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入籍記念日
…1
しおりを挟む五月一日、今日、いよいよ私とミチャは籍を入れる。
ゴールデンウィークのど真ん中だけど、きりのいい月の初めを選んだ。
四月の中旬に知り合った私達は、その一週間後、私の親に承諾をもらった。
その時、ミチャと会うのは二回目。
ミチャは、私の狭小住宅の実家を見て、普通に驚いていた。
狭小住宅に驚いたというより、私の雑然としたアトリエ風マイルームにちょっとビビッていたみたい。
私の母と小学生の弟は、一目でミチャを気に入った。
ミチャの強烈な手土産に私の家族はひれ伏してしまったのは確かで、でも、穏やかで優しそうな微笑みが偽物だとは誰も疑わない。
「家族で決めた金額を記入してくださいね。
急な結婚で家族の皆様にストレスと迷惑をかけてしまった事を、本当に申し訳ないと思っています」
そして、母に手渡たされた小切手を見て、私達家族三人は目を丸くした。
「本来だったら、結納金という形できちんとした金額を準備しなければならないのだけれども、僕も、そこらあたりの事情に全く詳しくなくて。
なので、これを受け取ってください」
結婚と誠心誠意は偽物だとしても、贈られる小切手は本物だ。
人間という愚かな生き物は、誠心誠意という言葉には疑いの眼差しを向けるけれど、現金だけは諸手を挙げて信用する。
あ~、うちの家族が愚かな生き物でよかった。
そして、それから一週間後…
今日の予定は、日中は私の引っ越し、そして、夜にはミチャの実家で入籍パーティがある。
ミチャに言わせれば、それが最大の難関らしい。
ミチャの家に訪れるのはこれが二回目だった。
訪れるというのはもう変な話で、今日からここが私の住まいになる。
ミチャのマンションは会社から自転車で十分、徒歩で三十分ほどの場所にあった。
という事は、最高に便利のいい場所。
自分がこんな素敵なマンションに住めるという事実に、私は、やっぱりこの展開は夢物語だと思っている。
そんなに多くない私の荷物がトラックからこの部屋へ運び出され、部屋の中で荷ほどきに夢中になっていると、ミチャが私の正面に座って荷ほどきを手伝い始めた。
「まひるが困らないように、僕が何とかするから」
「え?」
そんな分からないような声を出したけれど、私はすぐにミチャの言いたい事が分かった。
「手が空いた時に、これに目を通しててほしいんだ」
ミチャはそう言って、私にミチャのこれまでの人生が箇条書きに記されている紙を渡した。
「僕の両親は何とかなる。
まひるの事をすぐに気に入ってくれると思う。
芸術家の卵とか、夢追い人とか大好きだし、僕が選んだ人がそういう人だという事も、たぶん、腑に落ちてくれるはず」
今日のミチャの姿も素敵だった。
私の引っ越しを手伝う気満々の着古したジーンズに白のロングティーシャツ、ダッポリとした着崩し感に、私の胸はちょっとだけキュンとする。
でも、そんな気持ちは、今はどうでもいい。
私はミチャの次の言葉を待った。
「問題は…」
「問題は?」
私がせっかちにそう聞き返すと、ミチャはわざとらしく大きくため息をつく。
「問題は、風磨が来るらしい。
どのタイミングで来るかも分からない。
だから、まひるちゃんには、うろたえないよう事前準備を整えていてほしい」
「まひるちゃん…?」
急にちゃん付けで呼ばれて、私は驚いてしまった。
本当の事を言うと、驚いたというより胸がドキュンと高鳴った。
ミチャにとっては、ただの言い間違いなのだとしても。
「やっぱりまひるちゃんより、まひるがいいな。
風磨の前でどっちがいいか考えてたんだ。
まひるの方が親し気だし、僕はまひるって呼びたい」
そんな事を真剣に考えているミチャが、何だかすごく愛おしい。
私は、段ボールの中に入っているごちゃごちゃとした絵の具を、一つずつ丁寧に色別に分けてくれているミチャの手元から目が離れなかった。
いや、目を離してミチャと目を合わすのが怖い。
だって、私の胸はときめいて、きっと、顔が真っ赤だから。
「ミチャ…
その絵の具たちは、そのままごちゃごちゃでいいよ。
油がくっ付いちゃったら、ミチャの手が汚れるし」
ミチャはそれでも、絵の具を触っている。
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