ココロオドル蝶々が舞う

便葉

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この蝶々は蛾にも変身します

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 蝶々は藤堂にコーヒーを淹れて自分のデスクに座り待っていた。二班はもう蝶々しか残っていない。
 すると、編集長室から疲れた顔の藤堂が出てきた。蝶々は冷ましておいたコーヒーを藤堂の前に差し出すと、藤堂は周りに誰もいない事を確認して蝶々に目配せをする。


「時間がないから、さっさと済ませよう。言っとくけど、この案件は極秘情報だからな」


「はい」


 蝶々はそう返事して、自分の分のコーヒーを持って藤堂の隣に座る。


「今日のことはちゃんと後藤に連絡したか?」


「はい、しました」


「どんなだった?」


「どんなって……
 別に今までと何も変わらないように感じましたけど、でも……」


 藤堂はちょっとだけ冷めたコーヒーを飲んで、一息つく。


「でも? どうした?」


「せっかく仲良くなって心をお互いに開きかけていたので、なんとなく、また振り出しに戻ったのかなみたいな感じがしました」


 藤堂は隣に座る蝶々の頭をポンポンと撫でた。


「蝶々、このコーヒー最高」


「コーヒーですか??」


 蝶々はこの呑気な藤堂の言葉によって、張りつめていた緊張の糸がちょっとだけ緩んだ。


 藤堂は半分以上コーヒーを飲み干して、大きく息を吐いた。


「とりあえず、編集長からお前に話す許可をもらってきた」


「……ありがとうございます」


 藤堂は前のめりになって話を聞こうとしている蝶々に少なからず不安を感じていたけれど、でも、きとんと話をしなければ何も始まらないと思っていた。


「以前、後藤の家で三人で話した時に、家出っていう言葉が出てきたのを覚えてるか?」


 蝶々はよく覚えていた。蝶々の今までの人生で家出人に出会ってのは初めてだったから。


「はい、覚えてます」


「今回、こことの契約のためにちょっとした履歴書を書いてもらったら、名前と住所以外は空欄だった」


「え? 生年月日とかもですか?」


 藤堂はもう一度コーヒーを口に含んで頷いた。


「本当は何歳なのかも分からない。自称二十二歳って言ってるけど、多分、二十歳くらいだろうな。下手したら十九歳かもしれない。
 ということで、会社としては正式に後藤と契約を交わす事に躊躇している。漫画家の名前なんてニックネームで全然構わないけど、正式な書類には本名が必要だろ?」


 今度は蝶々がコーヒーを一気に飲み干した。


「それで……
 人事課の人間がちょっと後藤について調べたんだ。
 ま、家出は本人も公言してるしそんな驚くことではなかったんだけど、一番厄介なのは、後藤の親が警察に捜索願を出してること。
 ま、言えば、行方不明者リストに後藤の名前が入ってるってことだ。あと、今までの職場でたまにトラブルを起こして、その度に名前を変えてるらしい」


 蝶々は一回箇条書きでメモに残したい気分だった。それだけ一つ一つの事柄がインパクトが大きすぎる。


「え? それじゃ、新人賞は? デビューは……」


 後藤の類稀なる才能が開花できないなんて、蝶々はそう考えるだけで体が震えた。


「まずは、後藤の親に捜索願を引き下げてもらわなきゃならない。
 そうじゃないと、デビューして行方不明の誰々が見つかりましたなんて、そんなことは絶対あってはならないし、後藤を守るためにもそれだけは避けないと」


「じゃ、後藤先生がご両親と仲直りをすればいいんじゃないですか?」


 蝶々は自分のナイスアイディアにポンと膝を打った。


「それができれば一番いいんだけどな…
 後藤の実家は東京でも五本の指に入る大病院だ。あいつはそこの跡取り息子、らしい」



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