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夢が始まる場所
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無事に聖女としてのお披露目も終わった私たちは、対価としてヴィンセントにもらった建物を見に来た。
メインストリートの中でも一等地の、見上げるほど大きな十階以上の建物。どっしりした石壁の造りは北領らしく、お洒落な雰囲気だ。
ここは元はホテルだったが、北領に来る人が激減して廃業したそうだ。それを国が買い取り、今回私に譲渡された。中も綺麗で、あまり改装せずそのまま使えそうだ。
ヴィンセントが、私が銭湯を経営したいという願いに合わせて建物を選んでくれたのが伝わってくる。
「ふむ。この建物なら僕のアイテムを効率的に使えそうだ」
「これはいいホテルですね。ありがたく使わせていただきましょう」
「サキ、中に人がいる。俺から離れないでくれよ」
「うん。早く中に入ろう!」
私たちの存在に気付いたようで、住民たちがざわざわしながら見つめてくる。数メートルは離れてくれているけれど、人がみっちりといて圧がすごい。
好意的な声ばかり聞こえてくるのは嬉しいけれど、土下座して崇めてきそうな人もいるので、会釈をしてから早く中に入ってしまうことにした。
華美ではないが質素でもないホテルのロビーは広く、綺麗だった。
「すごい、大きい……!」
ホテルとして使ってもいいほどだが、銭湯にすると決めている。
このホテルのメインターゲットとなる他領の貴族は北領に来ないし、来ても契約違反の痛みがすごくて泊まれないと思う。
そうなると北領の住民に来てもらうことになるのだけれど、ここに泊まるほどの金銭的な余裕がある者は少ない。魔物との戦いが長く続いているからだ。
「このロビーは残したいな。北領らしくてとっても素敵!」
振り返ると3人が私を見ていたので、途端に気恥ずかしくなる。ちょっとはしゃぎすぎたかもしれない。
「ええ、とても素敵ですね。目に焼き付けておきます」
「ここがサキの城か。サキにぴったりだ!」
「伝統のあるロビーを残すのはいいな」
ギルが珍しく言い淀むように口を閉じ、ゆっくりと薄い唇を開いた。
「……前に、サキに興味があると言ったことを覚えてる? 異世界の話を聞かせてもらってサキの行動を見て、少しの温泉をもらえれば十分だと言ったけど、訂正する」
出会った頃より力強いまなざしで、ギルは私を見つめた。
「僕はこれから銭湯に必要なものや、必要なら清掃や事務に必要なアイテムを作る。サキが必要なぶんだけ。それが終わったら、サキにお願いがある」
「私にできることならいいよ。どんなお願い?」
「まだ考えてない」
ちょっとずっこけてしまった。
願い事が気になるけど、まだ決まっていないのならどうしようもない。レオが笑いながらギルを小突いていると、奥から人が出てきた。
「いらっしゃいませ、聖女様方。お出迎えが遅れて申し訳ありません。マウエンと申します。改装のことはお任せください」
「はじめまして、マウエンさん。私はサキです。聖女と呼ばれて返事をすれば契約違反になってしまうかもしれないので、どうぞサキと呼んでください」
「かしこまりました。ではサキ様と」
聖女として祭り上げられているけれど、誰かに聖女と呼ばれて痛くなるのは避けたい。
私の事情と、王族のアグレル家への仕打ちも一緒に広めているので、マウエンも知っているはずだ。今の王になってから我慢してきた北領は、これから反撃するのかな。それなら、私もちょっぴり仕返ししたい。
「ご案内いたしますね」
改装の責任者らしいマウエンは長身で、物腰は柔らかだけど手が荒れていた。きっと職人だろう。
マウエンを先頭にホテルを見て回りながら、どう改装するか話し合う。
「やはり一部屋が大きいから区切ったほうがいいですね。お風呂場メインにするためにベッドは全て撤去しましょう。どうですか、サキさん」
「うん、そうしよう。お風呂場を大きくしないとね。あとはお風呂を上がってからゆったり出来る椅子とテーブルがほしいな」
「いい考えですね!」
「アメニティも充実させたいの。私の温泉を基礎化粧品として出すことができるからそれを設置したいな」
「それなら化粧品を入れるアイテムを作ろう。持ち逃げされないようにしておく」
「ありがとう、ギル!」
「なあサキ、男用のもほしいな。さっぱりしてるやつ」
「わかった、それも一緒に置いておくね」
みんなで意見という名の理想を出し合いながら、マウエンがそれをメモしていく。
「あとは部屋に飲み物やアイスを置くか、部屋を出てから販売するか……うーん。人手が足りないから、まずは求人を出さないと」
「それならば問題ありません。私の元同僚がこちらへ来る手はずになっています」
「エルンストの元同僚って……王都のお城にいたの?」
「はい。私と同じく、王に疎まれていました。スキル貴族で辞職するとともに平民になりましたので、契約書のことはご心配なく。全員仕事ができ、信頼できる者たちです。もちろん、サキさんが嫌ならば雇わなくて結構です」
「エルンストが信じている人なら大丈夫だよ。北領に来たら会いたいな」
「ありがとうございます。その者たちに会ってから求人を出しましょう」
「うん」
思わず笑うと、横にいたレオに気付かれてしまった。私の気持ちがわかったのか、太陽のように笑う。
「俺もすっげえ楽しい! 夢を形にするってこんな感じだよな」
「うん! 王都にいた頃は私の銭湯を作るんだと思っていたけど、実際は四人で作ってる。それが嬉しいんだと思う」
人助けをして素敵なホテルをもらったというのが、また嬉しい。
わいわいしながら一通りホテルを見て回った後、一度ロビーへ戻ることにした。
メインストリートの中でも一等地の、見上げるほど大きな十階以上の建物。どっしりした石壁の造りは北領らしく、お洒落な雰囲気だ。
ここは元はホテルだったが、北領に来る人が激減して廃業したそうだ。それを国が買い取り、今回私に譲渡された。中も綺麗で、あまり改装せずそのまま使えそうだ。
ヴィンセントが、私が銭湯を経営したいという願いに合わせて建物を選んでくれたのが伝わってくる。
「ふむ。この建物なら僕のアイテムを効率的に使えそうだ」
「これはいいホテルですね。ありがたく使わせていただきましょう」
「サキ、中に人がいる。俺から離れないでくれよ」
「うん。早く中に入ろう!」
私たちの存在に気付いたようで、住民たちがざわざわしながら見つめてくる。数メートルは離れてくれているけれど、人がみっちりといて圧がすごい。
好意的な声ばかり聞こえてくるのは嬉しいけれど、土下座して崇めてきそうな人もいるので、会釈をしてから早く中に入ってしまうことにした。
華美ではないが質素でもないホテルのロビーは広く、綺麗だった。
「すごい、大きい……!」
ホテルとして使ってもいいほどだが、銭湯にすると決めている。
このホテルのメインターゲットとなる他領の貴族は北領に来ないし、来ても契約違反の痛みがすごくて泊まれないと思う。
そうなると北領の住民に来てもらうことになるのだけれど、ここに泊まるほどの金銭的な余裕がある者は少ない。魔物との戦いが長く続いているからだ。
「このロビーは残したいな。北領らしくてとっても素敵!」
振り返ると3人が私を見ていたので、途端に気恥ずかしくなる。ちょっとはしゃぎすぎたかもしれない。
「ええ、とても素敵ですね。目に焼き付けておきます」
「ここがサキの城か。サキにぴったりだ!」
「伝統のあるロビーを残すのはいいな」
ギルが珍しく言い淀むように口を閉じ、ゆっくりと薄い唇を開いた。
「……前に、サキに興味があると言ったことを覚えてる? 異世界の話を聞かせてもらってサキの行動を見て、少しの温泉をもらえれば十分だと言ったけど、訂正する」
出会った頃より力強いまなざしで、ギルは私を見つめた。
「僕はこれから銭湯に必要なものや、必要なら清掃や事務に必要なアイテムを作る。サキが必要なぶんだけ。それが終わったら、サキにお願いがある」
「私にできることならいいよ。どんなお願い?」
「まだ考えてない」
ちょっとずっこけてしまった。
願い事が気になるけど、まだ決まっていないのならどうしようもない。レオが笑いながらギルを小突いていると、奥から人が出てきた。
「いらっしゃいませ、聖女様方。お出迎えが遅れて申し訳ありません。マウエンと申します。改装のことはお任せください」
「はじめまして、マウエンさん。私はサキです。聖女と呼ばれて返事をすれば契約違反になってしまうかもしれないので、どうぞサキと呼んでください」
「かしこまりました。ではサキ様と」
聖女として祭り上げられているけれど、誰かに聖女と呼ばれて痛くなるのは避けたい。
私の事情と、王族のアグレル家への仕打ちも一緒に広めているので、マウエンも知っているはずだ。今の王になってから我慢してきた北領は、これから反撃するのかな。それなら、私もちょっぴり仕返ししたい。
「ご案内いたしますね」
改装の責任者らしいマウエンは長身で、物腰は柔らかだけど手が荒れていた。きっと職人だろう。
マウエンを先頭にホテルを見て回りながら、どう改装するか話し合う。
「やはり一部屋が大きいから区切ったほうがいいですね。お風呂場メインにするためにベッドは全て撤去しましょう。どうですか、サキさん」
「うん、そうしよう。お風呂場を大きくしないとね。あとはお風呂を上がってからゆったり出来る椅子とテーブルがほしいな」
「いい考えですね!」
「アメニティも充実させたいの。私の温泉を基礎化粧品として出すことができるからそれを設置したいな」
「それなら化粧品を入れるアイテムを作ろう。持ち逃げされないようにしておく」
「ありがとう、ギル!」
「なあサキ、男用のもほしいな。さっぱりしてるやつ」
「わかった、それも一緒に置いておくね」
みんなで意見という名の理想を出し合いながら、マウエンがそれをメモしていく。
「あとは部屋に飲み物やアイスを置くか、部屋を出てから販売するか……うーん。人手が足りないから、まずは求人を出さないと」
「それならば問題ありません。私の元同僚がこちらへ来る手はずになっています」
「エルンストの元同僚って……王都のお城にいたの?」
「はい。私と同じく、王に疎まれていました。スキル貴族で辞職するとともに平民になりましたので、契約書のことはご心配なく。全員仕事ができ、信頼できる者たちです。もちろん、サキさんが嫌ならば雇わなくて結構です」
「エルンストが信じている人なら大丈夫だよ。北領に来たら会いたいな」
「ありがとうございます。その者たちに会ってから求人を出しましょう」
「うん」
思わず笑うと、横にいたレオに気付かれてしまった。私の気持ちがわかったのか、太陽のように笑う。
「俺もすっげえ楽しい! 夢を形にするってこんな感じだよな」
「うん! 王都にいた頃は私の銭湯を作るんだと思っていたけど、実際は四人で作ってる。それが嬉しいんだと思う」
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