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第6話 遺跡の侵入者

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「んっ?」

 再び遺跡の最深部へ戻ろうと遺跡内部で足を進めていたクリアは、不意に違和感を覚えた。

 不意にクリアが出した声に、近くにいた調査員は怪訝そうにクリアを見てくる。

 ここにいる調査員達は、古代学のエキスパートだが、戦闘に長けた者は居ないはず。

 つまるところ、一般クラスの人には気付かせずこちらや遺跡の様子を探っていると言う訳だ。

 となれば、この違和感に対する迎撃は自分一人でしなければならないと、早々にクリアは頭を切り替える。

 まずは、先に調査隊の安全を確保しなければと、思考を回転させ連絡用端末を取り出し急いでこの遺跡の調査隊全員に向けて文を打ち込み一斉送信する。

 送信内容は、『現在の状況、各自がするべき事、万が一の場合の対処など』だった。

 そもそも、何故クリアは急に思考を張り巡らせたのか。

 それは、違和感の正体である「風」。

 外から遺跡内部に吹き込んでくる風の中に、わずかだが入り口側に戻る風をクリアは感じた。

 手練れの風属性の能力者は、風を操り、森や洞窟の内部、更に熟練すれば人や障害物まで詳細に感知できるという。

 今更『ディールーツ』の人間がそんな事をする必要性はない。

 ……いや、それ以前にそれができる風属性の組織の人間がこの場にいるはずもないのだが。

 つまり、これは敵対する可能性がある者が行ったものであるとクリアは断定した。

 ——とりあえず、送った指示通りに動いて貰えば、人的被害は抑えられる。

 クリアは早めに気付くことができてよかったと安堵した。

 ——後は、侵入者にお帰りいただくだけだ。

 素直に帰ってもらえるかは全くの別の問題ではあるが、とクリアはこっそりとため息をついた——。


 クリアが最深部の大広間に戻ってから、かなりの間が空いた。

 そこでようやく、一つしかない大広間への入り口から、かすかだが二人分の足音が聞こえてくる。

 本当にかすかだったので、如何に慎重に進んできたかがクリアにはわかった。

 まあ、『ここまで来やすいように気付かないふりをして道を開けてあげてください』と指示を出していたのに、中々到着まで時間がかかったのはクリア的には予想外だったが。

 その時間で少しはこの遺跡の仕掛けについて考察ができたので、クリアはまあいいか、と納得する事とした。

「さて、こんにちは。こんな所までこっそりと来て観光……なんてはず、無いですよね?」

 クリアは、未だ警戒しているのか、姿を見せない二人に声をかけた。

 遺跡内は組織が調査のために用意した照明装置で全体的に明るく照らされており、クリア一人しかいないのは一目瞭然だ。

 ……それが逆に警戒させることになっているかも知れないとクリアが思ったのは、少し後のことだった。

 クリアの声に、自分達の存在を悟られて観念したのか、ようやく二人はその姿を現す。

 二人ともローブを羽織って見た目を隠してはいるが、背負っている武器の大剣と刀が見えたので、二人とも剣士のようだった。

「……いつから俺達の存在に気付いていた」

 問いかけたのは、刀を背負った方だった。
 声の低さからして、男性のようだ。

「あなた方が遺跡内を風で探りを入れていた時……まあ、つまり侵入前からですかね」

 クリアの返答に、刀の男が「そうか」と一言返すと、二人は軽い身のこなしでクリアの立っている広間まで飛び降り、クリアと対峙するように着地した。

「最初から気が付いてたから誰も俺達に気付かないようにしてたってわけか。どうりでここまですんなりここまで来れたわけだ」

 大剣の方も、声質的に男性のようだ。
 といっても、すぐにそれは声だけじゃなく容姿からも察することができたのだが。

 何故なら、大剣の男はすぐに羽織っていたローブを脱ぎ捨て、大剣を抜いて構えたからだ。

 ローブの中から現れたのは、特徴的な赤い逆立った短髪と、目を惹かれるような綺麗な赤い瞳だった。

 顔もそれなりに整っていて、なんとなく、人を引っ張る兄貴分のような顔つきの人だなと、クリアは特に根拠はないがそう思った。

 それに、見た目の年齢はそう変わらないのに、大剣使いなだけあって、かなりがっしりした引き締まった体格をしている。

「え、意外とお若いんですね。その若さでさっきの【索敵の風】を使ったんですか?」

 クリアは大袈裟にリアクションを取り、反応を見た。

 それに対し、大剣の男は刀の男を指差して、クリアに答えようと口を開いた。

 「それは俺じゃなくてグリーンが——」
「おい! 敵に安易に情報を流すな!」

 大剣の男が説明しようとした所を、グリーンと呼ばれた男が糾弾して遮った。

 ——どうやら、大剣の彼は相当素直な性格なようだ。

「刀の風属性のあなたは、グリーンさんと言うんですね。ボクは『ディールーツ』の調査隊部門の総合隊長のクリアといいます。大剣のあなたはお名前はなんというんですか?」

 クリアは笑顔で自己紹介をしながら、帰ってもらう交渉をするにしても、名前ぐらいは知っておきたいと思い大剣の男に聞いた。

 素直な男は、クリアの自己紹介に合わせて自分の名を名乗った。

 「俺の名前はレッドだ! 早速で悪いんだが、俺らはお前ら『ディールーツ』にルーツを渡さないためにここに来た!」

 ……交渉の余地もない返事も合わせながら。

 その返答に、流石にクリアも笑顔を引きつらせざるを得なかった。

 グリーンも「やれやれ」と言いたげに首を横に振っている。
 どうやら、レッドの正直さはグリーンの様子から変わらずずっとこうだったようだ。

「えっと、こちらとしてはこのままお引き取り願いたい所なんですけど……」

 一応クリアは、自分の要求を口にしてみた。

 ……が、当然それが通るはずもなく。

「アスラカチミオの村が丸々消えていた。数日前に訪れた時にはまだ存在していたにも関わらず、だ。あれはお前達がやったのだろう? そんな事を平然とやる奴らを、このまま見逃せと?」

 グリーンの指摘に、クリアは反論することはしなかった。

 クリア的には、一応よかれと思ってやったことなのだが、第三者からすれば、それはこちらが悪として認識される材料としては十分な要素だったらしい。

 それならば、とクリアは交渉のアプローチを変えることにした。

「……今なら、見逃してあげますよ。自分で言うのもなんですけど、ボク、組織の中では結構強い方です。それでも本当に戦いますか?」

 今度は力ずくでも、と脅しをかけてみるが、これも無意味だった。

 むしろ、今の言葉で二人の闘志に火をつけてしまったらしい。
 まあ、もとより戦うつもりで来たのもあるとは思うが。

 グリーンもまた、レッドと同じようにローブを脱ぎ、武器を手にして構える。

 グリーンもまた、特徴的な容姿をしていた。
 流れる風をそのまま持ってきたかのようなくるりと横向きに巻かれた前髪に薄い緑色の腰ぐらいまで伸びた長髪、そしてこちらも惹かれるような翡翠色の綺麗な瞳。

 かなり整った顔立ちで、一見女性にも見間違われそうでもあるが、万人受けしそう、というのがクリアの感想だった。

 体格は、刀という得物に合わせて力より、速度を重視した鍛え方をしているように見える。

 それにしても、二人の構えた得物はかなり上等なもののようだ。
 クリアが今まで見てきたものから比べて、ここまで上等な武器モノを持っているとは。

 アスラカチミオ周辺は、結構田舎の方だとクリアは記憶していたが。
 ……どうやら、隠れた名匠がいるようだ。

 ——今日は何かとスムーズに物事が上手く運ばないな。

 そう思ったクリアは、不意にボスのコーヒーカップの話を思い出した。
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