ココロオドル蝶々が舞う

便葉

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蝶々は甘ったるい蜜がお好き

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 藤堂は食べている物を吐き出しそうになった。


「じゃあ、その蝶々の媚薬入りワインを飲んだら俺はどうなるんだ?」


 蝶々は怪しげな笑みを浮かべ目を細めて藤堂を見た。


「藤堂さんは私の言いなりになります…」


「えっ?」


 藤堂は今以上に蝶々に溺れていく自分を思い描き必死に首を振る。でも、それでも、その媚薬を飲んでみたいと思う自分を抗えない。


「大丈夫ですよ、冗談ですから」


 蝶々はそう言うと、自分の分のワインを一気に飲み干した。そして、目で藤堂に早く飲んでと訴える。


「毒だろうが、媚薬だろうが、俺には通用しないと思うよ。どんなことがあってもぶれないことが俺の長所だし。
 それに蝶々にとっての神である俺が、蝶々の媚薬に躍らされてどうするんだ?」


 藤堂は必要以上に言い訳を並べながら、そのワインを一気飲みした。蝶々はそんな藤堂を見て、愛おしささえ感じている。


……藤堂さん、あなたはもはやゴッドではないのです。私の可愛いミジンコちゃん。ミジンコの方がずっと素敵。
 どうか大好きな藤堂さんが、私のことをもっと好きになってくれますように。


「あ、それでさっきの話ですが、その条件を呑んでくれますか?」


 藤堂は飲み干した甘ったるくて温いワインに、全てを支配されない内に背筋を伸ばしこう答えた。


「内容次第。蝶々の話を聞いてから俺が判断する」


「え~~」


「え~~じゃない。
 これは個人的なお友達の話じゃないんだ。会社の命運もかかるほどの大切な問題なのは分かってるだろ?」


 蝶々は口を尖らせてしゅんとしている。


「はい、どうぞ。で、どういう話だった?」


 蝶々はため息をついた。


「藤堂さん、でもこれだけはちゃんと聞いてください。
 後藤先生はこの話を私に教えてくれたんです。私の事を信頼して、蓋をしていた苦い思い出をまた自分の中に呼び起こしてくれた。だから、藤堂さんもその後藤先生の重い決断をしっかり胸に受け止めてもらいたいんです」


「分かってるよ」


「本当ですか?」


「本当だよ。俺だって編集長だって、後藤のデビューを一番に考えてるんだ。それは、みんなちゃんと分かってる」


 蝶々はそんな藤堂を信頼して、後藤と話した全ての事柄を打ち明けた。
 父親との溝が深い事や、今は漫画を読んだり描いたりする当たり前の権利を手に入れて幸せを噛みしめている事、家出をしたことは自分にとっては自然の流れであり必然だった事。
 蝶々は藤堂に話しながら涙が止まらなかった。十七歳の少年が着の身着のままで家を出て、一体何ができたというのか? 人には言えないほどのたくさんの苦労があったはず。


「で? 職場での暴力事件のことは?」


「暴力事件?」


 蝶々は藤堂を睨んだ。


「それは大丈夫です!」


「何で? 何を根拠に?」


 蝶々は藤堂の後藤に対する厳しさに少々うんざりしていた。


「後藤先生は、もう暴力事件は起こしません。それは、今は、私がそばにいるからです。後藤先生の夢を後押しして、信頼して、一緒になって前へ進んでくれる人間が側にいるから、もう大丈夫なんです」


 藤堂は黙って聞いていた。きっと、蝶々と後藤は何か通ずるものがあるのだろう。こんなにも感情的になる蝶々は珍しかったから。


「分かった……
 でも、だからと言って俺はお前を野放しにはしない。もし、後藤が蝶々に暴力を振るう事があれば、俺はあいつを殺すかもしれない。蝶々が後藤を守るように、俺はお前を守る。それだけの話だ」


 蝶々は枝豆を食べている手を止め、藤堂の座っている椅子に無理やり移動して隣に座った。そして、目を潤ませて藤堂を見つめる。


「藤堂さん、もう一回言って下さい」


 藤堂は隣にピタッとくっついてくる蝶々が、鬱陶しいけれど可愛くて仕方がない。


「何を?」


「今の、最後の言葉です」


 藤堂はすり寄ってくる蝶々を横目で見ながら、考えるふりをして枝豆を食べた。


「もう、藤堂さん!」


 藤堂は蝶々の腰を持ち上げて自分の膝の上に座らせる。


「蝶々は誰にも渡さない…」


 藤堂は蝶々の甘い匂いを嗅ぎながら真っ白い首筋にキスをした。


「最後の言葉です…」


 藤堂は軽く鼻で笑った。


「絶対に、蝶々は俺が守る…」


……さっき飲んだ甘い媚薬が今になって効いてきたのかもしれない。

 狭いテーブルの椅子の上で、藤堂と蝶々は息も絶え絶えでキスをした。キスをしてキスをしてキスをして、脳みそがとろけるほどにキスをして、そして藤堂は蝶々の虜になる。


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