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鳥になりたい、でも私は蝶々
③
しおりを挟む「ご子息の英世さんはたぐい稀な才能をお持ちで、わが社のホッパーから近々デビューすることが決まっています」
西園寺は人差し指でずっと肘掛けの上をトントン叩いている。顔色は紅潮し、何度も舌打ちをしながら。
それでも蝶々は負けなかった。とにかく伝える事は伝えておきたい、それをどう判断するかはこちらは見当もつかないけど。
「それで、本人から、今の家庭の状況も聞いて把握しております。私達会社としては、ご子息様の本名で手続きをしたいと思いこちらに伺わせていただきました」
息もつかずに早口で説明した蝶々に西園寺は指をさしてこう言った。
「それは本当に英世なんですか?
五年前にこの家から勝手に出て行き、でも、今はアメリカの方で医学の勉強をしております。本人がいないでそんな事を一方的に言われても、何の説得力もないじゃないですか。
漫画?
そんなくだらないものを描く息子なんて我が家にはおりません」
蝶々は頭が真っ白になった。でも、ケンカ腰しにならないよう何度も小さく深呼吸をする。
「西園寺英世さんはアメリカには行っていません。それはお父様が一番ご存知なはずでしょう?」
「あ、あなた、城戸さんは英世の担当編集者なんです。英世がデビューするにあたり本名を使う事があるということを、丁寧に報告しに来てくれただけで。
だからそういう事ですので、よろしくお願いしますね」
京子はそう言うと、蝶々にもう帰りなさいと目で合図した。これで両親の了解を得られるのであれば、このまま退散した方がいいのかもしれない。
「あ、じゃ、今日はその報告でした。会って下さり、ありがとうございました」
蝶々がバッグを持って立ち上がると、西園寺は大きな咳払いをした。
「まだこっちの話は終わってないんだが。仮に、あなたが言う人物が本物の英世だとしよう。
デビュー?
西園寺の名前を名乗るのであれば漫画家のデビューとかは諦めてもらう。英世はアメリカに留学していることになっている。時間がかかってもいい、西園寺の男は医者になると決まってるんですよ」
蝶々はこれだと思った。この決めつけた物言いで相手の生気を吸い取っていく。
でも、だから?
蝶々は大魔王を倒していくグロ系漫画を死ぬほど読んできた。ここでその知識を使わずにどこで使う?
「後藤心先生、いえ西園寺英世さんは、もう二十歳を過ぎた成人です。あなたのロボットなんかじゃない。自分の歩く道はちゃんと見つけています。
残念ながらそれは医者ではないですけどね…」
西園寺は怒りを頭で感じ始めると、威圧感、圧迫感、相手の意見をねじ伏せるほどのオーラを放ちこの部屋の空気を全て変えようとしている。
でも、蝶々にはその西園寺が放つ人を圧する力は全く通用しない。蝶々は人間が持つ悪の部分、いわゆる人間の裏側もしくは影の凄みを十分に分かっていた。蝶々が愛するグロ系漫画はとにかく人間の心理をえぐってえぐって殺していくパターンが多い。
そんな蝶々の頭の中はフル回転している。でも、奥底にある理性が、そんな蝶々にブレーキをかけた。慎重に丁寧に穏やかに、と。
「一編集部員が、そんな大きな態度で出れるのも今の内だけですよ」
西園寺はほくそ笑んでそう言った。
「西園寺さん、あなたの悪に支配されたそのどす黒い血は、いつかあなたの心臓にとどめを刺すでしょう。
英世さんの純粋で崇高な夢と努力は、あなたのように悪に染まった邪悪な人間には全く理解できないでしょうね?]
蝶々は西園寺の顔を凝視しながら、禍々しい不吉な笑みを浮かべさらにこう言った。
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