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第三章の裏話

追話 エセニアの冒険 ➄

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 龍哭山りゅうこくさんにつくなり私たちはその異様さに気づきました。

「こいつぁ…厄介なことになってんな」

 一兄さんが犬歯を見せて笑うときは経験上、あまりいいことがありません。

 龍哭山にはいたるところに穴が開いており、木々が生い茂り、様々な生き物が生活を営んでおりました。
 遠くからでも、鳥や獣の鳴き声がけたましく聞こえるほどです。

 だというのに、私たちが龍哭山に入った瞬間、ぴたりと音が止んだのです。
 それどころか、生き物の気配がまったくありません。

「なんですか、これは…」

 耳には自信がありましたが、こんなことになるとその自信が揺らいでしまいました。

「これは結界だな。外は普通の山に見せていたってとこか…とはいえ、広範囲の結界を使うとは、なかなか優秀じゃねぇか」

 案の定、ろくでもないことになりました。
 結界を使える者は、かなり高位の使い手であると見受けられるからです。

 そして、龍哭山に入山するまで気づかせないというのは、それだけ術者の腕があるということです。

 ただ、私が知るかぎりそのような強大な結界は、魔法使いしか使えないと思っていたのですが、どうも違うようです。

「一兄さん。魔術とはそのようなこともできるのですか?」

 一兄さんは、木々の間に顔や腕を何度かくぐらせながら答えてくれました。

「俺も専門じゃねぇが…確か、魔術ってのは地脈や気とかいうのを使うだろ?この結界は地脈を使っているんだろうが…ここまで大規模だっていうのに気づかせない…待てよ。ここは…そうか」
「一兄さん?」

 一兄さんは腰元の剣を叩きながら呟きました。

「ここらあたりの領主の派閥は一緒だったはずだ。確か…ガネリアガル侯爵派だったな」

 ガネリアガル侯爵。
 クウリィエンシア国内でも、かなりの悪評で有名な侯爵です。
 その理由は、他の領地が多くて四割の税をとるなかで、ガネリアガル領は六割を、とっておきながら、領地での公共事業などを一切行っていないことがまず、浮かびます。

 父さんやつぐ兄さんから要注意の貴族として教えてもらった情報からもろくでもない人物だとは思っています。

 税を集めるだけ集めて、それを領地で使わないということは、領内の金融が死んでしまうということです。
 例え、高い税でもその税を使って公共事業をするならば、仕事がうまれ領地に還元されます。

 しかしながら、ガネリアガル侯爵は集めた税を死蔵しているといわれておりました。

 確証が持てないのは、何度も調べがあっても資金がガネリアガル侯爵へと流れている様子がなかったからでした。
 侯爵の手元に入ってきているのは王法のぎりぎりである四割の税としか出ないのです。

 なぜか、二割の行方がわからないのでした。

 それに、ガネリアガル領や、その近隣、はては派閥の領地に入った旅人や商人は少なくない人数の行方不明者が出ているほど、治安がよくありません。

 確かに、魔物や盗賊といった外因があるのなら、行方不明者が出てもおかしくはありません。

 けれども、他の領地の倍近くともなれば誰もが気にするところでしょう。

 ですが、それでも商人や旅人がガネリアガル侯爵の領地に行く理由があります。
 ガネリアガル侯爵の領地は、クウリィエンシアにある金山をほとんど有しているのです。

 昔は金山や銀山は王族が持っていたそうですが、リンメギン国が通貨の管理をしてくれるようになり、全ての大陸にある国々は、同じ通貨を使えるようになりったときに、手放したそうです。
 金山を持っていても、通貨の発行をするわけでもなく、維持費などを考えれば無駄とも思えます。
 金山でとれた金はリンメギン国へと輸出するか、自国で細工するなどが一般的になりました。

 しかしながら、ここ数十年で金山の価値はあがりました。
 金山からまれに貴石が採掘されるようになったのです。

 貴石はどのような魔力でも増幅し、記録までしてくれる万能の石です。ただ、産出量はかなり低く、現在は二ヶ所で管理されているだけです。

 その一つがサイジャル。
 学園が貴石を管理し、才能がある者たちへと授与しています。
 旦那様や父さんが持っているのは学園から与えられたからです。
 いえ…旦那様の杖には奥様と同じように家に代々継いできた貴石が使われているのでしたね。

 貴石は持ち主を選ぶとその者にしか力を貸しません。また、石でありながら主のいない貴石を吸収する不思議な作用があるそうです。

 私たち兄妹の中で貴石を持っているのは、三兄さんだけですが、小指の爪の半分ほどの貴石が大金貨百枚ほどの価値と聞いてさすがに言葉にできませんでした。

 そして、それだけの価値がある貴石を産出する金山を保有したガネリアガル侯爵は、多くの資金を得ました。
 商人や旅人が危険を承知で領地へ赴くのは、それだけ富みに溢れているからなのです。

「ガネリアガルの資金がここにも流れていると思って間違いないな」
「理由がなにかあるんですか?」

 一兄さんの言葉では少々納得ができませんでした。
 確かにガネリアガル侯爵の派閥の領地だらけとはいえ、ガネリアガル侯爵と関係があるとは、いいきれません。きちんとした証拠を出さなければそういったゴミの輩は消えないのですから。

「ガネリアガルは、皇女を自分の息子あてがいたいらしい」

 思わず声も出ませんでした。
 悪評を多く聞いていましたが、ガネリアガル侯爵は若くないはずです。それこそ、父さんよりも歳上なはず。

「失礼ですが…ガネリアガル侯爵の息子さんは」

 もしかすれば、末の子かもしれません。貴族では側室や、愛人に産ませた孫ほどの歳が離れた子供がいるのも珍しくありません。

 私がお仕えするフェスマルク家ではそういった側室や愛人はほとんどいないそうですが、昔の御当主様の中には正室と側室や愛人を区別することない方もいらしたとか。

「全てが奥さん!」

 と語っていたとかで、奥様方もお互い仲がよかったそうです。
 結局、御正室の方しかお子がなかったそうですが、奥様方は産まれてきたお子を自分の子供のようにかわいがり、育てて、お子はその後、歴史に名を残す魔法建築家になったそうです。

 坊ちゃまの製作スキルなどは、この方がいたから受け継がれたのだと旦那様はおっしゃておりました。

 むろん、フェスマルク家での話です。
 他の貴族の大半は、自分の欲望や権力を得るために女を使い、子を産ませる者が多いです。
 
 一兄さんの返答はまさにその通りでした。

「長男だな。俺と変わらん歳だったはずだ」

 貴族の中では常識といったものは通じないのでしょうか。
 二人でため息をついて、気持ちを切り替えます。さっさと済ませて坊ちゃまにお会いしたくなりました。

「…エセニア。変な臭いがあるところを探してくれ」
「変な臭いですか?どのような?」
「物が腐った臭い…それと油…血臭…そんぐらいか」

 一兄さんにいわれ、鼻に集中します。それと同時に『嗅覚強化』『嗅覚超強化』『嗅覚指定:血』『嗅覚指定:腐敗』のスキルを使います。
 『嗅覚強化』だけでは、辺りの匂いが強くなるたけですが『嗅覚指定』をすれば求めている匂いを探せます。ただし、その匂いを知らないと使えません。

 空気を吸うように、軽く鼻から吸えばも求めている匂いを感じました。おそらく、そこにアルシンドがいるのでしょう。
 けど…だいぶ薄いです。

「よく父さんが私たちを叩き込んだ滝…あの滝裏にある洞窟の方からわずかにします。あとは匂いません」

 お互い眉を寄せあってしまいます。あまりいい予感はしない。
 他に匂いを感じなかったのです。龍哭山は広い山です。だというのに、血や腐敗臭がそこからわずかにしかなかったのです。

「んじゃ…気を抜くなよ?耳と目には気を付けろ」

 一兄さんと向かっていった滝裏の洞窟に入れば、一歩目からありえないものだらけだった。

「これは…山賊あたりか?」

 薄暗い洞窟ですが、ヒカリゴケが繁殖しているおかげか、辺りがよく見えます。スキル『夜目』や『暗視』を使えば支障はないでしょう。

 そのおかげでよく見えました。

 洞窟の入口付近には、バラバラにされた人間の欠片がありました。天井にまで貼り付くほどで、何かの衝撃で弾けたのかとおもえるほどです。

 しかし、その肉片はからからに乾いていて、頭部と思わしきものも、私の拳程度にまで縮んでいます。
武器といっていいのか、さびついた剣や、鉈などが落ちており、ここを根城にしていた山賊の成れの果てなのでしょう。

「気づいたか?エセニア」
「はい、一兄さん」

 これほどバラバラにされたというのに、血の跡がありません。
 それに、血の臭いもまったく残ってきませんでした。

 私の鼻は、もっと奥からの腐臭に反応しているのです。

「この奥です」

 気配を絶ちながら奥へと向かいます。
 奥から響く奇妙な声は、不愉快な気持ちにさせました。


「…や…響き…血は汚れ…ふる…」

 幾人もが唱えているかのような声でしたが、男が一人で座っているだけでした。

 やけに痩せた色黒の男です。年齢は旦那様の見た目ほど…百歳前後なのでしょうか?はたまた、魔力を使いすぎての老化かはわかりません。
 座っているがかなりの長身であることがうかがえ、その身を包んでいる黄ばんだ布から、まるでミイラのなりそこないのような印象を受けました。

 目の前に置かれた人ではない何かの髑髏どくろを瞬きを一切することなくみつめ、意味の分からない呪文を唱え続けています。

 ふいに呪文を止めました。

「何者だ?」

 髑髏から視線を外すことなく、問いかけました。
 私たちの元へと威圧をかけてくる。当てずっぽうではなく、わかっているようです。

「あんたが『よいぐれのアルシンド』か?」

 一兄さんがアルシンドらしき人物に問えば答えはすぐにありました。

「いかにも、身共がアルシンド…無粋な客よ、何用か?」

 一人で結界を張り、ボージィン様の加護や護符がなければ呪いを行えるほどの術者。
 正直なところ、そうは見えません。簡単に倒せるように思えます。
 情報を得る必要があるかもしれませんが、それはこのお使いでは頼まれていませんし、一兄さんも生かすつもりはないようです。

「ちょっと」

 剣を構えて一兄さんが踏み込んでしまえば、もう終わりです。

「殺しにな」

 すでにアルシンドの前で剣を抜き放っています。横凪ぎに首を狙って振り抜いて、任された仕事は終わり。

 とはなりませんでした。

「かってぇ、防御壁だな!」

 がきぃっ!となにか硬いものに当たったかのように、一兄さんの剣は弾かれました。
 一兄さんの剣はドワーフ製のミスリルです。ドワーフは好きではありませんが、技術は確かです。一兄さんの腕もあれば、やすやすと斬り捨てているはずでした。

 それを弾けるとは、やはりアルシンドは強者なのでしょう。

「…血よ咲き誇れ。しかして神の元、贄になれ」

 アルシンドは髑髏から目を離して私たちを見ました。
 その目は黒目しかなかった。
 知らずに身震いがありましたが、すぐにおさまりました。

「うぬら、なにゆえ呪いが効かない?…加護持ち…そこな女はそうではないな?もしや…護符か?」

 アルシンドは感情の籠っていない声で私たちを見ています。
 どうも先程の身震いは、呪いをかけられたようです。坊ちゃまのリボンが防いでくれたことに感謝と、あの数秒で呪えるこの男がどれほど危険かわかりました。

 坊ちゃまには加護がありますが、もしこのような男を誰かが雇えば、坊ちゃまに害を与えるかもしれない。万が一でもそうならないために、対処をしなければ。

 そう冷静でいられたのもそこまででした。

「身共の呪いを弾く護符…作れるとは…そのような者がおるのか…邪魔だな」

 感情の籠っていない声が変わりました。そして歯の抜けた口を大きくあけ、恍惚とした表情になりました。

「なればその者を殺すか」

 それは喜び。殺すことが楽しみで仕方がないという喜びの声です。
 ああ、そんなことどうでもいいです。

 こいつは、今、誰を殺すといいましたか?

「一兄さん。私が始末をしても?」
「いやいや、かわいい妹よ。俺がさくっと殺る」

 知らずに私たちを怒らせるとは、敵ながら見事です。
 ええ、敵と認めましょう。私たちの敵であるならやはり情報を得るのも必要がありません。
 来るなら全員倒してしまえばいい。

 そう、どんな敵でもただ倒すだけです。



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