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みぞれの頃 …8
しおりを挟むイブの日は午前中が施設の訪問診療の日だったため、流人ときゆはそのまま昼食を兼ねたクリスマス会に参加した。
流人はこの施設でもとにかく人気者だ。
患者さんのみならず、スタッフの人達を含め全員が流人の事を大好きだった。
流人はいつもの軽い感じで医者という雰囲気を一切消して、まるで、おじいちゃんやおばあちゃんに甘える孫のようにお年寄り達を喜ばせ楽しませた。
「流人先生」
スタッフの人が流人を呼びに来ると、その場にいるおばあちゃん達がスタッフを睨みつける。
「あの、皆さん、流人先生はこの後仕事が入ってるので、これでお帰りになるそうです」
流人は名残惜しそうなふりをして、皆に挨拶をしてその場から出て行った。
流人は施設の一番奥にある物置のような場所に連れて行かれ、そこにハンガーで吊るされているサンタの衣装を見て当たり前のように血が騒ぎ出す。
俺って、こういうの好きなのかもしれない…
スタッフの人から一通りの段取りを聞き、流人はサンタの格好をして待機した。
スマホで披露する歌の動画を何度も観ては口ずさみながら。
「では、流人先生、お願いします。
ばれたらばれたで全然大丈夫ですので、好きなようにやって下さいね」
きゆはドキドキしながら、流人の登場を待っていた。
きゆは流人が席を外した後もお年寄り達と談笑し楽しい時間を過ごしていると、スタッフの人がきゆに流人の登場を教えてくれた。
流人は、まるでこそ泥のような動きでビクビクしながら会場に入ってきた。
きゆが想像していた以上に、クオリティの高いサンタクロースになっている。
衣装はもちろんのこと、白い大きな髭に赤い三角帽の下には白い髪の毛までつけて、きゆの目から見てもこれが流人だなんて多分言われなければ想像もつかない。
ましてや、お年寄り達は、きっと、絶対に誰だか分からない。
「皆さ~ん、メリークリスマス!」
流人はノリノリだった。
「ワタシ、ハ~~、サンタクロース、デ~ス」
日本人ではないサンタさんを演じているらしい。
きゆは可笑しくて笑うのを必死に我慢していると、近くで目が合ったスタッフも苦しそうな顔をしていた。
お互い顔を合わせないようにした。
そうしないと吹き出してしまう。
流人はクルクル回りながら、そこにいるおじいちゃんやおばあちゃんにプレゼントを配り始める。
白い大きな布のふくろ中は、施設のスタッフの真心がぎっしりと詰まっている。
流人はそのスタッフの気持ちを汲みながら、どうぞどうぞとそこは日本語で渡している姿が、また、きゆ達の笑いを誘った。
そして、プレゼントを渡し終わった流人は、その会場の真ん中に立った。
「皆さんへ、僕から愛をこめて…
あ、もう、取っちゃっていいですか?」
流人はそう言うと勝手に髭と帽子を取った。
「なんか、この髭がめっちゃかゆくて、すみません…」
会場では突然現れた流人に歓声が上がり、泣いて喜ぶおばあちゃんもいた。
「あの、本当は僕達田中医院のスタッフからも皆様にプレゼントをと思っていたのですが、あ、さっきのプレゼントはここの施設のスタッフからのものですからね。
何も準備していなくて、で、今の僕にできることは、夏のカラオケ大会優勝者としてこの場で歌う事かなと思いつきました」
会場にいる全員が、大きな拍手を流人へ送る。
「僕の人生の中でこの島で過ごす一年はたったの一年なのかもしれないけど、こうやって色々な経験ができ島の人々の温かさに触れ、東京生まれ東京育ちの僕にはかけがえのない一年になっています。
これからもどうぞ田中医院をよろしくお願いしますね」
いつものクシャとした笑顔を浮かべ、流人は深々とお辞儀をした。
すると、あの歌のイントロが流れ出した。
“上を向いて歩こう”
スタッフの人達が選んだ歌だ。
軽快なイントロにお年寄り達の体が揺れ動く。
流人の歌声はこの歌にピッタリだった。
きゆも隣に座るおばあちゃんと体を揺らして一緒に聞いた。
切ないメロディだけど前向きな歌詞は、今のきゆに力を与えてくれる。
きゆは以前聞いた89歳のおばあちゃんの話を不思議と思い出した。
“89年生きてきた中で、本当に愛した人はたった一人だけなの…”
そう、きっと、私も流人の他にはもう誰も愛せない…
きゆは、流人の俺について来てほしいという正直で素直な考えに何も言わずについて行くことが二人にとって正しい進むべき道なのかもしれないと、少しだけそう思った。
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