35 / 97
秋分の日(風磨の引退試合)
…5
しおりを挟むしんみりと時間が過ぎていく中、やっと渋滞が途切れ車が流れ出した。
「ちょっと急ごう。
試合に間に合わなくなっちゃうから」
私は最後に聞きたい事があった。
それを聞く事がいい事なのかは分からないけれど、でも、今の私は無性にその答えが聞きたかった。
「ミチャ…
もし、風磨が誕生日のプレゼントにミチャのキスがほしいって言ってきたら、ミチャはキスをプレゼントする?」
ミチャは驚いたように私の方を見て、そして、困ったように笑った。
「すごい質問だな」
私も顔に笑顔を貼り付けた。
でも、私の突拍子もない質問を、ミチャは何だか楽しんでいるように見える。
「私には、誕生日のプレゼントにキスをしてくれたでしょ。
風磨が何も要らない、ミチャのキスがほしいって言ったら?」
ミチャは更に笑いながら、いたずらっ子のような目で私を見た。
「キスならもうした事あるよ。
不意打ちで奪われた。
風磨ってそんな奴だから」
想定外の答えに、私は腰を抜かしそうになる。
「で、で、どうだったの?
風磨のキスは…?」
私は、一体、何を聞いてるんだ?
「どうって?」
私の動揺に気付く事もないミチャは、そんな愚かな質問にも穏やかに対応してくれる。
それがいい事なのかは別として…
「どうって…
ゾクゾクした?
胸がざわついたり、胸がキュンキュンって高鳴った?
風磨のキスって、いい感じだった?」
もう、私は完全に壊れてしまっている。
こんな事を次から次へ質問できる私のメンタルは、人間を超えて、ミチャが言う通り化け物か宇宙人なのかもしれない。
「う~ん、どうだったかな…
でも、僕はまひるのキスの方がキュンキュンしたよ。
またしたいって、思ったくらいだから」
ミチャのこの言葉で、私の単純な心臓はキュンキュンと壊れた目覚まし時計のようにずっと鳴り続けている。
私は、高鳴る胸を鎮めるように大きく二回息を吐いた。
そんな事言うんなら、ミチャ、毎日、キスしていいよ…
なんて、心の中で何度もつぶやきながら。
奥まった高台に位置しているラグビー場は、秋晴れのせいもあり爽やかな涼しい風が吹いていた。
駐車場に車を停めたミチャは、スマホで風磨のお母さんと話している。
あ~とか、う~とか、ふ~んとか、ミチャの電話の対応は小学生レベルで笑ってしまう。
「まひる、ヤバイ。
叔母さん、今日、来てないんだって。
それに、風磨の引退試合だけど、風磨は試合には出なくて、最後のセレモニーだけに出てくるらしい」
私は競技場の前に出ている露店の列に目を奪われていた。
焼きとうもろこしが美味しそうだけど、絶対、歯に詰まるよねなんて、自分の事ばかり考えながら。
「まひる、どうしようか?」
やっと、ミチャの声が耳に届いた。
「え? どうしようって何を?」
ミチャは私の質問に対して、また丁寧に説明をしてくれる。
「試合開始は二時からで、試合が終わるのが大体一時間位だとして、セレモニーってその後だろ?
それまで何してようか?
車の中で昼寝でもする?」
さっき、スマホでこのラグビー大会を検索してみた。
公式な大会ではなく、関東にある社会人チームが数チーム集まってトーナメント方式で試合を行う練習試合のようなものらしい。
でも、地域に根付いたこのイベントは、お祭り感覚でたくさんの地元の人に愛されていた。
「昼寝とかあり得ないよ。
せっかく来たんだから、ラグビーの試合をちゃんと観なきゃ」
「まひるはラグビーの試合って観た事ある?
というか、ルールとか知ってる?」
知るはずがない。
運動音痴で生きてきた人間は、スポーツ全般に何も興味はない。
それは、きっと、ミチャも同じだと思うけど。
「ルールとかは何も知らないけど、でも、風磨の大好きなラグビーを少しでも感じたいの。
それが、最後ならなおさら…」
タイミングが良すぎるとはこの事で、車の中のBGMがユーミンの名曲「ノーサイド」に変わった。
私の中で一気に感情が高ぶり出す。
引退するラグビー選手をモデルに歌ったこの曲は、今の風磨の状況にマッチし過ぎていた。
涙ぐむ私をミチャはジッと見ている。
半分、笑うのを堪えながら。
「ミチャ…
私、やっぱり、風磨に連絡する!
今、風磨を応援するために、このグラウンドに来てるんだって。
風磨の最後のセレモニーを、ミチャも一緒にちゃんと見てるからねって」
ミチャは涼しい顔で外を見ていた。
今頃になって露店に気付いたのか、そんな試合の事よりお腹空いてきたなみたいな目が、私を意気消沈させる。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる