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忘却
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ひまわりは頑張った甲斐があって、引っ越し業者の人達が来るまでに何とか荷物をまとめることができた。
そして、最後の雑巾がけのために風呂場でバケツに水を汲んでいた。
「すみませ~ん」
え? もう来ちゃった?
ひまわりが慌てて玄関へ走って行くと、そこにはサラリーマン風の男の人が立っていた。
「すみません、佐々木さんのお宅ですか?」
「あ、はい、そうなんですが、佐々木は、祖父は、だいぶ前に亡くなってもうここには居ないんです。
あ、私は孫娘になるんですけど…
何かご用でしょうか?」
その人は、よくよく見るとまだ若った。
髪はちょっとボサボサで眼鏡をかけている。
そして、営業マンにしては、キョロキョロして落ち着きがない。
「あの、実は…
ちょっと、ここに座ってもいいですか?」
「え? はい、どうぞ」
ひまわりはおどおどしながら、玄関に座り込んだこの男の人を少し不審に思った。
「あの、実は、僕は、小さい時におじいさんにとてもお世話になった者なんです。
五年前にここを訪ねた時は、誰も住んでない空き家状態で…
今日は、たまたま、出張先がここに近くて、もう一回行ってみようと思って来たら、人がいらしたので…」
その男の人はそう言いながらも、中々ひまわりの顔を見ない。
「あの、祖父とはどのような関係だったんですか?」
「僕は、小学四年の時に、一年だけこの近くに住んでいました。
その頃の僕は、半年前に母を亡くして、父は仕事でシンガポールへ行くことになって、父方の叔母の家に預けられたんです。
その頃の僕は、極度にふさぎ込んでいて友達も全然できず一人で海ばかり眺めていたら、そんな時におじいさんが僕を見つけてくれて。
それからは、毎日、学校が終わったらここへ遊びに来てました」
「そうなんですね」
ひまわりは祖父からこんな話は聞いたことがなかった。
でも、彼の顔を見ていると、嘘をついているようには思えない。
「ひまわりさんの話もたくさん聞きました。
あ、ごめんなさい、ひまわりさんですよね?」
「はい、ひまわりです」
ひまわりは戸惑いを隠せずに、小さな声でそう答えた。
「おじいさんは、僕に、ひまわりさんの写真をたくさん見せてくれました。
僕より一つ年下のひまわりさんは、本当に可愛かった。
でも、僕がここにいる年には、ひまわりさんはここへ帰省しなかったんです。
夏休みは家族で旅行するという事で、そして、冬休みはインフルエンザになったみたいで」
「あ、思い出しました。
そう、それで、その年は、春休みに祖父達が東京に遊びに来たんです」
毎年、必ず帰省する好子とひまわりが、唯一、帰れなかった年だった。
「僕は、子供ながらにひまわりさんに会うのをとても楽しみにしていたので、がっかりしたのを覚えてます」
ひまわりは彼の話を聞きながら、子供の頃を思い出した。
「そして、一年が経った時に、父が僕を迎えに来ました。
たったの一年だったけど、僕はおじいさんとの出会いがあったから強くなる事ができたと思ってます。
本当に感謝の言葉をいくら並べても足りないくらい…
それと、ほんとは…」
ひまわりは、祖父の事をこんなに思ってくれている彼に感激していた。
「本当は?」
ひまわりがそう問い返すと、彼は初めてひまわりの目を見てくれた。
「本当は、僕は、おじいさんから聞くひまわりさんの話と写真で、あなたに恋をしてました。
結局、会えずじまいで僕はシンガポールへ行くことになったんだけど。
あ、今でも、父はそこに住んでいます。
実は、ひまわりさんは、僕の初恋でした。
シンガポールに行ってからも、おじいさんとの手紙のやりとりの中で、さりげなくあなたの事を聞いたりしてました。
そして、僕が高校三年の冬に、久しぶりに日本に帰ってきて、この家を訪ねたことがあるんです。
その時は、たぶん、ひまわりさんのお母さんがいらっしゃって、おじいさんが亡くなったことを聞きました。
僕は、泣きながらシンガポールへ帰ったのを覚えてます」
「そうなんですね…」
ひまわりは、彼の話を聞きながら泣きそうになっていた。
そして、最後の雑巾がけのために風呂場でバケツに水を汲んでいた。
「すみませ~ん」
え? もう来ちゃった?
ひまわりが慌てて玄関へ走って行くと、そこにはサラリーマン風の男の人が立っていた。
「すみません、佐々木さんのお宅ですか?」
「あ、はい、そうなんですが、佐々木は、祖父は、だいぶ前に亡くなってもうここには居ないんです。
あ、私は孫娘になるんですけど…
何かご用でしょうか?」
その人は、よくよく見るとまだ若った。
髪はちょっとボサボサで眼鏡をかけている。
そして、営業マンにしては、キョロキョロして落ち着きがない。
「あの、実は…
ちょっと、ここに座ってもいいですか?」
「え? はい、どうぞ」
ひまわりはおどおどしながら、玄関に座り込んだこの男の人を少し不審に思った。
「あの、実は、僕は、小さい時におじいさんにとてもお世話になった者なんです。
五年前にここを訪ねた時は、誰も住んでない空き家状態で…
今日は、たまたま、出張先がここに近くて、もう一回行ってみようと思って来たら、人がいらしたので…」
その男の人はそう言いながらも、中々ひまわりの顔を見ない。
「あの、祖父とはどのような関係だったんですか?」
「僕は、小学四年の時に、一年だけこの近くに住んでいました。
その頃の僕は、半年前に母を亡くして、父は仕事でシンガポールへ行くことになって、父方の叔母の家に預けられたんです。
その頃の僕は、極度にふさぎ込んでいて友達も全然できず一人で海ばかり眺めていたら、そんな時におじいさんが僕を見つけてくれて。
それからは、毎日、学校が終わったらここへ遊びに来てました」
「そうなんですね」
ひまわりは祖父からこんな話は聞いたことがなかった。
でも、彼の顔を見ていると、嘘をついているようには思えない。
「ひまわりさんの話もたくさん聞きました。
あ、ごめんなさい、ひまわりさんですよね?」
「はい、ひまわりです」
ひまわりは戸惑いを隠せずに、小さな声でそう答えた。
「おじいさんは、僕に、ひまわりさんの写真をたくさん見せてくれました。
僕より一つ年下のひまわりさんは、本当に可愛かった。
でも、僕がここにいる年には、ひまわりさんはここへ帰省しなかったんです。
夏休みは家族で旅行するという事で、そして、冬休みはインフルエンザになったみたいで」
「あ、思い出しました。
そう、それで、その年は、春休みに祖父達が東京に遊びに来たんです」
毎年、必ず帰省する好子とひまわりが、唯一、帰れなかった年だった。
「僕は、子供ながらにひまわりさんに会うのをとても楽しみにしていたので、がっかりしたのを覚えてます」
ひまわりは彼の話を聞きながら、子供の頃を思い出した。
「そして、一年が経った時に、父が僕を迎えに来ました。
たったの一年だったけど、僕はおじいさんとの出会いがあったから強くなる事ができたと思ってます。
本当に感謝の言葉をいくら並べても足りないくらい…
それと、ほんとは…」
ひまわりは、祖父の事をこんなに思ってくれている彼に感激していた。
「本当は?」
ひまわりがそう問い返すと、彼は初めてひまわりの目を見てくれた。
「本当は、僕は、おじいさんから聞くひまわりさんの話と写真で、あなたに恋をしてました。
結局、会えずじまいで僕はシンガポールへ行くことになったんだけど。
あ、今でも、父はそこに住んでいます。
実は、ひまわりさんは、僕の初恋でした。
シンガポールに行ってからも、おじいさんとの手紙のやりとりの中で、さりげなくあなたの事を聞いたりしてました。
そして、僕が高校三年の冬に、久しぶりに日本に帰ってきて、この家を訪ねたことがあるんです。
その時は、たぶん、ひまわりさんのお母さんがいらっしゃって、おじいさんが亡くなったことを聞きました。
僕は、泣きながらシンガポールへ帰ったのを覚えてます」
「そうなんですね…」
ひまわりは、彼の話を聞きながら泣きそうになっていた。
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