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ココロ踊る蝶々は夢へと舞う
⑧
しおりを挟む里田はもう一度蝶々が描いた漫画ノートをめくって見る。
「そうか…
そういう手もあるか。
確かに昔は漫画の上手い編集者が、最後のページに今日の編集部みたいな4コマ漫画を描いたりしてたもんだ。今は単行本ではよく見るけどな。
今回は特別号だし、そういう漫画があっても何も問題はないと俺は思う、が…」
里田はポカンとしている蝶々を見てこう言った。
「まずはお前が真剣に描く気があるかだ。
2ページとはいえ神聖なる真っ白な余白をお前の漫画で埋めつくんだ。中途半端な事はできない。
それに編集者という仕事もやって、なおかつ漫画も手抜きしないでやれるか?」
蝶々は心臓が高鳴り頭がクラクラしている。その里田の問いに答える前に無意識に藤堂の方を見た。藤堂は最高の笑顔でうんうんと頷いている。
「私、やります。 やりたいです。
もし、できるのならですが……
もし、できるのなら、最高の2ページに仕上げます!」
里田は蝶々のその返事に満足した様子で大きく頷いた。
「あとは、ヤングの編集長が決めることだ。とりあえず俺の推薦ということでこのノートを渡しておくから」
「ありがとうございます!!」
蝶々は声を震わせながらそう言って、深々と頭を下げた。
その日の夜、蝶々はワインと美味しい料理をたくさん買い込み藤堂の部屋を訪れた。
「藤堂さん、私、急な展開で今でもまだ半信半疑なんです。
私の漫画がもしかしたらヤングに掲載されるかもしれないんですよね?
あ~、どうしよう…
マジで、今で、もうこんなに胸がドキドキしてる」
藤堂はそんな蝶々が可笑しくて可愛くて抱きしめたくなる。
「で、でも、これって、藤堂さんがあの時、私の漫画を石原さん達に見せてくれたからですよね?
石原さん達が笑ってくれて、それにつられて編集長がやってきて……
あ~~、藤堂さん、藤堂さんは、やっぱり私のゴッドです…」
蝶々はソファに座っていた藤堂に首元から抱きつき顔をスリスリした。すると、藤堂は抱きついている蝶々を少しだけ引き離し、したり顔で蝶々をジッと見る。
「蝶々の夢は俺が叶えさせてやる……
後藤なんかにそんな事させてたまるか」
そう言うと、藤堂は力をこめて蝶々を抱きしめる。
「え? 藤堂さん、知ってたんですか? その話…」
藤堂はその質問には何も答えずに、蝶々のくちびるを自分のくちびるでふさいだ。
「蝶々は俺のものだろ?
俺の胸から羽ばたけばいいんだ…」
それから数日後……
「蝶々さん、編集長が部屋でお呼びです」
蝶々が後藤のネームをチェックしているところに、受付の人が呼びに来た。一斉に、二班のメンバーが顔を上げる。
「蝶々、いよいよか?」
石原がそう声をかけると、受付の人が思い出したようにこう付け加えた。
「あ、藤堂さんも一緒にだそうです」
蝶々と藤堂は顔を見合わせて編集長室へ向かった。編集長室には里田とヤングホッパーの編集長の鈴木も待っていた。
「この間の特別号の短編の話だが…」
里田はそう言うと蝶々から預かっていたノートをテーブルの上に置いた。そして、隣に座る鈴木に目で合図する。
「城戸さん、ヤングの特別号に漫画を描いてもらえませんか?」
蝶々は目を見開いたまま大きく頷いた。
「はい、よろしくお願いします」
「もし、評判がよかったらまた何かと相談があるかもしれないけど、その時はよろしくね」
物腰の柔らかいヤングの編集長はそれだけ言うと、すぐにその部屋から出て行った。
「詳しい事はヤングの担当から話があると思うから、ま、まずは、蝶々、おめでとう!」
里田はそう言うと蝶々の肩を掴んだ。
「この後はお前次第だぞ。本物になりたければ、ここで一切妥協はするな」
そして、里田は藤堂に目を向けた。
「藤堂、何かと蝶々の力になってくれ。せっかくのチャンスだ、いいな」
「はい、分かってます」
藤堂は里田と目を合わすと、軽く頷いた。
「じゃ、俺は今から会議があるから」
里田はそう言い残し、慌てて鈴木の後を追って編集長室を後にした。
「藤堂さん…」
藤堂は蝶々の手を取り自分の方へ引き寄せた。
「これからが勝負だぞ。大丈夫だよ、俺がついてるから…」
蝶々は大きく頷いた。涙でもう何も見えない。
……私の全知全能の存在、カリスマ、ヒーロー、最強のゴッド…
どんな言葉を並べても言い足りない最高で最愛の人… 私、絶対、漫画家になってみせます。
え? いや? もう漫画家なの??
「藤堂さん、藤堂さん、本当にありがとう……
そして、これからもよろしくお願いします……」
藤堂はそんな蝶々の涙を指で拭いた。
「蝶々は羽を持ってるんだから好きなように飛べばいいんだ。その代わり、俺の所にちゃんと戻ってくるんだぞ」
ココロ踊る蝶々は夢へと羽ばたいていく。帰る場所をしっかり確かめて……
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