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蝶々は甘ったるい蜜がお好き
➄
しおりを挟む「私はダメな母親でした…
英世が中学受験の時に私にはっきりとこう言ったんです。
僕は勉強はするけど医者になる気はないからね、と。僕は将来漫画家になりたい、面白い漫画を描ける自信があるんだ、とも。
で も、西園寺家は三代続く医者の名家で、長男である英世は跡取りとして医者になるというレールがひかれていて…
そこでもがき苦しむ英世に私は何もしてあげれなかったんです。主人が英世の持っている漫画本を全て焼いた時も、私は止めることも反論することもできずにただ英世と一緒に泣くだけでした。
そんな母親なんです…」
蝶々は後藤の父親への憎悪は漫画だけではないのでは?と考えた。きっとここにいる京子だって、窮屈な生活をしているに違いない。
「後藤先生のお母様、もし、本当に後藤先生に申し訳ないと思っているのなら、後藤先生の力になってあげたいと思ってくれているのなら、警察に出している捜索願の取り下げをお願いしたいんです。
後藤先生は少年漫画界の期待のホープです。どこの出版社も彼を狙っていました。でも、彼はうちの会社を選んでくれた。だから、正式に何の問題もなく華々しいデビューをさせてあげたいんです」
蝶々は感極まって涙を流してしまった。人前で他人の事で泣くなんて初めてのことだ。でも、何が何でも後藤心の夢を叶えてあげたい。
才能ある人間は何か大きな意味を持って生まれてきた。彼の描く作品は子供達にたくさんの勇気と感動を与えることができるのに、そんな神様からのギフトをこんなしがらみのために埋もれさせるわけにはいかない。
「西園寺さん、お願いします。
どうか、どうか、彼が本名を堂々と名乗れるようにご協力をお願いしたいんです」
蝶々は頭を深く下げてお願いした。けれど、なんだか京子の様子がおかしい。
「あの、西園寺さん?」
蝶々が心配になってそう呼びかけると、京子は自分の胸を責めるように叩き始めた。
「ごめんねさいね…
英世のことを思うと本当に可愛そうで何が彼の為なのかと考えて、実は、英世が家出をして出した捜索願は、一年後には全て取り下げたんです」
「え? そうなんですか?」
蝶々は心が躍るのが分かった。
「でも、それとは別に……」
「別に、何ですか?」
蝶々はすぐに真顔に戻った。
「はい…
世間体を気にした主人は、英世はアメリカの大学に行っているということにしました。嘘がばれないように裏の手を使い、入学証、在籍証明書、全てを発行してもらい、学費も毎年払っています。
なので、私達の周りでは、英世はアメリカへ勉強に行っているという認識なんです。親戚も学校関係者も友達までも、そう思い込んでいます。
もし、英世がデビューでもして世間に出てきたりでもしたら、主人は何をしでかすか分かりません。全ての権力を使って、あなた達の会社を潰すかもしれない……」
京子はまだ胸を叩いている。自分は何も力になれない悔しさを、胸の中に押し込むように。
「それなら、後藤先生のお父様を説得するしかないですね……」
蝶々は何も落ち込んでいない。悪の化身となってしまっている後藤の父親に挑むだけの話だ。
「城戸さん、そんな簡単では……」
「分かってます。でも、私にもお父様以上の信念があります。あと攻略法も…」
驚いている京子を見て、蝶々は舌をペロッと出した。
「冗談です。攻略法なんてないですよ。
でも、どういう形であれ、私は後藤先生をデビューさせますから」
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