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2章
美術館の麗人
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「春の手仕事祭」当日は快晴で、朝から搬入をする職人たちで賑わっていた。リッカもいつも通り自分の区画で準備を始める。いつもの机を組み立て什器を配置する。一番目立つところに例の宝石箱を設置し、周囲に魔導ランタンを置いて宝石の煌めきが目立つようにした。宝石箱の中には作り貯めた一点物の指輪がぎっしりとはいっている。
「おはよう。設営は進んでるか?」
設営が終わって一息ついているとコハルから通信が入った。
「コハルさん、おはようございます。今終わったところですよ」
「そうか。時間があるなら『例のブース』を見学してくるといい」
「『新星社』のブースですか?」
「ああ。美術館だぞ、あれは」
「美術館」と言う言葉が引っかかるが、確かに開場してからでは混雑して見に行けないかもしれないと思ったリッカは「新星社」のブースに行って見ることにした。
「新星社」は一番大きな区画を2つ連結させて出展しており、周囲は秋の手仕事祭の時のように偵察に来た職人たちで溢れかえっていた。前回のアキのように「店舗型」の展示ではなく、背面パネルと展示台だけの一見質素なディスプレイである。しかし背面パネルには豪奢な作りの額縁がいくつもかかっており、それぞれの額縁には一つずつ宝飾品が備え付けられている。展示台も美術館にあるようなガラスケース付きの物で、中には沢山宝石を使ったハイジュエリーが鎮座していた。
(確かにこれは美術館だわ……)
ブースはポールとチェーンでぐるりと囲まれており、チェーンの内側には警備員らしきスーツの男性が数人立っている。手仕事祭にそぐわない物々しい雰囲気に周囲の職人たちは圧倒されていた。
ふと作品をチェックして回っている女性が目に入った。
(綺麗な人)
彼女を見た瞬間、直観的にそう感じた。長いプラチナブロンドの髪を後ろで一つに束ね、黒のスラックスに白いワイシャツ、黒いベストを着ている。すらっとした高身長も目を引くが、恐ろしく整った顔が人の目を引いて離さない。
ちらっとこちらを見た彼女と一瞬目が合ったような気がしてドキリとした。灰色に青が混じったような不思議な色合いの瞳が宝石のようで美しい。
「お嬢さん」
ぼーっとしていると急に誰かに呼びかけられはっとする。顔をあげると先ほどまで遠くにいたその女性が目の前に立っていた。
「これ、ボクのパンフレットなんだ。良かったら読んでみて」
固まっているリッカの手に立派な冊子を手渡すとニコリと笑って去っていく。周囲の職人たちにも何冊か冊子を配ってブースの宣伝をしていた。あまりに突然のことで心臓がドッドッと音を立ててなっているのが分かる。近くで見るとあまりに美しい瞳から目が離せなくなる。周囲の職人たちも同じようで皆パンフレットを片手に暫く硬直しているのが分かった。リッカは逃げ帰るように自分のブースへ戻って行ったのだった。
「なんか……凄かった……」
ブースに戻ってコハルに通信を入れる。
「宝飾品とか展示よりも本人が宝石みたいにキラキラしてて」
「凄いだろ」
予想通りの反応だったのか通信越しでもコハルがニヤニヤしているのが分かる。
「パンフレットを貰ったんですけどドキドキしちゃいました」
「職人そのものが『ブランド』になるタイプだな。作品の出来が良いのもあるが職人自体にファンがついている店がたまにあるだろ?その典型だよ。まぁあの容姿を見たら誰でも納得するだろうが」
作品を売る際に必要な物。それはセルフブランディング力である。いくら作品が素晴らしくてもそれを認知してもらわなければ販売には繋がらない。「売れている職人」は宣伝力や作品を魅せる為のコンセプト作りに長けている場合が多く、彼女……ナギサはその筆頭だった。
ナギサはその秀でた容姿で彼女自身のファンを多く持っている。その為自らをモデルとして登用し、蜃気楼通信などで積極的に作品や自分の写真を発信している。作品自体を買えなくても彼女のファッションやオフショットなどを楽しみたいというファンが多く積極的に情報を拡散しているため、本来の購買層ではない若年層にもファンが多いのが特徴だ。
「なんだかお客さんが殺到しそうですね」
「それを考慮してか、事前に蜃気楼通信で整理券を配布したらしい。当日配布は無いようだからそんなに混乱はしないんじゃないか」
「なるほど」
どうやら対策は十分なようだ。元々人を集めるイベントには慣れているのだろう。
「オレ達も今回は整理券配布の予定だぜ。レジ周りや展示方法もスッキリさせたから前回みたいにはならんはずだ」
アキのブースはコハルの指導を受けて大幅に仕様変更することになった。まず前回レジが詰まってしまったことを受けて現金対応のレジを増設。そして商品の陳列方法を変え1種類につき見本品1つの展示とし、レジで番号を伝えて購入する形式へと変更した。これには盗難防止の防犯効果もあり、大量陳列を止めることで「既製品感」を薄める狙いもあった。
そして会計待ちの列を極力無くす為に整理券配布制とし、事前に蜃気楼通信で商品情報をまとめたお品書きを配信することで買いたい物を予め決めてから来場出来るよう工夫した。「これだけすれば滅多なことでは列崩壊は起こさない筈だ」とコハルは自信満々に言う。
「さて、そろそろ開場時間だ。お互い頑張ろうぜ」
「はい。良い一日になりますように!」
アナウンスが入り、春の手仕事祭の開催が宣言される。リッカ達の長い二日間が始まった。
「おはよう。設営は進んでるか?」
設営が終わって一息ついているとコハルから通信が入った。
「コハルさん、おはようございます。今終わったところですよ」
「そうか。時間があるなら『例のブース』を見学してくるといい」
「『新星社』のブースですか?」
「ああ。美術館だぞ、あれは」
「美術館」と言う言葉が引っかかるが、確かに開場してからでは混雑して見に行けないかもしれないと思ったリッカは「新星社」のブースに行って見ることにした。
「新星社」は一番大きな区画を2つ連結させて出展しており、周囲は秋の手仕事祭の時のように偵察に来た職人たちで溢れかえっていた。前回のアキのように「店舗型」の展示ではなく、背面パネルと展示台だけの一見質素なディスプレイである。しかし背面パネルには豪奢な作りの額縁がいくつもかかっており、それぞれの額縁には一つずつ宝飾品が備え付けられている。展示台も美術館にあるようなガラスケース付きの物で、中には沢山宝石を使ったハイジュエリーが鎮座していた。
(確かにこれは美術館だわ……)
ブースはポールとチェーンでぐるりと囲まれており、チェーンの内側には警備員らしきスーツの男性が数人立っている。手仕事祭にそぐわない物々しい雰囲気に周囲の職人たちは圧倒されていた。
ふと作品をチェックして回っている女性が目に入った。
(綺麗な人)
彼女を見た瞬間、直観的にそう感じた。長いプラチナブロンドの髪を後ろで一つに束ね、黒のスラックスに白いワイシャツ、黒いベストを着ている。すらっとした高身長も目を引くが、恐ろしく整った顔が人の目を引いて離さない。
ちらっとこちらを見た彼女と一瞬目が合ったような気がしてドキリとした。灰色に青が混じったような不思議な色合いの瞳が宝石のようで美しい。
「お嬢さん」
ぼーっとしていると急に誰かに呼びかけられはっとする。顔をあげると先ほどまで遠くにいたその女性が目の前に立っていた。
「これ、ボクのパンフレットなんだ。良かったら読んでみて」
固まっているリッカの手に立派な冊子を手渡すとニコリと笑って去っていく。周囲の職人たちにも何冊か冊子を配ってブースの宣伝をしていた。あまりに突然のことで心臓がドッドッと音を立ててなっているのが分かる。近くで見るとあまりに美しい瞳から目が離せなくなる。周囲の職人たちも同じようで皆パンフレットを片手に暫く硬直しているのが分かった。リッカは逃げ帰るように自分のブースへ戻って行ったのだった。
「なんか……凄かった……」
ブースに戻ってコハルに通信を入れる。
「宝飾品とか展示よりも本人が宝石みたいにキラキラしてて」
「凄いだろ」
予想通りの反応だったのか通信越しでもコハルがニヤニヤしているのが分かる。
「パンフレットを貰ったんですけどドキドキしちゃいました」
「職人そのものが『ブランド』になるタイプだな。作品の出来が良いのもあるが職人自体にファンがついている店がたまにあるだろ?その典型だよ。まぁあの容姿を見たら誰でも納得するだろうが」
作品を売る際に必要な物。それはセルフブランディング力である。いくら作品が素晴らしくてもそれを認知してもらわなければ販売には繋がらない。「売れている職人」は宣伝力や作品を魅せる為のコンセプト作りに長けている場合が多く、彼女……ナギサはその筆頭だった。
ナギサはその秀でた容姿で彼女自身のファンを多く持っている。その為自らをモデルとして登用し、蜃気楼通信などで積極的に作品や自分の写真を発信している。作品自体を買えなくても彼女のファッションやオフショットなどを楽しみたいというファンが多く積極的に情報を拡散しているため、本来の購買層ではない若年層にもファンが多いのが特徴だ。
「なんだかお客さんが殺到しそうですね」
「それを考慮してか、事前に蜃気楼通信で整理券を配布したらしい。当日配布は無いようだからそんなに混乱はしないんじゃないか」
「なるほど」
どうやら対策は十分なようだ。元々人を集めるイベントには慣れているのだろう。
「オレ達も今回は整理券配布の予定だぜ。レジ周りや展示方法もスッキリさせたから前回みたいにはならんはずだ」
アキのブースはコハルの指導を受けて大幅に仕様変更することになった。まず前回レジが詰まってしまったことを受けて現金対応のレジを増設。そして商品の陳列方法を変え1種類につき見本品1つの展示とし、レジで番号を伝えて購入する形式へと変更した。これには盗難防止の防犯効果もあり、大量陳列を止めることで「既製品感」を薄める狙いもあった。
そして会計待ちの列を極力無くす為に整理券配布制とし、事前に蜃気楼通信で商品情報をまとめたお品書きを配信することで買いたい物を予め決めてから来場出来るよう工夫した。「これだけすれば滅多なことでは列崩壊は起こさない筈だ」とコハルは自信満々に言う。
「さて、そろそろ開場時間だ。お互い頑張ろうぜ」
「はい。良い一日になりますように!」
アナウンスが入り、春の手仕事祭の開催が宣言される。リッカ達の長い二日間が始まった。
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