あの夏に僕がここに来た理由

便葉

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忘却

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「ひまわり、今日は誕生日だから、東京駅の丸ビルの前に7時に待ち合わせよ。
 遅れないでね」

母の好子はそう言って、仕事へ出かけて行った。
昨日からの寒波で外は大荒れの天気だ。
好子に言わせれば、今日は雪になるとのことだった。
ひまわりはベッドから出る気になれず、天井を見つめながらまた海人のことを思い出していた。
あっという間に冬になり、今日で私は20歳になる。
海人と同じ年になるという事は、海人を置いてきぼりにして私一人どんどん老いていくという事。
もの静かで笑うと八重歯が見える思い出の中の海人は、19歳の私を永遠に愛している…

ひまわりは、丸ビルの前で、行きかう人々の顔をずっと見ている。
こうやって、いつも無意識に海人を捜してしまう。
もう一度、私の前に現れる事を、ただそれだけを願いながら。
そして、真冬の季節にも、ひまわりの髪には、海人が買ってくれた造花のひまわりのゴムが揺れていた。

「ひまわり」

遠くでひまわりを呼ぶ男の人の声がした。
振り返ると、五年ぶりに見る父の顔がそこにある。
ひまわりは、驚きのあまりその場に立ち尽くした。
少し年は取ったけれど、父の私を見つめる優しい眼差しは何も変わっていない。

「パパ、どうしたの…?」

「今日は、ひまの誕生日だろ?
それも20歳になったんだ。パパにもお祝いさせてくれよ」

「ママは…?」

ひまわりはそう言って、周りを捜してみた。

「ママは…
ママからパパに連絡があったんだ。
ひまが、この間の夏の終わりから元気がないって…
パパに会えば元気になるかもしれないから、ひまに会ってほしいって…」

「パパ…」

ひまわりは、小さな子供に戻ってしまった。
久しぶりに大好きな父の優しさに触れたせいで、心の奥底に隠しておいた悲しみがとめどなく溢れ出る。
…パパ、ひまわりの大切な太陽が、どこかへ行っちゃった。

「今日は、パパとデートしよう。
小さい頃よくやってたように…ね?」

「うん…」

ひまわりは涙顔で父に抱きついた。

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