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籠の中に住む意地悪な奴

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ドサッ……


「ひゃっ」


 舞衣は急に自分の目の前に何かが飛んできて、驚いて声を出してしまった。顔を上げると、そこには凪が立っている。


「何が、ひゃっだよ。
 そんなひとり言をブツブツ言ってるのを見た俺の方がビックリしてるっつうの。

 メニュー表、プリントアウトしたから、何がいいか決まったら俺のとこに言いに来て」


「あ、あの、な、凪さん、あの…」


 舞衣は立ち上がり凪を呼び止めた。
 は?と目を細めて舞衣を見つめる凪の顔は、バイト先で鬼と呼ばれていた店長よりも恐ろしい。でも、細めた目元からたまにチラッと見える奥二重の瞼の線が、急に凪の顔を幼くする。


「な、凪さん、目?」


「目??」


 凪の顔は、不愉快な表情から不可解な表情に変わる。


「はい、ちょっとだけ目をパチッと開けてくれませんか?」


「は??」


 凪の顔は、は?と言った時点でもう目が大きく見開いている。


「ほら……
 凪さんの目、凄く魅力的です。
 腫れぼったくて一見怖く見えるけど、その奥に隠れた大きな二重の線が出てくると、すごく可愛くなりますよ」




 なんだ?こいつ?…
 俺が可愛くなりたいとでも思ってるって本気で思ってるのか?

 凪は今まで接したことのないこの奇妙な女の子に困惑していた。


「可愛くなんかなりたくないし…
 それに、それは可愛くないお前が考えることだろ?」


 舞衣はハッとした顔で小さく頷いた。なんだか泣きそうな顔をしている。


「それより、早く食べたい物を決めてほしいんだけど。
 注文するのが遅くなるのは嫌だから」


 凪は挙動不審者のように落ち着きがなくなった舞衣を見て、少し反省した。


「いいよ、ゆっくり決めていいから」


「い、要らないです…」


「え?」


「あ、あの、私、食欲がなくて、もう、お腹いっぱいなんです」


 は?
 食欲がなくてもうお腹いっぱい??
 意味が分からないんですけど…


「食べないの?」


 凪が精一杯の優しい声でそう聞くと、舞衣は凪の顔を見て下を向き頷いた。


「了解、分かった。
 ってか、後で腹が減っても俺は知らないから」



 舞衣は気丈に笑みを浮かべ、凪の後ろ姿を見送った。
 パソコンの時計を見ると、もう12時を回っている。フロアを見渡してみても、凪の動く音しか聞こえない。
 舞衣は急ぎ足でメイクルームへ向かった。とにかく早く一人になりたかった。張りつめた糸が切れてしまうところを誰にも見られたくない。
 特に、あの伊東凪には……
 舞衣はメイクルームへ駆け込むと、アンティーク調のお洒落なドレッサーの前に倒れるように腰かけた。
 鏡に映る私は………
 確かにちょっとだけポッチャリしてて、鼻だってそんな高くない。でも、目元には薄くアイライナーを引いてるから、いつもよりはパッチリした目になってるはずなのに…


“それは、可愛くないお前が考えることだろ”


 可愛くないお前……
 可愛くないなんて、初めて言われちゃった……

 舞衣はもう一度誰もいないことを確認して、テーブルの上に顔を伏せて泣いた。
 可愛くないって言われたのがショックなのか、言われた相手が伊東凪だってことが耐えられないのか、舞衣の中の張りつめた糸は簡単に切れ、そして、舞衣の心には大きな傷が残った。




「舞衣、どうした?」


 お昼が過ぎ、舞衣はソフィアからもらった会社の資料を自分なりにタブレットに入力し、言われた通りに会社の概要をちゃんと勉強していた。


「え? 何がですか…?」


 出先から帰って来たジャスティンは、明らかに朝の顔と様子が違う舞衣を見てそう声をかけた。


「何か、顔色悪いよ。
 あ、昼ご飯は? 
 ちゃんと食べた?」


 ジャスティンは本当に優しい……


「お昼はあまりお腹がすいてなくて、食べてないです…」


 舞衣の答えを聞いた途端、ジャスティンは凪のいるブースの方を見た。


「あ、その、凪さんはレストランのメニュー表も持ってきてくれたんですけど、私があまり食欲がなくて断ったんです…」


 ジャスティンが心配そうな顔で舞衣を見ていると、そこを通りかかった映司と謙人までがその会話に参加してきた。


「え? 凪がどうしたって??
 マイマイはお昼は食べてないの?」


 マイマイ……
 小さい頃から呼ばれ慣れてるから、呼ばれることはすごく嬉しいけど…
 でも、イケメンの皆さんたち…
 優しいのは本当に嬉しいんですが、今はちょっとだけそっとしといてもらえませんか…?


「全然、大丈夫です!
 今日はちょっと緊張してたりして、食べないくらいがちょうどいいので」


 舞衣は最高の笑顔を浮かべてそう言ったはずなのに、舞衣を囲んでいる三人の表情はそうではない。


「凪になんか言われたんだろ?」


 女の子の気持ちが分かるジャスティンは、切なそうな目をして舞衣にそう聞いた。


「何も言われてないです」


 舞衣が必死になればなるほど傷ついてしまった心が何かを訴えるのか、ここに集まっている三人は顔を歪めて舞衣を見つめる。


「マイマイ、凪はね、皆に対してあんな感じなんだ。
 絶対、悪い奴じゃないんだけど、仕事柄、攻撃的にならないとやっていけない特別な事をしてるせいもあって、それに大金持ちで育ってきてるから人の気持ちが読めないところもあって」


 美し過ぎるイケメン映司が舞衣を慰めてくれる。


「本当に大丈夫です…
 私、何も気にしてませんから…」


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