ココロオドル蝶々が舞う

便葉

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蝶々は甘ったるい蜜がお好き

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 蝶々は20分前にはそのカフェに着いた。カフェに向かう途中からスマホの着信音やメール音が頻繁になり始めた。

……きっと、藤堂さんの耳に入ったんだ。

 蝶々は躊躇なくスマホの電源を落とした。

……大丈夫、私が後藤先生を守るから、藤堂さん、安心して。




 その蝶々の指定したカフェは銀座にある小さな喫茶店だった。昭和のレトロな雰囲気を漂わせた格調高い空間は、蝶々のお気に入りの癒しの場所で、一つ一つのテーブルにはアンティーク風のランプが置いてあり、まるでタイムスリップしたような気分にさせる。そして、その薄暗い店の中で、ほのかに揺れる淡い灯りが不思議と心地よかった。


カランカラン…

 来客を告げる呼び鈴が響く。蝶々の目の前に現れたのは、白と紺のフォーマルスーツに身を包んだ後藤によく似た女性だった。


「城戸さんですか?」


 その女性は柔らかく微笑みながら、でも、緊張した表情で蝶々にそう聞いてきた。


「はい、ホッパー編集部の城戸蝶々と言います。今日は急な申し入れを快諾していただき、本当にありがとうございます」


 蝶々は立ち上がり、深々と頭を下げた。


「西園寺京子と言います。この度は息子の近況を知らせていただき、こちらこそ本当に感謝しています」


 後藤の母である西園寺京子は、目を潤ませながら深々と頭を下げた。

 二人は椅子に座りコーヒーを注文する。蝶々はここまでに来てどこから何を話せばいいのか悩んでしまった。京子の機嫌を損なわず協力してもらう方向へと導かなければならない。頭の中でたくさんの事柄を整理していると、京子の方から話しかけてきた。


「城戸さん、あの子はずっと漫画を描き続けていたんでしょうか?」


 蝶々はそう聞かれてハッとした。まずは後藤の母親である京子の気持ちを安心させることが先決だ。


「はい…
 後藤先生は、あ、後藤心というのは、私達に名乗っていた名前です。ペンネームとしてではなく、普段の生活もその名前で通してたようです。
 シンというのは心と書きます。優しい響きの名前ですよね…」


 京子は静かに頷いた。苦悩に満ちた微笑みを浮かべて。


「後藤先生は、漫画を描くために家を出たと言っていました。漫画を描き続けるということは、彼にとって彼の人生であり、彼の全てです。
 あ、ごめんなさい……
 これはホッパー編集部の人間として言っているのではなく、彼の話を聞いて私がそう感じたので…」


「分かっています……
 私は英世が小さい時から分かってました。大人しくて内向的な英世が漫画を読む時は、顔つきが変わるんです。
 水を得た魚のように表情が豊かになり口数も増えて、私にこの漫画はこういうところが面白いんだって顔を紅潮させながらいつも話してくれました」


 蝶々は胸が詰まり始めた。こんなに優しいお母さんがいたのにどうして後藤は家を出たのだろう…


「こんな事をお母さまに伝えるべきことではないのかもしれませんが、後藤先生は家を出たことは後悔してないと言ってます。
 家を出てこの手に掴んだ自由と漫画を描く権利は、何があっても手離したくないと…」


 蝶々はそう言いながら、京子のやるせない表情に戸惑っていた。ずっと捜してた息子に離縁状を突き付けられたようなものだ。でも、真実を伝えなければ何も始まらない。


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