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着々と

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「サキ、今いいか?」
「大丈夫だよ、ギル。何かあった?」
「注文していた椅子が届いたんだが、数が足りないそうだ」
「オープンまでに間に合わないってこと?」
「ギリギリだな。他領から材料を取り寄せているんだが、王都で止められている」
「あの王様め……!」


 こっちを邪魔するような、北領ならばそうしてもいいだろうという見下しのような、嫌な意図が透けて見える気がする。
 思考が曇ってきたことを自覚し、ふうっと息を吐いて深呼吸をした。忙しいから嫌な方向に考えているのが、自分でもわかる。淡々と説明してくれたギルを見習わなきゃ。

 注文していた椅子は、籐椅子によく似たものだ。お風呂上りに座ってもいいように通気性がよく、座り心地もいい。
 北領の職人が作っていたものに一目惚れして頼み込むと、期限が短いのにすぐに引き受けてくれた。


「聖女様がご所望なら、いくらでも作ります。聖女様のおかげで、これからは魔物に怯えずに仕事ができますから」


 いかつい顔をしたおじさんが、わずかに微笑みながらそう言ってくれたことを、今でも覚えている。
 材料を取り寄せれば納期には間に合いますと言ってくれていたのだけれど、王都で止められているなんて。
 花びらによく似た形をしているこの島では、真ん中にある王都を通らなければどの領にも行けない。海は陸より凶暴な魔物が多くいるため、基本的に海路は使わない。


「……僕を頼ってくれないの?」
「え?」
「僕、どこにでも行けるんだけど」
「あっ!」


 そうだ、ギルにはどこでも行けるドアがあった。今でも毎日そのドアから自分の家へ帰り、木や花の世話をしている。


「頼みたいけど……いいの?」
「うん。急ぎの仕事はないから」
「ほんと!? お願いします!」
「うん。先に工房に話を通していくよ」
「ありがとう!」


 人との距離を掴みかねていたギルは、北領に来てから社交的になった。ギルに変な目を向ける人がおらず、みんなが一定の距離を保ち、むやみに踏み込まずに親切にしてくれるおかげだと思う。
 ギルを見送っていると、事務所にエルンストが入ってきた。


「サキさん、そろそろ会合の時間です」
「ありがとう、今行くよ」


 事務所から出て、一階にある会議室へエルンストとレオと向かう。これは銭湯をオープンさせた後、望む人がいれば有料で部屋を貸し出す予定だ。
 会議室のドアをノックして開けると、すでに全員が揃っていた。集合時間の15分前だけれど、みんなが来ているので話し合いを始めることにした。


「皆様、今日はお越しいただきありがとうございます。本日はさらに調整を行いたいと思います」


 今日来ているのは、飲食店の店主だ。ひとりひとりの顔を見て、反対がないことを確認してから話を進めていく。

 つい先日、ギルに部屋に設置するディスプレイ用の大きなガラスケースを作ってもらった。透明な本棚のようで、光があたるときらきらして綺麗だ。
 すでに壁に設置されたガラスケースには正方形の仕切りがあり、その中には飲料やアイス、ご飯を入れられるようになっている。食品サンプルのように見やすくしたいという願いを、ギルは叶えてくれた。
 ガラスケースの横にある入れ物にお金を入れ、ほしいもののボタンを押すと扉が開く。
 ガラスケースに入れる物を、北領に店を構える人たちに任せようという試みだ。


「お風呂に入る習慣がない方は、長くても五分程度で上がってくるという統計が出ております。部屋は30分単位で貸し出していますので、身支度をしても15分は時間が余るでしょう。お風呂から上がると喉が渇きますし、体がほてっています。体力を使うので、お腹が減る人もいるはずです」


 疲れが消えたお風呂上がりに、火照った体を心地よく包み込む、通気性のいい椅子。
 家庭用プラネタリウムを参考にギルが作ってくれた、ボタンを押すだけで壁や天井に様々な景色が映し出されていくアイテムでリラックスしながら、ジュースやパフェ、軽食を食べる。
 これが私が提案した銭湯だ。

 ここにいる人たちには先に経験してもらい、素晴らしさを体感してもらっている。ちなみに映し出される光景を撮影してきてくれたのは、北領の有志たちだ。


「皆さんが持ってきたものを出していただけますか? 試食をしましょう」


 机の上に出されていく食べ物は、食べやすいものが多い。持ち帰れるようにラッピングされたり箱に入れたりと工夫をしている。

 まず私が手に取ったのはジュースだ。ガラスケースに並べるものは飲料が一番多い。水やお茶といったありふれたものから、今飲んでいる木苺ジュースのように、少し変わったものもある。
 口に入れると、甘酸っぱい木苺の味と香りがふわっと広がった。前回より後味がすっきりしていて飲みやすくなっている。
 北領名物のドライフルーツをたっぷり入れたパンにサンドイッチ、ドーナツやフルーツ盛り合わせも、どれもおいしい。


「これはおいしいですね。前回の指摘が改善されています」
「うちはもう少し甘味を足してみます。どれほど甘くするか、ずっと悩んでいたんですよ」
「サキ様のフルーツ盛り合わせのアイデアは、やはり素晴らしいですね。ですが、パフェについているフルーツとかぶらないようにしたほうがいいのでは?」
「人気のフルーツならば、どちらも使っていても問題がないと思えますが」


 試食をしながら、エルンストがメモしてくれている意見を読み返す。
 パフェは、私が作り方を教えて数種類作ってもらったものだ。北領は寒く、アイスを食べる習慣がなかったのだ。
 バニラ、チョコ、苺の王道アイスとフルーツ、生クリームをトッピングしたそれは、文句なしにおいしい。甘ったるいのが苦手な人でも食べられる、さっぱりしたシャーベットも数種そろえた。


「フルーツを食べたい人が、そのためにパフェを注文するでしょうか? 甘いものは苦手な人もいますし、北領では新鮮なフルーツは珍しいそうですね。少し高価ですが、気になる人もいると思います。少し置いてみましょう」


 私の意見に反対する人はいなかった。
 その後は、もう一度集まって最終確認をする日にちを決めてから解散した。集まってくれた人たちと笑顔で別れ、事務所に戻ろうとしたところでエルンストに声をかけられた。


「部屋の壁紙を見てほしいそうです。湿気に強いものを使ったほうがいいのではと」
「すぐに行きます」
「サキ、これが終わったら少し休憩しよう」


 休む間もなく職人のところへ向かう私に、レオが声をかけてくれる。
 笑顔で頷き、目的の部屋へと向かう。今日の試食をみんなに食べてもらって、また意見を言ってもらおう。



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