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新たな家族1

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 どうしてヒロインであるレティシアがここに? やっぱりテオバルト様を好きになった? それともエリオットを追いかけて?
 混乱して嫌なことばかり渦巻く頭の中で、アデルは一つだけ確信していた。

 ——ヒロインが恋敵なら、絶対に勝てない。


「いやっ……!」


 思わず後ずさると、後ろから抱きしめられた。覚えのある香りに包まれ、アデルの荒い息がだんだんとおさまっていく。

(テオバルト様は、レティシアと何もなかったと言ってくれた。私はテオバルト様を信じると決めたじゃない……!)


「落ち着いて、アデル嬢。彼女を連れてきたのはベルナール様だよ」
「あ……そう、でしたわね」
「まずは話を聞いてみよう」
「……ええ」


 いつもならアデルを抱きしめたテオバルトを怒るところだが、アランもベルナールも何も言わず、心配そうに見るばかりだった。
 レティシアを見ただけで、アデルがこんなにも取り乱す意味がわからなかったからだ。


「わが愛しの妹アデルよ、もう少し落ち着いてからにしよう」
「いいえ、お兄様。なぜ彼女がここにいるか教えてほしいの」
「では、出会いから包み隠さず教えよう。まず彼女はレティシア。みんな知っていると思う」
「はじめまして、レティシアです」


 ぺこりとお辞儀をしたレティシアは、やはり愛らしかった。
 丸く大きな目に、小さな唇。誰が見ても可愛いと思う、アデルが憧れた顔立ちだった。


「私がレティシアを知ったのは、アデルがレティシアを調べたからだ。あの日は偶然ぶつかっただけだとわかったが、やはり油断は禁物。その後も調査を続けているうちに、レティシアのことが気になりはじめたのだ!」
「……気になりはじめた?」
「彼女の生い立ちは想像よりつらく、それでも明るいレティシアを好きになってしまったのさ!」
「……え? お兄様がレティシアさんを好きになったのですか?」
「ああ! 私はレティシアと結婚する!」
「え……ええ!? 駄目に決まっています!」


 だって、レティシアはヒロインだ。攻略対象ではないベルナールと結ばれるなんて、そんなこと……!


「…………あっても、いいのでは……?」


 アデル自身、何度も思ったはずだ。
 ここはゲームの世界ではない、現実だと。

 人々はゲームのように同じセリフしか言わないなんてことはなく、自分の人生を歩んでいる。
 それにアデル自身、すべてを乙女ゲームのシナリオ通りにしなくてもいいと考えていたはずだ。前世を思い出して一番最初に、テオバルトの冤罪を晴らして死なないために動き出したのだから。


「……取り乱して、ごめんなさい。レティシアさんは、ベルナールお兄様と結婚してもいいの?」
「……はい」


 答えるレティシアの顔があまりに暗く、アデルに衝撃が走った。

(もしかして、お兄様の告白を嫌々受け入れたのでは……!?)

 ベルナールはレティシアの生い立ちを知っているようだったが、現時点でレティシアは平民。貴族であるベルナールからの求婚を断れるはずがない。


「……お父様はどうお考えですか?」
「私も聞いたばかりで驚いているのだが、二人が愛し合っているのなら問題ないよ。愛のない結婚は破綻するものだからね」
「わかりました。まずは女同士、レティシアさんと二人きりで話してもいいですか?」
「わかったよ、愛しのアデル! こちらはしばし男同士の語らいをしておくよ!」


 アデルはアランとベルナールの頬にキスをしてから、レティシアを連れ出した。
 応接室から離れ、適当な客室へ入ると、アデルは真剣な顔でレティシアの肩を掴んだ。


「お兄様の求婚を断れなかったの? 今なら逃がしてあげられるわ。私が頼めば、ベルナールお兄様はこの結婚を諦めてくれるから」
「……いいえ。私はベルナール様が好きです」
「お願い、本当のことを言って! ほかに好きな人がいたり、夢があるんじゃないの?」
「私が好きなのはベルナール様です!」


 顔を上げたレティシアの瞳は、一切曇っていなかった。ゲームで何度も見た、輝く瞳。


「え……本当に? あのベルナールお兄様を好きなの?」
「はい!」
「あの……あのね、とても言いにくいのだけれど……お兄様は割と嫌われていて……というか、クレール家は嫌われ者の集まりなの」
「聞いています」
「誰と集まっても、どのパーティーに行っても、お兄様はずっとあの調子なの! 目が笑っていないのに笑っていて、空気をわざと読まずに芝居がかった話し方をするのよ!」
「知っています」
「私にとっては最愛の兄だけれど、すこぶる評判が悪いのよ!」
「でも、好きです!」


 レティシアから放たれた言葉は真っすぐで打算がなく、後光がさして見えた。


「本当にお兄様が好きなの……?」
「はい! パン屋に通い詰めてくださって、ずっと休憩時間にお話をしていたんです。商売の邪魔にならないように、閉店間際に売れ残ったパンを買ってくださったりして……。そのうち、繊細で傷つきやすいベルナール様を守ってさしあげたいと思うようになったんです!」


 レティシアの言葉に、アデルは胸を打たれた。
 ベルナールは友人も少なく、将来クレール家とクレール商会を率いるために妬まれやすかった。クレール商会で得た残酷で気が滅入るような話は確実にベルナールを歪ませ、いつしか笑顔の仮面をかぶるようになった。


「そう言ってくださって、本当に嬉しいわ……。ありがとう。ベルナールお兄様をよろしく頼むわ」
「認めてくださるんですか!?」
「もちろんよ。……あ、私の態度が悪かったから心配させてしまったのね」
「……私の姿を見た時のアデル様が、その……」
「不安にさせてしまってごめんなさい。すべてを話したいのだけれど、長くなってしまうわね……」
「構いません! 聞かせてください」


 レティシアの腕が伸びてきて、アデルの手を包み込んだ。裏表のないレティシアの輝きが降りそそぐ。
 まだ立ったままだったことに気付き、椅子に座ってから、アデルは口を開いた。


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