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第二章 事件だらけのケモナー
友達
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ケルン共々、反省していると、二人に抱きつかれた。父様も母様も、泣いている。
どうしよう、母様の涙とか初めてみたんだけど…
「よかった…よかった…!仕事から戻ると…ケルンが…いないと…どれほど心配したか…!」
うっ…心配かけたもんな…逆に考えても、屋敷の誰かが同じように、いきなりいなくなったら、ケルンも同じようになってただろうな。
俺は…心配するのかな…また変に冷静に分析をしているのかもしれないな。
俺は…いつ、ケルンと同化できるんだろう…今の状態で、棒神様がいっていた、運命を救えるのだろうか。そもそも、使命を果たせるか…不安だ。
俺がこう思うのも、ケルンや普通の人が持つような感情ではない。知識に残っているパターンを踏んでいるようなものだ。
新しく感情を持つことは、俺にはできない。
だからこそ、ケルンの感情をどんなことがあっても共有している。
思案にふけようかと思ったら、母様が、俺の怪我に気が付いた。気が動転してて、気が付かなかったようだが、さぁ…俺の予想だと…この後が大変だぞ。
「ティス!ケルンが怪我を!それに、この血!」
「精霊よ!力を貸してくれ!『ホースキュア』」
予想通り、最上級の治癒魔法をかけられた。
頬が暖かくなったと思って、触ると、傷どころか、血のあともない。
二人にも心配をかけたんだ。きちんと謝ろうな。
「あの…ごめんなさい…」
泣いちゃだダメだ。自分が悪くて泣いていいのは子供だけっていうけど、今回は泣いてはダメだ。
きちんと謝って、それから、怒られないといけない。みんなが、どれほど心配したのか俺たちは知っている。
「退屈で…樽に隠れてたら、ポルティまで行っちゃったんだ…ごめんなさい」
両親が、真剣に聞いてくれている。最後まで、いい切らないといけない。子供だからと、いや、子供だからこそ、伝えないといけない。
一人で、怖かった。でも、街を一人で歩いて、楽しかった。痛いこともあった。でも、友達ができた。
こんな風に生きれるのは、二人がいるから。
「心配かけて…ごめんなさい」
貴方達の愛に、少しでも報いることができるだろうか。
母様は、再度強くケルンを抱きしめた。
「二度と!…こんなことは、二度としないでね…お願いよ、ケルン…私の愛しい子」
声は少し震えているけど、次第に、いつもの微笑みを浮かべる母様の声がする。
「ディアのいうとおりだ。父様も怒ってるんだぞ!…でもな、ケルン…それ以上に…無事でよかった」
いつも優しくて、大きな手で頭を撫でてくれる、自慢の父様。
「ごめんなさい…父様、母様…僕、みんなが大好きだよ…だから、もっと怒っていいからね?僕…いい子になるよ」
一粒だけ、涙が出た。悲しくてではなく、帰ってこれたことに安堵しての涙。
ここが、ケルンの…俺たちの家なんだ。
「それで、ケルン。その子は誰かしら?男の子…よね?」
母様が、ふふっと、笑い声をあげて、尋ねてきた。そういや、紹介していなかったな。
「あ、紹介するね!僕の友達だよ!ミルデイっていうの!」
そういうと、少し離れたところから、頭を下げるミルデイが見える。
挨拶の仕方は屋敷に帰る道中に教えている。一言だけだから、ミルデイもいえるだろう。
「初め…まして」
緊張しているからか、舌がちろりと見えた。
いや、ミルデイは、寂しくなったのかもしれない。親を殺されたといった。それが、両親なのか、どちらか片方のことを指すのかは、わからないが、どちらにしろ、家族が死んでいる。それなのに、ケルンの家族をみて、何も思わないはずがないだろう。魔物だったから感じないなんてことはないはずだ。
友達だから、それぐらいわかるもんだ。
母様の腕の中から離れ、ミルデイの右手を握る。酷く冷たくて、さっきまでの背中の温かさ比べてしまう。怖くないよ。そう思って、強く両手で右手を握る。ケルンの体温が伝わったのか、少し暖かくなった。右手を外し、左手を、ミルデイに重ねたまま、二人に紹介する。
「ミルデイは、売られてたんだ…そこの人達が、ミルデイを傷付けてて…だから、僕が買ったの。でも、帰る場所がないから…うちで、雇っていいかな?」
母様は何もいわない。だからこそ、父様にそう願いでる。いつも頼むような簡単なことではない。
雇用は、本採用となれば、終身雇用がこの世界では当たり前なことだ。特に我が家は『家族』の一員になる。その決定権を持つのは、家長である、父様が持っている。
もちろん、もし反対されるなら、ケルンの家ということで、作業場を家に建て替えて、そこに住む気ではいる。屋敷の敷地内だから、反対もされないだろうしな。
「ケルンはそういっているが…ミルデイというのか。ミルデイ、君は、どうして働きたいと?もし、故郷に家族がいるなら、私が必ず帰らせてあげるが」
父様が、ミルデイに優しく尋ねると、ミルデイは強く首を横に振った。
「いえ、俺には…故郷も家族もいません」
あれ?カルドが変だぞ?眉をぴくりとさせた。何か気になったか?
「俺は、母と二人でした。二人で暮らしてて…父は俺が産まれる前に死んだって、聞いてます。俺達の鱗が珍しいからと狙われて…人質になった俺を助けようとして…母さんは…死にました。売られるまで、何度も鱗を剥がされて、もう死ぬんだって思ったら…坊っちゃまが、俺を買ってくれて…友達になろうって…救ってくれました」
ミズヴェルド…蛇の魔物だった頃の話は、聞かなかった。道中で話をしたのは、たわいない、明日の約束だ。どんな遊びをしようとかそんな楽しいことだけ話をした。
だから、初耳ではあるが、俺は、決して忘れない。ケルンが初めて、心の底からの怒りを感じたこの時を。
ミルデイが、手を強く握って、ケルンをみた。それよりも、強く握り返して、頷いた。
「お願いします!俺をここで働かせてください!俺は坊っちゃまの執事になりたいんだ!」
「お願い!父様、母様!ミルデイは、襲われそうになった、僕を助けてくれたの!友達なんだ!離れたくない!」
二人そろって、頭をさげた。
数秒間の沈黙を打ち破ったのは、意外な人物だった。
「旦那様、よろしいですか?」
カルドが、なんと、父様よりも先に意見をいおうとしている。俺は、かなり驚いた。いや、ケルンの驚きが、俺に伝わっただけかもしれない。
記憶する限り、カルドは、決して父様に先んじて意見をいわなかったからだ。
「ミルデイといいましたか。執事になりたいと」
「はい!」
「それでは、まず、俺ではなく、私と一人称を改めましょう。それから、言葉遣い。礼儀作法と、執事としての教養など、覚えることは、たくさんありますからね」
淡々とまるで、業務を知らせているように思えるのだが…もしかして!
「来年、坊ちゃまが学園に入られた時に、学園内で給仕する者がいないと、困っておりました。坊っちゃま専用の執事が、ちょうど欲しかったですからね、旦那様」
カルドがまるで、前から決まっていたようにいうが、そんな話をしているのは、聞いたこともない。そもそも、カルドが付き添うという話だったはずだ。
父様はそんなカルドをみて、懐かしそうに笑っている。
「そうだな。カルドもそうだったからな」
「じゃ、じゃあ!」
「ああ。ミルデイはうちで雇おう。ケルン専門の執事だ。いい旦那様になるよう、いい執事になるよう。お互いを支えあうんだぞ?」
思わず、ミルデイと二人で歓声をあげて、抱き付いてしまった。ああ、このしっとり感…蛇の肌っていいなぁ…じゃなくもないが、とにかくやったな!祝賀会!宴じゃあ!
あ、誕生会だった。忘れて…ん?地響き?
「旦那様ー!」
あ、この声はランディか。全力疾走で、地面が振動するなんて、さすが、森の主の熊さん。すっごく、会いたかったんだよ、ラン…ランディ?
何で、泥だらけで、怪我しているのに!走ってるんだよ!
「どこにも坊っちゃまがいねぇだぁ!みんな見ていないっていうだよぉ!いねぇだ!坊っちゃまぁがぁ!坊っちゃまがぁ!」
泣かないでくれ、ランディ。つられて泣いちゃう。ああ、その前に、怪我の治療をしないと!せっかく、昨日、夜には家族だけで、誕生会するからって、カルドとフィオナに二人がかりで、散髪と服装を整えていたじゃないか!
「ランディー!」
ミルデイに、目を一度合わせ、ミルデイが頷いたので、離れてランデイを呼ぶ。
早く治療を!
「ぼ、坊っちゃまー!」
だっと走って飛び込むとランディが受け止めてくれた。
ぎゅっと抱き締められた。
ああ、もふもふ。じゃなくて、こんなに、泥だらけになって…肩痛くない?…ああ、もう、汗かいて、涙も出て、ぐちゃぐちゃじゃないか。ごめんな。
「よかっただ!よかっただ!よかった…うぉぉぉぉん!」
「ごめんよぉぉぉぉ!ランディぃぃぃ!」
だからうぉ、つられぇ、るぅってぇ!
父様が、苦笑しつつ、治癒魔法をかけて、ランディの傷を治してくれた。上位の『リターンヒール』かけてるあたり、ランディは、みんなに愛されているんだな。ああ、カルドがたぶん、フィオナを呼びに…服がぼろぼろだもんな。
すまん、ランディ。こっちが怒られる前に、雷が落ちるかもしれない。比喩でもなんでもなく、フィオナが雷を落とすから。
「坊っちゃまがいなくなったってきいて、おら…おら!無事でよかっただ!うぉぉぉぉ!坊っちゃまぁぁぁぁ!」
ランディ、ちょっと苦しいかも…だが、これもいい…もふもふだ。
ムササビマントが近づいてくる現実から逃げるには、ちょうどいいよな。
「坊っちゃま、いた!俺、心配、した!…坊っちゃま、血の匂い…誰?傷つけた?復讐…する」
「それは、俺の仕事だから、根暗野郎はすっこんでろ」
飛んできたムササビこと、黒装束のハンクと、話を終えたのかティルカが、いつも通りのやりとりをする。
あと、ハンク。料理人は、復讐はしないもんだ。料理作ってくれ。
お腹すいた。
「坊っちゃま、俺の主人。主人の仇取る、家臣の勤め。御家の奉公人の貴様、邪魔。家臣は俺!」
「はぁ?お前の方があとから来てんだぞ?それに、仇を取るのは、俺の役目だぞ。でしゃばるなよ、根暗野郎」
相変わらず、仲が悪いな…勘弁してくれよ。毎度思うんだけど、水と油というより、爆薬と火だよ。二人そろうと、騒がしくなるし、喧嘩…おっと、ハンクが細長い刃物出そうとしてるような…包丁は、しまっておこうね。
「あ、ランディとハンクにも紹介するね、ミルデイ。僕の友達で、執事になるんだよ!」
ランディに紹介すると、普通だった。
「ほぉー。やったら、めんこい子だなぁ…さすが坊ちゃまだなぁ、こんなめんこい子連れてくるなんてなぁ」
うん、普通。女の子と勘違い…そういや、ミルデイって本当に男の子?男の子の体にしたけど…あとで確認しよう。
ハンクは…やっぱりハンクだった。
「お前、坊ちゃまの家臣?なる?俺、一の家臣。側近は俺。坊ちゃまいずれ天下とる。お小姓、務め、励む。一つ守れ。坊ちゃま、口にする、全部、俺の作った物。お前、作るの、ダメ。お前も、俺の作ったの、食べる。お前、大きくなる。共に、坊ちゃま、守る」
包丁をくるくる回して、威嚇しながらも認めてくれたようだが、いや、料理人と執事って…あ、そうか。料理を作るのは料理人だが、配膳などの給仕は、執事の仕事だってことか。
もう、ハンクは言葉が苦手すぎるだろ。途中、よくわからない言葉だったぞ。
「根暗が移るだろ、あと、坊ちゃまの剣は、俺だっていってるだろうが」
「お前、家臣違う。石でも食って、喉つめて、死ね。それか、腹、石つめて、沈め」
おっと、刃物取り出しあうのは勘弁願いたい。しかも、七匹の羊…この世界では、ヤギではなく、羊だった…の話か…それは、ティルカも、怒るだろ。
仕方ないな。
手をパチンってたたいて、ちっちゃい音だけど、二人どころか、みんな注目…屋敷の悲鳴がそろそろ、収まったのみて…無事だといいな。
「もう誕生日会始まるよね?用意しようよ!」
そういったら、屋敷から転びながら、フィオナの手を引っ張ってエセニアが走ってきて、そのまま抱き着かれ泣かれて、屋敷にようやく入った。
エセニアさんを怒らせてはいけない。この世界に一つの常識が産まれ。
――ボージィンより、不許可とされ、認められません。
なかった。
こんな時には、でてくるのか、棒神様。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
また台風がきそうですね。
自分の仕事上、天気はあまり関係ないのですが、お客さんがこないのもさびしくあります。
ブックマークや感想ありがとうございます。
やる気がでまくるので、ぜひぜひ。
明日は複数上げますのでよろしくお願いします。
どうしよう、母様の涙とか初めてみたんだけど…
「よかった…よかった…!仕事から戻ると…ケルンが…いないと…どれほど心配したか…!」
うっ…心配かけたもんな…逆に考えても、屋敷の誰かが同じように、いきなりいなくなったら、ケルンも同じようになってただろうな。
俺は…心配するのかな…また変に冷静に分析をしているのかもしれないな。
俺は…いつ、ケルンと同化できるんだろう…今の状態で、棒神様がいっていた、運命を救えるのだろうか。そもそも、使命を果たせるか…不安だ。
俺がこう思うのも、ケルンや普通の人が持つような感情ではない。知識に残っているパターンを踏んでいるようなものだ。
新しく感情を持つことは、俺にはできない。
だからこそ、ケルンの感情をどんなことがあっても共有している。
思案にふけようかと思ったら、母様が、俺の怪我に気が付いた。気が動転してて、気が付かなかったようだが、さぁ…俺の予想だと…この後が大変だぞ。
「ティス!ケルンが怪我を!それに、この血!」
「精霊よ!力を貸してくれ!『ホースキュア』」
予想通り、最上級の治癒魔法をかけられた。
頬が暖かくなったと思って、触ると、傷どころか、血のあともない。
二人にも心配をかけたんだ。きちんと謝ろうな。
「あの…ごめんなさい…」
泣いちゃだダメだ。自分が悪くて泣いていいのは子供だけっていうけど、今回は泣いてはダメだ。
きちんと謝って、それから、怒られないといけない。みんなが、どれほど心配したのか俺たちは知っている。
「退屈で…樽に隠れてたら、ポルティまで行っちゃったんだ…ごめんなさい」
両親が、真剣に聞いてくれている。最後まで、いい切らないといけない。子供だからと、いや、子供だからこそ、伝えないといけない。
一人で、怖かった。でも、街を一人で歩いて、楽しかった。痛いこともあった。でも、友達ができた。
こんな風に生きれるのは、二人がいるから。
「心配かけて…ごめんなさい」
貴方達の愛に、少しでも報いることができるだろうか。
母様は、再度強くケルンを抱きしめた。
「二度と!…こんなことは、二度としないでね…お願いよ、ケルン…私の愛しい子」
声は少し震えているけど、次第に、いつもの微笑みを浮かべる母様の声がする。
「ディアのいうとおりだ。父様も怒ってるんだぞ!…でもな、ケルン…それ以上に…無事でよかった」
いつも優しくて、大きな手で頭を撫でてくれる、自慢の父様。
「ごめんなさい…父様、母様…僕、みんなが大好きだよ…だから、もっと怒っていいからね?僕…いい子になるよ」
一粒だけ、涙が出た。悲しくてではなく、帰ってこれたことに安堵しての涙。
ここが、ケルンの…俺たちの家なんだ。
「それで、ケルン。その子は誰かしら?男の子…よね?」
母様が、ふふっと、笑い声をあげて、尋ねてきた。そういや、紹介していなかったな。
「あ、紹介するね!僕の友達だよ!ミルデイっていうの!」
そういうと、少し離れたところから、頭を下げるミルデイが見える。
挨拶の仕方は屋敷に帰る道中に教えている。一言だけだから、ミルデイもいえるだろう。
「初め…まして」
緊張しているからか、舌がちろりと見えた。
いや、ミルデイは、寂しくなったのかもしれない。親を殺されたといった。それが、両親なのか、どちらか片方のことを指すのかは、わからないが、どちらにしろ、家族が死んでいる。それなのに、ケルンの家族をみて、何も思わないはずがないだろう。魔物だったから感じないなんてことはないはずだ。
友達だから、それぐらいわかるもんだ。
母様の腕の中から離れ、ミルデイの右手を握る。酷く冷たくて、さっきまでの背中の温かさ比べてしまう。怖くないよ。そう思って、強く両手で右手を握る。ケルンの体温が伝わったのか、少し暖かくなった。右手を外し、左手を、ミルデイに重ねたまま、二人に紹介する。
「ミルデイは、売られてたんだ…そこの人達が、ミルデイを傷付けてて…だから、僕が買ったの。でも、帰る場所がないから…うちで、雇っていいかな?」
母様は何もいわない。だからこそ、父様にそう願いでる。いつも頼むような簡単なことではない。
雇用は、本採用となれば、終身雇用がこの世界では当たり前なことだ。特に我が家は『家族』の一員になる。その決定権を持つのは、家長である、父様が持っている。
もちろん、もし反対されるなら、ケルンの家ということで、作業場を家に建て替えて、そこに住む気ではいる。屋敷の敷地内だから、反対もされないだろうしな。
「ケルンはそういっているが…ミルデイというのか。ミルデイ、君は、どうして働きたいと?もし、故郷に家族がいるなら、私が必ず帰らせてあげるが」
父様が、ミルデイに優しく尋ねると、ミルデイは強く首を横に振った。
「いえ、俺には…故郷も家族もいません」
あれ?カルドが変だぞ?眉をぴくりとさせた。何か気になったか?
「俺は、母と二人でした。二人で暮らしてて…父は俺が産まれる前に死んだって、聞いてます。俺達の鱗が珍しいからと狙われて…人質になった俺を助けようとして…母さんは…死にました。売られるまで、何度も鱗を剥がされて、もう死ぬんだって思ったら…坊っちゃまが、俺を買ってくれて…友達になろうって…救ってくれました」
ミズヴェルド…蛇の魔物だった頃の話は、聞かなかった。道中で話をしたのは、たわいない、明日の約束だ。どんな遊びをしようとかそんな楽しいことだけ話をした。
だから、初耳ではあるが、俺は、決して忘れない。ケルンが初めて、心の底からの怒りを感じたこの時を。
ミルデイが、手を強く握って、ケルンをみた。それよりも、強く握り返して、頷いた。
「お願いします!俺をここで働かせてください!俺は坊っちゃまの執事になりたいんだ!」
「お願い!父様、母様!ミルデイは、襲われそうになった、僕を助けてくれたの!友達なんだ!離れたくない!」
二人そろって、頭をさげた。
数秒間の沈黙を打ち破ったのは、意外な人物だった。
「旦那様、よろしいですか?」
カルドが、なんと、父様よりも先に意見をいおうとしている。俺は、かなり驚いた。いや、ケルンの驚きが、俺に伝わっただけかもしれない。
記憶する限り、カルドは、決して父様に先んじて意見をいわなかったからだ。
「ミルデイといいましたか。執事になりたいと」
「はい!」
「それでは、まず、俺ではなく、私と一人称を改めましょう。それから、言葉遣い。礼儀作法と、執事としての教養など、覚えることは、たくさんありますからね」
淡々とまるで、業務を知らせているように思えるのだが…もしかして!
「来年、坊ちゃまが学園に入られた時に、学園内で給仕する者がいないと、困っておりました。坊っちゃま専用の執事が、ちょうど欲しかったですからね、旦那様」
カルドがまるで、前から決まっていたようにいうが、そんな話をしているのは、聞いたこともない。そもそも、カルドが付き添うという話だったはずだ。
父様はそんなカルドをみて、懐かしそうに笑っている。
「そうだな。カルドもそうだったからな」
「じゃ、じゃあ!」
「ああ。ミルデイはうちで雇おう。ケルン専門の執事だ。いい旦那様になるよう、いい執事になるよう。お互いを支えあうんだぞ?」
思わず、ミルデイと二人で歓声をあげて、抱き付いてしまった。ああ、このしっとり感…蛇の肌っていいなぁ…じゃなくもないが、とにかくやったな!祝賀会!宴じゃあ!
あ、誕生会だった。忘れて…ん?地響き?
「旦那様ー!」
あ、この声はランディか。全力疾走で、地面が振動するなんて、さすが、森の主の熊さん。すっごく、会いたかったんだよ、ラン…ランディ?
何で、泥だらけで、怪我しているのに!走ってるんだよ!
「どこにも坊っちゃまがいねぇだぁ!みんな見ていないっていうだよぉ!いねぇだ!坊っちゃまぁがぁ!坊っちゃまがぁ!」
泣かないでくれ、ランディ。つられて泣いちゃう。ああ、その前に、怪我の治療をしないと!せっかく、昨日、夜には家族だけで、誕生会するからって、カルドとフィオナに二人がかりで、散髪と服装を整えていたじゃないか!
「ランディー!」
ミルデイに、目を一度合わせ、ミルデイが頷いたので、離れてランデイを呼ぶ。
早く治療を!
「ぼ、坊っちゃまー!」
だっと走って飛び込むとランディが受け止めてくれた。
ぎゅっと抱き締められた。
ああ、もふもふ。じゃなくて、こんなに、泥だらけになって…肩痛くない?…ああ、もう、汗かいて、涙も出て、ぐちゃぐちゃじゃないか。ごめんな。
「よかっただ!よかっただ!よかった…うぉぉぉぉん!」
「ごめんよぉぉぉぉ!ランディぃぃぃ!」
だからうぉ、つられぇ、るぅってぇ!
父様が、苦笑しつつ、治癒魔法をかけて、ランディの傷を治してくれた。上位の『リターンヒール』かけてるあたり、ランディは、みんなに愛されているんだな。ああ、カルドがたぶん、フィオナを呼びに…服がぼろぼろだもんな。
すまん、ランディ。こっちが怒られる前に、雷が落ちるかもしれない。比喩でもなんでもなく、フィオナが雷を落とすから。
「坊っちゃまがいなくなったってきいて、おら…おら!無事でよかっただ!うぉぉぉぉ!坊っちゃまぁぁぁぁ!」
ランディ、ちょっと苦しいかも…だが、これもいい…もふもふだ。
ムササビマントが近づいてくる現実から逃げるには、ちょうどいいよな。
「坊っちゃま、いた!俺、心配、した!…坊っちゃま、血の匂い…誰?傷つけた?復讐…する」
「それは、俺の仕事だから、根暗野郎はすっこんでろ」
飛んできたムササビこと、黒装束のハンクと、話を終えたのかティルカが、いつも通りのやりとりをする。
あと、ハンク。料理人は、復讐はしないもんだ。料理作ってくれ。
お腹すいた。
「坊っちゃま、俺の主人。主人の仇取る、家臣の勤め。御家の奉公人の貴様、邪魔。家臣は俺!」
「はぁ?お前の方があとから来てんだぞ?それに、仇を取るのは、俺の役目だぞ。でしゃばるなよ、根暗野郎」
相変わらず、仲が悪いな…勘弁してくれよ。毎度思うんだけど、水と油というより、爆薬と火だよ。二人そろうと、騒がしくなるし、喧嘩…おっと、ハンクが細長い刃物出そうとしてるような…包丁は、しまっておこうね。
「あ、ランディとハンクにも紹介するね、ミルデイ。僕の友達で、執事になるんだよ!」
ランディに紹介すると、普通だった。
「ほぉー。やったら、めんこい子だなぁ…さすが坊ちゃまだなぁ、こんなめんこい子連れてくるなんてなぁ」
うん、普通。女の子と勘違い…そういや、ミルデイって本当に男の子?男の子の体にしたけど…あとで確認しよう。
ハンクは…やっぱりハンクだった。
「お前、坊ちゃまの家臣?なる?俺、一の家臣。側近は俺。坊ちゃまいずれ天下とる。お小姓、務め、励む。一つ守れ。坊ちゃま、口にする、全部、俺の作った物。お前、作るの、ダメ。お前も、俺の作ったの、食べる。お前、大きくなる。共に、坊ちゃま、守る」
包丁をくるくる回して、威嚇しながらも認めてくれたようだが、いや、料理人と執事って…あ、そうか。料理を作るのは料理人だが、配膳などの給仕は、執事の仕事だってことか。
もう、ハンクは言葉が苦手すぎるだろ。途中、よくわからない言葉だったぞ。
「根暗が移るだろ、あと、坊ちゃまの剣は、俺だっていってるだろうが」
「お前、家臣違う。石でも食って、喉つめて、死ね。それか、腹、石つめて、沈め」
おっと、刃物取り出しあうのは勘弁願いたい。しかも、七匹の羊…この世界では、ヤギではなく、羊だった…の話か…それは、ティルカも、怒るだろ。
仕方ないな。
手をパチンってたたいて、ちっちゃい音だけど、二人どころか、みんな注目…屋敷の悲鳴がそろそろ、収まったのみて…無事だといいな。
「もう誕生日会始まるよね?用意しようよ!」
そういったら、屋敷から転びながら、フィオナの手を引っ張ってエセニアが走ってきて、そのまま抱き着かれ泣かれて、屋敷にようやく入った。
エセニアさんを怒らせてはいけない。この世界に一つの常識が産まれ。
――ボージィンより、不許可とされ、認められません。
なかった。
こんな時には、でてくるのか、棒神様。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
また台風がきそうですね。
自分の仕事上、天気はあまり関係ないのですが、お客さんがこないのもさびしくあります。
ブックマークや感想ありがとうございます。
やる気がでまくるので、ぜひぜひ。
明日は複数上げますのでよろしくお願いします。
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