20 / 72
この蝶々は蛾にも変身します
⑩
しおりを挟む蝶々は藤堂にコーヒーを淹れて自分のデスクに座り待っていた。二班はもう蝶々しか残っていない。
すると、編集長室から疲れた顔の藤堂が出てきた。蝶々は冷ましておいたコーヒーを藤堂の前に差し出すと、藤堂は周りに誰もいない事を確認して蝶々に目配せをする。
「時間がないから、さっさと済ませよう。言っとくけど、この案件は極秘情報だからな」
「はい」
蝶々はそう返事して、自分の分のコーヒーを持って藤堂の隣に座る。
「今日のことはちゃんと後藤に連絡したか?」
「はい、しました」
「どんなだった?」
「どんなって……
別に今までと何も変わらないように感じましたけど、でも……」
藤堂はちょっとだけ冷めたコーヒーを飲んで、一息つく。
「でも? どうした?」
「せっかく仲良くなって心をお互いに開きかけていたので、なんとなく、また振り出しに戻ったのかなみたいな感じがしました」
藤堂は隣に座る蝶々の頭をポンポンと撫でた。
「蝶々、このコーヒー最高」
「コーヒーですか??」
蝶々はこの呑気な藤堂の言葉によって、張りつめていた緊張の糸がちょっとだけ緩んだ。
藤堂は半分以上コーヒーを飲み干して、大きく息を吐いた。
「とりあえず、編集長からお前に話す許可をもらってきた」
「……ありがとうございます」
藤堂は前のめりになって話を聞こうとしている蝶々に少なからず不安を感じていたけれど、でも、きとんと話をしなければ何も始まらないと思っていた。
「以前、後藤の家で三人で話した時に、家出っていう言葉が出てきたのを覚えてるか?」
蝶々はよく覚えていた。蝶々の今までの人生で家出人に出会ってのは初めてだったから。
「はい、覚えてます」
「今回、こことの契約のためにちょっとした履歴書を書いてもらったら、名前と住所以外は空欄だった」
「え? 生年月日とかもですか?」
藤堂はもう一度コーヒーを口に含んで頷いた。
「本当は何歳なのかも分からない。自称二十二歳って言ってるけど、多分、二十歳くらいだろうな。下手したら十九歳かもしれない。
ということで、会社としては正式に後藤と契約を交わす事に躊躇している。漫画家の名前なんてニックネームで全然構わないけど、正式な書類には本名が必要だろ?」
今度は蝶々がコーヒーを一気に飲み干した。
「それで……
人事課の人間がちょっと後藤について調べたんだ。
ま、家出は本人も公言してるしそんな驚くことではなかったんだけど、一番厄介なのは、後藤の親が警察に捜索願を出してること。
ま、言えば、行方不明者リストに後藤の名前が入ってるってことだ。あと、今までの職場でたまにトラブルを起こして、その度に名前を変えてるらしい」
蝶々は一回箇条書きでメモに残したい気分だった。それだけ一つ一つの事柄がインパクトが大きすぎる。
「え? それじゃ、新人賞は? デビューは……」
後藤の類稀なる才能が開花できないなんて、蝶々はそう考えるだけで体が震えた。
「まずは、後藤の親に捜索願を引き下げてもらわなきゃならない。
そうじゃないと、デビューして行方不明の誰々が見つかりましたなんて、そんなことは絶対あってはならないし、後藤を守るためにもそれだけは避けないと」
「じゃ、後藤先生がご両親と仲直りをすればいいんじゃないですか?」
蝶々は自分のナイスアイディアにポンと膝を打った。
「それができれば一番いいんだけどな…
後藤の実家は東京でも五本の指に入る大病院だ。あいつはそこの跡取り息子、らしい」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる