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この蝶々は勇敢に空をも飛ぶ
④
しおりを挟む蝶々は目の前に立っている後藤をドンと突き飛ばした。
「何を言ってるの?
そんな事は私が許さない、絶対に許さないから。私を信じてって言ったでしょ。私が、あなたを必ずデビューさせる。
神様から素敵なギフトをもらってこの世に生まれてきたということは、あなたの漫画は堂々と世に出すべきものなの。私みたいに好きなだけじゃデビューなんてできない。後藤先生はそういうデビューしたくてもできない人達の分まで頑張ってほしい…
ごめんね。ちょっとだけ私の個人的な感情が入っちゃったけど」
後藤は蝶々の強さに圧倒され感服した。あんなに綺麗な顔をして、蚊も殺せないような顔をして、でも、本当は魔王さえ屈服させる強靭な心と魅力を持っている。後藤は立ち上がり蝶々に向かって一礼した。
「よろしくお願いします」
「ごめんね、痛かった?
OK、了解。私に任せといて」
蝶々の顔からあの凄みは消えていた。もう今風の可愛らしい女の子になっている。もう好きとかそういうものを超越している。後藤は蝶々について行こうと心からそう思った。
蝶々は新人賞関連の仕事を全て済ませ、藤堂から言われたレポートに取り掛かった。でも、パソコンを前にして全く手が動かない。頭にはたくさんのアイディアが溢れているのにかしこまった文章に変換できない。
蝶々は引き出しの中からメモ用紙に使っているB5判のノートを取り出した。
……三パターン描けばいいのよね。
蝶々はそのノートの一ページを八分割に分ける線を引いた。分かりやすいように自分によく似た女の子と恐怖の大魔王の姿をした後藤の父親を、4コマ漫画チックにキャラを作る。
そこからは蝶々の真骨頂だ。
舞台は後藤の自宅のリビングで、まずは最初のパターン。何も言わないし蝶々と目も合わせない大魔王西園寺に自分の思いを伝える蝶々、うんともすんとも言わない西園寺の視線に入ろうと鬼ごっこのように動き回る蝶々、その攻防が二時間ほど続き、大魔王西園寺は疲れ果てうんと頷く。
あとの二つは取っ組み合いパターンと、蝶々の泣き落としパターンを準備した。蝶々の漫画はグロテスクとユーモアが融合した個性が際立っている。短い漫画の中に人間の心理状態を上手くグロく表している。
驚きのあまり目の玉が飛び出すのは普通で、涙を流し過ぎた蝶々は干からびて半分骸骨になったり、取っ組み合いで興奮し過ぎた二人はお互いホルモンのような液体をビローンと流しヌルヌルになりながら戦う。
蝶々は一心不乱に漫画を描いていた。
「蝶々、何を描いてるの?」
そんな蝶々の様子を心配した石原が蝶々の描いている漫画を覗き込んだ。
「あ~、石原さん見ないでください。ごめんなさい、これ、秘密事項なんです。
で、でも、決して遊んで漫画を描いているわけじゃないですので」
蝶々はそう言うと、また黙々と漫画に没頭し始める。藤堂は席を外している。石原と浅岡は蝶々の描く漫画のクオリティの高さに感心していた。
「蝶々、その漫画、俺達には見せてくれないの?」
「はい、ごめんなさい。どうしても見たい時は藤堂さんの許可をもらってください」
蝶々は顔も上げずにそう答えた。
藤堂さんに分かればいいだけの漫画なのに、蝶々の漫画魂が中途半端を毛嫌いする。コマ割りも背景画も吹き出しに入れる会話の文字数も、何もかもにこだわった。
仕事としてたまたま漫画を描いているだけなのに、蝶々は楽しくて嬉しくて自分の居場所に戻ってきたような感覚に浸っていた。
……あ~、私はやっぱり漫画を描くことが好き。
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