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第六章 ケモナーと水のクランと風の宮

内緒

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 誘拐事件のごたごたもだいぶ落ち着いた。それでもいくつかサイジャルでは変わったことがある。

 一つは警備体制の見直しだ。
 今まではは職員だけの体制だったが、今度からは冒険者も参加することになった。
 何でも冒険者の信用を回復させるためというだけではなく、様々な冒険者の指示が絡んでのことらしい。有名な冒険者には獣人も多いらしいから、今回の件は思うところがあったのだろう。

 もう一つは俺に正式に護衛がつけられたことだ。とはいえ、俺はその人たちを知らない。遠くから見守っているらしいが、正直なところ視線は元々多かったから気にはしていない。

 あとは俺としては…これが一番の悩みになるか。

「お兄ちゃん、あーんして?」
「ったく…ふー…ほら、あーん」

 ケルンが口をあけて朝ご飯を求めているので、シチューを冷まして口にいれてやる。

「美味しいね!」
「まったく…甘えん坊に戻るとは」

 にこにこと機嫌がいいケルンだが、どうも幼児返りをしているようなのだ。最近はお兄さんらしくなってきたなとほめていたんだが…やはり俺が死にかけたというのな尾を引いているんだろうな。

 これくらいならまだいい。
 知らない生徒が近づくだけで、俺を隠そうとしたり、授業で少し離れようとすれば、ついてくる。
 一度注意したら、大泣きしたからもういうのはやめた。

 泣きながらいかに自分が俺のことが大事で離れたくないといわれ、そのうえでだ。

「お兄ちゃんは…僕が嫌い?僕、お兄ちゃんの弟じゃないの?」

 なんていわれてみろ。

「兄ちゃんが悪かった!」

 っていうだろ。仕方ない。
 ケルンなりに守ろうとしてくれているのはわかるし、まぁ、行動は一緒にしていたんだから、今更なんだがな。
 これでもましになってきた方だしな…夜泣きはなくなってきたし。

「…あれは一応注意しておいた方がいいのか?」
「仲良し…ですわね…羨ましいですわ」

 ミケ君たちの前で平然とやっているのが大問題なんだよな。
 幼児返りしてるからか、ミルデイとミケ君とメリアちゃんにもだいぶすごいことをいってるからなぁ。

「あのね、僕ねーミルデイとミケ君とメリアちゃんをお嫁さんにするでしょー」
「おーい、ケルン。ミルデイもなのかとか、色々いいたいが、ミルデイとミケ君が動けなくなることをさらっと…メリアちゃんは満更じゃないみたいだけど」

 特訓のあとに、三人を呼んでお茶をしていたときだ。アシュ君とマティ君は授業と家のことでいなかったから俺以外誰もつっこめなかった。

「ってか、あのな…そういうのは…ケルン一人では決めちゃだめなんだぞ?」

 そもそも男同士じゃ…ミルデイは将来女の子になれるとしても、ミケ君はだめだろ。
 とはいえ、ケルンも大きくなればわかるだろけど。

「お兄ちゃんは、エセ」
「はーい!やめやめ!」

 小さな頃に戻っているからか、夢と現実がわからなくなってるな。そういうのは、夢!

 他にも幼児返りを…って、冷静に考えたら幼児だったのって三年ぐらい前だからあんまり違和感ないのか…今もちっさいもんなぁ。周りが大人にみえるぐらい落ち着いてるの…物理的にでかいし…もう少し食べさせようかな。
 そう思ったらスプーンを取られた。自分で食うのか?

「お兄ちゃんも、あーん」
「え…あー…うまい」

 拒否したら泣く。真似っこしたいんろうから甘んじて受けよう。
 ケルンを泣かせばやべぇやつが飛んでくるからな。それでエセニアにチクられる。

 少しでもこの前の挽回をしようと贈り物と手紙と遊びに誘って、ようやくお許しをもらったんだ。また怒られたらシャレにならん。

 そう。アシュ君からの呆れられた視線をびしびし感じているが、それぐらいがなんだ。
 心が折れそうだ。

「貴族とはなんだろうか」
「いや、うちらも似たりよったりやん?」
「うちは他の建国貴族よりは厳しいぞ?」
「…前にアシュの姉やんが」
「いうな」

 アシュ君が顔を真っ赤にさせているところをみると、アシュ君のお姉さんはアシュ君をかわいがっているみたいだな。

 うちは普通だからな。風呂と寝るのは一緒なのもケルンがまだ小さいからだし。絵本も読み聞かせしているが、大きくなればどれもしなくなる。
 年齢が二桁になるまではやるけど。嫌がられたらたぶん、泣く。

「アシュ君もお姉ちゃんと寝てるの?」
「アシュは膝に」
「いうなって!」

 ケルンがきょとんとして、聞いたらマティ君はそれはそれは悪人顔でいうから、アシュ君の右ストレートが決まったんだが、大丈夫か?

「くっ…この!」
「痛くなるからやめたらええのに。知ってるやろ?」

 ばちんっといい音がしたがアシュ君の方がダメージがあるみたいだ。スキルだろうな。

「ええやん。兄弟仲良しなんは。俺かて弟と風呂と寝るんは家やとしてるで?ちゅっちゅつきやで。もちろん、うちの姫ともな!」
「お前のとこと一緒にするな!だいたいフェイネンはその…女が多くて…男は少ないんだ」

 マティ君のカミングアウトを聞いて思ったことは、彼が将来立派なブラコンになるだろうということだ。さすがにキスはないな。
 ブラコンは大変だと思うが、頑張れ。

 アシュ君というか、フェイネン家は優秀な者を家に取り込む。男で優秀ならいいが、アシュ君はケルンと同じ歳の子供だ。だとしたら…フェイネンの女性は発言権がかなり強いのだろうから、察してしまう。
 本当に色んな意味でかわいがられてるんだろうな…歳もだいぶ離れているみたいだから…子育ての練習とかの相手にされていそうだ。

「フェイネンはなぁ…せや、これからでも遅うないから、うちみたく庶民に近くなった方がええで!そうすりゃ、アシュも人気者間違いなしやで!」
「商売と政治を一緒にするな…というかレダートが庶民に近いとかありえんだろ」
「なんやと?うちはばりばり庶民派やで!がっぽり儲けてるけどな!」

 がははっと笑う姿は庶民的だが、見た目とのギャップがひどい。あきらかに貴族の出みたいな見た目だからなぁ…それに、いってることはゲスい。子供のいうことなんだろうか。

 もぐもぐとケルンに食べさせつつ、食べさせられつつ聞いていればミケ君がマティ君の話題に乗ってきた。

「庶民に人気…それなら義兄上だろ。義兄上の描かれたペギンくん物語の新作がまたすごい人気だそうだ。母上からの手紙でも書いていた」

 王妃様には新作の絵本をサインいりで贈らせてもらった。かなりのファンらしくお礼として王妃様の故郷であるサナギッシュの名産であるとあるお茶をもらった。

 紅茶ではなく焙じ茶だったのだが、これがまた香りと味がいい。ケルンには合わなかったが、俺には最高にいい茶葉だ。とくに白米のあとや、脂っこいものなどのあとには、水や紅茶より焙じ茶になったほどだ。

 お裾分けで、コーザさんにも渡したらかなり良質の茶葉らしく、テンラン?とかいうものらしい。小瓶一つで震えがきていたけど樽一つあるし、なくなったらまた送ってもらえるんだけど…気兼ねなく使ってほしい。
 というか、コーザさんにはしっかり入れ方を伝授してほしいからばんばん使ってほしいんだよな。ミルデイだけではなく、カルドも練習しているみたいだし。

 そんなことを思い出していれば、マティ君がうっとりとした顔をしている。珍しい顔をしているが、何を思い出したんだろうか。

「絵本もええけど、兄やんのあの新作がまたおもろいんよな…ありゃほんますごいで」

 ああ。あれか。
 うっとりとした顔になった理由がわかった。マティ君はあれの大ファンだからだ。

「はよぉ続きが読みたいわ…兄やん…まだですのん?」
「ちょっと忙しいからな」
「はぁ…」

 残念そうなマティ君には悪いけど、今の作業が終わらないと続きを出そうとは思えない…ってか、無理。作業量的にきつい。

 印刷所の所長からも同じ催促を受けたりしている。いつものひ孫さんじゃなく、男の子のひ孫さんの頼みだとかで、一応年内には続きをまとめて編纂し直して出すとはいっている…そう年内にはだ。今は小出しで時間をくれ。

 自分の首を絞めているような作業の多さにめまいがしてくる。そもそも絵本以外も何か子供向けに何かないかと考えたのが間違いだったかもしれない。

 ケルンが大きくなってきたこともあり、いつ絵本から卒業をいつしてもいいように、新しい分野を開拓しだしたのだ。

「漫画ってなんであないにおもろいん?…またあとで読み直そう」

 そう新しい分野…漫画だ。

「ロウはかっこいいよねー!僕も好き!」
「確かに…」

 ケルンは好きだというが、絵本の方が好きで読み聞かせを頼んでくるのは絵本だ。漫画はまだあまりぴんと来ないのだろう。
 意外だったがアシュ君もお気に入りか。まぁ、分類でいえば少年漫画だもんな。

『風来ロウ』という冒険漫画を描いてみた。すると男の子たちの間で爆発的に売れたのだ。

 旅の少年剣士ロウは人にはいえない秘密がある。それは夜になると狼になってしまうことだ。
 でも彼はその秘密を抱えながらも世界一の剣士を目指しており、夜になれば剣が振るえなくなる狼の姿になっても剣を口にくわえて振るう。
 弱気を助け強気をくじき、諸国を放浪している。

「悪を捨て置くなど我が牙にかけて許さん」

 そういって悪党と日夜戦う世直し少年武芸者。
 常に右目を閉じているのは、昼間でも右目だけは狼の瞳という設定もあり、年頃の男の子のハートを掴んだようだ。

『ロウ』のモデルはティルカだ。武者修行のときに、手が使えず口で剣を振るったことがあると聞いたのもある。
 悪党はついでに倒してきたそうだ。修行の年齢を聞いたときは、唖然としたがな。二桁にはなっていたが…っていう年齢で旅に出るとは思わなかった。

「画期的やんな。一枚の紙を区切って話を描くなんて…なんで今まで誰も思いつかへんかったんやろ?」

 確かにそこは疑問だった。絵本はあるのに、漫画はまったくない。
 漫画のように隅々まで描くものより、余白のある方が多いだろう。俺やケルンの描いている絵画なんてほとんど余白なんてないから、珍しさもあって人気みたいだしな。

 その理由については俺も少しだけ聞きかじったが、ミケ君が代わりにいってくれた。

「紙がたくさん使っている方が格式があるって風潮だったからな」
「昔はエフデお義兄様のような描き方の書物もあったそうですわよ?王立図書館に所蔵されているはずですわ」

 今みたいに活版所が稼働する前までは書物は貴重だった。製版の高さが文明の高さといってもいい。格式がある本は枚数が多いという印象が今でも残っているからだろう。
 手紙や日記なども余白を残すやりかたが主流だ。何行もあけるから読みやすいようで、読みにくいんだよな。

 しかし、昔にまったくなかったわけではないらしい。

「あれは料理書だったろ?建国貴族のための料理指南書…だったか」

 現存する最古の書物の一つ。それが建国貴族のための料理指南書というものだ。
 建国貴族の人たち…ご先祖様たちはかなりの偏食家であり、美食家だったらしく、当時のクウリイエンシアの料理は口に合わなかったそうだ。

 そこで、建国貴族の一つであり、元々従者といわれるメルヴィアム家が料理指南書をまとめた。それが現代の料理の礎になっているそうだ。
 わかりやすく文字のない絵だけで調理方法を描いたレシピ本だが、現代では複写された物が流通している。
 手と食材しか描いてないが、漫画といえば漫画かもしれないな。

「漫画もいいけど、僕はねー…今も作ってるのがいい!」
「今も?作ってる?」
「何をお作りになっていらっしゃるの?」

 おっとケルンが秘密を話したくなっているな。まだ秘密にしていないといけないんだぞ。

「ケルン、しーだ」
「しーだった!」

 ケルンに注意したらすぐに思い出したのかくすくす笑いながら、俺の真似をしながら、口元に人さし指を持ってくる。俺の場合だと指じゃなく腕なんだが、ニュアンスは伝わっているみたいだ。

「教えてくれませんの?」

 メリアちゃんがいくらかわいくても、こればかりは教えれない。

「内緒だ…ふふっ…」

 サプライズはそのときまで秘密だから楽しいんだ。
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