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この蝶々は勇敢に空をも飛ぶ
➄
しおりを挟む二時間近くかけて描き上げた漫画を蝶々が念入りに読み返していると、制作部との打ち合わせを済ませた藤堂が帰ってきた。
「藤堂さん、レポート仕上がりました。今から読んでもらえますか?」
藤堂は満足気でやり切った顔をしている蝶々から一冊のノートを手渡された。石原と浅岡も二人のやり取りをじっと見ている。
「これは何?」
藤堂の質問に蝶々は小さな声でこう答えた。
「あの、後藤先生のお父様との対決を漫画にしてみました。一応、三パターン描いてあります。活字で書くよりこっちの方がちゃんと伝えられると思って」
藤堂は受け取ったノートをパラパラとめくってみた。
「なんか凄いことになってないか?」
「はい、登場人物は二人に設定してあります。本当はもっと時間をかけて描き込みたかったんですけど、この程度の物でごめんなさい」
藤堂は最初の物語を読み始めた。蝶々が描いた自分自身のキャラが面白すぎる。どうすればこんな世界観になるのか、というか、こんな漫画のようなやり取りが現実に起こるはずがない。
そうは思いつつ…
藤堂は気がついたら声を上げて笑っていた。
浅岡と石原も藤堂のデスクの横にきてその漫画を必死に読もうとしている。
「だめですって、これは秘密事項なんですから」
蝶々は藤堂の脇に立ち、二人から藤堂をガードした。
「石原、浅岡、悪い。でも、いつかは絶対見せるから。もうちょっと待って」
藤堂はもう堪えることもせず大笑いしている。
「藤堂さん、何がそんなに笑えますか?
私、別にギャグ漫画を描いたつもりはないんですけど」
藤堂は蝶々のその言葉に驚いた。
……え? これでギャグ漫画じゃない?
「藤堂さん、この私の提案を読んでちゃんと検討してくださいね。私はいつでも大魔王と会う準備はできてますので」
「大魔王と?」
藤堂は蝶々がこんな作戦を本気で考えている事が可笑しくてたまらない。
「はい、もちろんです」
「でも、こんな風に取っ組み合いになってこのドロドロはどこから出てくるんだ?」
……こんなおもろい漫画を見ながらどうやって真剣に話し合いができるんだよ。
「これは~、だから~、実際には見えないかもしれませんが、ホルモンなんです」
……ホルモン??
「悪い、蝶々。お前は凄いよ。天才だ」
藤堂は眉をしかめる蝶々の顔を横目で見ながら、それでも笑いが止まらなかった。
結局、藤堂との話し合いは出来いまま、もう木曜日になっていた。蝶々は土曜日に西園寺順也に会うという予定は変えるつもりはない。でも、自分勝手に動くことにはやはり気が引けた。
「石原さん、今日は、藤堂さん、ずっと外出ですか?」
石原は自分の担当漫画家のネーム締切のチェックをしていた。
「なんか、特別号に描いてもらうベテラン作家さんに編集長と挨拶に行ってる。静岡の方まで行ってるから一日かかると思うよ」
「あ~、そうなんですね…」
「蝶々、勝手に外出とかするなよ。急な仕事での外出以外は禁止にするようにって、藤堂さんに言われてるから」
すると浅岡も会話に入ってきた。
「書き置きも無しだぞ。後藤に用事がある時は、後藤に来てもらえ。とにかく今は新人賞作品の感想と採点を表にまとめることが最優先。
来週の編集者会議には絶対間に合わせることを忘れるなよ」
蝶々は見張られている雰囲気に少々腹も立ったが、静かに席につき溜まっている仕事を片付け始めた。
……後で藤堂さんにメールを打っておこう。明日には絶対話し合いの時間を作って下さいと…
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