうが、その作業の間ヒカリとミヤにどうしてもらうかが問題だった。
 
 ——せっかく楽しんでもらっている最中だし……。
 
 特にミヤは来年以降また城下街の祭りに参加できるかわからない。
 
「女の子を二人だけにするのは少し不安だけど……。この国治安の良さならちょっとの間なら大丈夫かな?」
『クリアさん?』
 
 通話中なのにも関わらず、声に出してしまっていたクリアの言葉に、連絡相手から怪訝そうな声で名を呼ばれたクリアは慌てて返事をする。
 
「あ、いやぁ何でも無いですよ! あはは……。それでは手筈通りに動きますので少し待っててくださいね!」
 
 それだけ早口で言うと、クリアは一方的に返事を待たずに通信を切ってしまった。
 
 元々、クリアはヒカリには仕事の連絡が来た場合、端末でその後の動きを伝え合う事を取り決めている。
 
 ——まあ、ちゃちゃっと片付けて早めに合流できるよう頑張ろう。
 
 後ろ髪を引かれる思いでクリアはヒカリに音声通信をかけ、しばらく連絡するまでは二人で回っててもらうよう伝える。
 
 ヒカリ達から了解の返事を受けたクリアは、人目につかない様もう少しだけ裏路地の奥へ移動すると、その場から一度姿を消したのだった。
 
 
 ——……あれ、ヒカリ通信に出ないな。今は手が離せないのかな?
 
 あれから本部と店を思ったよりも往復する羽目になったクリアは、ようやく予定より長引いた仕事さぎょうから解放されて組織の出店から休憩がてらヒカリの端末に連絡を入れたのだが。
 
 いつもならワンコール以内でクリアの通信に出ているはずのヒカリが、珍しく応答しない。
 
 端末からは着信を受けている呼出の音が流れているので、通信自体は端末まで届いてはず——つまり、圏外の場所にいたりヒカリの端末が壊れているという訳ではない——なのだが。
 
 クリアは、仕方ないのでクリアの——正確には上級役職の——端末についている機能の一つ、〈強制呼出機能〉を使用することにした。
 
 この機能は、受信相手側の端末を強制的に通信状態にできる緊急用の機能である。
 ……本当は一度切って連絡を待つのもよかったのだが、クリアは不意になんともいえない嫌な予感を覚えたのがこの機能を使う事を後押しした。
 
「もしもしヒカリ? 中々繋がらないから無理矢理繋げちゃったけど今忙しいのかな?」
『…………』
 
 クリアの問いに、ヒカリ側から返事は返ってこない。
 
 微かに声以外の音が聞こえている事から、問題なく通信自体は繋がっていることはわかっているが、そもそも聞こえるべき音声すら聞き取れないのがよりクリアの嫌な予感に拍車をかけることになった。
 
 そう、あれだけ盛り上がっている祭りの参加客の声が一切聞こえてこないのだ。
 
 つまり、少なくともヒカリの端末は今、人気のない場所でクリアからの通信を受けているという状況であることを裏付けていた。
 
「もしもし⁉︎ ヒカリ、返事を返して‼︎ ヒカリ‼︎」
 『…………』
 
 突然出店の中で叫ぶクリアの声に、周りの人々は「何事?」とクリアに視線を集め始めた。
 
 対照的に通信相手からは一向に返事が届かない。
 
 ——二人に何かあったんだ!
 
 嫌な予感が確信に変わったクリアは、少しでも何か手がかりになる事はないかとヒカリの端末が拾う音声を拾うために出店の裏手にある裏路地へ走り出す。
 
 裏路地に入ったクリアは、さらに自分の端末に搭載されている機能の一つを使用する。
 
 その機能の名は〈強制拡声モード〉という、通信相手の端末の集音機能と発音機能の音量をこちら側から操作できるという機能だった。
 
 今もし最悪の事態ならば、もしかしたらヒカリとミヤの声を拾う、またはこちらの声を二人に届ける事かできる可能性が上がるとクリアは考えたのだ。
 
 まず状況把握のために相手側に気付かれないようにクリアは呼吸を止め、端末から発される音に神経を全集中させる。
 
 すると、わずかに向こうからは木製の車輪が石路を転がっている音が聞こえた。
 
 次に聞こえたのは、聞き覚えのない男の声と、それに対して口を塞がれているのか言葉にならない『んー!』というヒカリの声だった。
 
 その二つの情報で少なくともヒカリが——ミヤからの連絡もないのでほぼ間違いなくミヤもだろうが——男に捕まって車輪の付いた何か……恐らく荷台か何かに乗せられて移動しているのだろうことがわかった。
 
 ——しかし、この大勢の人がいる上国警備が厳重な中でどうやって二人を……?
 
 そもそも怪しげな人物なら検閲に引っかかってこの国自体に侵入することはできないはずにも関わらずだ。
 
 端末の向こう側では、ずっとヒカリが言葉にならない声を上げ続けている。
 
 誰かに気付いてもらえるように頑張ってくれているのだろう。
 
 そんなヒカリの声が男の琴線に触れたのか。
 
『このぉ! 少しは静かにしないか女ぁ‼︎』
『んうっ‼︎』
 
 端末から聞こえたのは男の怒号と何かで人を叩いた時に聞こえる音、……そしてヒカリのうめき声。
 
 ——……は?
 
 それはクリアの理性を失わせるには十分すぎる要素だった。
 
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